とラぶラックキャット 作:那覇ダイア
学生たちがたむろするオシャレなカフェテリア。
海を臨み、大きく開けたテラスの空に
見渡す限りの海原や学園のビル群やらにそう虫みてーにいろいろ人が行きかってる光景は、見慣れた光景だが風情がねぇ。
SFというかスペースオペラチックな今世だからこそ、このあたりは日常的なものだ。
んでもって、そんな大学構内とかにありそうなオープンテラスで、俺はサヤの愚痴を聞いていた。
「あの人やっぱ怖いっス! 直に話してるとなんだか、私が私じゃなくなっちゃいそうな感じがするっていうか……、とにかく怖かったっスよ!」
「あー、はいはい」
「何か雑っスよトレイン君!? ここ、そういう雑さ発揮するシーンじゃないっスからね!」
そうは言われてもなあと、いったん浴衣に着替えたサヤは「ぷんすこ!」って感じで怒りながら、なんなら実際に口に出しながらパフェのシリアルを長いスプーンでがんがん突いて砕いていく。
こーゆー時のテンションは、俺が真に理解してやることはできなさそうなので、とりあえず話を聞いて受け止めて、くらいが関の山っちゃ関の山か。
俺は俺で喫茶店らしく? カレーにミルク。
こういう店でミルク単品を買うとそれなりに割高なのがちょっと癪だったが、サヤが気分転換っス! と言っていたのでそこは仕方ない。
どうせ奢ったりするわけでもないし……、奢れるっちゃ奢れるがむしろ告白してから「こーゆーのは対等な感じでいたいっス!」と、そういいだすのがサヤなので、むしろ気をまわした方が微妙な顔をされるのだ。
愚痴の主な内容は、大体セフィリアとセフィリアの話した俺のこと。
比重で言ったら圧倒的にセフィリアのそれなんだがな。
「いきなりあの人……いや、まあ濁すっスけど、
「その辺はマジで済まん…………」
「許す!」
「軽いな…………?」
いや~と苦笑いしながら、サヤは俺の鼻先を二度つく。
つん、つん、とされて指先の冷たさにどきりとする。
トレイン君あったかいっスね~と、サヤはサヤで楽しそうだ。
「雰囲気は苦手っスけど、別に悪い人ってわけじゃないっスからね。うん。旦那さん第一、娘さん第二。この宇宙は第三で、トレイン君は第三でも上位ってところっスか」
「お前にもそう見えるか?」
「トレイン君もっスか? うん、まあ、私はそう感じたよ。
だからちょっといびつって言うか……、ちゃんと人への愛情とかはしっかりあるし、トレイン君のこと可愛がってるのも嘘って訳じゃないんだけど、それにしては切り捨てる基準の中には絶対入ってないって、そんな感じ?
愛する人と家族だけ特別って感じで…………、フツーなら『冷たい人』って思うところが、それでも人は悪くないって思えるところが、私は怖いっス」
まるでどうあがいても悪い印象を抱けないような、自分の意志を書き換えられてるような────言外にそのことへの恐ろしさを覚えたと、サヤはパフェのソフトクリーム部分をつまんで言葉に含んだ。
サヤのその感想は、たぶん正しい。
クライスト、オリハルコンの
本人が愛を語れば、その言葉はより真実味をおびて相手へと刷り込まれる。
人への配慮や思いやりを口にすれば、本人が本当はどう考えているかということなど完全に無視する形で、俺たちはそれを刷り込まれることになるだろう。
「でもトレイン君が、むしろ全然大丈夫そうでびっくりしたんだけど……」
苦手とかじゃなくてずっと邪険にしてたよねあの貴人さん相手に、とサヤは肩をすくめる。
そうなのかどうか自分ではわからねーが、確かにギドいわく俺は完全にセフィリアのそういう魅了能力を完全に無効化できているらしい。
曰く「強い信念が生き方にしみついていりゃ出来る」らしいが……。かつての俺も今の俺も、果たしてどれくらい意志の力が強いとか、そういう話になるだろう。
自分じゃ自覚も何もねーし、人間同士の関係である以上は影響ゼロとは言い切れないだろうし。
「聞いたかもしれねーが、あいつの旦那にボッコボコにされて死にかかってた俺を回復ポッドで面倒見てたのもアイツだし、勉強が怪しかった俺が最低限学べるよう仕事を調整したこともあったし。
ま、あいつの旦那がアレだった分も面倒見てた理由はあるんだろうがな。多少罪悪感はあったんだろ、多分」
「……………………」
実際、現在も含めて俺が仕事以外では好き勝手できてる一因は、間違いなくセフィリアの影響が大きい。
ギドが拾ってきたってのはそこまででも、セフィリアが政治屋として「有能な殺し屋」と見出したっつー事実は、デビルークの裏側における影響は大きい。
セフィリアの種族特性を除外するにしても、一国の政治決定権を持つ一人が、全身全霊で軍に推し、戦略兵器めいた戦果を挙げ。
単体のソルジャーあるいはエージェントとして運用しても、十代中に差し掛かるちょっと前のころから“番人”クラスじゃないと相手にならない身体能力と技能を持ち。
それでいて反抗の意志すら見せずひたすら国の指示で殺すことだけを生業としていたとくれば、狙われる側からみて最凶だし、いつ裏切られるかわからない側からみても最凶と、まあいろいろと厄な話だった。
まあ、本格的に裏切るっつー意志まではまだ無いんだけどなあ。
銀河レベルで何か起こったときにサヤを守れる立場であるというが第一だが、事実上政府が裏についているっつー資金や根回しレベルのすさまじさを思えば、だな。
むろん優先順位は
あーでも、こうして考えてみても似てるのかもしれない。
なんだかんだ言って、第一にサヤで第二か第三にスヴェンとかイヴとか茶髪リンスとか「原作」勢とかが来て、あとは有象無象の
…………こーゆー内心がサヤにどこまで察されてるのか、さすがに怖くて聞けやしないが。
「………………、……」
それでも何というか、含みある感じの、堪えたような苦笑いは何なんだって話なんだよな。
そういう顔をして欲しくないからこそ、俺はストレートに「何だよ」と聞いた。
対するサヤの返答は……、特に包み隠さずストレートなものだった。
「聞いちゃったからさ、昔のトレイン君が何をされて、今みたいな頑丈さんになっちゃったのかとか。性格もたぶんその時の影響受けたのかなーって」
「…………、あー、別に同情しろって話でもないんだが」
「トレイン君のお姉ちゃんを自任したい私としては、色々思うところはあるっスよ」
「いやだから、お前の方が年下だろって」
俺の突っ込みにフフフと楽し気に笑ってるサヤだが、それでもどこか表情がすぐれないのは気のせいじゃないだろう。
当時はギド公に「死ね」とか「殺す」以外の感想がないくらいにはまー酷ぇ扱いだったし、前世思い出した今から振り返ってもいったい何を目的にしていたか全く理解できねーレベルのアレな扱いだったのだ。
『
ふと脳裏に過る、満面の意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべた大人の姿したギドが俺めがけて尻尾向けて、精神エネルギーと生命エネルギーを練り合わせたビームで殺しにかかってきてた映像……。
直撃を食らって内臓が破裂して骨がひしゃげて、それでも文字通り
いや、あの一時例には限らないんだが。
雑な感じでその辺の小さい組織に拾われて食い扶持稼いでた俺を気に入ったとか言って、拾った後、ギド公の野郎が俺に何をしたかと言えば。
徹底的な人体破壊と、それに伴う肉体の再構築だ…………、デビルーク人基準での。
『そらよ』
『────ッ!』
『とりあえず
稽古つけてやる、という一言に乗せられて。
俺は実銃でアイツを殺しても良いというルールでの戦闘だったが。
当然のようにこっちの銃弾は生半可な形で雑に撃った程度じゃ当然はじかれるし、致命傷のはずのクリティカルも体から噴き出す精神エネルギー的なオーラで威力が軽減される
で、戦えば戦うほど、ギド公は俺の人体を破壊していった。
毎回毎回、戦闘後は
瀕死程度には留めてはいたが、絶対こういうやり方で何人か戦場で殺してるだろうと思わされるくらいの手慣れっぷりだ。
むろん、ギド公もストレス発散とかサンドバッグみてーなつもりで俺をそうしてた訳じゃねぇ。
理屈についちゃ納得はできた。
受けた処遇は全く納得がいってないが。
『戦闘民族の“せ”の字も持ってないオメーをそのまま戦場につれていったら、対戦艦砲の衝撃波一発で首から上が消し飛ぶぞ。とりあえず最低限、デビルーク人くらいの耐久は身に着けてもらわねーとなぁ』
だからこその、本人いわく
例えば人体のうち、体のパーツを欠損したらどうなるかといえば。遺伝子的にはその場所を作るパーツが存在しないことになるので、それはずっと欠損したままになる。
今どきはクローン技術とかナノテクとかがあるから富裕層とかはその限りじゃねーんだろうが、基本的には不可逆。物理法則っつーか、エネルギー法則っつーか、そんな話だったはずだ。
だからこそ。
砕かれた人体を回復ポッドで再生させるとき、回復ポッドが培養液とナノテクでうまいこと人体の崩壊した部分を修復するといっても、素材となる部位がかけらも残ってなければ限界がある。
逆に言うと、かけらでも残っていれば。
つまり……、一般的な人型宇宙人の骨や肉の密度に対して、圧縮された結果一部でもデビルーク基準の密度や耐久性を確保できたなら。
回復ポッドは、たとえデビルーク人でない相手だろうと、その肉体を強制的にデビルーク人基準で回復させ続ける。足りない栄養素を補填し、細胞を複製し、骨の密度に合わせて疑似的に生成し、本来の素材たる細胞を配置して分裂を待ち────。
こういったことを数年繰り返して、いつの間にか俺はデビルーク人基準で見てもかなりの耐久性と運動能力を誇る肉体となっていた。
ヴァルタザールの言ってた改造っつーのが、すなわちこれだ。
途中からギドも楽しくなったらしく、どこまで硬くなるか検証ってことで色々無茶やらかされた。
結局ギド以上になることはなかったんだが、それこそ本気で銃の連射を行えば
このあたりのことが、後に
ハーディスが俺の全力を引き出すっつーより、ハーディス以外の銃だとかなり慎重に扱わないといけなくなっちまうってだけの話だ。
ちなみに繰り返すが、このあたり十代前半っつーかほぼ十歳前後のガキだった俺に対する所業だ。
セフィリアもセフィリアで何度か殺しかけてた時に止めはしたが、この
お陰で素直に「子供のように可愛いがってるじゃない?」とか言われても「はァ?」と言いたくなる気持ちが強い。
世話になってんのは間違いないんだが、それはそうとしてもなあ。
サヤの反応がさっきからずっと微妙になっちまってるの、絶対このあたりの過去とか関係性とかが響いてるんだろう。
ただだからと言って、あんま無理やり笑ってるような感じの表情は止めてもらいてーんだよなぁ……。
もっとすっきり笑顔になってもらいたいっつーか。
「辛くは、なかったの?」
「辛いとか辛くないとか言える状況じゃなかったからなぁ……」
そもそも本来なら国家元首への強盗殺人を試みた時点で死罪も不可避だろうし。デビルークは王政なのだから、そのあたりは当然と言えば当然だし、なんならあの時もギド本人から直々にぶっ殺されかけてたし。
とりあえずカレーを一口食べて、ミルクを飲む。
ふぅ。
ちょっと落ち着いた。
さて、何をどう言うべきか……。
パフェのクリームがきーんときたのか、額を抑えて悶えてるサヤに、言葉を選んで口を開く。
「……鬼さんとかお前は言ってたが、そいつから多少、お前の昔のことは聞いてる。だからこれで、おあいこってことで良いんじゃねーか?」
「鬼さんはさぁ……。いや、まあ、でも、うーん、私ぜんぜん覚えてないっていえば覚えてないし…………、でもトレイン君のとは、だいぶ方向性が違うじゃないっスか」
「ま、全部が全部良かったとかは言わないが……、そうでもなきゃサヤとは出会えてないかもしれないんじゃねーか? あー、たぶん」
「そうっスかね…………?」
仮に強盗の時にギドから逃げおおせても、今くらい意味不明な力を身に着けるに至るのはさすがに無理だろうという確信はある。
銃については
これもまあ、殺しと同じだ。
思うところは有るが、今の自分に忌避感とかはないのだ。
「つーかアレだ、アレ。食事中にする話じゃねーだろこういうの。食欲減るっつーの」
「それはそうっスけど…………。
食事というと、話は続くっスけどトレイン君ってグルマン人だったんスね? アーツ星系だっけ」
「
アーツ星系っつーのは、ファッションに妙な拘りのあるダサール人とか侍っぽいアコー星人(さっきの料亭運営してた絡繰り人形みてーな連中だったか?)とか、微妙に職業っぽい感じに特化してるっぽい名前とか文化がある星系。
で、俺自身はグルマン人……、「グルメ」人、みたいな? 一般的な人型宇宙人より身体能力がちょっと高めで(※秘境の食材とか集めるために)、五感が強いと言われている(※料理をより美味く感じるために)。
俺の場合は嗅覚が特に秀でていることになるんだろうが……。
ま、残念なことに? 味覚はフツーだ。
そんなことを思い返してると、サヤが意外なことを言ってきた。
「……でも言われてみれば納得っスけどね。トレイン君、一緒に食事してると表情すぐころころ変わって美味しそうだし」
「は?」
「…………うん? 何でそこで不思議そうなの?」
今だってカレー食べてすごい笑顔だし、と言うサヤ。
いわれてみて、自分の口元を撫でて、さすがにちょっと愕然とした。
なるほど、確かにものすごくにこにこした感じに口角が吊り上がってるし。なんなら目元もちょっとニコニコしてる感じだな。なんとなくイメージだが、幼児みてーなニコニコ笑顔してそうな感じな気がする。
羞恥心が刺激されて思わず両手で顔を覆うが「無意識だったんだね~」と、正面から椅子をもって隣に寄ってきたサヤがいい子いいこと俺の頭を撫でてきた。
だからお前の方が年下だろっての。年上のお姉さんぶるのは妙に様になってる気はするが……。よほど施設でも面倒見がよかったんだろう、この女。
「戦ってるときは大丈夫っぽいし、いいんじゃない? こう、オフの時は気が抜けてるってことでさ」
「うぅ…………」
「やっぱり思ってることすーぐ顔に出ちゃうなートレイン君、フフ、面白い!」
「面白がってんじゃねーよツ」
突っ込みつつも顔を上げられない俺も大概だが、こっちの気持ちを知った上でこの態度の変わらなさは、やっぱりサヤはサヤだと思い知らされた。
よほど参ってるように見えるのか、最近のサヤのように尻込みとかせず、何というかこう
だからちょっと意趣返しっつーか。
俺の羞恥心が降り切れて死にそうなのを全力で抑えつつ、深呼吸して。
「…………多分、あれだ。あんま言いたくねーけど」
「ん? 何を?」
にこにこ笑うサヤに向かって、俺は手から顔を上げて……その満面の笑みを見る。
見てるだけで胸の中心からじわじわと広がって「きゅっ」っと締まるように苦しい感覚と熱とが顔に伝播してくるが、今は我慢だ。
「多分、お前と会ってからだ。飯が旨いって思えるようになったのは」
サヤと会ってから、前世を思い出したからこそ。
舌で感じる味覚に、心が「旨味」を感じるようになったからこそ。
ただクサいっつーか、こんなこと言うのも妙な感じがするし、とはいえ言われたら言われたで少しはひるむかと思って口にしてみれば。
「…………そっか」
だからどうして、そう、ちょっと寂しそうな感じで、俺を見て微笑んでくるのか。
どうして素直に、照れるなり笑うなりしてくれないのか。
「いや、無理っスよそれ。だって────
「…………」
「女冥利には尽きるかもしれないけど……、うん、そうだね」
決めた! と。サヤは両手をたたいて、何も言えない俺の頭を少し撫でる。
「また旅行行こうよ! トレイン君、そのうちさ」
「…………?」
「それで、いっぱい美味しいもの食べて、いっぱいトレイン君の『美味しい』って思い出、作ろうよ!」
「…………え、えっと」
いまいち考えがまとまらない。
そんな俺の反応を見て、サヤはニコニコ楽しそうだ。
……そして何か俺のコップのミルクにしれっと手を付けてやがる。止めろよ自分で注文しろよ金払って、間接キスなるだろうお前よぉ…………!?
「それとも、私も料理とか頑張った方が良いっスかね?」
「何で……?」
「いやだって、ほら。そっちのほうがトレイン君嬉しくないかなーって!
そういう経験ないけど、好きな子の料理って格別だったりするらしい……、らしいし?」
「いや、そんな話してるともうお前色々となあ……」
これで
まあ、恋愛感情はともかくちょっと発情はしてるみてーなのを最近は感じるから、何とも言えねーところは有るんだが。
こっちを親しんで、親しんでるからこその思いやりが……、大好きな彼女からのその匂いで、俺の頭はパンクしていた。
「うん、我ながら正解!
……って、トレイン君?」
気が付いたら、俺は体の力が抜けてサヤの方に倒れ掛かって……。
「うーん、まあ、これくらいなら良いかな……?」
結果的に肩にもたれかかる形になった俺の頭を、やっぱりサヤは「よしよし♪」と子供をあやすように撫でていた。
……その時、少しだけ甘い感じの、発情とは違う匂いを感じたのが新鮮で、俺はされるがままになっていた。
※ ※ ※
『ごめんなさいね、トレイン。……あなたの為だと言い聞かせても、絶対納得はしてもらえないだろうけれど』
自分の名前もご両親の名前も、と。
球状の大型回復ポッドの中に浮かぶ意識のない子供……、だいぶシルエットが
そんな少年を見ながら彼女は、鮮烈な桃色の髪の美女は、ベールを外してその
『……でもきっと、あなたは思い出さない方が良いのかもしれないわね。
あなたのご両親を誰が殺したかったか。“
だから今のあなたは、最低限私くらいは自衛できるくらいに強くならないと、と。
言いながら彼女は……、セフィ・ミカエラ・デビルークは手元のカルテらしきものに目を落としていた。
そこには「銀河登録遺伝子照合」なる台と「
印刷された写真と、記載されたその名前。
三人の親子それぞれは。
トレイン・
スティウル・ハートネット。
そして────コロナ・
「少しずつ
────どうかこの子の行く末に、その宿業を受け入れ愛してくれる人が現れますように」
再びポッドのガラス面越しに見える少年の顔────
To be continued in Chapter 3 ...
※ダークネス原作にて丁度良い感じの名称があったので、本作クロの人種名を微妙に変更