この世界のラスボスであることを、僕だけがまだ知らない。 作:シズム
──二十年にも及ぶ僕の人生は、様々な苦難からの逃避劇だった。
部活や勉強はもちろん、友人や家族からも目を背けて。
平均的で一般的な青春とやらを完全に放棄して。
人間関係を捨てて、成功体験を捨てて、自分の世界に籠るだけ。
だが、そんな逃げ腰の人生の中でも、僕が唯一捨てなかったものがあった。
「──オールクリア、っと……」
言うと、僕は身に着けているゴーグル型のコンソールに手を伸ばした。
横についた小さなボタンを押して全面のバイザーを開くと、現実世界の無機質な自室風景が視界に飛び込んでくる。この瞬間の喪失感は、何回経験しても慣れないものだ。
二十二世紀、現在。
ゲームという言葉が指すものは基本的に、今僕が使用していたような、脳に直接映像を投影する没入型仮想現実ゲームのことである。言うなれば、VRMMOの進化版のようなものだ。
神経インターフェースを活用し、脳波に直接電気信号を送ることで実現している技術であり、ここ数年の間に飛躍的な進歩を遂げていた。
──僕は現実での多くの時間を、このゲームによる仮想現実に投じていた。
今やゲームこそが僕の人生そのものだ。
現実とは不平等な運ゲーである。性格、容姿、寿命、家庭環境、あらゆる不確定要素は生まれながらにその大部分を規定される。
甘えた戯言かもしれないが、僕が小学生の頃に不登校になって以来、一度も外出していない事だって、初めから運命として定められていたのかもしれない。
……それに対してゲームはどうだ。人の手によって作られた電子世界は限りなく公平である。乱数はあれど、誰がプレイしても、同じ行動には大方同じ結果が帰ってくるし、エンディングは全プレイヤーで共通だ。
家族からは人生の敗者などと馬鹿にされているが、実のところ、僕はこの生き方に後悔などしてしなかった。未練もなければ嫉妬も恨みもない。それどころか、誇りさえあった。
僕はもう一度産まれ直したとしても、また同じ生き方をするだろう。
「……どいつもこいつも、好きに僕を笑えばいいさ。僕は絶対に変わらない」
人によって幸せの形は様々である。
世の中は僕を否定しても、僕は世の中を否定しない。別にそれで構わない。
だが代わりに、僕だけは永遠に僕の生き方を肯定し続けると決めている。
不安定なアフィリエイター職とは言え、一応は自力で稼いで納税もしているしな。僕の生活に非の打ちどころはない。
「さて、次のソフトでもプレイするか……」
僕はインストール済みのソフトフォルダから、とある作品を選択した。
これは近頃ネットで一世を風靡している、鬼畜難易度ゲーと名高いRPGである。制作会社の記事によると、千人に一人しかクリアさせないことをコンセプトに設計しているとのことだ。商売として正解なのかという疑問はあるが、高難易度ゲームは僕としても望むところだった。
説明書は読んでいない。タイトルすらも、購入の際に一瞥しただけで記憶には留めていない。僕は事前情報の一切を省いてこのゲームに臨むことにした。
「──かかってこいよ」
そして僕はゲームのスタートボタンを押そうとして──直後、何かが爆ぜるような感覚が身を包み、意識を失った。
××××
──以下、翌日のニュース報道より抜粋。
【速報】小型機が住宅地に墜落 住民の男性一人が死亡
昨夜午後22時ごろ、○○県△△市の市街地に小型飛行機が墜落し、付近の民家一棟が全焼しました。
この事故により、住宅内にいた男性(20)が死亡したものと見られています。
発見された男性の遺体は、ゲームコントローラーを握ったまま恍惚とした表情を浮かべていたとのことです。
現在、消防や警察が詳しい事故の原因を調査しています。
◇◆◇
目が覚めると、僕は森の中の巨大な台座の上にいた。
風が身体を叩き、木の葉に頬を撫でられている。何年振りかに嗅ぐ草木の香りが、僕の鼻をくすぐった。
「……およっ?」
我ながら間抜けな声だな、と遅れて思う。
どこだ、ここは。
周囲を見回してみると、台座の上にいた他の人と目があった。集まっている人数はおよそ十数人。見た感じ、年齢は全員僕と大して変わらなさそうだ。男女の数はほぼ半々である。
全員、僕と同じ状況なのだろう。誰もが瞳の中に困惑の色を浮かべている。
そんな僕らに対して、台座の下で横一列に並ぶ黒いローブの集団が声をかけてきた。
「──ようこそ、異界から訪れし者たちよ」
彼らは、僕たちに状況を理解させるべく、順序立ててゆっくりと説明を続けた。
曰く、この世界は僕たちが今までいた世界とは、異なる次元に存在する世界であると。
物理的な法則は共通だが、魔力や魔法やスキルといった神秘の力が存在していて、人類以外の種族が生息していると。
そして僕たちは、元居た世界で死ぬ運命だった所を攫われて、ここに召喚された、と。
「状況は理解して頂けたかな、諸君」
「……つまり、これは俗に言う異世界転移というわけか?」
台座にいた一人がそう問うと、黒ローブたちは首肯する。
「その通りだ」
……。
…………。
なるほど、な。
あぁ、十分だ。
完全かつ完璧に理解できた。
つまりそういうことか。もはや事実に疑いの余地はない。
……異世界転移? アホ抜かせ。
これ、単にこういうゲームってだけだわ。
◇◆◇
どうやら、元の世界に戻る手段はないらしい。
それを聞いた者たちの反応は様々だった。
戸惑う者。喜ぶ者。嘆く者。叫ぶ者。暴れる者。
どいつもこいつも、プレイヤーだとしたら迫真の演技すぎて逆にドン引きだ。恐らくはプレイヤーである僕と同じ境遇という設定の、NPCなのだろう。
一応、僕も適当に「ワー、ナンダッテー」とか「オウチカエシテー」とか言っておくことにした。
「皆さんには、それぞれ特殊な能力が備わっています。それを我々は『ギフト』と呼んでいます」
ギフト。
それはこの世界の住人には備わっていない、異世界からやってきた者に固有の能力。
何でも、次元を超えて世界を越境する際に、到着先の世界に合わせて肉体が再構成されるらしい。その副効果として『ギフト』なる能力が発現する。
例えばすべての魔法属性に適正を持っていたり、魔獣を従えることが出来たりと、特に訓練することもなく戦術兵器としての価値が見いだせるのだとか。
黒ローブたちはそのギフト保有者を人類の救い手として期待し、僕たちを呼び出したのだ。
「チート能力で無双できるってことか!?」
「すごーい! 夢みたいっ!」
「へへっ、俺のギフトどんなだろー?」
僕は周囲が沸き立つほどに自分の心が冷めていくのを感じていた。
最初から強い状態のゲームの何が楽しいんだ。成長の余地があるからこそ、その世界をやり込めるんじゃないか。
……いや、こんな風に考えているのは、僕がこの世界をゲームだと確信しているからか。
もしも現実で異世界転移が起こり、労せずチートみたいな能力を手に入れたとしたら、僕も彼らのようにはしゃいでいたかもしれない。
一通りの説明を受けた後、僕は他の者と共に、その国の研究機関まで連行された。
そこで僕は──
「……あちゃ~、君ハズレかも」
──ギフト無し、との診断を受けていた。
確率的には百人に一人くらい、転移者なのにギフトを持たないハズレ個体がいるらしい。
……うん、だろうとは思ってたけども。
高難易度のゲームだと聞いていたし、プレイヤーには何らかのハンデが課されると覚悟していた。それに欲しいとも思っていなかったしな。僕はその事実を淡々を受け入れた。
「ドンマイw 君の人生、地獄確定っ!ww」
嘲るような態度を隠さない研究員。
うっせぇわ。僕くらいのゲーマーになると、多少ハンデがあるくらいで丁度良いんだよ。
……などと内心強がってはみるものの、一か月後、研究員の言っていたことは事実となる。
◇◆◇
──ここが地獄か。
ふと、本気でそんなことを考えてしまう。
「六十六番!! 誰が手を休めて良いといった!!」
バチン、と背中を鞭で打たれるような音がした。
そう、音がしただけだ。
痛みはその比ではない。
「~~~~ッッ!?!?!?」
背中に乗せられた爆弾が弾け、皮膚を燃やすかのような感覚が迸った。
反射的に涙や鼻水といった体液が飛び散り、少しでも痛みを全身に分散させようと、身体が勝手に蝦のように跳ねる。
平衡感覚が麻痺し、もはや自分が地面に這いつくばっているのか宙を舞っているのかさえ分からない。
「寝るな六十六番! まだ訓練は終わっていないぞ!!」
「ぁ、あっ、は……っ! ぅぐぁ……っ!!」
追撃とばかりに、更に力の乗った鞭打ちが続く。
のたうち回る中で、上裸になった自分の肉体が視界に入った。肌色よりも血が浮き上がったような赤の面積の方が広い。実際に血も流れている。どれだけ流れたのか、自分で滑って転んでしまうほどに、床も深紅で濡れていた。
──どうやら僕を呼び出した国は、即戦力にならない異世界人を食わせるほどの余裕もなかったらしい。
そこで僕に与えられた仕事は、特に激しい戦争地域への殉職覚悟での特攻任務だった。要は体のいい追放であり、処刑という訳だ。
とはいえ職域としては軍務に該当するので、一応は任務前に軍隊式の訓練を受けることになる。そこで僕は魔力の使い方や剣術を学び、基礎筋力を高めることとなった。
訓練期間は三週間で、かなり詰め込まれてる分、内容はかなり濃密だ。
うっかり殺されそうになるくらいには。
「六十六番! 腕立て伏せだ! 今すぐに再開しろ!!」
「……ぅ、ぁ…」
──朦朧とする意識の中、僕はこれまでの人生を振り返っていた。
勉強も運動も出来ない僕が、唯一誇れたこと。
その誇りを貫くために、唯一努力を続けられたこと。
ゲーム、ゲーム、ゲームだ。それだけが僕の人生を彩ってくれた。
なんで、そうなったんだっけ……。
かつて、家で僕を待つのは親からの暴力だった。学校で僕を迎えるのは容赦のない虐めだった。隣人から僕に向けられるのは侮蔑の籠った冷たい眼差しだった。社会が僕に与えてくれたものは、何もなかった──。
……ただ一人、ゲーム屋のおっちゃんだけを除いて。
バチン、バチン。
衝撃が身体を揺らすたびに、痛覚が遠くなっていく。
始めはゲームを買う金すらなかった。
でも、学校で僕を虐めた奴らが話しているのを聞いて、僕は初めてそれを欲しいと感じた。
だから盗んだんだ。
当然、その場面は監視カメラにバッチリと映ってしまっていて。
後日ゲーム屋の前を通った時に、僕は店主のおっちゃんに呼び止められた。
怒られる。殴られる。殺される。死にたくない。
本気でそう思った。
おっちゃんは僕の傷だらけの手足を一瞥すると、何かを察したようにこう言った。
──楽しかったか? 坊主。
──欲しいのあったら、またいつでも来いや。
「腕立て伏せだ六十六番!! あと百回! 腕がもげるまでやってもらう!! さもなくば殺すぞ!!」
「がッッッ、アア゛……ッ!」
あのおっちゃんのおかげで、僕は知れたんだ。
ゲームの世界だけは、僕を歓迎してくれるって。
だから誓った。せめてゲームだけは頑張ろうと。
誰に馬鹿にされても、笑われても、この研鑽だけは続けようと。
バチン、バチン、ブチッ!
音が、肉が裂けるものにかわった。
──この世界はゲームだ。
──僕は今、始めて僕を歓迎しないゲームに出会っている。
辞めたい。逃げたい。泣きたい。痛い。辛い。寂しい。苦しい。哀しい。助けて欲しい。
心の底から噴出してくる本音を、まるでこの状況を俯瞰で見ているかのように、もうひとりの僕が踏みつぶした。
──ふざけるな。
「まだ、やれる……っ!」
「……ほう」
──どれだけ現実を模していようと、これはゲームだ。
──ゲームなら頑張れる。
ここは人生のおよそ全てを放棄した僕が、これだけは頑張ろうと最後に残した場所の一つなんだ。
死にそうなくらい辛くても、発狂するくらいキツくても、僕はそれを喜んで乗り越えよう。
「ギフト無しのカスなど、本気で殺してやろうかとも思ったが……気が変わった。名を名乗ってみろ、六十六番」
「リオです。僕の名前は、リオです……!」
「ではその名、貴様が死ぬまで覚えておいてやろう、リオ。──訓練を続けろ!!」
「はい……っ」
僕は、随所随所で骨が剥き出しになっている死に体の身体で、腕立て伏せを再開した。
腕が使えないなら指で。指が使えないなら顎で。顎も使えないなら歯で。何処も使えないなら魂で。
教官に言われるがまま、身体を持ち上げ続けた。
◇◆◇
僕は全く泣き言を言わなくなった。
骨格の強度を上げる訓練と称して全身を粉砕骨折させられても、筋繊維の密度を上げるために手足の肉を切り刻まれても、魔力を身体に定着させるために脳を麻酔なしで直接弄られても。
徹底的な破壊を受け、その度に回復魔法で元通りになり、何度殺されかけたって。
僕は一切折れなかった。
だって、これゲームだもん。
ゲームでだけは、僕は折れるわけにいかないんだ。
どれだけ鮮明に痛みを感じても、精神を蝕むような仕打ちだって、全てプログラムされた電子情報を辿っているだけに過ぎない。
そう考えると、常人なら百回発狂して余りあるほどの拷問でさえも、自分を強くするための効果的なトレーニングとして受け入れられた。
訓練内容の全てには、経験値が伴っているハズだ。
事実、ステータスは数値化されていないものの、僕は自分が強くなっていくのを感じていた。
唯一の困りごとは、自傷行為に耐えながら「経験値……経験値……ぐへへ」と呪詛のように呟く習慣がついてしまったことくらいだが、些細な問題である。
それにしても、この世界のリアリティには日々感心させられてしまう。何度か、本気で異世界なんじゃないかと思いかけてしまった。
視覚以外の情報を再現する神経インターフェースなんて、聞いたこともない。
既にゲーム内では現実換算で数日の時間を経過しているが、現実での脳疲労を通知するアラームは鳴ってこないし、体感時間の凝縮もここまでのものは始めてだ。
……まぁ、僕は専門家ではないし、細かく考えておくのはよそう。
ただ一つ確実に言えるのはここがゲームの世界であり、僕がメキメキと強くなっていったということだ。
「六十六番……いや、リオ。お前ほどに根性の据わった者を、私は見たことがない」
教官は僕の肩に手をやり、我が子に語り掛けるように続けた。
「無謀な特攻隊として死なせるのは惜しい。どうだろう、我が養子にならないか? そうすれば多少は安全な地位を与えることができる……」
「養子? 安全な地位? 断固ノーセンキューです」
「な、何故だ」
「レベリングにならないからですよ。僕は早く敵と戦いたいんです。実践は訓練なんかよりも経験値の効率が違うはずですから。……そう、経験値だ。経験値さえあれば僕はもっと強くなれる。あぁ、経験値が欲しい……経験値……経験値経験値!経験値!経験値!もっと!もっともっと!!」
「ッ! 見事だ! その狂戦士の如き飽くなき力への渇望……! もはや私に止められはせんか……!!」
──そして、三週間の訓練の全過程が終了した。
共に訓練をしていた連中は皆、なぜが正気を失って自害してしまったので、現場配属にまでこぎ着けたのは僕だけだけである。
騒がしかった訓練場も、今となっては寂しい沈黙で包まれている。
……皆揃って自殺だなんて、危険なドラックでも流行っていたのだろうか。残念な気持ちもあるが、とりあえず僕だけでも生き残れてよかったとしよう。
戦地投入の日、僕は数日分の食料と鉄の剣のみを支給された。
「──リオ。当世界の人類のために、その命燃やし尽くしてこい。そして一人でも多くの敵を道連れにするのだ! お前の名誉ある殉職に、心から期待している!!」
とんだ激励の言葉もあったものである。
死ぬまで戦って可能な限り敵を殺してこいって? これがゲームでなきゃ逃げ出してるよマジで。
だがこれは恐らくメインストーリーの一部だ。教官は僕の生還を期待していないようだが、上手くやればなんやかんや運命の力が働いて僕が死ぬこともないだろう。
今はとにかく、早く敵を殺したい……。一人でも多く、一匹でも多く、その命を僕の経験値として吸収したい……なんか我ながら発想がヤバい方向に流れてる気がするが、きっと気のせいだろう。
「それでは行ってこい!」
教官に見送られ、虚空に浮かぶ楕円形の闇──転移門の中に僕は足を踏み入れる。
「行ってきマンモス」
僕の身体は粒子レベルにまで分解され、空間座標移動の波に流されていった。
そして僕は転移先の戦地にて知ることになる。
僕にギフトが宿っていないことを告げたあの研究員。彼が言っていた地獄の正体が、この訓練ではなかったことに。
──本当の地獄は、この先にこそ待っているということに。
少しでも「面白い」「続きを読みたい」を読みたいと思って頂けたら、お気に入り・評価・感想頂けると幸いです!
以下、簡単なキャラクター紹介
******************************
主人公
名前:リオ
年齢:20
特徴:無自覚に頭がおかしい人。特にこれと言った才能はないが、「ゲームだから」と割り切った場合に限り、精神力が人智を超越します。