『おーい、聞こえてるかー、なんてな。』
『え、メガ……フィー?』
目の前に立っているのは、死んでしまったはずのメガフィーだった。何が起こっているのか、情報を受け止めきれず頭が回らない。
『え、本当に聞こえてるじゃん!試しといて良かったー。』
深呼吸をして少し冷静になり、なんとか考えるがどういう状況なのかは理解できないままだ。
『なんで……。』
『俺、死んじゃっただろ?でもさ、なんか意識はあったんだよな。もしかして助かったのか、なんて思ったけど目の前で自分が死んでてびっくりしたぜ。でもありがとな、助けようとしてくれて。』
メガフィーは、自分が死んでいるとは思えないほど朗らかに話す。そんな姿を見て、どういう状況かなんてどうでもよくなった。
『違う、違うんだよ。僕は、ただ怖くなったから逃げただけなんだ。だから、ごめん。逃げて、ごめん。』
僕が頭を下げて謝ると、メガフィーは悩み始めた。
『んー、謝らなくても良いけどロアは気にすんだろうなぁ。こういうとき何て言えばいいかわかんねぇ!あ、そうだ、じゃあ俺にいろんな魔法見せてくれよ。それが結構心残りだったんだよ。』
『うん、わかった、約束する。すごい魔法使いになって、すごい魔法を見せる。』
『ああ、約束な。』
僕とメガフィーは、人差し指を合わせた。
「起きなさい、もう夜ご飯の時間よ。」
母さんの声が聞こえる。目を開けると、涙が側頭部を伝うのを感じた。
「もうそんな時間?」
体を起こして問いかける。夢のおかげか、心が落ち着いていた。
「そうよ。父さんも居るから、食べる前に少し話しましょう。」
「わかった。」
僕は母さんに着いていく。母さんの動きがいつもより固い気がする。多分メガフィーのことを知ったのだろう。それなら、話というのはそのことについてか。
リビングに着くと、肉のいい匂いが漂ってくる。椅子に座ると、父さんが話しかけてきた。
「なあロア。自分の選択に後悔してるか?」
「……わからない。」
(眠る前は、あそこで逃げたのは最悪の選択だと思ってた。でも冷静になると、そうでもない気がしてきた。あんな状況で良い作戦なんてなかなか思いつかないし、もし思いついたとしても上手くいくかなんてわからないから。でも、後悔はある。どうすればよかったのかわからないけど、後悔はあるんだ。)
「そうか……。父さんさ、明日どんな顔してメガフィー君の葬儀に行けばいいか分からねぇんだ。」
父さんが涙ぐんだ声で言う。
「……なんで。」
「俺は話を聞いたとき、真っ先に思ったんだ。ロアは無事なのかって。それでロアが生きてるって知って、良かったって思ったんだ。お前が、無事で……本当に良かったって。
俺はメガフィー君のことよりロアのことを優先して考えたんだ。酷いと思うかもしれない。でもなロア、全部を優先させようとしたら、全部失ってしまうこともあるんだ。
だから、選ばなくちゃいけない。その選択を後悔してもしなくてもいい。ただ、考えろ!そうすれば、その選択は少なくとも無駄じゃない。
……まあ、そんな感じだ。なあ母さん、今俺上手く言えてた?さっきまで考えてたんだけど。」
そう聞かれて、母さんは少し困った顔をする。
「私にはそんなことわからないわよ。そうね、でも言いたいことは伝わったんじゃないの?ロアの顔、さっきより引き締まって見えるもの。」
「ありがとう父さん。少し分かった気がする。」
あそこで逃げなければ、二人共死んでいた可能性は高いだろう。でもメガフィーを死なせてしまったことに後悔はある。そしてそれは、僕がした選択の結果だ。だからせめて、その死を無駄にしないように考えないといけない。そして、絶対に約束を果たす。
「そうか良かった!じゃあ早く食べるか。ご飯が冷めちまうからな。今日狩ってきたのは結構大物なんだ。」
肉に食らいつくと、肉汁があふれ出た。それがとても熱くて、舌がヒリヒリする。でも体が温まっていくのは、僕の心をもう少しだけ前へ向かせてくれる。
ご飯を食べ終わったら、水浴びの時間だ。
服を脱いで、水を浴びながらメガフィーのことについて考えていると、あることに気づいた。魔道具から出ている水は僕の手に当たっても消えないことだ。手を引いてみても、手は濡れたまま。泡を出して手を擦ってみても、手は泡立ったまま。
魔道具は、世界中にある魔素を魔力に変換し、決められた魔法を使えることができるようになる物だったはずだ。
(魔道具の詳しい仕組みは知らないけど、特殊な魔法を使うわけではないはず。エウレカさんの魔法だって、獣を凍りつかせていたし、絵本の魔法使い達も、当然のように敵へ魔法を当てていた。きっとそれが普通の魔法なんだろう。
でも、僕たちの魔法だけアイツを倒せなかった。少しの痛みも与えられなかった。僕たちが何も知らなかったから、弱かったから、何もできなかったんだ。)
僕は多分勘違いをしていたのだろう。魔法は、何でもできてしまうものだと、弱いものを助けてくれるものだと。そんな魔法の姿に憧れていた。でも、そんなことは強い魔法使いにしかできない。
(魔法は、力の差をより残酷に突きつけてくるものだったんだ。)
そんな簡単なことを、僕はようやく理解した。それから少しの間、自分の体から滴り落ちていく水滴を、ただ眺めていた。
意識を戻すと、考えているうちに体を洗い終えていたことに気づく。だけども、きちんと頭を洗ったのか記憶がはっきりしない。少し考えて、多分洗っていたと結論付けて、体を拭いて寝巻を着る。後は特に変わったこともなく寝る準備を終えた。
早く寝ようとするが、様々な考え事が浮かんできて中々眠れなかった。このままではずっと眠れないと考えた僕は、思考を断ち切ってただ数字を数えることにした。それが一万を超えた辺りでようやく眠ることができた。
こうして、僕の記憶に残り続けるであろう一日が終わった。
「準備はできたか?」
朝になり、葬儀へ行く準備ができた。着ていく服は、普段は着ない白い服だ。色以外はいつもと変わらないけど、この服を着ると少し緊張する。
「うん。」
「じゃあ行きましょう。」
葬儀は村の広場で行われる。そこへ向かうと、すでに何人かが集まっていた。地面には座布団が敷かれている。最前列には遺族しか座ってはいけず、二列目は三席空いてなかったので、三列目に座ることにした。
しばらくして葬儀が始まる。メガハさんが前に立ち、こちらを向いて話し始める。
「本日は、私の息子であるメガフィーの葬儀を行います。メガフィーの死を悲しむとともに、来世がより良いものとなるよう祈ります。」
涙を堪えながらそう言うと、後ろを向き、メガフィーの棺桶に向けて、両手を胸に当ててお辞儀をする。他者の幸福を願うときはこうするのだ。メガハさんが席に戻ると、シルフィーさんが立つ。こうして一人ずつ祈っていき、僕の番がきた。
僕は立ち上がり、棺桶の前まで歩く。棺桶の前では焚き火が行われている。水は生命を産み出し、火は死者を還すとされているからだ。僕は両手を胸に当てて祈る。
(メガフィー、ありがとう。メガフィーと遊ぶのは、とても楽しかった。本当に、本当に、ありがとう。絶対に約束を果たすから、見てて。)
小さく燃えていた火が、少しだけ大きくなったような気がした。
しばらくして全員の祈りが終わると、笛の音が鳴り始めた。その笛は
最後にメガハさんが、火に水をかけて消す。それと同時に僕達は祈る。
「これにてメガフィーの葬儀を終わらせていただきます。皆様、本日は本当にありがとうございました。」
そう言ってメガハさんがお辞儀をする。その後、皆が帰っていく。そこで僕は、二人の人物のところへ走り、呼び止めた。
「あの、メガハさん、シルフィーさん。」
二人がこちらを向く。
「ロア君か。息子と遊んでくれてありがとう。あの子は頑固だったから、迷惑かけたかもしれないね。」
「遊んだこと、よく嬉しそうに話してたのよ。」
話す二人に向けて、言う決意を固める。
「ごめんなさい!」
その言葉以外は、余計だと思った。息をのんで、二人の返事を待つ。
「……ロア君、謝らなくていいんだよ。実はね、昨日私たちの夢にメガフィーが出てきたんだ。後悔はないって言ってた。満足そうな顔をしてたよ。」
メガハさんは、一つ一つ、確かに思い返すように言った。
「だから一つお願いがあるの。メガフィーを忘れないで上げて。」
それは僕にとっては当たり前で、シルフィーさんにとっては切実な願いだった。
「はい。絶対に忘れません、絶対に。」
僕はその言葉を心に刻むように、固く、言った。
「ありがとう。」
それは安心したような声だった。
「それじゃあ、まだやることがあるから。またね。」
「またね。」
「はい、また。」
そしてメガハさんたちは去っていった。僕は父さんたちの元へ戻った。
「それじゃあ俺達も帰るか。」
父さんがそう言う。だけど僕には、やることがあった。
「父さん、僕はエウレカさんのとこで授業を受けてくるよ。」
「今日ぐらいは休んだ方が良いんじゃない?」
母さんはそう言うけど、僕の中ですでに答えは決まっていた。
「いや、行くよ。休んでたら駄目だと思ったんだ。」
「そうか。じゃあ行ってこい。」
「昼までには帰ってくるのよ。」
「うん、わかった。」
僕は走って、帰る途中のエウレカさんに話しかけた。
「エウレカさん。」
「ロア君、どうかしましたか。」
「魔法の授業してください、お願いします。」
僕がそう言うと、エウレカさんは少し驚いた顔をした。
「できますが、休まなくても良いんですか。」
「はい。早く強くなりたいので。」
「気持ちは晴れたようですね。わかりました。ロア君がやる気なら、私に止める理由はないですからね。ではテントへ行きましょうか。」