「……えっと。もしかして、今日のイタズラは僕に、かな?」
らしからぬ表情で自身を見つめる少女の姿と声音に、思わず左右を何度か確認した少年は自分を指さしながらただ苦笑いを浮かべ。
凡そ十秒程度、或いは少年にとっては一時間にも匹敵する感覚に、背筋に冷たい汗が伝った頃、少女は「にぱー」と笑顔を作りながら、こてんと首を傾けた。
「…そうなのですよ、驚きましたか?」
「心臓が止まるかと思ったよ…。古手、僕じゃなかったら失神してるよ」
「試しに圭一にもやってみますですか?」
「止めた方がいいと思うけど。休み明けでそのイタズラをされる前原の気持ちも考えてあげなよ?」
ふぅ、と大きく息を吐き出し。少年はぐったりとしたように机に上半身を預け。随分とだらしのない姿勢のまま、そして困ったような表情で右手で首をさすりながら、少年は溜息混じりの挨拶を口にするのだった。
「朝からこんな酷い目に合わされるなんてね…。はぁ、おはよう古手」
「ええ、おはようございますです、雪」
項垂れる少年をそのままに、笑みを浮かべたまま自身の席に着いた少女は、カバンの中身を机の上に並べながら、蚊の鳴くような小さな声でふと口を開いた。
「───助かったわ、羽入。たまには役に立つじゃない」
「机の中のノートに名前が書いてあって良かったのです。ボクじゃなきゃ見つけられなかったのですよ、梨花。お礼はシュークリームが欲しいのですよ、贅沢にカスタードクリームが入ってるちょっといいやつを食べて欲しいのです」
「…そうね、考えておくわ」
自身の横でふふんと胸を張る羽入には一切目もくれず。梨花は机に項垂れたまま、イタズラの支度を進める沙都子にちゃちゃを入れる、「雪」なる見知らぬ少年の背中をじっと見つめていた。
死を以て、時を遡るループに囚われた古手梨花の目の前に突如として現れた柊雪という名の少年の存在。それは、あまりにも新鮮かつある種の恐怖すら感じられるモノであった。
「困ったわね…。この世界の状況を確認する前にこんなことになるなんて…」
古手梨花が繰り返してきた世界において、突然新しい登場人物が現れることは無い。
同居人は当然、クラスメイトも、それこそ街ですれ違う人間ですらも。彼女はその名前も存在も把握している。
それこそ、園崎詩音や北条鉄平ですら初めから存在自体は認識していたつもりだ。それが繰り返しの中に関わるか、関わらないかという違いはあれど、古手家当主としての立場上、把握していなければならないことだったからだ。
だというのに、だ。この狭い雛見沢という村で、梨花の知らない人間がいる、ましてや同じ釜の飯を食うような立場に。なんて、彼女達の物差しでは到底ありえないような事態なのだ。
「でも、初めて会った人が犯人なんて…。そんなドラマみたいなことありえないのですよ…」
「私達は私を殺す人間が誰なのかを知らない。ありえない話じゃないわ」
「そ、それはそうなのですが…」
感情を押し殺した笑みのまま少年を見つめ続ける梨花は、羽入が何かを言いたそうな表情で口をモゴモゴとさせている事になど気が付くはずもなく。
案の定、沙都子のトラップに引っかかった圭一の騒ぎに、梨花と羽入のやり取りは中断されてしまうのであった。
〇
そして時が流れること、放課後。
特段何か起こることはなく、そして雪が何かを起こすこともなく。繰り返し続けてきた日常とほぼ何も変わらないまま、部活動の時間へと───。
(……部活?)
ふと、手に持ったトランプの整理を止め、梨花は机を挟んで座る圭一に視線を移す。
休み明け、確か雪はそう言っていたはずだ。つまり圭一は昨日東京から帰ってきたということであり、このパターンであればレナと圭一が宝探しをしに行くという流れであったような。
「どうした、梨花ちゃん。俺の顔になんかついてるか?」
「み、みぃ…。目と鼻と口が…」
「そりゃ全人類についてるっつーの!もっとこう、イケメンでダンディな顔が、とかさぁ」
「圭ちゃんがイケメンでダンディ…?休み明けだと冗談のクオリティも残念になっちまうみたいだね!」
キメ顔を取る圭一とそれを嘲笑う魅音。やり取りだけで言えば普段のそれとかけ離れたものではないどころか、見慣れたものではあるのだが。
「部活つってもなぁ、こんなトランプなんて運の神様が味方に着いてくれるかどうかじゃねぇの?」
「それはどうだろうねぇ、前原。油断してると身ぐるみ剥がされちゃうかもなぁ」
部活に参加することなく、小説を読みながらちゃちゃを入れてくる雪がいなければ、尚更見なれたものであったのだろうが。
わざとらしくくつくつと喉を鳴らしながら圭一にちょっかいを出しているあたり、タネは知っているのだろう。
「み、身ぐるみを剥がすって…。脅すなよ雪…」
「脅しで済むといいなぁ、前原ぁ…。いいかい、その部活は勝つことが目標だからねぇ…」
「はいはい、雪もあんまり脅さないでよ。圭ちゃんが怖がって逃げたらどうするの」
「だ、誰が逃げるか!ただのジジ抜きだろ!!」
あーあ、と羽入が頭を抑える声がふと耳に届いた。毎回同じような展開なのだから、わざわざ律儀にリアクションする必要も無いだろう。ましてや、彼女は梨花以外には、姿を見ることも声を聞くことも出来ないのだから。
どうせ圭一が負けることなど確定している部活だ。この言いようのない苛立ちをほんの少しでも軽減させられるような落書きでも考えておこう。そんなことを考えながら、梨花は手札の整理を再開するのだった。