梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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「───朝から随分な挨拶だね、古手。()()()、かな?」

 

 ふわり、と欠伸を零し。梨花の行動は想定範囲内だと言わんばかりに雪は落ち着いた様子を見せていた。

 いつも通りに沙都子と登校してきた梨花が、先に登校していた雪を強引に空き教室へと連れて行く、なんて普段ならばあるまじき梨花の行動であったにも関わらず。彼は凄む彼女を見ながら、寝ぐせのついた髪の毛を撫でていた。

 

「どうせアウ…、違うか。羽入から話を聞きだしたんだろう?わざわざ僕の口から確認を取る必要はないと思うし、当然あれ以上話すことはないんだけども」

「……っ、やっぱり羽入の言っていたことは本当だったのね」

「成程。いや、まさか、君の親友たるオヤシロさまの言葉を疑って僕を無理やり引き摺ってきたわけかい?」

「羽入の言葉を疑っているわけじゃないわ。ただ、これに関しては自分で確認する必要がある、そう思っただけよ」

 

 元から意味不明だった彼の事、となれば()()なった以上、最後は自らの手で確認するほかない。ましてや、現在たらこ唇になっている羽入から無理やり聞き出した情報が本当に正しいのであるならば、彼から情報を引き出すことは何よりも優先すべきことだろう。

 

「…で、何から確認がしたいのかな。僕が()()()()()()()L()3()、つまりは北条と同じ段階まで症状が進行していることを、かい?それとも、オヤシロさまの名前が羽入であることかい?それとも───」

「全てよ、あんたが知っていることの全て。何故雛見沢症候群を知っているのか、何故羽入の存在を知っているのか、何故私が繰り返し死に続けていることを知っているのか。ありとあらゆる全てを教えなさい」

 

 羽入曰く、彼は羽入の存在は知覚しているが黒い人型の靄程度にしか見えておらず、声もまともに聞こえない。故に会話になるはずもなく、ただただよく分からない一人語りをさせて終わってしまった、とのことであった。

 ならばこそ、声も存在も完全に確認が可能な梨花が問いただせば、彼女が真に欲するまともな言質が得られる可能性がある。そんな淡い期待と再び芽生えた疑念に、もはや手段を選んでいる場合ではなかった。

 

「どうしようかなぁ…。言えることと言えないことがあるんだよなぁ…。()()何処まで言っても大丈夫だと思う?」

「何処まで…!?私をおちょくってるの…!?」

「ん…?ああ、違うよ。おちょくってるつもりはないんだけどさ、僕だって今死にたいわけじゃないからねぇ…」

 

 演技のようで、そして本気にも見えてしまう悩んだその表情で、雪は梨花の顔をじっと見つめていた。情報の提供には自分の生死がかかっている。そう直接伝えられた言葉に、梨花は何某の理解を示すことは出来なかった。

 まるで彼の背後には彼の始末程度簡単に行えてしまうような組織でも存在するのか、或いはただの虚言か。ただし何故かはわからないが、少年の言葉には嘘偽りがないように聞こえていた。

 

「そうだね、まず僕が雛見沢症候群を発症している理由ぐらいはいいかな。とはいえこれも教えられるのは表面的なことだけだけども…」

「表面的…?意味が分からないわね……」

「理解をしろとは言わないよ、言うだけ無駄だしね。兎角僕の症状が進行した理由に関しては単純で、まだ園崎の本家でお世話になっていた頃に、僕は僕自身について調査したんだ。その時に過度なストレスを感じてしまったが故ってところかな。実の親が少し、いやかなり特殊でね…」

 

 これが創作であれ、真実であれ、矛盾を感じるような箇所は無かった。概ね起こりうる結末ではあるだろうが、とはいえそれを雛見沢症候群であると知った理由までの説明もまた。

 と、雪の発言を咀嚼している梨花をよそに、雪はあっけらかんとした様子で肩を竦めた。

 

「ここまで症状が進行すると、オヤシロさまの存在を知覚することがあるっていうことを正直失念していたよ。まあ、何となくそこにいるんだろうなって感覚だけだし、声も聞こえないし…。おっと、正直に話せるのはここまでなんだよね」

「何がおっと、よ…。話しなさいと言っているでしょう…!」

「やれやれ、そんなに怖い顔しないでよ。言ったはずだよ、今はまだ死にたくないってさ」

 

 それはまるで今でなければ死んでも問題が無いと言っているのと同義なのだが。残念ながら、頭に血が上っている梨花はその言葉の真意に気が付くことは無いようであった。

 辛うじてその言葉の意味を理解していた羽入の眼は、妖しい紅い光を放ちながら梨花の背中をじっと見つめていた。

 

「と、いうかさぁ。わざわざ危険を冒してまで君が知りたい情報を教えてあげる必要が何処にあると思う?僕にとって利が無さすぎるとは思わないかな?」

「そんなこと……っ!!」

「知りたいことは()()()()に任せればいいと思うけどね。助かりたいと思うならまず助けを求めることから始める。そんな初歩的な行動すらしていない人間を助けてあげるほど、僕は聖人じゃない」

 

 深い溜息の音が二人だけの空き教室に響く。心の底から梨花を侮蔑する表情を浮かべた雪は、梨花から僅かに距離を取り直すと、適当な椅子に腰を掛けた。

 

「甘えすぎだよ、君は。悲劇のヒロインでも気取ってるつもりかい?」

「そんな、つもりは……!」

 

 梨花にだってそんなつもりは毛頭ない。ある日、突然過去に戻っていた。それが、自分にしか見えない親友たる羽入の仕業で、しかも過去に戻った理由は梨花が死んだから。突然そんなこと言われたって信じられるはずもなかった。

 だが、たった数回でそれが真実であったという確証を得てしまい。そして更に回数を追う毎にどう足掻いてもその未来から逃れられないのだという現実を突き付けられたのだ。

 そんな状況が数百、或いは数千年にも続き、助けを求めて何が悪い。自身の頭で思いつく行動は全て起こした、それでも好転せぬ状況に諦めて何が悪い。どれだけの経験を得ようが、どれだけの時間を経ようが、小学生の身体から一切成長することができない彼女に出来ることなどたかが知れている。

 だが、目の前の少年は何故か梨花に起きた事を知っているどころか、明らかに解決の糸口につながる情報を持っている。それなのに、助けるつもりはないと言い切られてしまった。

 顔の前にぶら下げられた、絶対に届くはずの無いと知ってしまったその人参を目指して無駄に走ってしまっていた梨花は、ただ俯くことしかできなかった。

 

「恐らく、君はこのカケラで初めて僕に出会ったはずだ。まさか開口一番誰だ、と問われるなんてこれっぽっちも思って無かったけど…。兎も角、遠い過去にやってみたように、どうして僕に助けを求めようとはしなかった?」

「……そんなこと、いままでどれも成功なんて」

「…あぁ、知っているとも。まさか羽入を送り込んでくるとは思わなかったけども、概ね君の行動は想定の範囲内だね。助けられたいと願っていながらも、その心の奥底では既に諦めをつけてしまっている。だから昨日までに起こった何某を見逃すんだ」

「…………」

「折角だし一つだけヒントを上げよう。僕は繰り返す者である古手梨花を探していた」

「私、を……?」

「ああ。僕の目的は君が望む結末とは何一つ関係ないが、君が辿り着くであろうゴールとは必ず重なる、それぐらいは嘘偽りなく真実であると約束してあげられる」

 

 梨花が求める結末もゴールも惨劇の回避、つまりは無事に七月を迎えること、と表してもいいだろう。

 となれば雪の目的も七月を無事に迎えることなのだろうか。しかし、それならばわざわざ話せないなどと言う必要は無いはずだ。加えて雪の語りを真に受けるのならば、惨劇の回避は梨花が辿り着くゴールではないと言わんばかりであった。

 なんて、そんな考えはお見通しだと言わんばかりに、雪はふっと鼻で彼女を笑った。

 

「だから、ゆっくりと時間をかけてチェス盤をひっくり返してみてもいいと思うよ。僕の視点に立って、何故、どうやって、何時から僕が君を探していたのか。まずはそこから考えてみるといい」

 

 とて、梨花には考える時間も、そこから行動を起こす時間も足らないのだ。後一週間かそこらで彼女は死んでしまい、また振り出しに戻されてしまう。

 まるで何度も死に戻りをしながら考えてみろと言っているようで、甚だ信じられなかった。死ぬことを前提とした推理など、普通の人間が思い付くような考え方ではない。

 

「古手だけじゃなく、君達も探してみてもいいんじゃないかな。まだ答えに辿り着くには情報が少ないのかもしれないけど、考えるぐらいは損じゃないんだし、どうにかして古手にその情報が伝わってくれるやもしれないしね」

 

 そう吐き捨てた雪の眼は、最早梨花を、そして羽入すらも見てはいなかった。ただ羽入の眼の光を反射して、ほんの僅かに紅く輝きながら、あらぬ方向を眺めていて。

 あたかも梨花や羽入の向こうに別の人物がいるかのような。この世界を鑑賞している何かしらの存在に向けて発したような彼の言葉は、理解の範疇を遥かに超えていた。

 

「さて、と…。古手はまだ話を続けるつもりかい?」

「……ま、だ聞きたいことは残って───」

「君の欲しがる答えは出してあげられないんだけどねぇ…。まぁ、君の行動次第では僕が喋らざるを得なくなることもあるかもしれないけど」

 

 と、雪は不意に立ち上がりグッと背筋を伸ばした。

 

「残念だけど、そろそろ始業のチャイムが鳴るよ。先生が来る前に教室に戻らないと、ね」

「ま、待ちなさいっ、話はまだ……!」

「この話の続きはまた後日。教室に戻って来たら口調は気を付けるんだよ?」

 

 彼を引き留めようとする梨花に対し、強引に話を切り上げた彼はそのまま彼女を残して廊下へと消えて行ってしまった。

 結局、雪に対する疑問が解消できるどころか更に増えてしまっただけ。希望に全く繋がらない絶望を突き付けられただけの凡そ数十分に、梨花は歯をギシリと音を鳴らし、近くの椅子を思い切り蹴飛ばすのだった。

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