梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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「狡いですわっ、梨花!!」

 

 まるで異議有りと、声高らかに叫ぶ弁護士の様に。自身に向かって突き立てて来た人差し指に、梨花は困ったように苦笑いを作った。まあ、まるで、ではなく、正しく異議が有るのだろうが。

 何がやねんと謎の関西弁でツッコミを入れたくなる程度には脈絡が無く、そして身に覚えのない糾弾に何と返せばよいのやら。見事に「バーン」と効果音が付きそうなポーズは、今の荒んだ精神状況にはかなり鬱陶しかった。

 

「みー…、急にどうしたのですか?」

 

 準備運動でじんわりとかいた額の汗を拭い、梨花は努めて可愛らしい仕草で首を傾げた。

 

「朝から雪さんと二人きりでご内密の話なんて…。どうして私を誘ってはくれませんの!?」

「ご内密だからご内密なんだけども…。いや、まあ祭りの話だよ、もう今週末だからね」

「……!み、みー、そうなのですよ!」

「祭りの時ぐらい手伝いに来いって母さんが喧しいんだ。園崎がサボるから、そのツケが弟の僕に回ってきてるってワケ」

「ちょっと!?私は私のやることぐらいやってから遊んでるんだけど!?」

 

 雪にしても話していた内容が露呈するのはよろしくないのだろう。何食わぬ顔で真っ赤な嘘を吐いた彼は、最も安全な方向へ話の舵を切るのだった。

 

「圭一さんが雛見沢にいらして以来、圭一さんに占領されたかと思えば今度は梨花ですの!?」

「みー、今日の沙都子はなんだか怖いのですよ…」

「圭ちゃんは罪な男だね…」

「俺のせいじゃないだろ!!」

 

 どうやら、というよりも。既に凡そ察してはいたのだが、このカケラの沙都子は雪にお熱らしい。先日のデートの様子や普段の態度を加味すると、その線が濃厚だろう。

 年齢の近い男子が、しかも園崎家の者が北条という色眼鏡をかけずに対応に扱ってくれている。そんな環境がこうさせた、とでも思っておこうと自己解決する梨花であった。

 正直に言って、沙都子の色恋よりもあのやり取りを経た当人が何食わぬ顔をしていることが一番気に食わなかった。此方が欲しい情報をまともに寄こさず、ましてや苦言まで呈してくるとは。大きな舌打ちをかましたいどころか、ロッカーの中にあるはずの悟史のバットを頭に思いきり振り下ろしてやりたいとさえ思っていた。

 

「とりあえず沙都子の文句はいいとして…」

「な、なにを言っているんですの!?」

「しかし、これが体育の時間とはな…。転校前じゃ信じられない光景だぜ」

「圭一さーん?私を無視しないで頂けますことー?」

「仕方ないじゃん、年齢も性別もバラバラなんだしー」

「魅音さんもですわよー?」

「一応ね、体育の時間は校庭で体を動かすことのだけが決まりなの」

「レ、レナさんもですの……!?」

 

 およよ、と崩れ落ちた沙都子の姿に涎を溢れさせるレナの目は、正しく捕食者のソレであった。残念ながら沙都子は既に獲物として認識されていたわけで、それこそ、準備運動でほんのり食べ頃になった辺りから。

 そんな沙都子に触れることも、そして話に混ざることもせず、話を進める部活メンバーを眺めながら、雪はボソリと。

 

「体育なんて無くていいのになぁ…」

 

 と、一人呟くのだった。

 この少年、雛見沢の健康優良男児かつ園崎家の人間でありながら、実の所運動があまり得意ではないのであった。その最たる原因は体力の無さにあり、今日の所もこの準備運動で情けない表情を浮かべていた。

 

「さて、魅ぃちゃん。今日の体育はいったい何をやるのかな?かな?」

「教師じゃなくて魅音が決めるのかよ…」

「知恵しか先生が居ないからしょうがないのですよ」

「───瞬発力と持久力。スポーツの世界においては仲間などいない。全てがライバル!信じられるのは己の肉体のみ!」

「何だそりゃ、漫画の読みすぎだろ」

「ってわけで温故知新!古いながらも全ての要素を詰め込んだ屋外乱戦の王様、鬼ごっこで行こう!」

「僕には園崎が何を言ってるのか分からないよ、これが昭和かぁ…」

「元気を出してくださいませ、雪さん!私が一緒に走って差し上げますわ!」

 

 目の前で繰り広げられる収拾のつかない阿鼻叫喚に、梨花は笑顔を貼り付けながら「いい天気だな」と現実逃避していた。

 雪一人が混ざるだけで普段の流れから遥かに狂う現状を、前向きに希望と解釈するにはあまりにも無理がある光景で。最早何も考えたくなかった。

 兎角、現実逃避している間にいつも通りのゾンビ鬼が始まることが決まり、彼女の内心は言い表し難い安堵感に満たされるのだった。

 

 〇

 

 結局のところ、これまた例に漏れず魅音のセクハラに答えられず、鬼をやることになった沙都子がケーキの問題に首を捻ることとなり。

 それぞれが校庭の方々に散っていく中、梨花はちゃっかりと雪の後を追いかけるのだった。

 

「……鬼は北条だと思ってたんだけどなぁ」

「そうね、鬼ごっこの鬼は沙都子。でも雛見沢には他にも鬼がいるのよ」

「君がそれを言うんだ…。いや、まあ鬼、ね。もしかして朝の話の続きでもするつもりかい?」

「当然でしょう?寧ろ何故聞かれないと思っているのか聞きたいぐらいね」

「助けるつもりは無いって言ったはずなんだけどなぁ…。もしかして、雛見沢の女の子って結構頑固なのかねぇ」

 

 ひっかけ問題の答えにようやく気が付き、怒りの表情を浮かべながら圭一を探し始めた沙都子から視線をずらさぬまま、雪は僅かに首を掻きながら溜息を零した。朝の段階で何とか言いくるめられたつもりだったのだろうが、想定よりも梨花の諦めが悪かったらしい。

 

「言ったろう、今日の時点で答えられることはないってさ。それに、僕が与える情報が全て得だとは限らないだろう?」

「その情報の損得は私自身が決めること。大人しく話した方が話は早く済むわよ」

 

 ふぅ、と雪の口から再び深い息が漏れ。

 

「……やれやれ、()()()は面倒だね。ところで、余所見していていいのかい?」

「何のはな──────ヒィッ!?」

「りぃぃぃぃかぁぁぁああっ!!!」

「ぶべらッ!?」

 

 鬼をも殺しかねない形相で梨花にタックルを仕掛けた沙都子と、それに気が付く事もなくそのまま腹部に食らった梨花はらしからぬ断末魔を上げ、そのまま地面に倒れ込み盛大な砂埃を起こすのだった。

 傍から見れば、女子小学生二人がくんずほぐれつ絡み合っているという入江事案なのだが、沙都子のあまりの形相に流石の雪でさえ苦笑いすら浮かべることが出来ていなかった。少なくとも鬼ごっこを忘れていた梨花にも問題があるのだが、これに関しては同情する他なく。

 

「また雪さんと二人きりになろうとしてぇぇぇええっ!!」

「ご、誤解なのです!!」

「五回も六回もありませんわ!!今日という今日こそはぁぁぁぁ!!!」

 

 因みに、何度も繰り返すが彼等がやっているのはただの増え鬼である。ゾンビ鬼とも呼ばれているが、決してプロレスでは無い。

 

「じゃ、じゃあ僕は一旦逃げるから……」

「けて……助けてなので、す……」

「お待ちなさいな!!雪さんも捕まえて差し上げますわ!!」

「前原だけにしてくれ!!」

 

 光を失った瞳でぼんやりと空を眺めながら涙を滲ませる梨花の上からゆらりと立ち上がった沙都子は、逃げ始めた雪を次の標的として追いかけ始め。

 そんな様子を観測することしか出来ない羽入はただただ心配そうな表情で梨花の顔を覗き込むのだが。

 

「り、梨花ぁ…。大丈夫なのですか……?」

「これが……、大丈夫に見えるなら、あんたの目は節穴よ…っ!こんなこと、初めてよ……っ!!」

 

 絶対に雪は私が捕まえる。そんな決意で立ち上がった彼女もまた、沙都子に追われる雪をロックオンするのであった。

 この時間だけは話は関係ない。あいつも同じ目に合わせてやらないと気が済まない、と。体操服の土を軽く払った彼女は、かぁいいモードのレナを彷彿とさせる狩人の面持ちとなるのだった。

 

 どうでもいい余談だが。ケーキの問題でヘイトを稼いだはずの圭一は、雪のおかげで本来よりも長く逃走することが出来たとかなんとか。無論、レナと魅音が逃げ切れたという結末は変わらなかったのだが。

 

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