綿流し。それは雛見沢村で年に一度だけ催される祭りであり、雛見沢の人口の約半数は訪れるのではないか、とまで言われている。
とはいえ、村人が祭りに参加するようになったのもここ数年の話で。以前は御三家の重鎮たちを含む少数が祭りと称して酒盛りをするだけの質素なものであった。しかし、オヤシロさまの祟りが自分に巡ってこないという不純な動機で、祭りの規模はここ数年で大きくなり。圭一達のような若い世代にとっては、遊びの機会が増えるという嬉しい展開になったのであった。
ましてや受験勉強で缶詰になっていた圭一にとっては、祭りを楽しむなど実に久方ぶりの経験であり、それこそ修学旅行の前日に眠れない子供の様に綿流しを楽しみにしていた。
のだが。レナと魅音と共に古手神社に訪れた圭一は、彼等を待っていた人物の姿にボーっと突っ立ったまま瞬きを繰り返すのだった。
「───み、魅音が二人いる…っ!?」
「あちゃぁ……。来ちゃったのかぁ……」
「来ちゃったって何ですか、お姉。折角興宮から来たんですから、笑顔で受け入れるのが姉ってもんじゃないんですかぁ?」
ゲェ、と汚い声を漏らした魅音と、瓜二つの少女を見比べる圭一の上には「?」が立派に実っていた。お姉という単語から察するに妹か年下のいとこなのだろうが、予告も無しに突然目の前に現れてくれたおかげで圭一の脳味噌は全くと言っていいほど動作していなかった。
「詩ぃちゃん!」
「はろろ~ん、レナさん。お久しぶりです」
「詩ぃちゃんが来るなんて思ってなかったから嬉しいな!嬉しいな!」
「あれ…。雪には言いましたよ?」
「………ごめん園崎、言い忘れイダダダダダッ!?」
「ゆぅ~きぃ~……!!」
詩音と共に彼等を待っていた雪が下げた頭にグリグリと拳を擦りつけた魅音であったものの、言動とは裏腹に満更でもなさそうな笑みを浮かべていた。
そして、漸く脳味噌の再起動が終わった圭一は騒ぎ回る彼等に向かって口を開いた。
「そ、そろそろ俺にも分かるように教えてくれませんか……?」
「ああ、すみません。園崎の綺麗な方、園崎詩音、お姉の双子の妹です。それと、圭ちゃんの事はお姉からよく聞いていますよ?」
「ちょっと、詩音!!」
慌てて詩音の口を押さえに入ろうとする魅音の頬が紅潮していることに、圭一は気が付かなかった。と、いうよりもそれに気が付くよりも先に彼等を待ち飽きた二人がわざわざ探しに来たため、それどころではなかっただけなのだが。
「あらあら、お祭りに入る前からずいぶんと賑やかですわねぇ……。って、詩音さん!?」
「みー、多分そのくだりは一回終わってると思うのですよ。お待たせされましたですよ」
巫女服の梨花と沙都子の二人が人込みを書き分けながら境内の方から姿を現した。概ね、彼等を待てなかった沙都子が大騒ぎして迎えに行くハメになったのだろう。
そんなことよりも、梨花もまた詩音がこの場に現れたことに内心かなり驚いていた。雪というイレギュラーで何が起こってもおかしくないと諦めは付いていたものの、まさか詩音まで現れるとは思ってもいなかったのだった。
盛大な溜息を我慢した瞬間、梨花の身体に何かが飛び付いてきたような感覚に襲われた。
「わぁ~あ!梨花ちゃん……か、かかかかか…かぁいい!!お持ち帰りぃ!!」
確認するまでもなく、レナに抱えられただけなのだが。肩で息をするぐらいには興奮しているようで、身動きが取れない程度にはガッチリとホールドされていた。
「竜宮、服だけは汚さないでよ。婆ちゃんに叱られるのはごめんだからね」
「えへ、えへへへへへ……」
「ダメだぜ雪、ありゃもう聞こえてない」
「おーまいがぁ……」
リアクションの教科書、というものが仮に存在したのならばお手本として載せられるほどの綺麗な所作で雪は地面に崩れ落ちた。
そこまでオーバーリアクションを取る程か、なんて疑問はあったものの。その光景に梨花が抱えてるストレスはほんの僅か、数ナノ分程度は発散されるのだった。
もう少し未来の世界ならば絵文字で例えられそうなほどにしょぼんとした表情で立ち上がった雪は、かつてないほどに深い息を吐き。
「ま、まあいい…。婆ちゃんの縫物がそう簡単に破けるわけないし…」
「そうそう、そんな簡単に婆っちゃの服が破けるかっての。じゃなきゃ部活なんてできっこないよ!」
「お姉のその恰好じゃ説得力も何もないですけどね。……ああ、それと。振り向いてほしいならもうちょっと女の子らしいカッコしたら───」
「詩音!!」
「喧嘩するなよ園崎……」
「どっちの園崎だよ雪…。二人がいる時ぐらい名前で呼べよ…」
既に詩音がいる事に対する疑問はなくなったのか。園崎と共通して二人を呼ぶ雪に、どちらを読んでいるのか当然理解できない雪は困ったような表情を浮かべ、そして雪までもが何故か眉を顰めていた。
「こう……、ニュアンスと雰囲気で察してほしいなぁ、なんて…」
「無理だろ!!」
「そう、だよなぁ……。はぁ……」
しわくちゃな顔で肩を落とした雪に、圭一は何故そこまで意固地になってまで魅音と詩音を名前で呼ばないのかと猶更不思議だった。
義理とはいえ、姉弟の関係であるのだから呼び捨てでなくとも、例えば「魅音姉ちゃん」だの「詩音姉さん」だの、いくらでも呼び方はあるはずなのだ。しかし、雪は今まで、と言っても圭一にとってはまだ数週間程度だが、全員を名字で呼ぶことを貫いていた。
だが、こうして苗字が同じ者が同じ場所に集まってしまったのだからどうしようもない。何が嫌なのかは知らないが、今日だけでも名前で呼んでもらわないと会話にならないのだ。
当然それを理解しているのか、はたまたもうどうしようもないと諦めたのか。口を尖らせたまま、雪は渋々口を開いた。
「………魅音、こんなところで喧嘩はしないでほしい」
「はぁい。雪がそういうから、仕方なくですけどねぇ………、あっ」
「……あっ。し、詩音あんたねぇ!!」
あっ、とは。
「詩音も頼むよ……」
「ったく、しょうがないなぁ……。雪に感謝……、あっ」
「……あっ、じゃないですよお姉。悪ふざけは止めろって言われたばっかですよ?」
「………こういう悪ふざけが始まるから名前で呼ばないようにしてるんだよね」
「な、なんつーか…。双子ならではの悪戯だな……」
再び深い溜息を零した雪に、圭一は同情するように彼の肩に手を乗せた。
当然、当事者を除いた部員達は悪ふざけだと言った雪の言葉を鵜呑みにしているが、二人はふざけている訳では無い。どちらかと言えば、真面目にやってこの状況だと言っていいだろう。
故に、雪はよりしわくちゃな顔になっていくのだった。まだ、祭りの「ま」の字も満喫出来ていないというのに。
「だ、大事ですの、雪さん!?」
「大丈夫…。ちょっと、この後のことを考えると血を吐きそうなだけで……」
「それは大丈夫とは言わないのでして…?」
「しわくちゃな雪くんもかぁいいよぉ!!おっ持ち帰りぃぃいい!!」
「わっ、ちょっ、竜宮!?やめっ、やめろぉぉぉお!?」
黄色い小動物がしわくちゃな表情をしているのならまだしも、果たして雪がその表情を浮かべていて可愛いのだろうか。甚だ疑問である。
「と、兎に角人数も集まったし。予定外の詩音もいるけど、部活始めよっか!」
「そうだな、あんまりのんびりしてると祭りも終わっちまう!」
「ま、待て前原…、助けてはくれないのか…?」
「たまにはお前もそういう目にあっておけ」
「そんなぁ……」
〇
かぁいいモードのレナから二人が解放されて暫く。漸く始まった部活は熾烈な戦いを繰り広げていた。
たこ焼きの早食いで口内を大火傷し、金魚が入っていた水でかき氷を溶かしながらまたしても早食いし、綿飴を握り潰して口の中へと詰め込む圭一の姿に、雪は苦笑いすら作れなくなっていた。
「ば、馬鹿なのかあいつらは……。食べ物が勿体無い……」
「いいじゃないですか、青春らしくて」
「魅音…。後で青春の意味を辞書で調べた方がいいと思うなぁ…」
今日に限っては罰ゲームを受けることを享受しているのか、梨花にすら劣るスピードで綿飴を頬張る雪は、本日何度目かの大きな溜息を零していた。
数年に一度しか参加出来ていなかった、とはいえ魅音の悪名は轟いていたために何をしていたのか位は知っていた。そう、知ってはいたのだが、実際に目にするとやっぱり、頭痛が痛いと言うべきか、なんと言うべきか。ほんの僅かに彼等から離れた位置で無意識のままに項垂れてしまうのであった。
「はい雪の負けー!」
「いや、園崎…。僕も竜宮も大差ないだろう、君の目は節穴か?」
「た、食べ物の競争はやめよっ?」
このままではブルーハワイのかかった焼きそばを食べさせられると理解しているからか、レナは慌てて勝負の方向を正すことを決意した。
圭一の金魚水かき氷を除き、まだ一応美味しいままで食べられているからこそ何も起こっていないが、悪食の魅音と圭一が相手となればそう遠くない未来に、例えば冷やし焼き牛串みたいな美味しくいただけなさそうなものが出てくることは目に見えていた。流石はレナの危機察知能力である。
「じゃあレナ。次のゲームをあんたに任せるよ!何でもいい!」
「じゃあねじゃあね!レナは審判だよ!このお祭り会場でかぁいいものを探してくるの!!制限時間は一分~!!」
「ほほぅ?おじさんを試すつもりぃ!?レナのセンスは分かってんだから!」
「上等ですわぁあ!!私だってレナさんの好みは熟知していましてよ!!」
「……いや、どっちにしても地獄絵図だよこれ」
食べ物から離れたところで、所詮状況は変わらず。魅音と沙都子は一分という制限時間の中で「かぁいいもの」を探す為に祭り会場を走り回るのだった。
そんな中、かぁいいもの探しに繰り出さなかった圭一は、雪と詩音を眺めて首を傾げた。
「あれ、雪と詩音は探しに行かなくていいのか?」
「そういう圭ちゃんと梨花ちゃまだって、いいんですか?」
そう問いかけた詩音に、圭一は自信満々と言わんばかりの笑みを返す。
「ああっ、俺達には必殺技がある!」
「必殺技だとレナを倒してしまうのですよ?」
「いっそ倒して前原がお持ち帰りしてくれ…。僕の平穏を保つためにも…」
「圭ちゃんの家の平穏は無くなりそうですけどねぇ~」
「みー、それも面白そうなのです」
「面白くねぇよ!?」
お持ち帰り、とはつまりは圭一が考えている「ソレ」そのままである。
因みにお持ち帰りとは全く関係ないが、優勝は圭一のオットセイだった。随分と小さくてかぁいかった、とだけ記しておく。他意は無い。