梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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 自身に配られた手札を食い入るように見つめ、圭一は「ううむ」と唸り声をあげ。そんな顰め面の圭一の様子に、魅音はただニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていた。

 今日の部活は、山札から抜かれた犯人と凶器、そして場所を推理するもの。それを推理するためのヒントは、それぞれが持つカードの質問していくことで得ることができる。つまり、全員の手札状況とターン毎の質問を把握することができる頭の回転力と記憶力が求められる至極単純かつ実力差が明確に出るゲームである。

 因みに、持っているのに答えない。または持っていないのに答える、といった虚偽申告は許されていない。ただし質問に対しては、質問された三種類のカードの何かしらが手札に「ある」のか「ない」のか、を答えるだけとなっており、「どのカード」を持っているのか、までは答える必要はない。

 

「ま、意外と単純だからね。やってみれば分かるよ」

 

 眉間に皺を寄せる圭一の表情に、雪はあっけらかんとした様子でそう呟いた。どうやら今日も部活に参加するらしく、圭一の隣の席で手札の整理を行っていた。

 

「園崎からこれをやると言われてね…。夜なべでリニューアル作業をやらされたんだよ…」

「まさか祭りを途中で抜け出したのはこれを作る為…?」

「それこそまさかだよ。ちゃんと別に用事があってさ、まあその後にこの作業をしたから寝たのは二時ぐらいなんだけども…」

 

 手札の整理が終わったのか、グッと背伸びをした雪は目尻に溜まった涙を拭い。

 

「ふわぁ……。っと、失礼。今まで園崎が使ってたソレより犯人も凶器も場所も増やした。前原も加わったんだし、これぐらい増やしておかないとゲーム性が担保できないだろう?」

「さっすが雪!頼んでよかったぁ~!」

「君は話をもっと早く持ってこい。僕じゃなかったら蹴り飛ばされてるぞ」

「ははは、詩音じゃない限りそんなことしないってぇ~」

「───私が、何ですかお姉?」

 

 聞こえていいはずのない人物の声に、雪を除いた全員の首が一斉に声の方向へ向いていた。

 本来ならばこの時間は興宮の学校に通っているであろうはずの制服姿の詩音が教室の出入り口で佇んでいたのであった。これが漫画の世界ならば、ライバルがとってしまうような。兎角、何故か格好つけた立ち姿に、魅音は今日もまた「ゲェ」と声を漏らした。

 

「し、詩音さん!?」

「詩ぃちゃん!?」

「……サボりか、園崎」

「何のことでしょう。ちょっと様子を見に来たぐらいで、サボったなんて言わないでくださいよ」

「サボりだろうサボり。授業が終わってから興宮を出て、なんてありえるわけないだろう。嘘も休み休み……、いや、君に何を言ったところで無駄か」

「お姉じゃないんですから、人の話ぐらいは聞きますよ。聞くだけですけど」

 

 二日続けて驚きの視線に晒されているというのにもかかわらず、流石は魅音の妹と言うべきか。誰に許可を取ることも無く、何食わぬ顔で教室に侵入してきた彼女は空いている椅子を雪の横へもっていくとそのまま腰をかけた。

 

「北条の隣じゃなくていいのかい?」

「一緒にやるなら向こうの方がいいですけど、見るだけならこっちでいいです。それに、私はお姉と違ってゲームは苦手ですから」

「嘘を吐くな、嘘を。君は園崎とは違う意味で厄介だよ」

「ちょっとぉ…。余計なちょっかい出さないでよ、詩音。これあんたが得意な奴なんだからさ」

「はいはい、言われなくても何も言いませんよー、だ」

 

 突然現れた詩音に呆れを露わにしたまま、魅音は彼女に余計なことをするなと釘を刺した。

 圭一はまだ知らないが、そもそも魅音はゲームが弱い部類であった。綿密な準備とダーティプレイすら厭わない貪欲さを発揮するようになってから罰ゲームの常連とは言われなくなったが、詩音相手となってはそうもいかない。

 母親の茜に似た、所謂出たとこ勝負を行う性質は()()であればあるほどにその強さを目立たせる。今回のカードは雪が前日に作っている為、猶更下準備などを拵えているはずもなく、故に魅音は詩音をけん制しておいたのであった。

 今日の罰ゲームこそ、自分ではなく、そろそろ雪に味わってもらうという目論見もあるが故にだったが。

 因みに、口を挟まずただ話を聞いていた圭一はやっぱり「名前で呼べ」と思いつつ、愛想笑いを浮かべているのだった。

 

「そういえば魅ぃちゃん。今日の罰ゲームはどうするのかな?かな?」

「そうだねぇ…。皆昨日の疲れが残ってるだろうし、ソフトにつかいっぱしりの刑ってどうかな。皆からお使いを頼まれてそれを買いに行くってわけ」

「今日は随分と簡単な罰ゲームですわね。おつかいくらいでしたら圭一さんでもできますわよ」

「おい沙都子、俺の事を何だと思ってやがる…!」

「お洋服を着ていらっしゃるおサルさん…。失礼、見間違えてしまいましたわ~!オホホホホ!」

「てめぇ……!!絶対負かせてゴム風船買わせに行かせてやる……!!」

 

 入江案件である。

 

「ゴゴゴゴゴゴ、ゴム風船!?はぅ~……」

「……?風船なんて福田屋さんで売ってますわよ??」

「みー。沙都子もそのうち必要になるのですよ、にぱ~」

「雪はそういうコト、覚えちゃダメですよ?」

「………僕は言及しないよ」

 

 圭一が買わせようとしているゴム風船は、当然沙都子が思い描いている風船ではないことだけ、明記しておく。もし万が一にでも沙都子が罰ゲームを受けることになったら、圭一は間違いなく警察のお世話になりかねないのだが、それを理解しているのだろうか。そして、誰も梨花がそういう知識を持っていることにツッコミを入れるつもりはないのは恒例行事なのだろうか。

 

「はいはい、喧嘩で部活用の体力を使い果たしました~、なんて言い訳通用しないよ。わかったらほら、さっそく始めるよ!」

「覚えておけよぉ、沙都子ぉ…」

「私には何のことだか…。ささ、魅音さん、折角雪さんがいらっしゃるんですし、始めましょう?」

「僕が居る居ないに関わらず、さっさと始めようよ。園崎が退屈して僕の手札で遊び始めちゃったよ」

 

 雪に配られた手札を、まるで熟練のカードゲーマーの様に慣れた手つきでパチパチと混ぜ続ける詩音の姿に、魅音は苦笑いを浮かべた。

 

「あはは…。じゃ、じゃあまず部長である私から。うーんと、沙都子、シャンデリア、ルチーア」

 

 カードの一覧表と、自分の手札を見比べながら選んだ言葉に、梨花とレナ、そして圭一があると返した。

 カードの一覧も雪がこれまた手書きでそれぞれに用意しており、このゲームを初めてやる圭一と、推理ゲームが苦手であると前もって公言していたレナは食い入るようにそれを見つめているのだった。

 

「あら、完全な通しですわね?」

「そうだねえ。でも、まるで沙都子がルチーアでとんでもない悪戯を仕掛けました、みたいな響きなんだけど…?」

 

 チラリと視線を向けられた雪は、特別反応を見せることなく平然とした様子だった。

 

「前と同じ凶器と場所じゃ、前原と竜宮に圧倒的に不利だろう?だから、全体的に覚えやすい名前と場所を使ってリニューアルさせてもらった」

「でも、雪。ルチーアのエントランスには本当にシャンデリアありますよ…?」

「………そ、それは偶然だと思います」

「そうですわよ、詩音さん。シャンデリアにイタズラを仕掛けるなんて、優雅な私らしい選択ではありませんこと?」

「沙都子がそれでいいなら私は何も言いませんが……」

 

 何故か敬語で言葉を返しながら詩音から目を逸らす雪の姿に、梨花はふと何かしらの引っ掛かりを覚えたような気がした。それが何かを形容することは出来ないが、雪に対する弱点にでもなるのだろうか、とも。

 

「とにかく、次は僕が行こうかな。園崎詩音、スタンガン、地下室」

「雪?」

「……園崎詩音、スタンガン、地下室」

 

 不意に名前を上げられた詩音は、目を細めると光の無い目でジトリと雪の顔を覗き込んだ。魅音に視線を向けられた時はまるで気にしていないと言った様子だったが、今度は何かにおびえるように冷や汗を流していた。

 まさか今日ピンポイントで来るとは思ってもいなかったのだろう。詩音を入れてしまったことを若干後悔している雪なのであった。

 それはさておき、雪の言葉に返答をしたのは沙都子と魅音のみであった。だが、その返答で分かるのはその二人が名前の挙がったカードのいずれか、或いは二枚を持っているという情報のみで。その三枚のどれかがフリーである確証は得られないままなのだ。

 

「じゃあ次はレナだね~。えーっと、レナ、鉈、部室だよ!」

「雪?これじゃあまるでレナさんが部室で鉈をもって暴れてるようにしか聞こえないんですけど…?」

「その単語を選んだのは竜宮の責任であって僕じゃなくてぇ…、えっと、だからつまり…、これはゲームなんだからさ……。あ、ははは…」

「ん。持ってますです」

「私も持っていますわ。…って先程から私を狙い撃ちしていらっしゃいますの?」

「俺もあるな。ってことはこれも通しか。つってもなぁ、まだ絞れるほどの情報が出てねぇな…」

 

 詩音に詰められている雪の事は誰も気にしていないのか。それとも雪が頭を働かせられない状況にして、彼に罰ゲームを受けさせることを期待しているのか。

 と、そんなことを考えながら一瞬だけ詩音の方に視線を移した梨花に、こっそりとウィンクが返されるのだった。

 

「カードの量が増えてるからね、初めての圭ちゃんにはちょっと荷が重いかもね。ということで答えは、犯人は圭ちゃん。凶器はバットで犯行現場は前原屋敷でどうかな?」

「んなっ、もう答えが出たのかよ!?まだ半分もヒントもらえてねえだろ!!」

 

 カードの枚数はたった三回、或いは九枚の質問だけで突き詰められるほどの容易な枚数ではない。

 確かに魅音が口にしたカードは圭一の手札には存在しないが、それでもこんな早期に決着がつくようなゲームではない筈なのだが。

 そう、高を括りながらあらかじめ山札から抜いておいた真犯人達を取り出し、圭一の動きは止まった。

 

「ど、どうして……っ!?」

「さっすがおじさん、正解だねっ!」

「き~!!バットか日本刀かで悩んでいたんですのよォ~!?」

「だ、誰が日本刀なんて振り回すかっての!?」

「あれ、あんなに大きい家なのに無いんですか?鬼婆は持ってますよ?」

「園崎…。婆ちゃんのそれと一般人の持ち物を一緒にしちゃだめだよ…」

 

 反射的に反応してしまったものの、やはり圭一にはどうしてそのカードを導き足せたのかはわからないままであった、レナも同様にカード一覧と睨めっこをしながら首を傾げており、どうやらおいていかれているのは圭一だけではなかったらしい。

 そして、それとはまったく別の理由で、梨花はカード一覧を睨みつけていた。答えを導き出せなかったわけではない。沙都子と同様にあと一歩ぐらいまでは辿り着いており、わざわざ一覧と睨めっこをする必要などあまりないのだ。

 梨花が一覧表を睨みつけている理由は、当然そこに書いてある文言に身に覚えがありすぎるものだらけだったからだ。鉈やバット、前原屋敷など。雪が作ったモノというのも相まっている。

 もう既に消化試合だと、為すがままであろうと諦めていた梨花だったものの、こんなものを突然出されては反応せざるを得ない。それは、この部活を眺めている羽入も恐らく同じだろう。

 

「では、次の試合ですわ!一度カードを集めますわよ~!」

「次こそはこのシャーロック前原の実力を見せてやる……っ!」

「シャーロック、か。じゃあ僕はジェームズとして頑張るとしようかな。探偵が居るなら、教授が出てくるのは道理だろう?」

「はぅ…。レ、レナだって頑張るもん!」

 

 今度は沙都子が配った手札を、鬼の形相と言っても差支えがないほどに必死の表情でそれを睨みつける圭一の姿に、雪はうっすらと歯を見せていた。

 

「僕から行こうか。仕掛ける配役は教授側だって()()に決められているからね。そうだね、古手、包丁、地下室辺りでどうかな?」

 

 その言葉に、持っているという言葉は返ってこなかった。───つまり、その三つが正解なのだと瞬時に気が付いた魅音は、誰よりも先に机の中央に置かれた箱を手に取った。

 

「ありがとー、雪。今回は偶然だけど、またしても私のポイントだね!犯人は梨花ちゃん、凶器は包丁、犯行現場は地下室だよ!」

「そんな早押しクイズ見たな勝ち方ありかよ…、ちくしょー…!」

 

 がっくりと項垂れる圭一に対して、満面の笑みで返した魅音は箱の中に入れられていた真犯人達を取り出し。何時かの日の様に、それをはらりと机の上に落とした。

 

「残念だったな、園崎。こんなに簡単な罠に引っかかってくれるとは君らしくもない」

「や、やってくれたね、雪……っ!!」

 

 魅音が落とした三枚のカードは、雪が問いかけた三枚のカードとは全く違う「沙都子」、「モデルガン」、「園崎本家」の三枚だった。

 だがしかし、このゲームのルールとして、虚偽申告をしてはならないという条件があった筈。そう、カードの一覧と雪の顔を交互に見比べる圭一に、雪はやれやれと嬉しそうに呟いた。

 

「前原、僕は虚偽申告なんてしてないからね。これは赤文字───…、いや失敬何でもない。僕は、僕の手札にあるカードを質問した。これはルールで明示的に禁止されてない、そうだろう?」

「そ、それはそうだけど…。でもそれって……」

「お姉一点狙いですね。ほんと、引っかける方も引っかける方ですけど、引っかかる方も大概ですよ…」

 

 相手が雪なんだから考えればわかるだろうに、と呆れながら溜息を零した詩音ではあったものの、口元はやはりやわらげに緩んでいた。これで魅音が稼いだポイントも振出しに戻り。此処からが本番だと雪と魅音の間に火花が散っているような気がした。

 ───のだが。

 

「お楽しみの所失礼します。前原くんにお客さんがいらしてますよ。昇降口に行って下さい」

 

 何の前触れもなく教室に入ってきた知恵が放った言葉に、残念ながら部活は一時中断になるのだった。

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