圭一が大石と対面しているであろう頃、部活を続けるのも忍びないと一時的に中断され。魅音と詩音、そしてレナと沙都子の四人でジジ抜きが始まっていた。どうせある程度したら戻ってくるだろうと、普段と比べたら緩めの罰ゲームを設けたほのぼのとしたテーブルゲームを。無論、当社比ではあるが。
そんな中、雪は詩音と代わった椅子でいつも通り小説を開き。梨花はごく自然な行動に見えるように小説の表紙を覗き込むフリをしていた。
「梨花ちゃまと雪は参加しなくてよかったんですか?」
「ん?……ああ、僕が入らなければ竜宮が勝てる確率もあがるだろ?」
「みー、そろそろ魅ぃも罰ゲームを受けるべきなのです」
「え、この間受けたばっかりなんだけど…?もしかして私嫌われてる…?」
「日頃の行いだね、姉さん」
そんなぁ、と肩を落とした魅音に一瞥もくれることなく、雪はページを捲った。のだが、あえて下から覗き込んでくる梨花の視線に、彼は本を閉じて首を傾げた。
「で、今更だけど古手はどうしたのかな?」
「雪がどんな本を読んでいるのか気になったのですよ。エッチな本でも読んでそうなのです」
ガタリ、と沙都子の座る椅子が音を立てた。気がした。
「……残念だけど、図書室にある本だよ。そろそろ返しに行こうかとは思ってたところだし、前原が戻ってくる前に返しに行ってこようかな。…あれだったら着いてくるかい?」
「オススメの本を紹介してくれますですか?」
「そうだなぁ…。僕の趣味で良ければ、幾つか見繕ってあげるよ」
意外なことに、雪自ら梨花を誘って教室の外に出ることを提案してきた。誰にも疑われることもなく、雪らしい理由の誘いを断る理由は梨花には当然無かった。
がしかし。今度こそ、沙都子は机を叩いて立ち上がった。
「お待ちなさいな梨花!!私を差し置いてまた雪さんと二人きりになるつもりですの!?」
「えぇ……」
そうなるのかぁ、と。つい何時もの梨花を振る舞うことすら忘れ、間抜け面を晒していた梨花だったものの、沙都子の言動に視線が誘導されていたおかげか幸い誰かに指摘されることはなかった。
「わたくしも!!ゆきさんと!!ふたりきりで!!としょしつでーとしたいですわ!!」
「お、落ち着きなって沙都子……」
「そ、そうですよ沙都子。デートでもなんでもないですって…」
沙都子を宥めようとする双子の言葉は彼女の耳には届いていないらしく。梨花の知る沙都子らしからぬ鼻息の彼女の姿に、梨花は次の言葉を見失ったままであった。
魅音のように抱え込むタチであるが故に、今爆発したのだろうか。それにしては前回からスパンが空いていないような気もするが。
「雪さん!!私も!!本を選んで欲しいです!!」
「お、おっと…。そ、それは構わないけどさ、ただ同時に二人の本を選ぶことは出来ないから、せめて別の日か古手の本が選べてからの方が僕としては助かるんだけど…」
「私が先ではいけませんこと!?」
「や、やぁ…。ほら古手は僕が声掛けちゃったしぃ…。あっ、ジャンケン、ジャンケンでどうかな?」
しどろもどろになる雪が提案したジャンケンに、梨花は思わず「そこまでするのか」と口にしてしまいそうになっていた。辛うじてその言葉を飲み込むことが出来ていたが、逃げる雪と般若すら逃げそうな形相の沙都子に、ただただ右手を差し出すことしか出来なかった。
「勝っても負けても恨みっこなしで頼むよ…?」
「み、みぃ……」
面倒だから、もう沙都子を連れて行けよと呆れる梨花なのであった。
〇
「わ、私の超パーが……」
「超パーって…。お姉みたいなこと言ってますよ?」
「そんなこと言うわけないでしょ!?」
じゃんけんの結果、梨花がチョキ。そして沙都子がパーを出し、残念ながら敗北した彼女は床に手をついて項垂れていた。
負けたことがあまりにもショックだったのか、超パーとかおかしなことを口走っている始末で。超とでも付けておけば、ジャンケンのルールを凌駕してチョキに勝てるとでも思っていたのだろうか。
「まあ、という訳だ。北条はまた後日、興宮の本屋にでも行こうか」
「───行きますわ、行かせて頂きます!」
もう見ているだけで疲れるほどコロコロと変わる沙都子の様子に溜息を零し、梨花は何も口にしないまま、一人で教室の外に出ていた。何かもう今すぐ帰って寝たい、とさえ。
「いや、悪かったね古手…」
「案外早く解放されたのね。モテモテで羨ましい限りね」
梨花を追いかけて漸く教室から出ることが出来た雪は、申し訳なさそうに手を合わせた。
沙都子が何故あそこまでこの男に執着をしているのか、到底理解出来ない梨花からしてみれば、ただただ無駄な時間を過ごしていただけで。部活中に抱いた疑問や羽入が見てきたあれこれを問い質す元気はないに等しかった。
「そうだ。まずは昨日、お疲れ様。最後まで見ていられなくて悪かったね」
「……別に。居ても居なくても私には関係の無い話よ」
「冷たいなぁ…」
何度も言っている事だが、梨花が過ごしてきた過去のどの世界にも存在していなかった人間だ。何の偶然なのか、はたまたどんなイタズラなのかは知らないが、梨花や羽入を知るイレギュラーが突然現れただけに過ぎない。
ただ、雪がいるだけ。その状況さえ無視してしまえば、今のところ普段と同じ結末を辿るに過ぎない。せめて後やれることがあるとすれば、次の世界に繋がる何某を探すことだけだろう。
「まあそれはいいや。君が冷たいのは理解しているつもりだし」
「酷いことを言うのね、私の何処が冷たいのかしら?」
「冷たくないならさっきは助けて欲しかったなぁ……」
「残念だけど、朴念仁は助けないって決めているの」
「ぼ、朴念仁のつもりは無いんだけどなぁ…。ところで、昨日は疑問に思うような出来事はなかったかい?」
朴念仁のつもりが無いならハッキリ言葉にすればいいだろうに、というのはさておくとして。話の逸らし方が強引すぎやしないだろうか。
「あんたと詩音がいた。それぐらいね、後はいつもと変わらず富竹と鷹野が死んだ」
「成程成程、僕にしてみても魅音が……失礼。園崎が綿流しのメインの方に来るとは思ってもなくてさ。まぁ、彼女か雛見沢を歩いても問題ないように根回しは済んでるんだけど」
「……よくお魎を言いくるめられたわね。本当に、羽入が言う通りシスコンなのね。そんなに大事にされて心底羨ましいわ」
「ぼ、僕、羽入にシスコンって呼ばれ方してるの…!?え、なに、大丈夫なのそれ…?」
「何が大丈夫なのかは知らないけど、本当のことよ」
実際には彼をそう例えたのは一回しかないが、と心の中で補足しながらも梨花はあえてそれを口にすることはなかった。
「……ま、まあこの際シスコンは肯定も否定もしないでおくよ。前原やカントクみたいに固有結界を扱えるようになったら大々的に名乗ってもいいかもしれないけど、流石にその胆力はないかな」
「あら、見せてくれないの?」
「誰が見せるかって……。それはさておき、話を戻そうか」
あっという間に到着した図書室の戸を開き、誰もいないカウンターから鉛筆を取り出した雪は続けて口を開いた。
「僕が居なくなってから、祭りに残った君達……、正確には前原達は君が割いた布団の綿を川に流し、射的の罰ゲームとして富竹さんの服に落書きを残して解散になった。それで間違いはないかな?」
「……見てもいないのに随分と正確ね。そうよ、その通り。何処にも間違いは存在しないわ」
「良かった良かった。もし異なっていたら僕でも把握できない厄介なことになっていたかもしれないからね。じゃあ、君が前原と合流した時、このカケラの彼はいつも通り富竹さんと共にいたんだね?」
「ええ」
いつも通り。その言葉に今更ツッコミを入れたところで無駄だと気が付いている梨花は、返却届に名前を書く雪の横顔を眺めていた。
世界によって圭一の行動は特に違うが、「このカケラ」だなんて今にもツッコんでくださいと言わんばかりの言い方には最早呆れを通り越していた。
「カケラが変わったとしても、変わらないものが確実にある。例えば、昨日の富竹さんと鷹野さんの死や北条悟史による叔母殺し、そして君の両親の死のように。だが、もし仮にこの消化試合の状況でもやる気があるのならば、鷹野さんの死について調べてみるといい」
「鷹野の死を……?」
「古手家当主としての力を使えば容易な筈だよ。ましてやオヤシロさまの祟り、情報を仕入れることは寧ろ歓迎されることだろう」
古手梨花はオヤシロさまの生まれ変わりである。なんてことはないのだが、雛見沢の住人はこれを何故か信じ込んでおり、常識から並外れた可愛がり方をしている。それこそ、彼女が駄菓子屋で会計前のお菓子を食べたところで叱る者はいないだろうし、何なら会計すらタダになってしまう可能性すらある。
お魎ですらあからさまに甘く接してしまう梨花が走り回ればそれなりの情報ぐらいは集められてもいいはずだ。だが、助けるつもりはないと豪語していた彼から突然そんなヒントめいたことを言ってくるなど、どうしたのだろうか。
「どうして…、急にそんなことを…?」
「僕は君と出会うまで。正確には繰り返す者である古手梨花と出会うまでに、幾つかの成功と失敗をしている。僕としてもこれ以上の因果を束ねることは好まないのさ」
本棚に先程まで読んでいた本を仕舞い、物色すること暫く。ポン、と手を叩いて取り出した小説を梨花に差し出した彼は苦笑いを浮かべていた。
彼が梨花に差し出した小説は、十数年前に刊行され来月に実写映画を控えている、今巷で流行しているらしい「タイムトラベル系」のSF小説であった。
梨花が読んだことがあるわけではないが、チラシや宣伝から多少の内容は知っており、主人公の女の子が死にそうな瞬間に時を遡ることができる能力に目覚めるんだったか、そもそも持っていたんだったか。
「これは僕の趣味でオススメしているだけだよ。そんな当てつけとかそういう物じゃないし、作品自体はいいものだよ、アニメは───…。これは駄目?めんどくさいな…」
「………?」
「ん?羽入から聞いていないのかい?てっきり僕をストーカーしている最中に見ていたもの、その全てを聞いているのかと思っていたけど……。意外と、そうでもないらしいね」
雪が何を言っているのか、そして
いや、厳密には多少の想像ぐらいは出来ていたが、
「ま、君の繰り返しはこんなに単純じゃない。正確には記憶を平行世界上に数多存在する何処かの自分へと書き込むだけだからね。だが、その記憶と共に深く関わった人間達の因果をも持って行ってしまうことがある。それが君にとってどう働くのかは、君次第だね」
「………」
「継承しやすいのは負の記憶だ。その次に、恋やそれに近しい依存の記憶。君が繰り返し続けた因果はそう遠くない未来に花を咲かせる、かもしれない」
もうすぐ完璧な夏だというのに、雪は話しながら何故か身震いをしていた。そして何かを頭から追い出すようにブンブンと頭を左右に振った彼は、無理やり笑みを浮かべて。
「君が最後に求めるのは奇跡で間違いはない。でも、それは奇跡が起こりうるに必要な真実を集める必要がある。例え君であっても、絶対に起こりえない奇跡はどう足掻いたところで起こすことなんて出来やしないんだ」
「な、何を言っているのよ…?」
「……これは、この世界で君に教えてあげられる最後のヒントだよ。僕なりにルールの網を搔い潜ってみようかやってみたけど随分と無茶だったらしい」
絆創膏の上から強く首を擦り。深い溜息を零した雪は、梨花に本を押し付けるように手渡すと、図書室の出口を見ながら再び口を開く。
「さて、と。そろそろ前原の様子でも見に行こうと思ってるんだけど、一緒にどうかな?」
「……え、えぇ。構わないわ」
突然話を中断した彼に、戸惑いを隠しきれなかった梨花はただただ頷くことしかできなかった。
───「この世界で教えてあげられる最後のヒント」。もしこの言葉の真意が、梨花が想像しているものと同義だったとなれば、今度こそ彼が梨花の敵そのものではないことの証明へと繋がるだろう。
だが、そうなってしまうと一つの大きな疑問がまた生まれてしまう。