梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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 時間は、梨花と沙都子の間でひと悶着があった頃まで遡る。

 突然の来客、しかも見たことも無い小太りの中年男性に半ば強引に車の中に連れ込まれ。ゴクリと生唾を飲み込んだ瞬間、その男性は圭一に向かって口を開いた。

 

「冷えすぎだったら言って下さいよ?私、ガンガンに冷やしちゃう()()ですから」

「で、俺に何の用ですか?」

 

 そのバスケットボールに出来てしまいそうなほどに肉付いた腹のせいだろう、と思いつつも早く部活に戻りたいが為に余計なことは口にしない方が吉だと圭一は判断した。

 そんな圭一の様子など気にしないと言わんばかりに、男性は───もとい大石蔵人は胸ポケットから取り出した手帳から一枚の写真を抜き取り、圭一に手渡した。

 

「この男性の事で、ご存知の事があったら教えてください」

 

 大石から渡された写真に、見覚えがあるようなないような。例え覚えがあったとしても免許証の形式ばったような写真では正直に思い出すのは難しいだろう。

 と、そんな圭一の様子を察してか、大石は写真を挟んでいたページを見つめながら。

 

「シャツにマジックで落書きがありましてね。前原さんを始めクラスメート何人かの署名が入っていました」

「……え、これ、富竹さん!?」

 

 いつもの寝ぼけていそうな、そしてどこか飄々とした雰囲気はこの写真から感じる事は出来ず。驚きを隠しきれていない圭一に二枚目の写真が差し出される。

 

「ではこちらの女性はわかりますか?」

「……えぇと、名前は知りませんけど、昨夜、富竹さんと一緒にいた女の人です」

 

 向こうは圭一のことを知っている素振りだったが、残念ながら圭一は彼女が鷹野三四という名前であることを知らないぐらいの関係だった。ただ、雛見沢の住民であるという認識だけはあり、デートの日にすれ違っていたような覚えがある。

 

「この二人に最後に会ったのはいつですか?」

「綿流しのお祭りの晩、一緒に話をしました。…二人とも仲良さそうでしたよ?」

「何か気になったこととかありませんか?何でも結構です、話して下さい」

 

 二人のことを根掘り葉掘り聞いてくる大石に、圭一は何故かふと「公安は何処でもこんな感じなんだなぁ」と。何処か達観したような感想を抱いてしまっていた。

 初対面で警察手帳を見せびらかしてきた時点で嫌な予感はしていたが、この様子では富竹と鷹野に何かがあったのは間違いないだろう。事件に巻き込まれたのか、或いは容疑者なのか。どちらにせよ、わざわざ中学生を連れ出して問答をするなど、穏便な事態ではないことぐらいは確かだろう。

 故に、圭一は二人に何があったのかを、訪ねるほかなかった。

 

「…あの、富竹さんたちに、何かあったんですか?」

 

 だがしかし。大石は圭一の問いに対して、口をつぐんでしまった。只事ではない何かが起こっていると圭一が気が付いていることぐらいは重々承知しているはずだ。だのに何故か、「はい」か「いいえ」で答えられるような質問にすら答えようとしないのか。沈黙のまま時間が経つこと、凡そ三分。大石は何処か慎重気味に漸く口を開いた。

 

「前原さんはまだこちらに越されて来たばかりですよね?ご存知ですかな、オヤシロさまの話は」

「……ま、まあ聞いたことくらいは。雪、いや俺の友達と富竹さんに教えてもらったんですけど」

「───ゆきさん、ですか……?ああ、園崎()()さん、成程、成程……」

 

 腑に落ちたような、それでいて何処となく困ったような声音で大石は彼の名を呟いた。しかも、今名乗っている「柊」ではなく、「園崎」の姓を。

 

()()さんが昨日何をしていたか、ご存知だったりしますか?」

「ど、どうして急に雪の事を聞くんですか…!?」

「参考程度に、です。大丈夫です、雪さんの事を犯人だと疑っているわけではありません」

「……お、俺達を一緒に出店を回っていました。途中で用事があるって帰ったけど、その時は俺達と富竹さんは一緒にいました!!」

 

 疑っているわけではないのなら、何故雪の行動を気にするのか。その理由など皆目見当もつかない圭一は若干声を荒げながら彼の無実を主張するように富竹を居た事を口にした。

 無論死亡時刻から考えるに無実の証明にはならないのだが、圭一にとってそんなことは関係なかった。雪を犯人として疑っていないと言いつつも、自分が余計なことを言ってしまったが故に疑われてしまっているのだろう、と。

 

「皆様方と富竹ジロウさんが一緒にいたのは目撃証言として伺っています。ですから、疑っていませんと。警察として関係者の行動を聞かせていただいているだけです」

「………」

「おっと、話が横道に逸れてしまいましたね。其方の写真の男性ですが、昨晩お亡くなりになりました」

 

 ポカン、と「あ」の次に開いた圭一の口を確認することなく、大石は強引に話を続ける。

 

「綿流しの当日に亡くなった、ユキさんからお話を聞いている前原さんにはどういう意味か、分かりますよね?」

「意味って……っ、意味なんか……!!」

 

 意味なんかあってたまるか。()()は人為的に起こされている事件だと、雪は言っていたのだ。そう、頭のどこかで理解しているつもりでいながらも、圭一はそれを口に出すことは出来ていなかった。

 富竹の死とオヤシロさまの祟り。因果関係は無いと言い切りたいはずなのに、友人である雪のあの言葉を信じたいはずなのに、圭一はそれを完全に否定することが出来ずにいた。

 

「雛見沢連続怪死事件はまだ続いている。オヤシロさまの祟りという仮面を使い、雛見沢の方を無意識に協力させて」

「どうして、富竹さんが……?」

「余所者だから、ですよ。今までの連続怪死事件での被害者は全員、雛見沢に害を与える者が選ばれてきました。ただ、富竹ジロウさんの死がオヤシロさまの祟りとなってしまえば、祭りの写真をばしゃばしゃやっていたから怒りを買ってしまった。そういう話になってしまうんですよ」

「と、富竹さんにオヤシロさまのバチが当たるわけがない…!あの人は確かに住んでいるのは東京かもしれないけど、雛見沢をとても好きでした…。村人にも馴染んでいました…。そんな彼に、こんなこと、あるわけがない…!!」

「私もそう思います。バチも祟りもあるわけがない!!」

 

 だからこそ、そう続けた大石は圭一の顔を真剣な眼差しで見つめた。

 

「だからこそ、柊雪さん───いえ、園崎ゆきさんをこの話に関わらせてはいけないんです」

「……ど、どうして雪がまた出てくるんですか」

 

 オヤシロさまの祟りを否定した時とは打って変わり、雪の話になった途端に圭一の喉は何故か声を出すことを拒むかの如く何かが痞えたような感覚に襲われた。

 雪を関わらせてはいけない理由とは何なのか。それを聞かなければ納得など到底できないのだが、何故か聞いてはいけないような気がしていて。

 

「彼は雛見沢に住んでいるだけで、雛見沢の人間ではない…!私のカンがそう囁いているんです…!!」

「カンって……、そんなの何の根拠にもならないじゃないですか!」

「………有り得ないんですよ。雛見沢にずっと住んでいる人間が、しかも園崎家の人間がオヤシロさまの祟りを否定するなんて。この村で表立って発言出来ていいはずがないんですよ!!」

 

 カルト、とまで言ってもいい。オヤシロさま教、時代が時代ならばそんな呼び名がついてしまっていてもおかしくがないほどに、雛見沢の人間はオヤシロさまに陶酔しきっている。

 何か不幸なことが起きればオヤシロさまの祟り、と。何か幸福が訪れれば、オヤシロさまの加護、と。一見どこにでもある宗教と何ら変わりのないそれだが、地元に深く根付きすぎてしまったが故に事態は厄介な方向へと進み続けている。

 それに加え、雛見沢村で権力を持つ御三家たちがそれを戒めるどころか助長させている故、余計面倒な事態になっている。

 だが、園崎ゆきだけは御三家で最も力を持つ園崎家の人間であるにもかかわらず、彼はオヤシロさまの祟りなど存在しない、と()()()大石の目の前で語っていた。

 園崎家の人間がそれを容易に口にするとなれば考えられることは幾つかある。オヤシロさまの祟りと称し、連続怪死事件を起こしているのは園崎家か、或いはその犯人を既に園崎家は知っていて、それを隠しているのか。もしくは、立証することも説明することも出来ないが、雪だけがこの事件の真相を知っているのか。

 そのいずれにしろ、この事件には魅音や梨花、レナ以上に雪を関わらせることだけは避けなくてはならないと大石は決めていた。

 

「いいですか、この話は園崎魅音さんや古手梨花さんは勿論。特に園崎ゆきさんには決して知られないようにしてください」

「………っ」

 

 どうして、とは聞けなかった。圭一自身、オヤシロさまの存在を信じているわけでもないし、祟りが存在するともやはり思っていなかった。だが、雛見沢に蔓延るオヤシロさまへの共振の一端へ一定の理解を示し始めている自分に驚きを隠せなかった。

 要は、外界と隔絶された雛見沢という環境だからこそ、オヤシロさまに縋るしかないのだ。毎年同じ日に起こる奇怪な事件と事故に、具体的な解決策もまともな犯人も現れない現状に村人が出来ることは、狂信するオヤシロさまのせいにしてしまうことだけ。

 村八分にならないために話を合わせているのか、本心からそう思っているのかの証明の仕様はないが、そう考えた方が辻褄が合ってしまうのだ。

 

「……オヤシロさまの祟りの標的が余所者ってんなら、次の被害者は俺ってことなんですか」

「申し訳ありませんが、否定はできません。雛見沢の人間が関わっているかもしれない以上………っ!?」

 

 不意に車内に響いた窓ガラスを叩く音が、大石の言葉を遮った。驚きを隠せないまま、その方向に二人同時に顔を向けると、そこには部室で待っているはずの雪と梨花が笑顔を浮かべながら手を振っていた。

 

「雪…、それに梨花ちゃんまで……」

 

 額に滲む汗を拭いながら、窓を開けろと指で仕草をする雪に促されるまま窓を開けた大石は、ぶわっと入り込んできた茹だる様な熱気に目を細めた。

 

「やあ、大石さん。久しぶりですね」

「……お久しぶりです、園崎ゆきさん」

「やだなぁ、今はヒイラギって名乗ってるんですよ。まあいいや、そろそろ前原を返してもらおうと思いましてね。話は、終わりましたよね?」

 

 終わったかどうかなど、話の顛末などどうでもいいから圭一を開放しろ、と暗に訴えてくる雪の言葉に、大石はわざとらしく両手を上げた。

 

「ええ、お話は概ね」

「なら良かった。………あまり、派手に動かれると雛見沢の人間から反感を買いますよ?」

「………ご忠告有難うございます」

 

 大石に向けて発せられた雪のその言葉は、まるで大石が言っていた言葉を裏付けてしまうような。そんな雰囲気を纏っているように聞こえたのだった。

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