梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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「……どうして、俺があの人といるってわかったんだ?」

 

 車を降りる間際、大石から手渡された電話番号が書いてある紙を握りしめたまま、圭一はボソリと疑問を零した。教室に入ってきた知恵はから言われたのは「来客がある」という情報のみ。普通に考えれば、職員室や来客質的な部屋に通されるのがベターではないだろうか。

 だが、大石は圭一を校舎の外に停めておいた車へと誘導させた。仮にわざわざ迎えに来てくれたんだとしても、どうして校舎の外の大石の車を見つけることが出来たのか、疑問に思って当然だった。

 その当然足る疑問を投げかけられた雪は、下駄箱に外履きを仕舞う手を止めて圭一の方へ顔を向けた。

 

「大石さんが君の所へ訪ねてきた理由は大体予想がついてる。富竹さんの事だろう?」

「─────────ッ!?」

「…あまり話すつもりじゃなかったんだけどね。昨晩、綿流しを抜けた後、僕はカントクの所に行っていたんだよ」

 

 圭一を慮るような表情を作り、しかし雪の言葉を聞き漏らさぬように耳を凝らす梨花もまた、外履きを仕舞う手が止まるのだった。

 雪の言動と羽入から聞く話が噛み合っていない以上、今目の前で交わされる会話も何もかもを聞き留めないとならず。例え嘘で塗り固められた話だったとて、何かしらの矛盾を()()()ことぐらいは出来るやもしれないとも。

 

「連絡があったのは、確か十時頃だったかな。この祭りで出た熱っちゅ───日射病患者の手当の手伝いとアイツの見舞いが主な用事だったんだけど。その時に電話がかかってきてね、それが蓋を開けてみれば富竹さんだったってわけだ」

 

 この時点で、羽入の話と雪の話は食い違ってしまった。羽入の話を正とするのならば、そもそも日射病の看病なんてしていないはずだし、富竹の死体が見つかった通報が入江の元にきたのは雪が入江診療所から出た直後。どちらが正しいのかは梨花に判断することはできないが、この話に嘘を織り交ぜていたとしても──────。

 

(──────雪が診療所を出た後に電話がかかってきたって…)

 

 ふと、昨晩の羽入の言葉が。正確には羽入の行動に引っかかりを覚えた。

 雪の後を追って入江診療所に辿り着いた彼女は、何故入江診療所にとどまったのだろうか。いや、とどまっていないにしろ、どうして雪の監視を止めてまで入江の電話を聞きに行ったのか。

 であれば、雪の話が正なのだろうか。だとすると羽入は意図的に梨花に対して嘘を吐いたことになる。圭一に話せるように嘘を織り交ぜていた話を雪がしているのは前提条件だろうが、それでも二人の言っていること、そして羽入の行動にあまりある疑問が生まれてしまった。

 

「そう、だったのか…」

「僕としても今回の件には驚きを隠せてない。だからこそ、魅音達には一切この話は伝えていない。富竹さんの死が生じさせるショックと、オヤシロさまの祟りが起こった、なんて言い始めても困るからね。そんなの犯人の思うツボだ」

「な、なるほど……。って、り、梨花ちゃんはいいのか……?」

「古手はこう見えて御三家たる古手家の当主だからね。オヤシロさまの祟りが起こったってなれば彼女の耳には直ぐにその情報が届いているさ、そうだろ?」

 

 心配げな視線を向けて来た圭一と、あえて同意を求めて来たであろう雪に、梨花は極めて真剣な表情でコクリと頷きを返した。

 

「恐らく、大石さんも言っていただろうけど、部室に残っている彼女達には内緒にしてほしいんだ。オヤシロさまの祟りって言葉は君が思っているよりも雛見沢には厄介なもんなんだよ。引っ越してきたばかりの君を巻き込んでしまって申し訳ないんだけど…」

 

 と、目を伏せた雪に圭一は慌てて「任せろ」といつもの能天気振りを取り繕うのだった。

 だがしかし、ここで雪が圭一をどれだけフォローしようとも、連絡先を渡したという大義名分を得た大石は、明日以降連日のように圭一に電話をかけ続け、彼が疑心暗鬼になってしまう原因となり果ててしまう。それを嫌という程知っている梨花は、込み上げて来た深い溜息をゆっくりと飲み込んだ。

 そもそも圭一が東京へ戻るという出来事があった時点で、沙都子と同程度に症状が進行してしまうのは避けられない事実なのだ。どれだけストレスを与えないように配慮を行ったところで、回復することは無いし、大石は彼を煽り続ける。それこそ沙都子と同じように定期的な薬の接種をしない限りは、どうにもならないのだ。

 

「と、まあ早く教室に戻ろう。僕達がこんなに遅いとまた北条の説教を貰っちゃうよ…」

「お、おう、そうだな。このまま魅音に負けたままじゃ、男前原圭一が廃るってもんだぜ!」

「みー。今日の圭一も口先だけなのです」

「今日の梨花ちゃんは辛辣すぎなんじゃ……」

「いつも通りだね。言い返したいなら、先ずは一本取って───おや、北条か?」

 

 昇降口から最短のルートで教室を目指していた雪は、ふと廊下の向こうでこちらをじっと見つめている沙都子を見つけた。直ぐに笑みを浮かべたように見えた彼女は右手を振りながら教室の中へと戻ってしまったが。

 

「何やってんだ、沙都子の奴」

「僕達があまりにも遅いから待っていた、なんてところかな…。それとも新しいイタズラでも思いついたか…」

 

 そういえば彼女達はジジ抜きをしていたような。なんて思い出したものの、雪はあえてそれを口にすることは無かった。

 大した罰ゲームじゃない、と魅音が言っていたような気もするし、どうせ圭一が戻ってくるまで教室の外で待つとか、そんな他愛のない物にしておいたのだろうと思い込んでいたのだった。

 ───当然、魅音がそんな緩い罰ゲームで納得するわけがないことを雪は見落としていた。大石が来ていたことに気を取られていたのか、沙都子とのやりとりで疲れていたのか、そんなミスをするとは彼らしくない、とも言えた。

 

「何か、企んでいる顔に見えましたです」

「硯でも置いてあるかもな…。ま、ドアを開けないことには話は進まねえんだし」

 

 覚悟を決めた圭一が思い切りドアを開けた、その瞬間の出来事であった。

 

「───お、おかえりなさいませ、圭ちゃん。ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」

「……み、魅音?」

「み、みぃ……。それは想定外です……」

 

 何がどうなったらそうなってしまうのか。ご丁寧にうさ耳を生やしたバニースーツの魅音が顔を赤らめながら圭一を迎えるというそんな光景に、流石の梨花ですら頬に冷や汗が伝っていた。

 後ろでウィンクをしている詩音が言わせたのか、それとも腹を抱えて馬鹿笑いをしている沙都子が言わせたのか。どちらにせよ、圭一がフリーズしてしまうくらいには効く台詞と光景だったのだが。

 真っ先に教室に足を踏み入れたのは他でもない、無言のままの雪だった。普段からはまるで想定できない不機嫌そうな表情で雑に頭を掻きむしりながら魅音の前に移動した雪は、彼女の眼を見つめながら深い溜息を零す。

 

「………」

「ちょっ!?沙都子!?雪が居たなら教えてよ!!」

「あら!?私言い忘れていましたか!?それなら申し訳ございませんこと、次から気を付けますわ!」

「次からじゃなくて今気を付けてくれないと───。ゆ、雪…?な、何か言ってほしいなぁ、なんて…。えへ、えへへ……、に、似合ってる…?」

 

 顔色を赤にしたり青にしたり。兎角「違う、違うのこれはえーっと…」などと喚きながら焦りを隠しきれていない魅音の姿に、立ち尽くした二人は首を傾げていた。

 

「り、梨花ちゃん…。雪はどうしたんだ……?」

「ボクにもよくわからないのですよ……。魅ぃがあんなに取り乱すなんて只事じゃないのです……」

 

 魅音が壁に向かって一歩後退する度に一歩踏み出す雪に、彼女の逃げ場が無くなっていくのは必然で。彼女の背中と壁が遭遇するのに時間はそう要らなかった。

 完璧に彼女の退路を断ち切る為か、魅音の頭の横に手を伸ばして壁に手をついた雪は、低く小さな声音で口を開いた。

 

「………───おん、昔から言ってるよね、そういうのは良くないってさ」

「は、はい……」

「言ったろう。目の毒だって。健全な男子には刺激が強すぎる……、と言うかそんな服は何処で手に入れて来たんだよ。どうせ義郎おじさんだろうけど、馬鹿なのかな?」

「仰る通りです……、はい……」

「まったく、エンジェルモートの制服といい、バニースーツといい、スク水といい。前原の性癖を壊すつもりかい?」

「どうしてそこで俺が出てくるんだよ!!」

 

 突然出された名前に反射的にツッコミをいれたものの、部活によって圭一の性癖が僅かに歪み始めているのも事実だ。

 踏まれては悦び、年下に頭を撫でられては悦び。そしてハーレム王に続く階段を着実に登っていきながら、変態としての功績も積んでいる。彼の固有結界が次のステージに到達するのもそう遠くはないだろう。

 

「……少しは危機感を持てってずっと昔から君達には言ってるだろうに。弟の僕から見ても、その、何というか、君達がそんな恰好を気軽にしてたら何時かトラウマになるような出来事が起こるかもしれないよ?」

「だ、だから沙都子を見張りに出して……」

「そういう問題かなぁ…。今なんか僕から逃げられてないんだし、もう少し状況を見ないと、せめて前原みたいに守ってくれる人がいないとさ、ほらこうやって───」

 

 空いている左手で魅音の鼻をつまんだ雪は、ニヤリと笑みを浮かべた。対する魅音はキョトンとした表情で雪を顔を見て。

 

「なんちゃって。早く着替えて部活の続きをやろうか」

「はっ…!?はい!?」

 

 何をされると思っていたのだろうか。あっけにとられたような表情も束の間、どうぞと雪に促されるまま壁から解放された魅音は、カーテンの中へと逃げていき。対する彼は壁を眺めたまま、小さく溜息を零し。

 そして、誰にも聞こえなかった声量で。

 

「………嗚呼、嫌いだ」

 

 と吐き捨てるのだった。

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