梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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22.

「───鷹野の死を調べてみろ、か」

 

 今日は魅音が叔父の手伝いがあると、珍しく。或いは梨花にとっては予定通りに部活が無くなった放課後。

 大石にちょっかいを出された圭一は明るく振舞っているように見えたが、僅かとはいえ目の下にクマが出来ていた辺り、明日から学校には来ない可能性が高いだろう。

 詩音は雪の様子を見ると、何故か沙都子を連れて彼の家に向かうらしく。尚更病状は悪化しそうなものなのだが、詩音は何を考えていることやら。

 さておき、圭一はいつも通りレナと一緒に帰り。予定だにしていなかった自由な時間が梨花に生まれていたのだった。

 

 故に、梨花は雪が口にしていた「鷹野の死」について、意識を割いてみることにした。

 富竹の死は、あからさまに雛見沢症候群の末期症状による自死。喉を掻きむしりながら幻覚と無駄な戦いを繰り広げた彼の死は、警察の捜査を撹乱していることだろう。

 対して、鷹野の死はカケラによって顛末が少し異なる。死ぬには死んでいるのだろうが、鬼隠しにあったまま死体が見つかっていないパターンと、焼死体で見つかるパターンと。

 

「………死体が見つかってる?」

 

 ふと、梨花は今まで気が付かなかった、単純な疑問にぶつかった。

 オヤシロさまの祟りとは、一人が死に、一人が消えることを指してきた。バラバラ殺人事件の主犯格も、沙都子の母親も、梨花の母親も、そして悟史も、過程は不明だが姿を消しているのだ。

 だが、今年は死体が見つかっている、しかも二つも、だ。彼女の死体が見つからないパターンの方がオヤシロさまの祟りを騙るのであるならば正しいはずなのだが、何故彼女の死体は見つかるのだろうか。

 

「鷹野の死体が見つかることに意味がある…?でもどうして…?」

 

 例えば、鷹野が死んで得をする人間がいるのか、と記憶を漁ってみるが、少なくとも()()()()()人間では思い当たる節はなかった。

 雛見沢症候群の研究者としての側面もある彼女が死ねば、入江辺りはかなり困るだろう。ましてや、雛見沢の住民から見てみたところでただのナース。殺したとて祟りとしての価値はそうあるまい。

 

「……駄目ね。さっぱりだわ」

 

 そもそも論として大石が必死に探してもまともな証拠すら掴めていない事件を、捜査権力の無い梨花が単体で解決しようなどと無理があるのだ。匙を投げて何が悪い。

 仮に大石を説得出来たとて、情報が足らなさ過ぎるのは目に見えてしまっているのだ。

 

「ったく、羽入はどこで油を売っているんだか…。無理やり言うことを聞かせるようにキムチを追加しようかしら」

 

 ついでに、雪に食べさせたら何かしらの反応を示すのだろうか、と。あまりにも非現実的な妄想を証明する手段をほんの一瞬だけ思いつくのだった。

 ただ、その行動ももしかしたら彼は見通しているのかもしれないが。

 

 ───柊雪、或いは園崎雪。魅音と詩音の同い年の弟として育てられた養子であり、曰く園崎家の柵から逃れるために苗字を変えて名乗っている男子。そして、この世界で初めて出会った、梨花にとっては招かれざる客人。

 加えて、やれ奇跡だ、真実だ、ノックスだの、赤文字だの。大人びた口調の割には、どことなく言葉選びが下手くそなきらいがある。

 そもそも何故直接的に伝えてこないのか、梨花にはさっぱり分からないままだった。

 

「それにしても、ノックスって何なのかしらね」

 

 誰かの返事が来ることを願って独り言を続けてみるが、残念ながら彼女はまだ帰ってきてはいないようだった。

 無意識に零れた溜息に気が付かぬまま、立ち上がった梨花の足は何を思い立ったのか、古手家本宅へと勝手に歩き出していた。

 

 魅音曰く梨花ちゃんハウス、から徒歩十分程度だろうか。額にじんわりと滲んだ汗を手の甲で拭い落とし。梨花は一目散に父親の書斎に訪れていた。

 あの夜から何も変わっていない部屋ではあるものの、時たま掃除に来ているためか幸い埃が溜まっている様子は無かった。

 

 オヤシロさまの祟りに遭い、死んだ父親と消えた母親。ヒステリック気味な母親と古手家当主として家を空けがちだった父親のことを諦めたのは一体何回目だっただろうか、なんて。遠すぎる過去をほんの一瞬だけ思い浮かべた梨花は徐に本棚に手を伸ばし、一冊の本を手に取るのだった。

 

「へぇ、あの人ミステリーなんて好きだったんだ」

 

 何冊も並んだミステリー小説や雑誌から適当に手に取った本の表紙を眺め、梨花は感嘆の声を漏らしていた。

 助けたかったと思っていた頃もある両親であったものの、彼等の趣味まではちゃんと把握していなかったかもしれない。

 

 ───偶然だった。何冊も並んだ本から適当に一冊を手に取った梨花に、狙いなんてものは存在していなかった、はずだった。

 

『お誕生日おめでとうございます。より良い一年を 園崎ゆきより』

 

 との一言が綺麗な字で書かれた手作りらしい、しかもこの時代では珍しいであろうラミネート加工までされた栞が挟まっていたのだった。

 

「………私はあんたの掌で踊ってたってわけね」

 

 怒りも憤りもなかった、といえば嘘になる。だがしかし、今の梨花にはそれ以上の驚きが存在していた。

 

()()()()()此処に連れてくるなんて。これが繰り返し続けたあんたの因果、なのかしら」

 

 何故、どうして、は当人に答え合わせをするとして。兎角梨花の父親と雪は誕生日に物を贈るくらいには親密だったのだろう。

 父が懇意にしている、娘と近い年齢の男子。ましてや園崎家の人間共あれば娘ともある程度の関係性があっても何ら不思議では無い。

 梨花の予想が正しいのであれば、この世界では。いや、正確にはこれまでの雪の繰り返しの中、ほぼ全て梨花と親密だったのだろう、と。周りの環境を見る限り、男女の仲ではないことぐらいは容易に想像が着いてはいたが、無意識のままに本宅に足を運ばせ、無意識のままにこの本を手に取らせる程度には彼の言う因果、とやらは大したものらしい。

 

「───ノックスの十戒。あんたの言うノックスってこれの事だったのね」

 

 ペラペラと適当にページを捲って行った先に見つけたソレは、恐らく彼の言っていたノックスとやらだろう。

 ロナウド・アーバスノット・ノックスなる人物が主張した推理小説の基本指針となる十個の規則をそう呼ぶらしい。

 ノックスの一条と八条、彼が口にしたそれらとはほんの僅かに書き方が違うようにも見えるが、概ねこの通りだろう。あまりにも聞き馴染みが無さすぎて逆に覚えていた自分を褒めたい気分の梨花なのだった。

 

 とて、ここで生じた問題が一つ。何故雪はわざわざノックスの十戒という単語を使って、そしてその規範に則って犯人を探すように促したのか。

 巻き戻り前の梨花の記憶が僅かでも残っていることを期待でもしていたのだろうか。で、あればあの瞬間の落ち込んだような表情の説明はつくだろう。

 だがしかし、まだ確証の一つもない仮定ではあるが、巻き戻りについて自身もよく知っているだろうに、記憶の存在を確認する必要があったのか、についての説明が出来ない。

 巻き戻りに際し、前後の記憶の整合性が取れないのは数回の繰り返しで気が付いてもおかしくは無いはずだ。その都度、梨花自身も先に巻き戻っている羽入に今の状況を尋ね───。

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 そうだ、梨花の巻き戻りよりも先に羽入は巻き戻っているはずなのだ。

 

「ならどうして羽入は雪を知らないって……」

 

 梨花よりも先に巻き戻り、その世界線の梨花に記憶が書き込まれるのを共に行動しながら待っているはずの彼女が、雪という存在を知らないはずがない。

 ()()()()だなんて梨花が口にする前に雪の存在を教えることぐらいはできたはずなのに、彼女は知らないフリをした。

 ずっと見落としていたその違和感にようやく気が付いた、気が付いてしまった梨花は、今まで羽入から聞いていた情報のそれ等に何の信憑性も無いことにも、また。

 

 〇

 

「姉さんや、どうして人が熱を出して寝込んでる所に北条を連れてきたのかな?」

「寝込んでるって…、ミルクティー飲みながら本を読んでるじゃないですか」

「だって暇なんだもん」

 

 卵がゆを作りながら鼻歌を奏でる沙都子をぼんやりと眺め、雪は浅い溜息を零した。

 この熱がうつったらどうするのか、なんてそういうリスク管理が出来ない姉に呆れているのか。それとも先程まで零していた、独り言が聞かれていなかったことに安堵しているのか。

 

「その元気なら明日は学校に行けそうですね」

「元気は元気なんだけどさぁ、熱はまだ下がってないんだよねぇ…」

「それは寝ていないからですわよ、雪さん」

 

 三十八度まで昇ってきた水銀を指で示す雪に、小さな土鍋を雪の目の前に差し出した沙都子は苦笑いを浮かべていた。

 

「ちゃんと寝ないと治るものも治りませんこと。熱いので気を付けてお召し上がりくださいな」

「たはは…、北条に注意されちゃったよ…」

「たはは、じゃないですわよ。圭一さんも少し気分が優れないようでしたし、風邪が流行っているのかもしれませんわね」

「……大石さんに会ってたって聞きましたけど?」

 

 その詩音の追求に、雪は無言のまま何も答えなかった。沈黙は是なり。それを理解している彼女はただ溜息を返すことしか。

 オヤシロさまの祟りが起きた後は決まって大石は雛見沢に姿を現している。刑事故にやむを得ないのだろうが、詩音からしてみてもいい気分では無いはずだ。

 

「これは、お姉から聞きましたけど、鬼婆、カンカンらしいですよ?」

「だしょうねぇ…。ん、いただきまーす」

 

 オヤシロさまの祟りを調べる大石の様子が報告に来てしまったのだろう。形だけでも抗議をしなければならない祖母の姿を想像した雪もまた、内心苦笑いを浮かべ。

 

「それで園崎はバイトに?」

「そういうことです。大変ですね、お姉は」

 

 バイトと言いつつ、恐らくは園崎家の会合に呼ばれてしまった姉の姿を想像し、姉弟は思わず同時に肩を竦めるのだった。

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