頬どころか顔全体を真っ赤に染め上げながら人形を抱える魅音の姿に、梨花はただ情けなく口を開きながら、どうしてこうなった、と考えるのだった。
〇
話は三十分前後遡り。発破をかけられたことによって、口先の魔術師たる片鱗を見せ、勝利をもぎ取った圭一は、決勝戦に挑むために魅音へ啖呵を切り───。
「……うん、残念だが閉店時間だよ君達」
「えっ」
それなりの決めポーズをとった圭一を遮り、雪は親指で自身の後方にある壁掛け時計を指した。
間もなく十七時になる頃だろうか。まだ遊び足らないと言わんばかりの表情を浮かべた圭一に、雪はフッと鼻で笑った。
「君がちんたらやってるからこんな時間になったんだよ」
「ちんたらって…。あのゲームをさっさとやるのは無理だろうが…」
「その調子じゃ来週の部活はまた君の罰ゲームだね」
確かに、正攻法では億万長者ゲームは時間のかかる遊びだろう。だが、圭一が参加している部活は、勝つ為なら何でもありなのだ。
圭一自身も「本気じゃないんだ」と魅音に言われてすぐに、口先だけで勝利を手繰り寄せて見せた。ソレを常時出来るようにならなければ、罰ゲームの座から退く事は出来ない。そういう遊びなのだ、と暗に伝えた雪の言葉は果たして届いているのだろうか。
「後の掃除は善郎おじさんに任せて、僕達は店の外に出ようか」
と、これまたレジ近くに纏めてあった幾つかの紙袋の持ち手を掴み、「お前は手伝えよ!?」と声を張り上げる善郎を無視しながら、雪は強引に部員達と店の外へと出るのだった。
「だ、大丈夫なんですの…?」
「まあ、僕達は店を盛り上げる手伝いに来ただけだからね。片付けは善郎おじさんに頑張ってもらって」
「いいのかな…?かな…?」
「いいんですよ、片付けまでさせられたら溜まったもんじゃないですよ」
詩音に関しては、何をしていたのかはっきりしていないような気もするが。
兎角彼女のことはさておきと。店を出るタイミングで一緒に持ってきた紙袋をそれぞれ、姉妹以外の部員メンバーへと差し出し。
「そういうことで、これは善郎おじさんから皆にお給料。誰が来るとか、そういう説明はしてなかったからロシアン玩具になっちゃうけど」
「雪さんから!?」
「善郎おじさんからって言ってるのね?話はちゃんと聞いてね?さっきまでIQ高そうだったよね?」
我先にと玩具の入った紙袋を受け取った沙都子は、やはり話を聞いていなかったのか恍惚とした様子で。それに対して、雪は何処となく疲れたような表情を浮かべていた。
「ま、まあいい…。君達の分もあるから、持って帰ってくれ」
「じゃあお言葉に甘えて……、って。お前達のは無いのか…?」
「僕達の場合は親族の手伝いの延長線みたいなもんだからね」
「お給料はこの後の雪の家で頂く予定です!」
「そーゆーこと!おじさん楽しみだなぁ…」
「そーゆーこと、じゃないんだよ園崎…」
機嫌がいいと言わんばかりにニコニコと笑う魅音と詩音とは対照的に、雪はただしわくちゃな表情になっていた。
大変だなぁと同情しつつも、この数日で彼女達の関係性を知った圭一は特に何かを口にすることもなく、おもむろに紙袋の中の玩具を手に取り。
「……人形?」
小さい女の子が集めるような、可愛らしい人形を持ち上げた圭一は無意識に苦笑いを作っていた。
「あっはっは、圭ちゃんには一番似合わないやつが出てきちゃったね!」
「な、なんつーかプリティーってかキュートっていうか…。ちょっとなぁ…」
「圭ちゃんが持ってたら確実に明日から変態扱いだね、うん」
魅音にからかわれたことに、僅かに眉をピクピクと動かしていたのも数瞬。そのままレナに人形を渡そうとした圭一に、雪もまたおもむろに口を開く。
「そうは言ってもだよ、園崎。君は可愛いもの集めが趣味なんだから、前原を馬鹿にするのは───」
「ゆゆゆゆゆゆ雪ィ!?」
「そうですよ、お姉。折角可愛い服とか買ってるのに、どうしてこういう時に着てこないんですか?」
「詩音んんんんんっ!!?」
そうだ、口を挟まなくては。なんて思い出した頃には手遅れだった、というか。梨花は目の前に広がる阿鼻叫喚に、ふと目眩を覚えるのだった。
この世界でもいつもと同じように、レナに人形を渡そうとしていたはずの圭一は固まったまま姉弟のやりとりをぼんやりと眺めていた。
突然開示された魅音の可愛いものを集めるという趣味に、圭一だけがぽかんとした表情を浮かべていた、と言い替えても問題無いだろう。そもそもレナにしろ、梨花や沙都子にしろ、魅音が可愛いものが好きなことぐらいは知っていた。
ただ照れ隠しなのか、キャラクター性を気にしているのか、悟史や圭一の前ではそれを見せることは無かったようだが、二人の妹弟の手によって開示される羽目になってしまったのだった。
「わ、私さ、どーして男に生まれなかったのかなーって…」
「続けるんですね、お姉」
「それは無茶があると思うなぁ…」
顔を真っ赤にしながら何とか弁明しようと続けかけた魅音だったものの、これまた妹弟によって言葉は遮られてしまい。
哀れみ半分、驚き半分の表情で差し出された人形を受け取ったところで、冒頭へと戻る。
「───素直に欲しいって言うんだよ、全く。姉さんはさぁ、昔から素直になれなくて後悔してるって勉強した方がいいよ」
「あぅ……」
「雪の言う通りですよ。遠慮してたっていい事ないんですから」
「あぅ…あぅ…」
圭一から譲り受けた人形に顔を埋め、羽入のようにあぅあぅと唸る赤面の魅音の姿に、圭一はほんの少しだけ気まずそうに。或いは、男勝りな女子がみせた女の子らしい一面にドギマギとしてしまったのか、頬を掻いていた。
この世界でのヒロインレースは、レナよりも一歩先に進んでいるらしい、と梨花もまた何処か遠い目をしながら考えていた。
「それにしても前原、君も思春期真っ只中の女子に対して男だったら~、みたいなことは言うもんじゃないよ」
「まだ言ってないが???」
「言いそうな顔をしてたからね。それに、贈り物は素直にする癖は付けておいた方がいい。ああ見えて、姉さんも夢見る乙女だからね」
「そ、そうみたいだな…」
「とはいえ、僕達はまだ知り合って間もないからね。これからお互いの事を知っていけばいいだろう?」
そう微笑んだ雪の言葉は、まるでお付き合いを前提に友達になりましょうと言っているかのようであった。
魅音と圭一が上手くいくことを狙っているのか、はたまた天然か。ツッコミ側に回らなくてはならない魅音は蒸気機関車みたいになっているし、沙都子はニヤニヤと笑っているし、レナもレナで何故かこの光景を見ながら顔を真っ赤にしているし。
そんな状況に、梨花は頭痛が痛いような。或いは腹痛が痛いような、そういう気分だった。
本来ならば魅音、正確には詩音だが、彼女の発症を止める最善の手段だった筈なのだが、この収拾がつかなくなった状況に喜びという感情は一切存在しなかった。
「まあ再起不能になってる園崎は園崎に任せるとして。そろそろ日も暮れてきたし、完全に暗くなる前に帰ろうか」
「そ、そうだな…」
店前でのやりとりであっという間に時間が流れてしまったのか、もう随分と影が長くなっていた。
後小一時間もすれば辺りは真っ暗になってしまうだろう、と長年の勘が囁いたその瞬間、ふと思い出したように雪がポンと手を叩いた。
「あ。北条、悪いんだけど、三十分ぐらい古手を借りてもいいかい…?」
「それは宜しいですが…。まさか逢瀬を事前申告ということでしょうか?」
「まさか。祭りの件について、今日中に古手に聞いて来いって婆ちゃんに言われてたのを思い出してさ。申し訳ないけど、古手もいいかい?」
そんな突然の申し出に、梨花はただコクリと首を縦に振ることしかできなかった。
確かに近日中に綿流しではあるが、わざわざ雪を使ってまでお魎が梨花に何かを聞くことは無いはずだ、とすぐに気が付いた彼女は、それが雪からの誘いであることもまた。
あえて彼から話をもちかけて来ているという願ったり叶ったりの状況ではあるが、何の目的で、までは当然ではあるが分からなかった。
「じゃあ、気を付けて帰って。古手は僕が責任をもって送るから」
「沙都子、戸締りはちゃんとするんですよ」
「分かっていますわ。梨花も雪さんもお気を付けてくださいまし」
睨まれながら送り出された梨花は、「そんな感情あるわけないでしょ」と内心ごちるのだった。
〇
圭一達の背中が見えなくなった頃。彼等を追うようにゆっくりと歩き始めた雪に、梨花はそれを追いながら漸くと口を開いた。
「……まさか、とは思っていたけど巻き戻っていたなんてね」
「あれ。僕は最初から言ってたはずだけど、僕は繰り返す者である古手梨花を探していたって。どうやって探すのか、すら疑問に思ってなかったんだね」
「あんたの言葉を冷静に受け止められるほど、私には余裕は無いの。段々と巻き戻る時間も短くなりつつあるんだから」
何度も言うが、昔はオヤシロさまの祟りが起きる前まで戻ることが出来ていた。
赤坂と会話をした回数すら、ゆうに両の手を超える程度には、だ。しかし、何度も死に何度も繰り返すうちに、羽入の繰り返す力も弱くなってきてしまった。後何回と繰り返した頃には、もう梨花は戻ることも出来なくなっているだろう。
「あんたは私より先に巻き戻れるぐらいには余裕があるみたいだけどね」
少なくとも、巻き戻っていることを確認するために魚釣りゲームを排除出来るくらいには、梨花よりも先に巻き戻っているはずだ。
そう、嫌味を込めた言葉に、雪はまたしてもそういえばと言わんばかりの声音で。指を折りながら何かを数えたフリをした雪は、
「そうだ、忘れてたよ。君と会うのは
「………は?」
またしても意味のわからない言葉を発するのだった。