梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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29.

「想定通りではあるけど…、随分と間抜けな声だね」

 

 巻き戻りという性質上、当然ではあるが梨花は死んだ直後からの意識がそのまま続いた状態で「次の古手梨花」が始まっている。故に梨花にとって雪と顔を合わせることは久しぶりでも何でもない。

 勿論、雪の方が早く巻き戻っていると考えられる以上、彼からしてみれば久しぶりでも何ら不思議はないが、それでも()()()という歳月が何処から湧き出て来た数字なのか、梨花にはまるで導き出すことは出来なかった。

 今では綿流しから一ヶ月前程度しか遡れなくなってしまっている梨花を探すというのは非常に困難だろう。彼がどれほどまで遡れるのかは知らないが、この無数に存在するカケラの中から梨花がいる世界を()()()()()()()()で見つけ出すなど、運が良いどころの話ではない。

 

「もしかして羽入が、なんて疑うのは止めなよ。僕が君を見つけるのに羽入の力は一切借りてないからね」

「……、そんなこと()()考えてないわよ」

「まだって……、考える余地があったってことだろうに…」

 

 はあ、と溜息を零す雪だったが、梨花からしてみれば疑われる行動しかとっていない羽入にも問題があるとしか言えなかった。

 数日間姿を消していたかと思えば、突然ふらりと姿を現して意味の分からないことを言って、また姿を消して。雪と共に行動をしていたようだが、その理由すらままに話さなかった彼女を疑わない理由など、あるはずもないだろう。

 そう、溜息を零した梨花に、雪はやれやれと首を振りながら続けて口を開く。

 

「とはいえ、僕が此処にいるのは偶然じゃない。ちゃんと君がこのカケラへ巻き戻ることを把握した上で僕はこのカケラに来ているからね」

「───あんた今なんて…!?」

 

 雪が発したその言葉に、ほんの一瞬だけ梨花は自分の耳を疑った。もし、その言葉と二十年という数字が本当に正しいのであるならば、梨花の知る()()()()()がひっ繰り返ることになってしまう。

 

「君が死んでから()()、そしてこの世界は今年で()()()目。合わせて約二十年ぶりと言っても何もおかしくは無いだろう?」

 

 満面の笑みを浮かべて梨花の方へと振り返った雪に、彼女はただ言葉を失うのだった。

 

 〇

 

 水が注がれたグラスを片手に、梨花はただ夜空を死んだ瞳で眺め。今宵十数度目かの溜息を吐いた。

 

「───つまり、あんたは雪の異常さに私より先に気が付いたから演技をしてたってわけ?ねぇ、羽入?」

「あ、あぅ……。そうなのです……」

 

 再び込み上げて来た溜息をそのまま吐き出し、梨花は空いたもう片方の手で前髪を乱雑にかきあげる。

 視界に映った親友である筈の彼女の姿は、記憶と重なる情けない表情で、神様らしくもなく居心地の悪そうな正座で。

 何を言うべきか、何を聞くべきか、そもそも彼女を信じるに値するのか。等々と絶えず浮かび続ける疑問も存在するが、兎角話を続ける他ないと梨花はグラスの水を一思いに飲み干し。

 

「私が死んだ後、雛見沢の住民がどうなるのか、なんてあんたは知らないわよね」

「え、えぇ…。梨花が死ぬとほぼ同時にボクの巻き戻りは始まりますです。ですから、梨花が死後の住民は入江や鷹野の言う通り、全員が末期症状で死んでいると思うぐらいしか……」

「……そうよね。あんたはそういう(オヤシロ)さまだもの、ね」

 

 梨花と共にいる事が出来ればそれでいい、と。もう少しばかり卑屈に例えるのならば、梨花さえ居れば他はどうなっても構わない、と言い換えてもいいのかもしれない。

 無論、本当にそう思っているのならば症状が進行した人間を付け回して謝罪の連呼などしないのだろうが。今ではそれすらも悪意があるのではないだろうかと疑いたくなってしまう梨花なのであった。

 

「まあ、証明のしようがない、か。死んだ後の事なんてどうやっても確認できないもの」

 

 それこそ本当に悪魔の証明であろう。例え本当に梨花が死んでから五年もの間、雛見沢症候群の末期症状に悩まされることなく生きていたとしても、それを証明することはどちらにも不可能であることに違いはない。

 

「だとすると、雪が後から死んだのに、私と同じ世界に。しかも私より先に巻き戻った、なんて証明できないわね」

「………それに関しては、有り得ないと一蹴することはボクには出来ないのです」

「……へぇ?」

 

 控えめな、しかしそれでいて確実な否定の言葉に、梨花は羽入を見つめる目を無意識に鋭くさせていた。

 雪が梨花よりも後に死んで、梨花よりも先に。しかも生まれた瞬間に巻き戻ったことを証明するなんて、雪が前回の世界であの後に五年生き続けた事を証明することと同じように無理難題の筈なのに。

 梨花の鋭い目つきに、ビクリと体を動かした羽入だったが、何事も無かったかのように青ざめた表情で口を開くのだった。

 

「…以前にも説明した様に、梨花が死ぬと僕は梨花の記憶もしくは精神を、別のカケラの梨花へと書き込みます。その記憶を思い出す時期が日に日に後ろへとズレてしまっていますが」

「………それで?」

「その状況でも、梨花が巻き戻れる日付にはこれという規則はありません。ボクの力が弱まっていることが原因で上書きした記憶を思い出す日付が綿流しに段々と近付いているのは事実ですが…」

「……だから、それで?」

「大事なのは別のカケラ、もしくは平行世界へと巻き戻る際にボク達はボクの力が持ち堪えられている今のところは、絶対に過去へ戻ることが出来ていますです」

「だから、それが何だっていうのよ!!」

 

 近くの机にグラスを叩きつけた音が響く。グラスが割れなかったことだけは不幸中の幸いだろうが、そんなことを気にしている余裕は無いとばかりに梨花は羽入へと大股で近寄り、苛立ちのままに彼女の胸倉に手を伸ばす。

 ───が、無論実体化していない羽入を掴めるはずもなく、彼女の手は空を掴むだけで終わるのだった。

 

「………っ!」

「焦らないで、もう少し考えてみてくださいと言ったと思うのです。他のカケラもこのカケラと同じように時間は流れています。その中でボクは時間を遡って梨花の記憶、もしくは精神をそのカケラの梨花へ移しているのです」

 

 今更ではあるが、梨花の身に起きていることは端的なタイムスリップと表せるような代物ではない。いや、結果だけで言ってしまえばそうなってしまうことには変わりはないが。

 カケラと呼ばれる、平行世界上に存在する過去の古手梨花に対し、精神或いは記憶を上書きすることによって発生する疑似的な死に戻り。

 だからこそ、雪は()()()()()()と例えたのだが、彼女はどうもその意味をまだ理解していなかったらしい。

 カケラを移動するなんてことは、カケラをそもそも認識できていない人間が出来る事ではなく。神として名を連ねている羽入がやっとの思いで。しかも戻せる時間も短くなっているという状況に、不確定な要素など見繕えば幾らでも出てくるだろう。

 

「梨花もあの日の図書室で見たはずです。雪は、ボク達に見えない()()()に話しかけていたことを」

「……私はそれをもう一人の羽入だと思ってた。世界の数、私がいるようにあんたもいる。そんな冗談を思いついてもおかしくはないでしょう?」

「…否定はできません。ですが、もしそれが正しいのであれば、雪は別世界の梨花ということになってしまいます。もっと言ってしまえば、ボクの力で巻き戻っている雪が、ボクを見ることが出来ないことは正直に有り得ないと思っているのです。それにボクは雪を梨花だとは思えないのです」

 

 古手梨花が存在しない雛見沢など有り得ない、と表すこともできるだろうが。

 

「しかし、梨花の言っていることも一理あります。雪は繰り返す者であることの確証は今日、得られました。そして人間である以上、カケラの海を航か───。いえ、カケラ同士の移動をすることはどう足掻いたところで無理です」

 

 あえて何かを言い直したようにも聞こえたが、梨花の耳はその疑問に気が付くことは無く。それどころかそこで言葉を区切り、殊更苦虫を噛み潰したような表情で言葉に悩む羽入に戸惑っているようでもあった。

 

「羽入…?」

「………あまり、認めたくはないのですが。今雪に協力しているのは少なくともボクよりも力があります。梨花の後から死んだのは状況的に確実で、その状態で梨花とボクを見つけ、更に梨花よりも過去に巻き戻せる存在がいるとしかボクには思えないのです」

 

 本当に生まれた頃に巻き戻しているのかどうか、なんて証明は必要ないのだ。梨花から見て、雪が先に巻き戻っていることは魚釣りゲームを除外していたあの行動からして明白で。そしてもっと言ってしまえば、梨花が先に殴り殺されていたのもまた確かだ。

 本当はたった数日、或いは数時間にも満たない差なのかもしれないが、それでも羽入がすぐさま巻き戻したカケラを見つけ、追いかけてくることができる存在が彼に協力をしている。

 何故梨花を追いかけているのかは定かではなく、そして何故小分けにヒントを与えているのかも分からない現状に、彼女の頭は何も理解できていないままであった。

 

「…魔法みたいな話でさっぱりだわ。でもどうして、雪は私を追いかけて来たのかしらね」

「……分かりません。ボクが見ていた中で、雪が彼女と会話をしていたのは図書室での一回きりでした。ボクが見ていない最中で会話をしている可能性もありますし、もしかしたらテレパシーのようなものが出来るのかもしれません」

「そうね…。本人に聞いて答えてくれるのが一番なのだけど…」

 

 その言葉に俯いてしまった羽入から目を逸らし。机に叩きつけたグラスを手に取ると、梨花は重い足取りで台所へと向かい。喉元に残った何かを流し込むように、グラスに注ぎ直した水を一息に飲み干すのだった。

 ───それが飲み干してはいけない疑問だったと気が付くのは、暫く後のこと。

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