梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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3.

 沙都子にシュークリームを食べられてしまったことによる羽入の慟哭は残念ながら割愛となり。そして土曜もシュークリームを味わうことが出来なかった二回目の慟哭も省略され、日曜。

 しわくちゃな表情のまま、雪の背後をぺたぺたと付き纏う羽入の口内は連日のワインとキムチのせいで地獄と化していた。

 もう朝昼晩の普通の食事の味ではこの擦り減った精神は回復しないのだ、と昨晩目が真っ赤になるぐらいに泣きながら訴えていたところ、梨花が突然生の唐辛子を齧り始めたことを思い出し、羽入はただぶるりと体を震わせていた。

 

「に、しても前原も竜宮も遅いな」

「圭ちゃんとレナが遅いんじゃなくて、雪と私が早いんだって。まだ集合時間の三十分前だよ」

「まあ、それはそうなんだけどさ。そういう園崎だって早いじゃんか」

「どうせ雪なら一時間前とかに来てもいるだろうって思って早めに出て来ただけ。てゆーか、折角久しぶりに二人なんだから名前で呼んでくれたっていいじゃん」

「……何時何処で誰が聞いてるのかわからないんだし」

「じゃあ偶にはご飯食べにきなって。それか私が行こうか?」

「あーはいはい。今度連絡するよ」

 

 うんざりした様子の雪に対し、魅音は何となく楽しそうな。或いは嬉しそうな雰囲気を孕んだ笑みを浮かべていた。流石の羽入ですら、二人がかなり親しい間柄であることが分かるほどには魅音の声音がそれを物語っていた。

 

「そういえば、こないだまたアレがウチに来たんだけど」

「マジィ?ったく、見つかったらグチグチ言われるの私なんだけどなぁ~」

「お小言を言われるだけで済んでるんだから御の字だろ。僕なんか何を言われる事やら」

「私も行こうか?」

「どんな思考回路してるんだよ君達は。また唐揚げ~、とかって騒ぐ訳じゃないだろうね」

「今回はカレーとかどう?」

「どうじゃないよ、どうじゃ。家主は僕なんだけどさぁ…」

「いいじゃんいいじゃん。雪は私た────」

 

 ふと、そこで言葉を止めた魅音は、雪から視線をずらすと驚きを隠せないとばかりにあの字に口を開いたまま固まった。

 雪と羽入もそれに釣られるように魅音と同じ方向を眺め、かたや魅音と同じ表情を、かたや苦笑いを浮かべ、はぁと呆れを孕んだ溜息を零した。

 

「確かに胃袋を掴めとは言ったけど…。あれはやりすぎじゃないかなぁ」

「……ど、どうする雪?」

「どうするも何も、前原の胃に頑張ってもらうしかないだろうね。ま、前原に対する一歩は竜宮が先に行ったのかな?」

 

 道の向こうに見えたレナの両手には、凡そ五段の重箱の包みらしきものが二つ。目算、十段以上はあるだろうその量に、雪は圭一争奪戦に出遅れた魅音をチラリと見遣るのだった。

 

 〇

 

「そ、それでリアカーでいらっしゃったんですのね…?」

「みぃ…。凄い量なのです…」

 

 境内に広げられた件の重箱を眺め、困惑した言葉とは異なり、何故したり顔のような表情を浮かべた沙都子は流れるような動作で雪の横に腰を下ろした。

 

「御機嫌ようですわ、雪さん」

「あ、ああ。いい天気だね、北条…」

「少しお疲れになったのではございません?よろしければお茶でも―――」

「き、気持ちだけで大丈夫だよ…。今日の主役は、ほら、前原だからさ……」

 

 猫撫で声、とでも言えばいいのだろうか。親友であるはずの沙都子の口から発せられた聞き慣れない声音に、梨花は驚きが表情に出ないようにただ必死に表情筋に力を入れていた。

 雪という存在がイレギュラーである以上、梨花の知らない何某が起こってもおかしくはないだろうと思っていたが、まさかそう来るとは夢にも思っておらず。というよりも、死に戻ってきたこの数日の間にそんな様子一切見せなかったのに、と表す方が正しいのかもしれないが。

 

「しっかし、食い切れんのかこれ…」

「えへへ…、気合い入れすぎちゃった…」

「だいじょーぶだって。圭ちゃんが責任取って全部食べるから」

「え、ちょっ!?俺にだって胃の限界があってだな!?」

「大丈夫だって。圭ちゃんなら行ける、諦めたらそこで終わりだよ!」

 

 そんな沙都子の様子はいつも通りなのか、沙都子にたじろいでいる雪など誰も気にすることもなく、三人は重箱の中身へ次々と手を伸ばしていた。

 

「どうぞお口を開けて下さいまし、あーんですわよ、あーん!」

「自分で食べれるから、自分で…!そ、そんなに押し付けたら首が取れ、取れるから…!!」

「大丈夫ですわよ、もし取れてしまったとしても私が縫い合わせて繋げて差し上げますわよ?」

「ちょっと、園崎!?僕を助けっ!!」

「頑張れ~。お、この卵焼き美味し~」

 

 顔の前に差し出された唐揚げを回避しようと魅音の名を呼ぶ雪であったが、魅音はただにやにやしながら右手を左右に振っていた。

 何がどうして沙都子が雪に()()なっているのかなんて知る由の梨花もまた、助け舟を出すことなど出来るはずもなく。重箱に詰められた俵型のおむすびを口の運ぶのだった。

 

「ああ、分かった分かった!!姉さん!!沙都子を止めてくれ!!」

「お~…。そう来たか、雪ちゃんは~」

「ちっ……、魅音さんが動くのでしたら今日の所は諦めるしかありませんわね……」

「舌打ちした!?沙都子が舌打ちしたのですよ、梨花!?」

 

 レナの弁当のお陰か、若干機嫌がよくなった羽入の叫び声に込み上げて来た溜息を飲み込み。驚きを隠せないとばかりに目を丸くしていた圭一が発するであろう次の言葉を待つのだった。恐らくは同じ驚きと疑問を抱いているのだろう、と。

 

「た、助かったよ園崎…」

「あるぇー、さっきは姉さんって言ってくれたのになぁ?」

「くっ…。た、助かったよ、姉さん…。これでいいんだろう!?」

 

 魅音の実力行使を恐れたのか、はたまた別の理由か。兎角雪に押し付けていた唐揚げを自分の口に放り込み、しかして満足げな表情を浮かべた沙都子と同じようにニヤリと笑う魅音の顔を見比べ、圭一は漸く口を開いた。

 

「ね、姉さんって…。雪と魅音って姉弟だったのか…!?」

「そういえば圭ちゃんにはまだ言ってなかったね。うん、そうだよ。雪と私は姉弟なんだよね」

 

 それがさも当然であると言わんばかりに雪との関係を口にした魅音は、麦茶を一口。同じく、梨花以外その事実を知っていたのか、何食わぬ顔で食事は続いていた。

 

「で、でも柊って…」

「養子だよ養子。血が繋がってないだけの同い年の姉弟ってやつさ」

 

 ああ、気にしないで、と申し訳なさそうな表情を浮かべかけた圭一に呟き。乱れた服の首元を直しながら、雪もまた麦茶を一口飲み込んだ。

 

「園崎家って、簡単に言っちゃうと雛見沢の地主みたいなもんだからさ。まあ、厳密には違うんだけど。それでウチの遠縁とかになったりすると、やっかみに巻き込まれたくないからって苗字を変える親族もいるんだよ。僕もその口でさ」

「未だに私も母さんも婆っちゃも認めてないからね、それ」

「姉さん達が認めてくれなくてもいいんです~。僕は自由にやらせていただきます~」

 

 園崎家の養子。今までの世界では全く聞いたことのない存在に、梨花はつい手に持った箸を落としそうになってしまった。

 いくら養子と言えども、この雛見沢において園崎という苗字は簡単に捨てられるものではないし、地主なんて言葉で表せられるような簡単なものではない。この雛見沢村の根幹にかかわる御三家の中で現状最も強大な権力を持ち、しかも魅音と姉弟と呼ばれる関係の養子が苗字を捨てるなど、理解が追い付いていなかった。そんな地位がある人間が苗字を捨てるなど、この村社会で出来ていいはずがない。

 場合によっては、雪の発言力は当主代理の魅音に次ぐものがあるのやもしれず、そしてその立場を有効に活用できる力があるのかもしれない。その起こりえかねない状況に、梨花はただ背筋に冷たいものが流れたような気がした。

 もしかしたら、古手家当主となってもうすぐ二年と日が浅いが故に今まで知らされていなかっただけなのかも、ともほんの一瞬だけ思ってもしまった。

 

「と、言う訳で。そんな気にすることじゃないよ、前原。でも()()()()()()なんて呼んでくれた日には、生まれてきたことを後悔させてあげるからね」

「こ、後悔って…!?」

「吐くまで擽り倒す。泣いても謝っても吐くまで擽り続けてやる」

 

 梨花がそんなことを考えているとは露知らず。顔の前に持ち上げた手の指を細かく動かし続ける雪の様子に、圭一は「やめてくれ」とわざとらしく大きな声を張り上げるのだった。

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