梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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 巨大すぎて咀嚼するにも口に入れることなどまるでできないような。或いは、知らないうちに腹に入れられていたクッキーが小宇宙を形成して、花火でも吐き出してしまったかのような。雪がいるという点を除けば、過去と同じ日常が今日もまた繰り返される、そのはずだったのに。

 どう例えればよいものか、と悩むことすらできない噛み砕くことが出来ない光景に、梨花はただぽかんと口を開いたままそれを眺めていた。

 

「ったく、ま~た学校サボってこっち来てんだから…」

「朝の電話聞かれてたからね…。わさわざ部活の時間に合わせて待ち伏せてくるのも概ね予想通りではあるけどさ…」

 

 はぁ、と溜息を同時に吐いた姉弟は思わず顔を見合せ。そのままどちらともなく小さく吹き出した二人は、再びつい先程まで眺めていたそれらに視線を戻すのだった。

 

「───ああ悟史くん悟史くん!少し痩せましたか?ちゃんとご飯食べてますか?カントクに何か変な事はされてませんか?よく寝れてますか?」

「し、詩音…!おち、落ち着いて…!」

 

 上体を起こした悟史と肉食獣のような目で彼の元へ真っ先に駆け寄った詩音の姿に、梨花はまだその情報を咀嚼している最中であった。

 話は数十分前に戻り───、なんて。そこまで巻き戻して語る程の特別なやり取りを行った記憶は残念ながらない。

 ただただ「今日の部活は外で」という魅音の鶴の一声で校外に連れ出された彼女達は、部長が先導するままに入江診療所に連れて行かれ。何故かは知らないが、興奮した様子の詩音が診療所前で部員達を待っていたのだった。という数行で終わってしまう顛末であり。

 

「ど、どうなってんだこいつは……」

 

 と、圭一もまた状況の把握ができていないようであった。無論圭一からしてみれば、「誰だこいつ」の状況なのは火を見るより明らかなのだが、残念ながらこの発言が聞こえるまで、誰も彼の様子には気が付いていないようであった。

 

「……あ。そうか、そういえば君はあいつと会うのは初めてだったね」

「圭ちゃんってもう昔からつるんでますぅ、みたいな感覚になってたよ、あはは」

「あはは、じゃねーよ!お前部長だろ!?」

「あらあら圭一さん、一応病室ですのよ?静かにしていただけませんと」

 

 半分照れを隠す為に大きな声でツッコミを入れた圭一に、沙都子は冷静に彼を制し。

 

「紹介が遅れてしまいましたわね。あそこにおりますのは私のにーに…、いえ。お兄様の北条悟史ですわ」

「去年から体調を崩しちゃってずっと入院してるんだ。私も転校してきてすぐ入院しちゃったからあんまり遊べてないんだけど、悟史くんも部員なんだよ?」

「へぇ……。ん、転校?」

 

 悟史の紹介の中に含まれてた、違和感のある言葉に圭一は思わずそれを反芻した。

 

「うん。小さい頃は雛見沢に居たんだけど、お父さんの都合で転校して、去年ぐらいにまた戻ってきたばっかりなの」

「ほー…。そりゃブランクがあっちゃ、レナも負け星が付きやすいってことか?」

「もう!圭一くんってば!」

「圭ちゃんったら、デビュー戦はレナにも負けてた癖に~」

「あんなトランプの傷なんか初見でわかるわけねえだろうが!」

 

 梨花が把握しているどの記憶よりもあっさりと明かされたレナの転校は、ただの世間話の延長線で終わりを迎えた。

 彼女が何故転校する羽目になって、転校先で何をしたのか。それをこの世界の圭一が知ることになるのか、なんて。そんなことを考える余裕はまだまだ生まれない梨花なのであった。

 

「……園崎、おふざけはその辺で。今日は前原の面通しだって言ったはずだよ」

「ま、まだ半年分の悟史くんニウムを補充しきれてない!!」

「新しい元素を作り出すんじゃないよ全く…。ダークマターの一種だろ、それ」

 

 はぁ、と深い溜息を零し。雪は呆れた表情のまま、いつになくフランクな様子で悟史に向かって声を掛ける。

 

「調子は?」

「いつも通りだよ。そろそろホームランを打たせてくれってお願いしてるんだけどね」

「ハッ、()()にゃまだ早いよ。ピッチャーゴロで妥協しとけって」

「それじゃただのカス当たりだよ。そういうのは運動音痴の雪の役目だろ?」

「……相変わらず人が気にしていることをズケズケと」

 

 普段の雪からは想像が出来ない、ほんの僅かに荒れた言葉遣いに、圭一はまたしてもポカンと口を開いていた。

 寧ろ、悟史の喋り方が圭一の知る雪のようで。姉妹が悲しげな表情を一瞬だけ浮かべていたことに気付く者は残念ながら居なかった。

 

「それで、今日はちょっかいを出しに大人数で来た訳じゃ無いんだろう?」

「ああ。ただの見舞いならそこの色ボケとお前の妹を連れてきて仕舞いだけど、今日は部活の新入りを紹介しに来たんだよ」

 

 そう、圭一をチラリと見やった雪に、悟史もまた彼に視線を向けた。

 

「前原圭一、東京から来た我らがハーレム王さ」

「誰がハーレム王だっつーの!?」

「ハハッ、羨ましい話だね。僕は北条悟史、悟史で構わないよ」

「あ、ああ。俺も圭一って呼んでくれ」

 

 やはり雪を彷彿とさせる喋り方に戸惑いを隠し切れていない圭一だったが、顔合わせという最初の目的はスムーズに達せたと見えた。

 見るからに元気そうな彼が何故入院しているのか、という疑問は生まれたが、今聞くことでは無いだろうと、少年はただそれを嚥下するのだった。

 

「さっさと退院して、僕も部活に戻らないとね」

「また罰ゲームを受けに、かい?」

「悟史くんが退院するなら私も雛見沢分校に転校します!!」

「君は落ち着けって言っただろうが。それに、母さんはまだしも、婆ちゃんを説得出来るのかい?」

「雪に説得してもらいます」

「あのさぁ……」

 

 サムズアップをしながら満面の笑みを浮かべた詩音に、雪は思わず左手を額にあて。

 四の五のと言い合いを始めた姉弟と、それに挟まれる苦笑いの悟史をぼんやりと眺めながら、圭一はふと込み上げてきた言葉をそのまま吐き出した。

 

「詩音って、悟史と付き合ってるのか?」

 

 と。圭一からすれば特に深い意味もなく呟いた言葉であったものの、小競り合いをしていた姉弟は、その言葉にピタリと口を閉ざし、鈍い音を立てながら圭一の方へと顔を向ける。

 病室に入るや否や、悟史の寝転がっているベッドに飛びついた詩音を見れば誰でもそう思ってしまうだろう。そう言いたげな圭一の表情とは裏腹に、沙都子はやれやれと首を振りながら溜息を零すのだった。

 

「残念ですが、にーにも詩音さんも奥手ですから。ああ見えて最後の一歩に踏み出せていないんですわよ」

「さ、沙都子!?」

「流石は圭ちゃんだねぇ…。往年のおじさんでさえ言葉にするのを躊躇ってたそれを口にするなんて…。流石は口先の魔術師だね…」

「お姉まで!?」

 

 この二人、付き合っていないのである。こんなに人目を憚らず、傍から見ればベタベタ、イチャイチャとしている癖に付き合っていないのである。

 なし崩し、或いは事実婚というか。二人がどんなに出会いをしたのかを知らない圭一は、部員それぞれの反応に、ただただ頭の上にはてなマークを浮かべるだけで。

 

「僕は認めてないからな!告白も何もせずに付き合ってますよ感を醸し出して、なし崩しで子供をこさえたとか!!」

「まだそこまで行ってませんから!!」

「いいか魅お───園崎。どれだけ人の良さそうな面をしていても男は狼なんだ。見た目だけはまともな君なんかに迫られたらこいつだって何をするか分かったもんじゃない!」

「凄い言い草だね、雪…。僕が犯罪者みたいな言い方するじゃないか…」

「園崎を嫁に貰いたいなら僕を倒してからに決まってるだろ!!」

 

 この姉にして、この弟ありとでも言うべきか。果てしないシスコンぶりを披露する雪の姿に、梨花の隣でこの光景を眺めていた羽入ですら生温い視線で彼を見つめているばかりだった。

 

「阿鼻叫喚ですわね」

「そういう沙都子は、あんな雪の姿に幻滅したりはしないのか?」

「あれは定期的に見れる雪さんの発作ですのよ。そこを含めて、私は雪さんを愛していますもの」

「そうそう。雪がああなっちゃうから、おじさん達も詩音と悟史のアレには首を突っ込まないようにしてるだけ。二人が揃った時に付き合うだのなんだのって話をすると暴走し始めちゃうんだよねぇ…」

「かぁいいモードならず、シスコンモードってことか……」

 

 モードではなく、本当にただのシスコンなのだが。恐らく魅音に彼氏が出来るタイミングでも同じようなやり取りが待っていると思われるが、当の本人は果たして気が付いているのだろうか、甚だ疑問である。

 その癖、前の世界では「魅音と圭一の仲を応援している」的な事を言っていたような覚えもあったり。

 

「まあいい。僕は入江先生の所に顔を出してくるから、君達は適当に話を続けててくれ」

「カントクの所に?」

「ああ。折角電話してくれたんだから、お礼の一言ぐらいちゃんと言いに行かなきゃだろ」

「雪は大人だねぇ……」

「園崎はもっとしっかりした方がいいと思うんだけどなぁ…」

 

 まるで先程までの発狂は無かったかのように、ケロリとした様子で。

 

「お前も、いくら今日の体調がいいからってあんま調子にのんなよ」

「分かってるって」

「じゃあまた後で。もし何かあったらすぐナースコールするんだよ。すぐ鷹野さんが駆け付けてくれるからさ」

 

 そう言い残し、雪はそそくさと部屋から出て行ってしまい。そんな彼に部員達はただただ顔を見合せて苦笑いを浮かべるのだった。

 残念ながら、顔を見合せたにも関わらず。梨花が部屋から居なくなっていることに、まだ誰も気が付いていなかったのだが。

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