梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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34.

 「全部。」。

 そう書かれた紙を握りしめ、物言わぬ骸となった圭一に手を合わせ。

 女子四人衆にもみくちゃにされる圭一から、雪はそっと目を逸らすのだった。

 

 〇

 

 前略、もとい全略。

 圭一の名誉のために仔細は省くとして、ありとあらゆる個性が集合した圭一の完成系は部活の歴史にしっかりと刻み込まれるだろう。

 

「それにしても、ツーサイドアップのウィッグなんかどこで買ったのさね」

 

 いい汗をかいたと言わんばかりの表情で椅子に戻ってきた魅音に、ふと呟く。

 

「あれだよあれ、エンジェルモートのコスプレイベントで必要でさ。義郎叔父さんに買ってもらったんだよね」

「あのユニフォームがコスプレみたいなもんだろ…」

 

 レナの腕の中で、ツーサイドアップの右と左を無力に揺らす圭一を見ないように苦笑いを浮かべ。水筒の麦茶を啜った雪は、安堵の溜息をつい漏らすのだった。

 

「コスプレ系はほぼ君だね?」

「……黙秘権を行使しますぅ。おじさんは誰がどんなカードを書いたのか、黙る義務がありますぅ」

「……まぁいいや。君達がこの場所でコスプレしてないのなら何かを問うつもりは無いよ。説教はするけどね」

「雪の説教は長いから嫌なんだけど!?」

 

 今の圭一を()()()()コスチュームを用意したのは当然魅音で、衣装を把握しているからこそ罰ゲームとして盛り込めたのはまたもや魅音だけで。

 状況証拠だけで吊るし上げることはぶっちゃけ可能なのだが。そんなことをしても何の意味もあるまいと、その考えは麦茶と共に嚥下する雪であった。

 

「そういえばさ、雪」

「はいはい、なんでございましょお姉様」

「お姉様……!!ちょっと、そのキャラもアリだね!!」

「いや、ナシだよ。いいから本題入れよ」

 

 呼び方、もとい。呼ばれ方に拘る姉二人に、雪は呆れを隠せず。そしてその雰囲気を保ちながら、しかして厳かな様子で。

 

「婆っちゃが、()()()()ってさ」

 

 自然な会話を装いながら口にされたその言葉に、雪は僅かに目を細める。

 「次」。その言葉の意味を当然理解している雪がそんな反応を見せるのは魅音とて予想通りであったらしく。特段の反応を示すこともなく、ただ普通の談笑をしているフリを続ける。

 

「私もバイトの用事があるしさ。今回ばっかりは雪の代わりに出てあげられなくてねぇ~」

「はぁ…。仕方ないね、婆ちゃんには茶菓子を用意しておくように伝えておいてよ。甘めだと嬉しいね」

「はいはい、言っておくって。だからそんな目で見ないでよぉ~」

「普段の行いだよ、普段のね」

 

 もう一度深い溜息を零し、不意に立ち上がった雪に部員達の視線が集まる。

 

「な、何…?」

「魅音さんと話してらしたかと思えば突然立ち上がるからですわよ」

 

 と、メイクアップ道具を両手に圭一にのしかかるような体勢の沙都子。

 

「雪くんも圭一くんの罰ゲームに加わるのかな?かな?」

 

 かぁいいモードで圭一を押さえつける、恍惚とした表情のレナ。

 

「どうせ雪は本を返しに図書室に行くだけなのですよ。本の虫さんですから」

 

 そんな二人を眺めながら、しかして魅音と雪の会話が聞こえる位置に上手く鎮座していた梨花はさりげなく毒を零し。作り笑顔を崩さぬまま、雪の顔をじっと見つめる。

 

「いや、まあそうなんだけどさ…。前原弄りに飽きたのなら着いてくるかい?」

「オススメの本でも教えてくれますですか?」

「教えてあげてもいいけど、そろそろ祭りの時期だからねぇ。読む時間も無いんじゃないのかい?」

 

 それは実行委員のことを言っているのか。はたまた、もうすぐ死ぬのだから読む時間も無いだろう、という意味なのか。

 そんな疑問を宿した視線から目を背けない雪の姿に、梨花は僅かに眉を動かし。

 

「家に帰って沙都子に読み聞かせするのですよ」

「どうしてそこで私の名前を出すんですの!?私だって本ぐらい読めますわよ!?」

「みぃ…。文字を数えているだけかと思ってましたです」

「私、ミステリーだけは読むと先日お伝えした気がいたしますけど!?」

 

 圭一にグロスを塗る手を止め、ガルルと牙を剥く沙都子の様子に、雪は困ったなと小さな声で呟く。

 

「とりあえず、僕は図書室行って帰ってくるから。どうせまだ前原のお洒落には時間がかかるだろう?」

「この様子だと下校時間まではかかる見込みですわね。抵抗しないで欲しいのですけれども。……仕方ありませんけど、今回も梨花に御同伴の権利を譲りますわ。じゃんけんをしている時間も勿体ないですもの」

「み、みぃ……」

 

 嫉妬が九割を占める沙都子の表情に、つい本心から恐怖を覚えた梨花は本を片手に教室から出ていく雪の後を慌てて追いかけるのだった。

 置いていかないでくれ、と圭一の叫びが背後から聞こえた気がしたが、二人共自分が巻き込まれるのを敬遠してか、無意識のままに足早に教室から離れて行くこと数分。

 

 ガチャリと大袈裟に音を立てて鍵を閉めたことを確認するや否や、雪は仰々しく口を開いた。

 

「確認だけど、君は僕が見ている幻覚、幻聴ではないね?」

「……何、急に。そんなこと私には分からないわ」

 

 その梨花の返しに、何かを安心した雪は胸を撫で下ろしたような。安心した様子で椅子に自分の体を投げ出した。

 

「長く、永くこの繰り返しを続けた中で初めての経験だったからね。確認せざるを得なかっただけさ」

「一体何のことを言っているのかしら。私にも分かるように言ってもらわないと、肯定も否定もできないわね」

「……少なくともあの様子を見る限り、君も気が付いていたと思ったんだけどね。何か、見えてはいけないものが見えたはずなんだけど」

 

 投げ出したばかりの体に鞭を打つように、ぶっきらぼうに立ち上がった雪は、そのまま窓の方へと歩き。彼らしからぬ乱暴な様子で窓を開け、

 

「───梨花!!どうして此処に居るんですか!?」

 

 窓に顔を押し付けていた羽入が部屋へと飛び込んでくるのだった。

 

「ど、どうして…?」

 

 どうして。そんなことを聞かれても、学生だから学校にいるとでも言えばいいのか、それともズル休みをすれば良かったと問い掛ければいいのか。

 お前こそ何処にいたんだと投げ掛けるべき口はただ開いたままで。

 羽入の質問が理解できない梨花は、ただ困ったように眉を顰めるしか無かった。

 

「わ、分からないのですか、梨花…?忘れてしまったのですか…!?」

 

 それとも自分が忘れてしまったのか。思い出そうと無意識に自らの左角を撫でる羽入であったが、古傷に手が引っかかるのみで。

 

()()沙都子の仕業ですか!?」

「またって、何の話よ本当に……」

()()()()では解決しなかったということなのですか……!?」

「おにがりの……?ちょっと、待って羽入。あんたが何を言っているのか、私にはさっぱり分からないんだけど。分かるように説明してもらえるかしら?」

 

 疑問と苛立ちが入り交じった様子の梨花に対し、羽入は顔色を悪くするばかりで。

 梨花の顔を見つめ続けるだけで、発するべき言葉を失った羽入の様子に、彼は突然笑い出した。

 

「───ハハハハハッ!!成程、そう来たか!!」

 

 ヒィヒィと肩で息をする雪の姿に、羽入は当然の事ながら、梨花までもが困惑した表情を浮かべていた。いや、浮かべる以外何も出来なかった。

 彼だけが答えに辿り着いた。それを理解してしまったからこそ、梨花は発するべき言葉を見失ってしまった。

 

「これがペナルティか!!ハハッ、僕達が踏む前で本当に良かった!!」

 

 近くであろう何某に話しかける雪の姿は、梨花には異質に見え───。

 

「───梨花?」

 

 羽入の声だった。自分を呼んでいるはずのその言葉は、自分では無い何かに投げ掛けられていて。

 

「フフ、残念だけどコレは古手梨花じゃあない。見える君には教えてあげたいところだけど、残念だけど僕はペナルティを食らうわけにはいかないから教えてあげられないんだ」

 

 と、呆けている梨花を他所に、雪は羽入に目を合わせる。

 

「初めまして、オヤシロ様でいいかな?それとも僕も羽入と呼んでも構わないかい?」

「は、羽入で大丈夫なのですが…。ボ、ボクが見えるのですか…?」

「今日はもうハッキリとね。()()()()なのかは、僕にも分からないけど」

 

 息を落ち着かせるように深呼吸を数回繰り返した雪は、椅子に腰掛け直し。改めて困惑する二人を順に眺めていき、そのまま自身の真横へと顔を向ける。

 

「気にしなくていいよ。アレはもう役目の無い舞台装置でしかない筈だからね」

「………だ、だいあう…?あぅ…、い、今のはボクのことですか…?」

「……おっと、見えるだけかと思ったら聞こえもするらしいね。この話は後にしよう。ペナルティは食らいたくないしね」

 

 立てた人差し指を口の前に持っていき、わざとらしく片目を瞑った雪の姿に、漸く梨花は我を取り戻したかのように口を開く。

 

「雪……、羽入は見えなかったんじゃないの……?」

「ああ、見えなかった。()()羽入は見えるし意思疎通まで取れるみたいだけどね」

「このってどういう意味よ。まるで羽入が山ほど居るみたいな言い方じゃない」

「さぁね。ただ、少なくとも昨日までの羽入は僕と意思疎通が取れなかったから、別人として数えても問題無いだろう?」

「何をどう解釈したら別人になるのよ……!」

 

 その問いに、雪が答えることはなかった。

 ペナルティ。雪の口から初めて聞いたその言葉と、その結果が羽入らしいということ。

 噛み砕こうとしてもやはり歯が立たないどころか、またしても増えた問題に梨花は雪が本を選び始めたその光景をただ眺めることしか出来なかった。

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