梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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 結局のところ、深夜まで羽入を問い質す時間は無く。

 いつも通り、ワインを片手に夜空を眺める梨花は、羽入の言葉をただ反芻していた。

 

「目が覚めたら本殿の中に居た、ねぇ……」

 

 恨めしそうにワインを睨みつけながら頷く羽入の姿に溜息を吐く。

 まるで別人、それは奇しくも雪が言っていたソレと同じ感想であった。ここ近日の彼女とは異なり、ずっと昔の覇気があった頃の彼女が戻ってきたようであった。

 

「なんでそんな所にいるのよ。普段なら近寄らないでしょう?」

「ボクにだって分からないのですよ!分からないことだらけなのです!!」

 

 突然大声を出す羽入に、つい梨花はビクリと体を硬直させる。ここ数回の繰り返しの中では見なかった様子にまだ理解が追いつかないどころか、若干の恐怖さえ覚えていた。

 

「あれは誰なのですか!?あんな少年も、あんな()()()()()も今まで見たことがありません!」

「…………」

 

 雪を知らない、それどころかこの羽入には雪に付き纏う何某を視認することが出来ていた。髪型、という言葉は一旦無視するとしても、その何某はあの羽入が見間違う程度には梨花に似ていたらしく。

 自身の両手で左右の髪を握り、可愛らしいツインテールを装う羽入の姿に、梨花は僅かに眉を顰める。

 

「確かにここ暫くそんな髪型にした覚えは無いけど、そんなにそっくりだったの?」

()()()()()ソックリでした。でもボクが知る梨花よりはかなり若く見えたのです。今の梨花よりは老けて見えましたが…。梨花の陰険な感じにはまだ程遠くも見えた気がします!」

「そう……。ならドッペルゲンガーね、私には見えない方がいいわね」

「あぅあぅあぅあぅ──ッ!?」

 

 一先ず軽口を挟み、ワインを口にする。羽入の叫び声が聞こえた気がするし、目の前でのたうち回っているようにも見えたが、梨花は上がりかけた口角を無理矢理抑え込み、平静を装いながら口を開く。

 

「それで、雪を知らないってのはどういうこと?昨日まであんたは私と一緒にいたわよね?」

「………き、昨日まで、ボクが、梨花と?」

 

 ポカンとした表情で自分に指をさす羽入の姿に、無言のまま頷きを返す。それ以外に誰がいるんだ、という文句が飛び出しかけたが幸いその言葉は嚥下することが出来た。

 そんな梨花の様子に気が付かないまま数十秒、首を傾げたまま止まった羽入はふと思い出したかのように昼の言葉と似たソレを繰り返す。

 

「───沙都子の仕業では無いということですか?」

「どうして沙都子が出てくるのよ。沙都子が私を殺してるとでも言いたい訳?」

 

 雛見沢症候群の末期症状ならまだしも、少なくとも前回の世界では「フリ」で終わっている筈だ。

 それに加え、雪の言っていることが正しいという保証はまるでないが、前回の梨花を殺したのは末期症状の圭一だったらしい。確かに入江が見張っていた沙都子が梨花を追いかけてきて殺すのは無理があるだろうから、まだ有り得る話だ。

 また、ほぼ四六時中梨花と共にいる沙都子が何か企むなど無理に等しい。その事ぐらいは羽入だって理解しているだろう、というのが梨花の見解であった。

 

「……本当に何も覚えていないのですか?」

「本当も何もって…。私からしたら、何も覚えてないのはあんたの方なんだけど?言ってみなさいよ、どんな夢見てたのか。今日は気分がいいからそれぐらいなら聞いてあげるわ」

 

 前回の世界も含めて、あの不自然な行動を無かったことにしたいだけなら今日は深酒を決め込むことにしよう、と。ワイングラスとキムチを構える梨花に、涙目になる羽入は慌てた様子で。

 

「り、梨花!?ルチーアに通っていたことは覚えていませんか!?」

「ルチーア?今の私がどうやって通うのよ、馬鹿なの?」

 

 一口。

 

「あぅ……っ、じゃ、じゃあ、シャンデリアに潰されたことは……!?」

「雛見沢の何処にシャンデリアがあるのよ。それに、どんなに昔だろうとそんなもんに潰されたら覚えてるでしょ、普通」

 

 二口。そういえば、雪が作った犯人探しにルチーアとシャンデリアの文字があったような気もした。無論確認することは叶わないが。

 

「からっ、辛いのですよ、梨花!!」

「早く続きを言わないと、もう一口いくしかないわよ。あー、美味しくて仕方ないわねー」

「じゃ、じゃあ綺麗な鉄平のことは!?」

 

 箸で摘んだキムチを口元で止め。梨花は今度こそ呆れた様子で羽入を見つめると、深い溜息を零しながら、

 

「鉄平が綺麗になったなら沙都子はどれだけ救われるんでしょうね。本当に、どんな夢見てたのよあんた」

 

 三口目を口に放り込み、羽入の叫びをバックミュージックにワイングラスを口に運ぶのだった。

 羽入がどんな夢を見ていたのか、なんて梨花の知るところでは無い話だが、鉄平が綺麗になるなど知恵がパスタを好きになるくらいありえない話だ。

 綺麗というニュアンスがどういうものなのかも正直分からないが、仮にギャンブルを止め、正常な親戚としての生活をしていたのなら悟史は末期症状にならなかっただろうし、沙都子もかつてのカケラで()()はなっていなかっただろうに。

 夢だろうが冗談だろうが、そんなことを軽々しく口にする羽入に何処と無く苛立ちを隠すことが出来ない梨花なのだった。

 

「率直に言って不愉快ね。夢を見るのは構わないけど、現実も見なさい。……いえ、今から目を背けることを教えてくれたのはあんただったわね」

 

 覆水盆に返らず。そんな状況になったのならさっさと諦めて、次の世界を思案する。無駄に抗うことはせずに逃げてしまってもいい、それが羽入の教えだったはずだ。

 

「将来ルチーアに通うことも興味はあるけど、まずはこの六月を超えないことにはそんな夢の話なんてするだけ無駄なのよ」

 

 この死のループから抜け出せないことには、ルチーアに通うという夢を語ることすら出来ない。

 そんな、当たり前のことを口にした瞬間、羽入の目が丸くなった。

 

「ま、待ってください梨花。まるで、まるで今の梨花は昭和五十八年の六月を越えられていないと言っているみたいでした……」

「みたいって……。何をふざけたことを言ってるの。もうすぐ綿流しが来てしまうって言うのに、今日は何のおふざけなのよ、まったく……」

 

 キムチを口に放り込み、ワインで流し込む。不愉快な羽入の発言を終わらせる為の行動だったものの、当の本人は僅かに顔を歪めたものの、それ以上に真っ青な顔をしていた。

 

「どういう、こと、ですか……?」

 

 五月蝿い、と。再び一蹴しようとした梨花の目が、困惑した表情の羽入を捉えた。

 

「ボク達はあの惨劇を乗り越えたはずです……!ボク達は、ボク達は!!」

「───ああ、君達は乗り越えたさ。勿論、幻覚でも記憶喪失でも無いよ」

 

 〇

 

 羽入の吐露を遮るように、聞こえていいはずのない声が窓の外から届き。思わず声の方向に視線を向けると、通称梨花ちゃんハウスの外に立てかけてあった脚立に乗りながら窓に上半身を預ける雪の姿があった。

 

「や、こんばんは」

「こんばんはって…、どうしてここに来たのよ…!?」

「君んとこの羽入に僕を見張らせたように、ウチの役立たずにも君達を見張らせていたってだけさ。そんで、ちょっと危なそうな話をし始めたから様子を見に来いと叩き起こされたわけ。あの二人からバレないように布団から抜け出すの、結構大変なんだよ?」

 

 不安定な脚立に乗っているのが辛くなってきたのか、強引に窓から部屋の中に入ってきた雪は、靴を脱ぎながら自然に羽入と梨花の間に位置をとる。

 

「靴を脱いでから入りなさいよ……」

「失礼、結構急いでてね。玄関から入ったら北条を起こしていたかもしれないだろう?」

「確かにそうだけど……」

 

 そうだけど、そうじゃない。そんな意図を込めた視線に雪は苦笑いを返す。

 

「ちゃんと図書室で補足してあげればよかったと思ってね。どうせ君の事だから、羽入の言う事はデタラメか夢だと一蹴していたんだろう?」

「……よく分かったわね」

「ウチの役立たずから聞いていたからね。君はそういう節がありそうだって」

「………随分ストーカーさせていたのね。警察は役に立たないのかしら」

「役に立っていれば、君が死のループに陥る事はなかっただろうけど?」

 

 売り言葉に買い言葉を返す雪に、梨花は思わず舌打ちを鳴らす。何の為に危険を冒してまで脚立でトタン屋根を超えてまで部屋に入ってきたのか、から話始めればいいものを。

 この男はいつもそうだ、と回想に入りかけた梨花の思考を妨げるように、雪はポケットから出したブレスレットを掲げると肩を竦めた。

 

「羽入の言っていることは嘘じゃない。羽入は古手梨花と共に昭和五十八年の六月を超え、ルチーアを目指す君を見送っている」

「どういうこと………っ!?」

「さてね、そこを僕が説明するには君が集めた真実が足らない。そもそも集めているのかも怪しいけど」

 

 ヒビの入った三つの玉が付いたブレスレットを腕に通しながら、雪もまた困ったように大きな息を吐き出した。

 

「ただ、羽入の言葉はちゃんと聞いておくべきだったね。例えば、銃弾は外れたのか、とか、手で掴んだのか、とか」

「何よその意味の分からない例えは……」

()()()は多いんだって話だよ。少なくとも観測出来る未来は複数ある、それだけのことさね」

 

 何を言っているのか、当然理解することが出来ない梨花を他所に、雪は羽入へと視線を移す。

 ひぃ、と怯えた声を出す彼女に困ったように頭を搔いた雪は、普段よりもほんの少しだけ優しげなトーンで口を開いた。

 

「あー……、君の経験は夢じゃない。昭和五十八年の六月は乗り越えたし、エウアの一件も乗り越えた。そして、もう少し未来の話で言えば、ある種の宗教問題すらもカタをつけている。……もしかしたら、別のカケラの話かもしれないけどね」

 

 だから、そう続けた雪は羽入の目をじっと覗き込んで。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ペンが走るような音が、羽入の耳の奥で聞こえた気がした。

 

()()()()()が、ウチの役たたずが女性だと()()()()()から教えてあげられたこともある、それと一緒だ。知っているのだから、伝えても問題はない。そういうルールだろう?」

 

 と、問いかけられた瞬間、羽入の意識は再び途絶えるのだった。

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