ルールX、部員からの末期症状者を出さないこと。
以前、雪は梨花にそう説明していた。厳密には、疑心暗鬼が故に雛見沢症候群が状態が進行した結果の凶行。それこそが真の問題なのだが、末期症状者を出さないこととほぼほぼ同義だろう。
では、ここで疑問とするべきは何か。それは、雪は何故「部員」からの末期症状と絞り込んだのか、という点だ。
「───とはいえ、それぐらいの真実はあんた達だって、とっくに知ってることでしょう?」
月明かりを反射した彼女の目は何故か紅く。
「だからこれは私に出来る最大のヒント。あんた達が提示した青き真実の幾つかは、赤き真実になると。この私、
〇
結局、再び行方不明になった羽入は帰ってこないまま、翌日。知恵からいつも通りの綿流し実行委員としての説明を受けた梨花は、部活がまだ行われているであろう教室を目指してトボトボと廊下を歩いていた。
巫女服の説明も、演舞についても、なにもかも。恙無く終えた梨花だったものの、その表情は芳しくは無かった。
羽入が見つからず、話を聞くことが出来なかったことも一因ではあるが、それよりも彼女にとっての一番の問題は昨日の沙都子の言動であった。
(私が忘れたもの……。その中にホタルも含まれているのかしら……)
何故かは全くわからないが、やけにホタルが気になっていた。
確かにこの時期になれば綿流しをする川の周辺に現れてもおかしくはない。だが、それをわざわざ捕まえてまで沙都子に送る理由があったのか。
もしくは、ホタルが梨花の想像するホタルではない可能性。虫のホタルそのものではなく、何かしらの比喩表現でホタルと言い換えている説。
ホタルが出来ることは飛ぶことと光ること。飛ぶだけであれば、ホタルである必要はないだろう。であれば、きっとあの光に意味があるのだろう。
とはいえ、結局のところそれが何なのか。何を照らしたのか、なんて当然思い当たる節など無い梨花は深い溜息を零し。表情を貼り付けた笑顔に変えると、教室の戸をガラリと開くのだった。
「知恵のお話が終わったのですよ」
「はぅ~おかえりぃ~、梨花ちゃん」
「助け、助けてまし!梨花ァ!!」
腕に抱えられた沙都子の助けを無視し、梨花は席に着く。
「ず、随分素っ気ないな、梨花ちゃん…」
「みぃ?圭一が代わりにお持ち帰りされますですか?」
「……無かったことにするぜ」
「圭一さんんんんん゛ん゛!?」
レナに抱えられたまま、むなしい抵抗を繰り返す沙都子をチラリと眺め、圭一は心の中で念仏を呟くのだった。
ここ最近は圭一ばかりが重い罰を食らっていたのだから、偶には罰を眺める側でありたいという欲もあったのだろうが。
「それで、今日は何をしていたのですか?」
「今日は梨花ちゃんも
「まるで普段は勝ち目がないみたいじゃねえか!?」
「勝ち目が無いんじゃなくて、実際負けっぱなしなんだからしょうがないよねぇ~?」
「ぐ、ぐぬぬぬ……っ!」
クスクスと珍しく上品に笑う魅音の姿に若干疑問を覚えつつも、梨花は彼女が混ぜるトランプの束をぼんやりと眺めていた。
パッと見、ではあるが、何かを仕組んでいる様子は見受けられなかった。傷も無さそうなところを見るに、所謂
珍しいこともあるものだと思いながら、梨花はふと疑問に思ったことを口にする。
「それで、沙都子は何の罰ゲームでああなったのですか?」
「……語尾ににゃんを付ける」
「………な、なるほどなのです」
レナが居る場所でそんなことをしたら確かにそうなるか、と。
「それにしても、雪がいなくて良かったな」
「みぃ…?」
沙都子のにゃんこ語尾など雪には効果などあるまい。寧ろ逃げられてしまいだろうに。
そう首を傾げた彼女だったものの、遠い目をする圭一にその考えは甘いと一蹴されるのだった。
「どうせ、雪さん、沙都子にゃんだにゃん。飼って欲しいにゃん。とか言って絡んでたぜ……」
心の中で確かに、と静かに呟いた梨花は、
「圭一くんおっっっもちかえりぃぃぃいッ!!!」
「───ッ!?」
断末魔さえあげる間もなく嵐の脇に抱えられた圭一は、自信に起きた出来事を理解出来ていないようで。
反対の脇に抱えられた沙都子にゃんは、やったぜと言わんばかりのしたり顔を浮かべながら声を張り上げて圭一にゃんを煽る。
「をーほっほっほ!!そんなににゃんにゃん仰っていましたらレナさんに捕まるのは自明の理ですわにゃん!!」
「くっ、クソ!!俺は梨花ちゃんに嵌められたってのか!?」
「ここまで計画通りですわ!!私の犠牲フライですにゃんよ!!」
知らんがな。
「かわいそかわいそなのです」
「レナに抱えられてるのに元気なお二人さんだねぇ……」
結局罰ゲームを受ける羽目になってしまった圭一にゃんと沙都子にゃんを眺めながら、魅音は呆れたような声音で呟く。
手持ち無沙汰になってしまったのか、トランプを混ぜる手は何時しかマジシャンのように手際の良いものに変わっていた。
「今日こそ詩ぃは素直に興宮の学校に行ったのですか?」
「ん?あ、ああ、詩音?残念だけど今日もサボって雪と一緒に本家。……分校に来るのは別にサボりじゃないはずなんだけど、雪の口煩いのが移って来ちゃったのかなぁ」
「……詩ぃが本家に、ですか?」
雪のおかげだったとしても、あまり考えられない光景だった。
詩音が自分の意思で園崎家の敷居を跨ぐなど、かつて魅音を装って沙都子や魅音、梨花を手にかけた時や鬼ヶ淵死守同盟と共に───。
(………あれ?)
今何かを思い出した気がして思考が止まる。自分は今何を想起していたのか、それを再び思い返そうとした瞬間、梨花の耳は魅音の声を捉えてしまった。
「やだなぁ。詩音が本家と仲が悪いのは表向きなんだから、部活でまで引っ張らなくていいんだよ。ま、今日は鬼婆直々の呼び出しだから今頃台所で寂しくお茶でもしてる頃じゃないかな?」
魅音の言葉に、返答を見失いながらも笑みだけを浮かべる。
お魎が孫を可愛がっていることは知っているが、それでも体裁を重んじる人間だ。
いくら雪の付き添いとはいえ、本家の台所でお茶菓子を嗜ませられるような状況でもあるまい。
何せ、綿流しが近いのだ。園崎本家としても空気がピリピリしていてもおかしくはないだろうに。
「今日の話は長くなるだろうしねぇ…。暫くサボってたからってカンカンだったらしいし」
「お魎を怒らせたくはないのですよ。首を切られちゃうのですよ」
「ハハハ、雪なら心配いらないって。梨花ちゃまもよく知ってるでしょ、雪がそういうのとは無縁だって」
知らんがな───、と言いたいところも山々。
さておき、園崎の次期当主おもあろう魅音が、お魎を怒らせるという意味を理解できないはずがないだろうに何を笑っているのだろうか。そんな不思議な言動に内心の首を捻りあげた梨花は、やっぱり笑みを浮かべるしかなかった。
「さて、と。レナ、そろそろ戻ってきなって!いい加減次の試合はじめるよ!」
「えへ、えへへへへ沙都子ちゃんと圭一くんをケンタくんと並べるんだ……」
「ダメだありゃ」
「あ、諦めるな魅音!!俺達を!!いや!!俺を助けてくれ!!」
「ちょっ!?圭一さん!?私を見捨てるなんてゆるしませんですわよ!!にゃん!!」
「おじさんは自分の命が大事なのでぇ~」
「助かりたかったら、まずはその取ってつけたにゃんをやめるべきなのですよ」
律儀なんだか、馬鹿正直なんだか。兎角自分で自分の首を絞める沙都子の顔をチラリと見やって、そのまま窓の向こうへと視線をずらす。
この世界の古手梨花の知識。巻き戻る前の記憶が全くと言っていいほど存在しないことに歯痒さを覚えていた。
前回の世界の記憶ははっきりと残っている癖に、覚えておくべきものを何一つ思い出せないだなんて。
不意に込み上げてきた溜息を静かに吐き出し、梨花は教室の中で騒ぐ彼らの声を子守唄に、ただ目を瞑るのだった。