「───よく頑張ったとは思うけど、大丈夫かい、お腹の方は」
「今日の夕飯すら怪しいぜ…。おい、押そうとするな」
昼食を終えて暫く。結局というべきか、予想通りというべきか、数段分残った重箱は沙都子と梨花が有難く食べると持ち帰り。雪と圭一はレナに連れられるまま、彼女曰く、宝の山に足を運んでいた。
張り切って重箱を空けようとしていた圭一ではあったものの、やはり気力だけでどうにかなるものではなかったらしく、宝の山を駆け回るレナをぼんやりと眺めながら消化をただひたすらに待っているのだった。
「に、してもお前と魅音が姉弟だなんてな。一瞬沙都子のイタズラかと」
「ハハハ、流石の北条でもそんなイタズラはしないよ、多分」
「……でも、なんで魅音のこと、園崎、なんて他人行儀で呼んでるんだよ」
「まあ、苗字で呼んでおけば姉弟だって普通は思わないだろ?」
そこで言葉を区切り、ほんの少しだけ背筋を伸ばした雪は、声を潜めながら続けて口を開いた。
「園崎って苗字はこの村じゃあ、権力そのものなんだよ。でも、血が繋がっていない僕がその名前を持つことを嫌う人間もいる。だから、
「……面倒な奴もいるもんだな」
「そうだね。僕達が姉弟であることは僕達自身が知ってる、それでいいやって僕は思うんだ」
その結果魅音が寂しがっていてもか、と問いかけることは圭一には出来なかった。
姉さんと呼ばれたあの瞬間、表情はニヤニヤと性格の悪い笑みを浮かべていたが、声音は随分と嬉しそうなぐらいに上擦っていた。まだ数週間も関わっていない圭一ですら分かったのだ。あの場に居た他の部員は、あの魅音の喜びを更に理解していたはずだ。
そんなことを考えているなんてお見通しだと言わんばかりに、雪もまた魅音のようにニヤリと歯を見せて笑うのだったが。
「あぁ、前原を義兄さんって呼ばなきゃいけなくなってくれたら姉さんと呼ばざるを得ないかもなぁ」
「ブッ!?」
「きっちゃないなぁ…。唾飛ばすなよぉ…」
「おまっ、お前が急に変なこと言うからだろーが!」
「そうかな。婆ちゃんも母さんも前原が相手なら納得させられると思うけどなぁ」
「そういう問題じゃねえっ!!」
頬を紅潮させて焦る圭一と、それを見てニヤニヤと笑う雪。その二人を後ろからぼんやりと眺める羽入の耳が、ふとカメラのシャッターが切られる音を捉えた。
「うぉっと…!びっくりした!」
「そ、それはこっちのセリフだぜ…。急に後ろから人のことを撮るなんてよぉ…」
突然のフラッシュに口から心臓が飛び出すぐらいに驚いたらしく、圭一は背後に忍び寄ってきた人物をジトリと見つめた。
今日の雛見沢案内では顔を見なかった、中年前後の男性。タンクトップから覗く腕とガタイのいいこの身体なら一度見れば印象深いはずだ、と。
「夕焼けに語らう君達の姿が絵になっていて、つい」
「ついって…。被写体には許可を得るでしょう、普通…」
「ごめんごめん。メインは野鳥の撮影でね、許可を得ることなんて滅多にないから忘れていたよ」
「お、俺達は鳥と同じってことですかい…」
悪気は無いだろう男性の言葉に、圭一もまたわざとらしく肩を竦め。そんなやりとりに「アハハ」と笑い声を上げた雪もまた、男性の方に向かって立ち上がった。
「カーカーって感じで鳴いてみればですかね、富竹さん」
「悪かったって。そんなに僕を虐めないでくれ」
「ふふっ、冗談ですよ。あんまり虐めると鷹野さんに後で叱られますしね」
「……雪、知り合いなのか?」
あまりにも親しげに、そして名前を呼んでいる辺りわざわざ確認する必要は無いのだろうが。兎角、会話を遮ったことに若干申し訳なさを感じている表情の圭一に、「あぁ」と小さく頷いた雪は富竹を掌で指し。
「この人は富竹ジロウさん。毎年、この時期に雛見沢に来るフリーのカメラマンだよ。それで、こっちは前原圭一。最近東京から越してきたばかりの僕の友人さ」
「はは、カメラマンとは言っても特段雑誌に出ている訳じゃないけどね。趣味の延長線みたいなものだよ」
「よ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。東京からここへ引っ越して来るなんてね、都会と違ってどうだい?」
「不便ですよ。コンビニもないし、スーパーも遠いし、何かするには隣の興宮まで行くしかないし。でも───」
そこで言葉を止めた圭一は、雪と下で宝探しをするレナを一瞬見やり。
「東京より息がしやすい、良い場所ですよ」
と、優しげに笑みを浮かべたのだった。
〇
「───それで、君達二人はここで何をしていたんだい?」
突然の出会いも自己紹介も終わり。そういえばとばかりに富竹は二人がここに座っていた理由を尋ね、対する雪は何かを言うまでもなく、下で「かぁいいもの」探しをするレナを手で示した。
明らかにゴミが重なって出来た山だというのに、随分と楽しそうな様子かつ、軽やかな足取りでゴミを漁る彼女の姿に、富竹は苦笑いを作った。
「ツレが居たんだね。それで、彼女はあそこで何を…?」
それは最もな疑問だった。中学生の女子がゴミ山で何かを探している、しかも楽しそうになんて、雛見沢の外にいる人間なら誰の目にも不思議に見えるだろう。正直な話をしてしまえば、レナの趣味に理解があるだけで雛見沢の人間からしてみても不思議なものは不思議なのだが。
「さぁねぇ。昔、殺して埋めたバラバラ死体でも確認してるんじゃないすか?」
しかして、圭一の返しは図らずも最悪なものであった。それが雛見沢で何を意味するのか、知らずとも仕方が無い。
仕方の無いことではあるのだが、無知は罪なのだと。雪よりも先に、富竹が答えを教えてくれるのであった。
「…嫌な事件だったね。腕が一本、まだ見つかってないんだろ?」
「……え?」
「……富竹さん。前原はまだ越してきたばかりですよ」
戸惑いを隠しきれない圭一に、フォローするように雪は口を挟む。引っ越してきたばかりだから知らないのだ、と。
冗談でそんな言葉を言ってしまう圭一が悪いのだが、富竹もまた申し訳なさそうに眉を下げる。のも束の間、戸惑いを隠しきれていない圭一の肩を、息を切らしながら戻ってきたレナが叩いたのだった。
「あははは!二人ともお待たせ~、待ったかな?…かな?」
「やぁ!レナちゃんだったか!」
「富竹さん!お久しぶりです!」
まだ富竹の言葉を咀嚼しきれていない圭一を余所に、レナと富竹は再会の挨拶を交わしていた。かぁいいものを探していたレナが何を話していたのかなんて知らないのは当然であり、いずれにしろ仕方のない事であり、運が悪かったとしか言いようがないのだ。
と、漸く圭一の様子がおかしいことに気が付いたレナは彼の顔を覗き込み。
「どうしたの、圭一くん。怖い顔して…、もしかして怒ってる…?」
「……いや、前原は怒ってるんじゃないよ。僕達と話していて少し驚かせちゃったんだよ」
自分が待たせて怒らせたのではないだろうか、と心配するレナを宥め。しかして、話さないことにはどうにもならなくなってしまったことに小さな溜息と、風にかき消されてしまうようなか弱い声で
「……もう少し、話に付き合っていただきたいのですが。お時間はよろしいですか?」
雪のその顔に、ごくりと生唾を飲み込んだ富竹はただゆっくりと首を縦に振るのだった。