「───タイミングが悪かったね。あんな冗談を口にする君にも問題がないわけじゃないけど」
富竹に無理やり自販機で買わせた缶コーヒーを片手に、雪は圭一をジトリと見つめた。
「わ、悪かったって…」
「ったく。君が東京でどんな生活をしていたのか、なんて僕達は何も知らないよ。でも、もう少しばかり、新聞やニュースに目を通しておくべきだったね」
そう戒めるように吐き捨てたその言葉だけで、レナは圭一が何を口にしたのかを理解してしまった。
確かに、雛見沢の人間や雛見沢をよく知る富竹の前でソレを意味する言葉を発してしまったのであれば、あんな雰囲気になっていても何らおかしくは無い。
「いいかい、前原。君がついさっき口にした、バラバラ殺人事件は四年前に雛見沢で本当に起きてたんだよ」
「……っ!?」
「雛見沢の外で大々的に報じられていたのか、については僕も知らないけど。少なくとも雑誌ないしそれなりの新聞に記事が書いてあったことは確認しているからね。無論、知らないことが悪いと言うつもりは無いけども…」
「とはいえ、雪君。君も圭一君も四年前は小学生、しかも遊び盛りだろう?新聞なんて読む方が少ないよ」
驚きのあまり目を見開いて止まってしまった圭一に、富竹はさりげなく助け舟を出す。
今が中学二年生である圭一の四年前、つまりは小学四年生辺りの頃だろうか。一般的に考えて、その頃にニュースや新聞を細かく見ているような小学生は少ないはずだ。圭一が本当に遊び盛りだったのか、はさておきだが。
「……確かに、富竹さんの言うことも一理ありますね。村人も好んでこの話をすることは無いし、仮に聞こうとした所でオヤシロさまの祟りだと一蹴してしまう、負の循環と言っても過言じゃあない」
「オヤシロさま……?」
「この土地に祭られている神様の名前だよ。雛見沢の守護神であり、その一方で祟りを起こすこともあると言われているらしいね」
聞き慣れない土地神の名前を反芻する圭一に、富竹は再び補足を加える。
オヤシロさま。古手神社に祀られている神様の通称であり、その昔雛見沢が鬼ヶ淵村と呼ばれていた時代に現れた人喰い鬼と人間を和解させた、と伝えられている土地神だ。
慈悲深い神様として信仰される一方、富竹の言う通り祟りを起こすこともあると言われ、生贄として人間を捧げることもあったらしい。無論、この時代に生贄を捧げるような儀式は執り行っている訳もなく、雪はただの伝説だと一蹴するのだった。
「さっき、竜宮が宝探しをしていた山があるだろう。そこは元々ダムになる建設予定地でね、そこの工事の作業員がバラバラの遺体となって発見された、というのが事の顛末さ」
それは、暗に雛見沢はダムに沈むはずだった、と言外に語っていることに気が付かないはずもなく。
「雛見沢に害をなそうとした人間が祟りによって殺された、という妄言が村を独り歩きしてしまった。当然犯人は捕まったし、報道もされはしたけども、雛見沢という狭い村が故の信仰がこの話を増長させてしまっている」
「……雪君がそれを言ってしまって問題無いのかい?」
「まあ問題無いでしょう。オヤシロさまは
と、富竹が本当に聞きたかったであろう疑問は適当に躱し。雪は下を俯いたままの竜宮を一瞬見やった。
雛見沢という狭い土地が作り出したオヤシロさま信仰は、この土地に良くも悪くも染み付き過ぎてしまっている。雪が知る限り、レナも特にオヤシロさまを崇拝している側の存在だ。ましてや、園崎家側の人間がオヤシロさまの祟りを否定するなど、レナからしてみれば考えがたいことだろう。
「もし仮に今日僕がこの場にいなかったら、君はこの事件の概要を知る事は出来なかっただろうね。僕の予想が正しければ、園崎はこの事件を隠しただろうし、竜宮も隠したんじゃあないかい?」
「………」
「…責めてるわけじゃないよ。前原に心配をかけさせたくないって気持ちはわかるし、それに園崎に関しちゃダム反対派としてデモにも参加していた。となれば女心としてもバレたくは無いだろう?」
「雪君、それって言っても大丈夫なやつなのかい?」
「……後で頭を下げに行く予定です。はい」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべたのも一瞬。圭一に視線を戻した雪は優し気な笑みを作った。
「まぁ、そういう訳さ。繰り返すけど、きっと園崎はこの話を隠しただろうね。こんな事件があった村に越してきてしまった、なんて思わせたくはないだろうからね。…でも僕は隠すことを美徳だと思わないし、寧ろそれが原因で君に不信を与えていた可能性もある」
その雪の言葉に、無意識に息を飲む音が漏れた。誰にも聞こえないと分かっているにもかかわらず、羽入は反射的に口を押さえていた。
羽入の記憶が正しいのであれば、圭一の雛見沢症候群が進行する理由の一つにこの事件を隠されたという理由があった筈だ。全ては不運が重なることから起きる症状の進行ではあるが、とて大きな要因であることには変わりないだろう、と口から手を外し、左角をするりと撫でながらかつてのカケラの数々の記憶を辿るのだった。
「君がこの話を聞いてどんな対応をしようが、僕達にそれを責めることも咎めることもできない。だが、もしこの話を聞いて君が園崎を、僕達を許してくれるのなら、彼女達にはいつも通りに接してあげてほしい。血が繋がっていないとはいえ、僕の姉だ。出来る事なら泣いてほしくはないからね…」
そう、照れくさそうに視線をずらしながら人差し指で首を擦る雪の姿に、富竹は一人微笑みを浮かべていた。幾ら大人びた発言をしようが、垣間見える魅音への好意は偽物ではないのだろう。
故に、彼は魅音が出来ない汚れ役を買ってみせたのだ、とも。富竹の予想が正しいのであれば、魅音ですらそんな対応をするのだ、今ここにいるレナも同じような対応をしたことだろうし、雪が想定する最悪の展開になっていたかもしれない。
もしも、だ。村人の中でもオヤシロさまへの信心が深い方であるレナならばこの話を無理やり静止させることも出来たのやもしれない。どうしても圭一にこの話を聞かせたいが故に、都合よく富竹を利用したのかもしれないし、そうでもないのかもしれないし。
本当の事は雪自身にしかわからないだろうが、きっとこの話を。毎年のアレは「オヤシロさまの祟り」ではないのだと案に聞かせたかったのではないだろうか、とそんな気がした。
「べ、別に事件の事を隠してたって怒るも許すもなにもねぇって!ただ少し驚いただけだっての!」
その言葉が圭一の精一杯の強がりであることは火を見るよりも明らかだっただろう。きっと彼の中で整理はまだついていないはずだし、中学二年生である彼がそう簡単に理解できるはずもない。
だが、この男らしい強がりに、暗い表情をしていたレナが目を丸くして圭一の顔をやっと見上げたのだ。
そんな圭一が一丁前に張ってくれた虚勢に助けられた、と雪もまた口を三日月の形に変えるのだった。