梨花「誰だお前」   作:ゆっかもん

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9.

 大貧民。或いは圭一の元いた場所では大富豪とも呼ばれていたソレは、ローカルルールの差や名称の違いはあるもののトランプ界におけるスタンダードな遊戯だと言っても過言ではないだろう。

 とにかく、相手が出した数字よりも大きな数字を出し続け、手札を真っ先に使い切ったものが勝利。それさえ理解していれば、()()()()()は何とかなるゲームだ。

 

「ジョーカーの使用は禁止、トリプルと階段革命は無し。八切りだの救急車だの特殊効果も、貧民の手札献上も無し。確かこれで良かったかな?」

「流石は雪さん…。ルールは身に沁みついてますのね…!」

「罰ゲームを受けないためには当然だよ。会則第一条には少々反するかもしれないけど」

 

 会則第一条、「目指すは一位のみ」。そして会則第二条、「勝つためにはあらゆる努力を行うこと」。魅音が先週口にしていた、この部活におけるルールを脳内で反芻した圭一は、机の端に置かれた穴の開いた箱へと視線を移した。

 

「今回はビリがそれを引くんだし、一位に固執する必要も無いしね」

 

 部員それぞれが数枚ずつ罰ゲームを書き込んだ紙が納められた箱に、誰しもが無意識に生唾を飲み込んでいた。魅音に土を付ける、その目的が故に雪が用意した罰ゲームがあるはず、そしておそらく対抗してくるであろう魅音の罰ゲームもまた想像がつかないほど過酷な罰ゲームである可能性が高い。

 

「じゃあ園崎。カードを配るのは任せたよ」

「へぇ、あれだけ言ってたのに私に任せていいんだ。後悔するなよ~」

「ま、お手柔らかに頼むよ。僕の復帰戦でもあるんだからね」

 

 箱に付いたセロハンテープを剝がし、トランプの束を取り出した魅音はざっと傷がついていないことを改めて確認し。束の一番後ろからジョーカーを取り除くと慣れた手つきでシャッフルを始める。

 と、その行動を眺めていた圭一はふとその仕草になにかしらの違和感を覚えた。それが何か、と聞かれたところで答えることは今段階ではできないだろうが。

 そんな違和感も束の間、目の前に差し出されたカードを手に取ると圭一の思考は「如何に勝利するのか」に支配されるのだった。

 

 〇

 

 試合開始から数分。特段目に見える仕込みもなく普通の大貧民が進み、場の雰囲気を真っ先に乗っ取ったのは他でもない圭一であった。配られた良好な手札は誰よりも早く枚数を減らし、「あがり」の一言を轟かせた。

 

「俺の勝ちだ!!」

 

 順調に手札を減らしていた圭一に対し、まだ手札に七、八枚程度残ってしまっている魅音は頬に冷や汗を流していた。

 トランプの並び自体は明らかに新品だった筈。故に自分に有利になるようにカードを混ぜ、そして配った、それなのに何故か手札にはこれだけのカードが残ってしまっている。そんな焦りを感じさせる様子に、雪はにやりと微笑みながら圭一に声をかけた。

 

「…おや、早いね前原」

「運の神様が俺の味方に付いてくれたって奴だぜ!絶好調だな!」

「それは上々。なら、僕もあがりだね」

「んなっ、雪!?」

 

 圭一が切った最後の手札の上にカードを置いた雪もまた、あがりを宣言した。誰も彼も雪を見逃していたつもりはない。だが、いつの間にか圭一と同じ速度で減らしていたその手札に、魅音は驚きのあまりに立ち上がってしまっていた。

 

「どうした、園崎。僕のあがりに何かケチでもつけるつもりかい?」

「い、いやそんなことはないけど…。雪があがり寸前だってことに気が付かないなんてあるかなぁ…」

「あら魅音さん。のんびりしている暇はありませんわよ、私もあがりですわッ!」

「ゲッ!?沙都子までぇ!?」

「沙都子だけじゃないのです。五と五、ボクもあがりますです」

「じゃあ、私もあがりだね!」

 

 席から立ち上がったまま、次々と最後の手札を出していく部員の姿に、魅音は最早ぽかんと口を開けた状態で固まることしかできなかった。確かに雪に対して意識を集中させられたのは事実だが、しかし他の部員達の手札に注意を払わなかったわけではない。

 ましてや、前述の通り、新品の並びであったはずのトランプを自らの手で混ぜ、ある程度は何処にカードが割り振られたのかを把握していた筈なのに。とまで考え、魅音は「あ。」と声を漏らした。

 

「雪ぃ…、あんた()()やってくれたね…!?」

「今更気が付いたのか。僕が一人だからって油断しちゃったのかな、姉さんは?」

 

 減らなかった手札を机の上に放り投げ、魅音はやられたことをアピールするように肩を竦めた。

 

「お、おい雪。何をしたんだよ…!?」

「何をって…。まあ幾つかブラフは用意しておいたんだけど、結論は大人しくオーソドックスな左手芸だよ」

 

 おもむろに左ポケットに手を伸ばした彼は、その中からもうおおよそ二十枚程度のトランプを取り出した。

 

「園崎が最初に出したカードに合わせて、ポケットに隠したカードと変える。あとは隣の北条とも机の下でカードを交換していただけで、園崎が優位になるように配られたカードを乱しただけだよ」

「オーホッホッホ!これが愛の力ですわ!!」

「イカサマじゃねぇか!!」

「イカサマは現行犯じゃなきゃ捕まえられないからね。それに、勝つための努力は義務なんだし、引っかかった側の問題さ」

「み、みー……」

 

 魅音に罰ゲームを与えるためだけにここまでやるのか。そう苦笑いを堪えつつ、梨花は雪の隣にいる沙都子へと視線を向けた。

 隣にいる圭一が、そして気を張っていた筈の魅音が気が付かないイカサマをコンビでやってみせるなど雪はまだしも、沙都子は一体どこで身に付けたのだろうか。十中八九雪の影響なのだろうが、何処で身に付けたにしろ、彼等の年齢で扱えていい技ではないのは確かだ。

 

「二年ぶりぐらいに使ったけど、まあ今日はもう使わないよ。とりあえず園崎に土は付けられたしね」

「そもそも何処で覚えたんだよ……」

「知り合いのお兄さんにコツを聞いてだね。後は気が遠くなるくらい繰り返して練習って感じだけど…、それにしてもよく北条は僕の動きに合わせられたね」

「えぇ。これでも()()()の動きはちゃんと見ていましたのよ?」

「見ただけで覚えられるなんてねぇ…。早く退()()()()()()、僕の相棒枠交代になっちゃうなぁ」

「──────退院?」

 

 彼女は、一連の会話の何もかもを飲み込めていなかった。嚥下するどころか、噛み砕くことすらできておらず、迂闊にも彼の言葉を反芻してしまった。

 耳が彼等の会話を正しく認識できていて、彼等の会話をそのまま読み解くのならば。まるで、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」かのような。そんなことを言っていたのではないだろうか。

 

「どうしましたのですか、梨花?」

「……っ!?い、いえ何でもないのですよ!た、ただ圭一がわからないと思っただけなのです、あぅ…」

 

 沙都子から向けられた心配そうな視線に、平然を保てるはずもなく大慌てで圭一を指差す。幸い、悟史を知るはずもない圭一も梨花よりは控えめではあるものの、理解できていないような表情で首を傾げていた。

 

「た、確かににーにだの退院だの何だのってのは知らねぇけど…」

「そうでしたわね。圭一さんは私のにーにに会ったことはありませんものね」

「悟史くんって言ってね、沙都子ちゃんのお兄ちゃんで今は体調が悪くて去年ぐらいからずっと入院してるんだよ」

「へ、へぇ…。大変なんだなぁ…」

「本当なら圭ちゃんにも紹介してあげたいんだけどさ、悟史の体調が治るまで我慢しててね」

 

 部員それぞれが悟史の状況を知っている。そんな今までありえなかった現状に、梨花は目を見開いたまま固まってしまっていた。

 雛見沢症候群の末期まで症状が進行し、叔母を殺害した果てに悟史は入江の元に幽閉されている。いつかの世界で、梨花はその情報を手に入れた事はある。だがしかし、部員がその情報を知ることはなかった筈だ。ましてやオヤシロさまの祟りを園崎家が否定していないはずの現状、北条家の扱い的にも祟りの犠牲者として扱われていなければおかしい。

 そんな梨花を余所に、何故か満面の笑みを作った雪は罰ゲームが詰められた箱を魅音に差し出しながら。

 

「まあ、あいつのことは一旦置いておこう。一朝一夕で良くなるものでもないからね。とにかく引けよ、園崎」

「へ、変なの書いてないでしょうねぇ…」

「変の基準は人それぞれだからねぇ…。でも、死なない程度の罰ゲームには抑えたつもりだし、引いた罰ゲームが僕が書いた奴かどうかすらわからないんだし、頑張ってよお姉ちゃん」

「都合のいい時だけお姉ちゃんって呼ぶんだからぁ!!」

 

 勢いよく箱に手を入れ、そのままの勢いて乱雑に引き抜いた四つ折りの紙を広げた魅音は、その手から罰ゲームが書かれた紙を机に落とすのだった。

 

「み、魅音…?」

「魅ぃちゃん、どうしたのかな?かな…?」

 

 二人の心配そうな瞳は、魅音ではなくハラリと机に落下した紙を捉えていた。あの魅音がフリーズしてしまうような罰ゲームとは何なのか、思わずそれを拾い上げた圭一は、思ったよりはなんてこと無さそうな内容を無造作に口にする。

 

「知恵先生の前でカレーの悪口を言う。或いは無理やりスパゲッティを食べさせる…?何だこの罰ゲー───」

「なっ、なんて非人道的な罰ゲームですのぉぉぉ!?」

「この罰ゲームを書いた人は死刑って言ってるのと同じだよっ!?」

「あぅあぅあぅあぅ…。この罰ゲームを思いついた人はもはや人間じゃないのです…」

 

 圭一にしてみれば何て事もなさそうな罰ゲームにしか思えないのだが、沙都子とレナ、そして羽入は身を震わせていた。

 転校してきたばかりの圭一は何も知らないのだ。知恵留美子の前でカレーの悪口を言う、という行動の意味を。それはこの雛見沢分校の校長の禿げ頭を撫でるに匹敵するほどの難易度、命を懸けなくては乗り越えることができない困難だと言っても過言ではないだろう。

 

「おや、姉さん。一発目から僕の書いた紙を取るなんて運がいい」

「ゆ、雪…!あんた人の心ってもんはないの…!?」

「詩お……。園崎、僕が昨晩夕飯の時に味わった苦痛はそれに匹敵するかもしれないよ?さ、四の五の言わずに逝ってこい?」

 

 「ちくしょーっ!!」と叫びながら廊下へ飛び出していった魅音を見送る瞳の大半は、絶望と同情が入り混じった何とも言い表せぬ感情に支配されていた。

 

「な、なあ。魅音はどれぐらいで戻って来れるんだ…?」

「三十分で戻って来れたら奇跡ですわね……」

「意外と十分そこらで帰って来れるかもしれないよ」

 

 その雪の言葉は意外にも的中し。およそ十分後、カレーの名前を永遠と呟き続ける無残な姿の魅音が教室に戻って来たとか、戻ってこなかったとか。

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