ある日、私の住んでいる地域に地震が起きた。
強い揺れが長く続き、避難こそせずに済んだが、壁の一部がヒビ割れて破れていた。
祖父から受け継いだ古い家だ。倒壊しなかっただけでも、よしとすべきなのだろう。
しかし、「修理にいくらかかるだろう」「このまま住み続けても大丈夫だろうか」と考えているうちに、私は壁の中にある頑丈そうな扉に気がついた。
真っ黒で傷一つなく、重厚で頑丈そのものの扉だった。
扉は触れると氷のように冷たく、微かに震えていた。
私は、この家にずっと残されていた、どこにも合わない鍵を思い出した。
祖父がずっと肌身離さず持っていた鍵だ。
祖父はその鍵をとても大切にしており、祖母が触れようとしたときには温厚な人柄が嘘のように激怒したそうだ。
結局、祖父は亡くなるまで、その鍵がどこの鍵なのか、なぜ大事にしているのか、一切語らなかった。
私は書斎の引き出しの中から鍵を取り出した。
古いはずなのに真っ白で、傷一つなく、闇の中でぼんやりと光を纏いながら静かに佇んでいた。
不思議と、あの扉の鍵なのだと、疑うことなく理解できた。
私は扉の前に戻り、錠前に鍵を差し込んだ。
鍵はぴたりとはまった。
少し躊躇したが、どうしても何があるのか確かめずにはいられなかった。
私は鍵をひねり、扉を開けた。
その瞬間、耳をつんざくような悲鳴が家中に響き渡った。
心の底から楽しそうな子供の笑い声と、壁に刻まれる何かの爪痕。
そんなものを纏いながら、黒い影が幾つも幾つも、止めどなく扉の奥から溢れ出し、私の周囲を駆け抜けていった。
恐怖で逃げようとするが、腰が抜け、私はその場にへたり込むしかなかった。
耳をつんざく悲鳴も楽しそうな笑い声も消えてはくれなかった。
私が止まってほしいと願う度に、私の心を凍てつかせる声はどんどん強く響いていった。
影は数え切れないほど飛び出してきた。
子供のように小さいものも、獣のようなものも、悪魔としか思えない形のものも、世界のすべてを影で覆わんとするばかりに。
時間の感覚が麻痺していた。
1時間だったのか、それとも数分の出来事だったのか。
気がつくと、開いた扉と私だけが残され、何事もなかったかのように静寂に包まれていた。
私は、意を決して扉の中を覗いた。
真っ暗な部屋の壁に、大きな文字が血で書かれていた。
──出してくれてありがとう。
──これは、扉に閉じ込められていた何かが自由になる物語。
これにておしまい。
めでたし……めでたし。
──どこからか拍手の音が鳴り響きました。