悪夢収集箱   作:灰音ヒビキ

15 / 15
信じなかったおまじない

「駅のトイレの3番目の個室」で、ドアを3回叩く。

『お願いします、あの子を消してください』と呟いて、また3回叩く。

憎い相手を心の中で思い浮かべながら――

 

成功すると、誰も入っていないはずの個室の内側から、3回、ドアが叩かれる。

そして、その相手は――

 

……よくある都市伝説。

誰かが流した、くだらないおまじない。

私は、そうとしか思っていなかった。

 

あんなことが起きるまでは。

 

 

---

 

私がいじめに遭ったのは、高校2年の時。

いじめられていた子をかばったことがきっかけだった。

 

ターゲットが私に移った。

よくある話だ。

 

誰も助けてくれなかった。

教師も、友達も。

……あの、私が助けたはずの子でさえも。

 

それでも、私は構わなかった。

正しいことをした。そう思えていたから。

だから、私は耐えられた。どれだけひどいことをされても。

 

――そう思っていた。

 

でも、それは違った。

私がいじめに遭ったのは、“かばった”からではなかった。

 

あの子が、私を身代わりに差し出したからだった。

 

あの子は、自分の代わりに私をいじめるように仕向けたのだ。

私に手を出すように、彼女たちを唆し、そして金まで渡していた。

 

邪魔をされた彼女たちは、私への鬱憤を、

そして“支払われた金”に釣られて、すぐに手を汚した。

 

私は地獄に落とされた。

 

助けたはずの相手に。

身勝手な保身に。

 

……私は、どうしても許せなかった。

 

だから、あんなくだらないおまじないに、縋ったのだ。

 

 

---

 

駅のトイレ。3番目の個室。

 

ドアを3回、叩く。

 

『お願いします。あの子を――消してください』

 

そう呟いて、もう3回叩く。

 

終わったあと、自分でも馬鹿馬鹿しくなって、

「何やってるんだろう」と呆れていた。

 

トイレを出ようとした、そのときだった。

 

――コン、コン、コン

 

誰もいないはずの3番目の個室の中から、確かに“3回ノック”された音がした。

 

私は恐怖に震えた。

思わず、ドアを開けた。

 

……そこには誰もいなかった。

 

念のため、他の個室も全て確認した。

やはり、誰もいない。

 

私は気味が悪くなり、急いで家に帰った。

布団に潜り込み、毛布をかぶって震えた。

 

「大丈夫、大丈夫……きっと聞き間違い」

「だって誰もいなかった」

「ドアが叩かれるわけがない」

 

私はそう自分に言い聞かせながら――眠った。

 

 

---

 

翌朝。

私はいつものように制服を着て、学校へ向かった。

 

憂鬱だった。

今日も、またあれが続くのか。

そう思うと、胃が重くなった。

 

でも、どうしようもない。

そう自分を奮い立たせて、教室のドアを開けた。

 

「おはよう!」

 

聞こえたのは――

笑顔と、明るい声。

 

……理解できなかった。

 

私をいじめていた彼女たちが。

私を遠巻きに見ていた“友達”が。

私を避けていたクラスメイトたちが。

 

みんな、私に笑いかけてきた。

 

まるで、何もなかったかのように。

 

私はぎこちなく返事をして、席についた。

 

周囲は少し驚いていたが、「体調でも悪いのだろう」と勝手に納得し、気に留めなかった。

 

私はほっとして、深呼吸をした。

状況を整理しようと考え始めた。

 

――都市伝説。

あれが、本当だったのなら?

 

そのとき、教師が教室に入ってきた。

ホームルームが始まる。

まずは点呼。

 

……ただ一人、呼ばれない名前があった。

 

あの子の名前が、呼ばれなかった。

 

私は思わず声をあげた。

 

「先生、○○さんは?」

 

教師も、クラスメイトたちも、ぽかんとした顔でこちらを見た。

誰もが――口を揃えて言った。

 

「そんな名前の生徒はいないよ」

 

……ありえない。

そんなはずが、あるはずがない。

 

でも、誰もその言葉を否定しなかった。

 

私は教室を飛び出した。

止める声も無視して、走った。

 

あの場所へ――あのトイレへ。

 

 

---

 

全力で走った。

息が切れても、足がふらついても。

 

私は、3番目の個室の前に立った。

 

そして――

 

ドアを3回叩いた。

 

『お願いします。あの子を、帰してください』

 

もう一度、3回叩いた。

 

これで大丈夫。お願いが消えて、あの子が戻ってくる。

 

そう思って、私は胸をなでおろし、トイレを出ようとした。

 

そのとき。

 

声が聞こえた。

 

――誰もいない、3番目の個室の中から。

 

あの子の、声だった。

 

 

 

『じゃあ、次はあなたの番ね』

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。