──この通話は迷惑電話防止のため録音されます。予めご了承ください。
《店員》お電話ありがとうございます。ブック■■■■東京店でございます。
《女》……あのさぁ、おたくのお店ってドリルは扱ってるの?
《店員》ドリルでございますか? 小学生向けの学習ドリルでよろしいでしょうか?
《女》ドリルって言ったらそうに決まってんでしょうが! で、あるの? ないの?
《店員》失礼いたしました。はい、学習ドリルでしたら児童向けコーナーに各種揃えております。
《女》あら、そう。で、どれくらいの数があるの?
《店員》えー、ベストセラーはもちろん、ネットで高評価のテキスト、一時期話題になったキャラクタードリルまで揃えております。お探しのものがお決まりでしたら、在庫をお調べいたしますが?
《女》「さちぼし出版」はもちろんあるわよね?
《店員》「さちぼし出版」、ですね……かしこまりました。お探しのタイトルはおわかりになりますか?
《女》全部よ。
《店員》はい?
《女》だから、一年生から六年生までの全教科よ。その出版社が出してるドリル全部が欲しいの。
《店員》えー、かしこまりました。商品の確認をいたしますので、しばらくお待ちください。
──保留音が3分ほど続く。
《店員》たいへんお待たせいたしました。
《女》ちょっと、いつまで待たせんのよ。こっちも急いでるんだけど。
《店員》あっ、も、申し訳ございません! あのぉ……恐れ入りますが、お調べしたところお客様がおっしゃる「さちぼし出版」という出版社は版元一覧のデータベースにございませんでした。
《女》は!? そんなはずないでしょ! ちゃんと調べたの!?
《店員》その……ネットでもお調べしましたが、それらしき出版社名は確認ができません。たいへん恐れ入りますが「さちぼし出版」の「さちぼし」とは、どのような漢字表記でしょうか? 差しつかえなければお教えいただけますでしょうか?
《女》は? アンタ書店員でしょ! 何で知らないのよ!
《店員》いえ、その、出版社も数多くありますので、わたくしたちもすべて把握しているわけでは……あの、漢字表記がわかればこちらも正確に検索できると思いますので……。
《女》チッ! ……幸福の星よ! 幸に星って書いて「
《店員》ありがとうございます。再度お調べいたします。
──キーボード操作音。
《店員》……申し訳ございません。やはりそのような出版社は存在しないようです。
《女》どうしてよ!? あの幸星出版なのよ!?
《店員》その、失礼ですが、他の出版社とお間違えではないでしょうか?
《女》はあ!? 私がおかしいって言うの!?
《店員》いえ、あの、ですが現にお伺いした出版社名では検索にヒットしませんので……。
《女》うちの娘が通っている小学校が出してるはずなの! それを寄越せって言ってるの!
《店員》小学校から? あの、つまりはそれは特定の学校の教材ということでしょうか? そうなりますと一般の書店では扱えない場合がございます。
《女》は!? なんでよ!?
《店員》その……当店で扱える商品は取次店を経由して入荷する一般書籍に限られますので……特殊な販売方法を実施している版元の商品はお取り寄せできかねます。特に教材などは教科書取次店か、もしくはその小学校に直接問い合わせたほうがよろしいかと……。
《女》できないからおたくに頼んでんでしょうが! 学校側にバレないように全学年のドリルを集めたいのよ!!
《店員》はい?
《女》他の子より先に全学年の教科を予習させて成績トップにしたいのよ! 余所のママさんはそうしてるって聞いて、私もそうしようと思ったわけ! なのにあの小学校ときたら「校則だからダメです」とか言って取り合ってくれないのよ! なによ、金はちゃんと出すって言ってるのにさ!
《店員》その……お言葉ですが、学校側からお断りされたのであれば諦めたほうがよろしいのではないでしょうか? 当店としましても、これ以上はお力になれることはございませんので……。
《女》そこを何とかしなさいよ! 書店のツテとか何でも使って取り寄せてよ!
《店員》先ほども申し上げましたように、当店で扱えない商品をお取り寄せすることはできません。
《女》金ならいくらでも出すわよ!
《店員》お金の問題ではございません。業務上、できないとおっしゃっているんです。どうかご理解ください。
《女》ああもう! アンタじゃ話にならないわ! 店長を呼んで!
《店員》店長はただいまご不在です。それに誰に代わったとしても、ご回答は同じです。
《女》呼べ! いますぐ呼べ!
《店員》……は~。あの、これ以上は業務妨害ですのでご遠慮いただけますか? 繰り返しますが当店でお力になれることはございませんので。
《女》ふざけるなふざけるな! うちの娘はトップにならなくちゃいけないんだ! 他のガキどもの下につくなんてあっちゃいけないのよ!! はぁっ!? 邪魔よユキ! いま電話中……は? なにその気色の悪いガキ? いつ家に入って……あ、アァ……アアアアアアァ……ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!
《店員》え!? なに!? ど、どうされました!?
──悲鳴と激しい物音が続く。
《店員》お、お客様!? え、嘘、なに、ヤバいやつ? つ、
《女》……問題ございません。ワタシは大丈夫です。
《店員》……へ?
《女》このたびはご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。謹んでお詫び申し上げます。
《店員》え? いや、あの……だ、大丈夫なんですか!? 先ほど、そちらから凄い物音が……。
《女》ワタシは生まれ変わりました。だからもう問題ございません。
《店員》はい?
《女》何も問題ございません。娘のおかげで『イイコ』になりました。ありがとう、ユキ。ありがとう『すずり様』。
《店員》は、はぁ……あ、ちょっと失礼します……都波岐さん、ごめん! たぶん大丈夫そう……うん、たぶんだけど。お待たせしました。その、他にご用件がないようであればこのまま電話を切らせていただきますが、よろしいでしょうか?
《女》問題ございません。さようなら。さようなら。
《店員》そ、それでは失礼いたします。
《女》……学校に行きましょう。
《店員》は?
《女》皆さん「イイコ」になりましょう。
──通話切断。