勇者パーティーを追放されたビーストテイマーと魔法使い   作:海原凛

1 / 16
プロローグ

 

 

 

 街の商店街を歩くレインの手には、小さく折り畳んだメモが握られていた。次の遠征に備えての買い出しは、食料に薬草、替えの装備品まで多岐に渡る。量も多く、一人で運ぶのは骨が折れる作業だったが、他に手伝う者の姿はどこにもなかった。

 

 勇者アリオスを筆頭に、戦士のアッガスも神官のミナも、買い出しや雑用はすべてレインに任せるのが当然だと考えていた。

 パーティーの中でビーストテイマーという立場は低く、レイン自身も、それが自分の役目だと黙って受け入れてきた。

 何も言わずに、文句も言わずに。どれだけ理不尽に扱われても、仲間の役に立てるなら、それでいいと思っていた。

 

 だが、そんなレインの姿を、ただ一人だけ気にかける者がいた。

 

「……あ、やっと見つけたわよ、レイン!」

 

 背後から掛けられた声に、レインが振り向く。そこには、長いローブに身を包んだ魔法使いのリーンが立っていた。

 いつもは仏頂面な表情の彼女も、人目がない場所では素の表情を見せることがある。

 

「まったく……あんた、また一人で全部抱え込むんだから……!」

 

「はは……でもいいのか?」

 

 呆れたようにため息をつきながらも、リーンはレインの荷物を一つ奪い取った。レインが戸惑ったように目を瞬かせると、リーンはそっぽを向いて肩をすくめる。

 

「いいのよ、どうせアリオスの話なんて聞いてたって時間の無駄だし。あんたの方がよっぽど役に立つってわけ。」

 

 素直じゃない言葉に、レインは小さく笑った。

 

「……助かるよ、リーン」

 

 その一言に、リーンはわずかに頬を赤らめ、手元の袋をぎゅっと握り直した。

 

「勘違いしないでよ! 暇だから手伝うだけだから! 別にあんたのためとか、そんなんじゃないんだから!」

 

 必死に取り繕うリーンの横顔を、レインは優しく見つめる。このパーティーで、自分を気にかけてくれるのは彼女だけだった。誰よりも冷静で、誰よりも仲間想いな魔法使い。

 そうして、二人は並んで商店街を歩いた。ささやかな会話を交わしながら、少しだけ心が温かくなる時間だった。

 

 ――だが、そんな日常は、すぐに終わりを告げることになる。レインも、リーンも、そのことをまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 レインは勇者アリオスの部屋に呼ばれた。

 部屋にはアリオスの他に、戦士のアッガスと神官のミナが揃っていた。三人の視線はどこか冷たく、レインを突き刺すようだった。

 

「……君はクビだ」

 

 アリオスが淡々と告げた瞬間、部屋の空気は張り詰めて凍りついた。

 

「え……? ちょっと待ってくれ。何を言っているんだ……いきなりすぎる……冗談か何かか?」

 

 事態をのみ込めないレインに、アリオスは苛立たしげにテーブルを叩いた。

 

「冗談じゃない。お前がお荷物だと、ずっと言おうと思っていたんだ」

 

 小さく息をつくように、アッガスが視線を逸らした。

 その顔にはわずかに言葉を飲み込むような影があったが、結局何も言わなかった。

 

「……本気で言っているのか?」

 

 レインが縋るように問いかけても、アリオスの瞳には一片の情けも冗談もなかった。

 

「理由なんて一つしかないだろう。お前はお荷物だからだ。……訂正しよう。お荷物と一緒にしたら荷物に失礼だな。ゴミだ」

 

「言い過ぎですよ、アリオス。……もっとも、彼が何の役にも立っていないのは事実ですが」

 

 ミナの声にも、慈悲の色はなかった。レインは俯き、アッガスをちらりと見る。だが、アッガスは目を伏せたまま何も言わなかった。どこか申し訳なさそうに見えたが、アリオスに逆らう様子はない。

 

 仲間だと信じていた相手から吐き捨てられる罵声。言い返したい言葉すら出てこない。

全てが事実だと、どこかで諦めていた。

 

「お前は敵に狙われて足を引っ張るだけだ。せいぜい動物を使って荷物を運ばせたり偵察させたり……そんなもの、金を払えば誰にでもできる」

 

 アリオスの声は冷たく突き放すようだった。

 

「僕たちは魔王を倒す使命を負った選ばれし者だ。……だがお前は違う。ただの気まぐれで拾っただけだ。これ以上、失望させないでくれ」

 

 レインの拳が小さく震えた。視界が滲み、こぼれそうな涙を必死に堪える。

 それでも、口から出たのは言い訳ではなかった。

 

「……分かった。俺はパーティーを抜けるよ」

 

 その瞬間、扉が勢いよく開いた。

 

「ちょっと! どういうことよ!」

 

 リーンだった。

 息を切らして駆け込んだ彼女は、すぐにレインの隣に立ち、アリオスたちを睨みつけた。

 

「どうもこうもないさ。レインはお荷物だ。もう必要ない」

 

「ふざけないで! 旅の雑務も荷物の管理も、全部レインが――」

 

「だから? 雑用係なんて他にいくらでも代わりが効く。戦えない奴はいらないんだよ」

 

 アリオスの冷笑に、アッガスやミナも同調する。

 リーンの顔が悔しさで歪んだ。

 

 だがレインは、リーンの肩にそっと手を置いた。

 

「……ありがとう、リーン。でも、もういいんだ」

 

 彼女の目が揺れる。

 レインは静かに首を振った。

 

「……装備を置いていけ」

 

 アリオスの言葉に、レインは一瞬目を見張ったが、すぐに納得したように小さく息を吐いた。

 仲間たちと共に過ごした証ともいえる最上級の装備を、レインは机の上にそっと置いた。

 装備を手放すことで、仲間との絆も全て消えてしまう気がした。

 だが、もとより絆などなかったのだと、ようやく思い知る。

 

「宿代は払ってやるよ。せめてもの情けだ」

 

 背を向けるアリオスの声を最後に、レインは黙ってその場を後にした。

 扉の向こうで、リーンだけが小さく名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 レインは振り返らなかった。

 

 それが、すべての終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 レインは宿を出た夜道をゆっくりと歩いていた。

 重たい扉を閉めたとき、背後に残った声が遠いもののように思えた。胸の奥を埋めていた何かが、一度に空っぽになるのを感じる。

 

 どこへ行くあてもない。

 それでも、もうあの部屋に戻るつもりはなかった。

 

 ふと、背後から小さな足音が追いついてきた。

 

「レイン!」

 

 振り返らなくても、誰かは分かっていた。

 名前を呼ばれた声に、レインの足が止まる。

 息を切らして駆けてきたリーンが、暗がりの中でレインの背中を見つけ、必死に腕を伸ばした。

 

「どうして……どうして何も言わずに行くのよ……!」

 

 声がかすれていた。

 レインは肩越しにだけ彼女を見た。

 

「……言っても同じだろ。もう決まったことだ」

 

「同じじゃない!」

 

 リーンはレインの背中に回り込むように立ちはだかった。街灯に照らされた彼女の瞳には、涙が光っていた。

 リーンはレインの胸を拳で叩いた。小さな音が夜気に響く。

 

「あたしは……あたしは嫌だから! あんなのおかしいよ……レインは役立たずなんかじゃない!」

 

 言葉と一緒に、リーンの拳がレインの胸を何度も叩く。

 小さな音が夜気に溶けた。

 

「雑務も偵察も、誰より丁寧にやってくれた……! あたしは分かってる……レインがいてくれたから、みんな無事に戻れたんだよ……!」

 

 リーンの声は途切れ、嗚咽に変わった。レインは視線を落とし、泣きじゃくる彼女の肩にそっと手を置いた。

 

「……ありがとう。でも、いいんだ。俺はもう――」

「よくない!」

 

 リーンが顔を上げた。

 涙で赤くなった目が、レインを真っ直ぐに射抜いてくる。

 

「あたしも一緒に行く。ここに残らない。」

 

「バカ言うな。リーンはパーティーに必要な……」

 

「そんなのどうでもいい!」

 

 夜の街に響いた声に、遠くの店の灯りがわずかに揺れた。

 リーンは小さく震えながらも、唇を噛んで続ける。

 

「あたしは……レインと一緒がいい。役に立つとか立たないとか、そんなの関係ないの」

 

 その一言に、レインの胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 長い旅の中で、自分を選んでくれる人がいる――それだけで、冷え切っていた心がわずかに温まった。

 

「……後悔するぞ。俺といても、いいことなんか……」

 

「後悔なんてしない」

 

 リーンはきっぱりと言い切った。その瞳には、一切の迷いがなかった。

 

 レインの肩がふっと緩む。固く縛っていたものが、夜風に溶けていく。

 

「……そうか。じゃあ、一緒に行こう」

 

 リーンは泣き笑いのような顔で大きく頷いた。

 

 二人は誰もいない夜道を、肩を並べて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「さてと……これから、どうしたもんかな」

 

 翌朝。

 宿を出たレインは、街の広場に面した古い樫の木の下に腰を下ろしていた。朝の空気は澄んでいて心地いいはずなのに、吐き出した息は少しだけ寂しげだった。

 

 勇者アリオスたちは、夜明けと共に『迷いの森』へと出発したらしい。何の挨拶もなく、まるで最初からレインという存在がいなかったかのように――それがあいつらの答えだったのだろう。

 

「……まあ、いいさ」

 

 言葉にしたところで、心の奥に残った何かがすぐに消えるわけじゃない。

 それでも、もう振り返る気はなかった。

 これからは自分のために。そして――

 

「ねぇ、お得意の黄昏タイムは終わった?」

 

 不意に届いた声に、レインはハッとして顔を上げた。陽光を背に立っていたのは、魔法装束に身を包んだリーンだった。

 腰に手を当て、顎を少し上げて、いつものように笑みを浮かべている。

 

「リーン……もう支度、済ませたのか。」

 

 レインがわずかに目を細めると、リーンはフンと鼻を鳴らし、杖を肩に担いだ。

 

「当然でしょ。誰だと思ってんの、あたしを」

 

 その何気ない一言が、どこか安心させる。強がっていても、こうして当たり前のように隣にいてくれる――それだけで十分だった。

 

「……ごめんな。巻き込んじまって」

 

 ポツリと漏れたレインの謝罪に、リーンは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに小さく鼻で笑った。

 

「はあ? 何しおらしくなってんのよ。誰があんたに『来い』って言われて来たわけ? あたしの意思だから。勘違いしないで。」

 

 まっすぐに向けられた紫の瞳には、隠しようのない意地と――小さな不安が滲んでいた。

 レインはそんな瞳を、どこか愛おしそうに見つめた。

 

「……ありがとな」

 

「誰が礼なんか言えって言ったのよ」

 

 ぶっきらぼうにそっぽを向くリーンの頬が、ほんの少しだけ赤くなっていた。

 

「で、お金は?」

 

 急に話を変える声は、どこか無理に強気を装っているようだった。レインは笑いをこらえて、小袋を探った。

 

「銀貨が五枚に、銅貨が三十八枚」

 

「うわ少なっ……。ま、あたしも似たようなもんだけど。はー……まあ、仕方ないわね」

 

 偉そうに腕を組む姿に、レインの口元が思わず緩む。

 

「……さっき冒険者ギルドを覗いてみたんだ。試験さえ受ければ登録できるってさ」

 

「ふぅん? それで、受けんの?」

 

「ああ。やってみようと思う。」

 

「なら、あたしも一緒に受けてやるわ。あんた一人に任せっきりなんて、つまんないし」

 

 強がりなくせに、どこか嬉しそうに目をそらすリーンを見て、レインの胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていく。

 樫の木の下で、二人は肩を並べて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 そして二人は並んで冒険者ギルドへ向かい、手続きを済ませるとすぐに試験――新米冒険者にはお決まりのゴブリン十体の討伐を引き受けた。

 

 深い雑木林の中、木々の影を縫うように緑の影が走り抜ける。

 

「ふふん、レインなら余裕でしょ? 付き合いも長いし、あんたの腕はあたしが一番よく知ってんだから」

 

「頼もしい言葉だな」

 

 リーンがいつもの調子で強気に言い放つその横顔に、レインは小さく笑みを返す。

 

 言葉通り、ゴブリンの討伐は危なげなく終わった。

 倒れたゴブリンの死骸を蹴りで並べ直しながら、リーンが杖を肩に担ぐ。

 

「十体、確認っと。……数え間違えてたら、もう一回とか絶対イヤだからね」

 

「分かってる。ありがとな」

 

「誰があんたのためにここまでやってんのよ……ほんっと、世話が焼けるんだから」

 

 ぶつぶつ言いながらも、リーンの頬はどこか緩んでいた。

 

 だが、帰り道。林を抜けかけたとき――

 

「……ん? 今、悲鳴が聞こえなかったか?」

 

 立ち止まったレインの声に、リーンも辺りを見回す。

 遠く、湿った風が沼地特有の匂いを運んできた。

 

「……あっちの方、沼地よね。最近キラータイガーが出たって噂があったはず」

 

「放っておけないな。行こう」

 

 視線を交わし、二人は頷いた。

 躊躇いは一切ない――木々を蹴り、二人は迷わず沼地の方へと駆け出した。

 

 ぬかるんだ地面の先、倒木の陰に追い詰められていたのは、一人の少女だった。

肩まで伸びる栗色の長い髪がかすかに揺れ、ピンと立った猫耳と細い尻尾が震えている。

 

 鮮やかな緑の瞳は獣を睨んでいたが、その胸は浅く上下し、今にも力尽きそうだった。

目の前で牙を剥いて唸り声をあげるのは、分厚い皮膚を持つDランクの魔物――キラータイガー。

 普通の刃など通じない、危険な相手だ。

 

「レイン! あたしが援護魔法を撃つ! あんたはその隙に!」

 

「了解!」

 

 リーンの詠唱が低く響くと同時に、レインは体勢を低くして地を蹴った。

 短剣を逆手に握り、獣の背後を取って飛びかかる。しかし刃は皮膚に弾かれ、甲高い音を立てて折れてしまう。

 

「……ちっ、効かないか!」

 

 振り返ったキラータイガーの赤い瞳がギラリと光り、唸り声が空気を裂いた。咆哮一つで、その場の空気が刃物のように肌を切り裂く。

 

 その瞬間――

 

「……っ、これで……最後……!」

 

 少女の喉からかすれた声が漏れた。

 ピンと立った猫耳が小さく震え、尻尾が弾けるように張る。

 一瞬で脚の筋肉が弾け、少女の身体は宙へと舞い上がる。

 木々の間に低く響く風切り音――次の瞬間、華奢な体がキラータイガーの背へ一直線に降下した。

 

「なっ……!?」

 

「レイン、下がって!!」

 

 リーンの叫びが木霊する。

 直後、土が爆ぜるような鈍い音と共に、獣の首は乾いた枝のように折れて沈黙した。

 

 土埃が晴れたとき、粉塵の中心に立つのは猫耳の少女。

 その瞳から光が消えると、すぐにふらりと膝をつき、レインの胸元へと倒れ込んだ。

 

「大丈夫か!? どこか怪我は――」

 

 レインの呼びかけに、少女は小さく目を開き、声を漏らした。

 

「……お腹……減った……にゃ……」

 

 気の抜けた声に、リーンは肩を落としてため息をつく。

 

 何とも間の抜けた声に、レインとリーンは顔を見合わせる。

 沼地の風が二人の頬を撫でた。

 

「……なんか、とんでもないのを助けたかもね」

 

「……ああ。たぶん、そうだな」

 

 こうして思いがけない出会いをきっかけに、レインとリーン――そして小さな猫耳の少女の旅路は、また新しい一歩を踏み出したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。