勇者パーティーを追放されたビーストテイマーと魔法使い   作:海原凛

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第1話 邂縁

 

 

 

 この世界には数多の『上位種』が存在するが、その中でも特に珍しいのが『猫霊族』だ。

 

 名前だけ聞けば猫の幽霊のようだが、実際には『猫霊族』という一つの種族である。

 猫の耳と尻尾を人間につけたような愛らしい外見をしており、種族全体が陽気で人懐っこい。

 『上位種』と呼ばれても信じられないほど可愛らしく、かつてはアイドルのように崇められた時代さえあったという。

 

 しかし、そのポテンシャルは凄まじい。素手で大地を割り、凄まじい跳躍をしたり、音速を超えて駆ける。魔法が使えない代わりに、身体能力が極限まで進化している。

 

 だが、過去の戦争により個体数は激減し、今では絶滅寸前とさえ言われる。あまりにも見つからないため、出会えば幸運が訪れるとまで囁かれているほどだ。

 

 そんな『猫霊族』の少女が、今まさにレインの目の前で――頬をパンパンに膨らませ、全力で非常食を頬張っていた。

 

「はぐはぐはぐっ! あむっ、あむっ! ぱくぱくぱくぱく……ごくんっ!」

 

 携帯食料の包みを小さな両手で抱え込み、夢中でかき込む少女の横顔を見ながら、リーンは呆れたように眉を下げ、しかしどこか微笑ましそうに息を漏らした。

 

「凄まじい食欲ね」

 

 少女の話によれば、空腹で森の中を彷徨い、行き倒れていたのだという。

 レインは心の中で密かに納得していた。本物の『猫霊族』が、キラータイガー程度に追い詰められるなど、普通なら考えられない。どれほど飢えていたのか想像する。

 

「ぷはーっ!」

 

 少女は最後のひと口を飲み込み、大きく息を吐き出すと、ぱっと顔を輝かせてレインに向き直った。

 宝石のように透き通ったグリーンの瞳が楽しげに瞬く。猫耳と尻尾がなければ、どこかの国の姫だと言われても信じてしまいそうなほど整った容姿だ。

 

「落ち着いたか?」

 

 レインが穏やかに声をかけると、少女は元気よく尻尾を立てて頷いた。

 

「うんっ! 本当にありがとー! 助かったよぉ……あのまま死んじゃうかと思ったもん」

 

 少女は小さな手を胸に当てて大げさにため息をついた。リーンはやれやれと小声で呟いた。

 

「大げさね」

 

「大げさなんかじゃないよー。何日も飲まず食わずでさ、天国にいるおじいちゃんおばあちゃんが川の向こうで手を振ってたんだから……」

 

 あどけなく笑いながらそう言う姿に、レインは冗談にしては笑えない状況だったのだと実感し、胸の奥で安堵する。

 もう少し遅ければ、本当に危なかったかもしれない。

 

「あっ、そうだ! 自己紹介してなかったね! 命の恩人なのに、ごめんね。私はカナデ。見ての通り、『猫霊族』の女の子だよ♪」

 

 元気よく名乗るカナデの尻尾が、ふわりと嬉しそうに揺れた。リーンは杖を軽く握り直し、視線を合わせる。

 

「リーン。魔法使いよ」

 

「俺はレイン・シュラウド。冒険者……になる予定だ」

 

「予定?」

 

 首をかしげるカナデの動きに合わせて、耳がぴこぴこと揺れた。その仕草に、レインはわずかに笑みを浮かべた。

 

「試験の途中でね、君を見つけたんだ」

 

 こうして、レインとカナデの出会いは果たされた。彼にとって長い旅路の中で、かけがえのない仲間との最初のひととき――それが、すべての始まりだった。

 

 街へ戻る道中、カナデは当たり前のようにレインのすぐ隣を歩いていた。リーンはその少し後ろを歩きながら、二人のやり取りを静かに見守っている。

 

 レインは、ここ最近の出来事――勇者パーティーの裏切りと追放の経緯――を包み隠さず語った。話を聞くカナデの尻尾は、感情を表すようにふわふわと揺れ、やがて不機嫌そうに逆立った。

 

「むぅー……」

 

 頬をふくらませたカナデが、緑の瞳をぎゅっと細めて尻尾をバサリと振る。

 

「レインを追放するなんて、その勇者、許せないよ! レイン、すっごく良い人なのに!」

 

 レインは歩きながら視線を向け、少しだけ苦笑した。

 

「俺のために怒ってくれるのか?」

 

 カナデは大きく頷き、耳をぴょこんと立てた。

 

「当然だよ!」

 

 横を歩くリーンが、くすっと小さく笑ってため息をついた。それでも、どこか嬉しそうな表情が彼女の横顔ににじんでいた。

 

「まあ、仕方ないさ」

 

 レインは視線を遠くに向け、肩をすくめてみせた。

 

「俺が足手まといだったのは事実だしな」

 

 言うと、すぐさまリーンはレインへと顔を向けて眉根を寄せる。

 

「だから足手まといなんかじゃないって言ってるでしょ」

 

「そうだよ! レインは足手まといなんかじゃないにゃ!」

 

 リーンとカナデが声を合わせて言い切った。その勢いに、レインの口元から思わず微笑がこぼれた。

 

「……ありがとう。俺のために怒ってくれて。でもな、今はもうスッキリしてる。あのままパーティーにいても、いいことなんてなかっただろうしな」

 

 レインの言葉に、リーンは短く息をついて頷いた。カナデも、ぷぅっとしていた頬を元に戻すと、安心したように尻尾を揺らした。

 

「……レインがそう言うなら、私ももう言わない」

 

「にゃふぅ……それなら、私も!」

 

 空気がふっと和らぎ、カナデの瞳が柔らかく笑った。そんな二人を見て、レインも自然と小さく笑う。彼の手がそっとカナデの頭に伸びると、カナデは反射的に目を細めて喉を鳴らした。

 

「にゃふぅ……」

 

「いや、あんた。猫じゃないんだから……いや、一応猫だろうけど」

 

 頭を撫でられ、猫のように身を預けるカナデを、リーンはあきれ顔で見つめた。それでも、心の奥ではどこか安堵を覚えていた。

 

 カナデは撫でられた髪をふるりと揺らし、ぴたりと顔を上げると小さな拳を握った。

 

「ふふっ……それじゃ、私もしばらく手伝ってあげるにゃ!」

 

リーンは杖の先で地面を突きながら、そのやり取りを静かに見守っていた。

 

「「……え?」」

 

 突然の申し出に、レインとリーンの声が重なった。

 

「だって、助けてもらったし、それに面白そうだから!」

 

 カナデの瞳がエメラルドのようにきらめく。好奇心と無邪気さがないまぜになったその目に、レインはわずかに息を呑んだ。

 

「……いいのか?」

 

「もちろんにゃ! 『猫霊族』と一緒にいられるなんて、幸運なんだぞっ?」

 

「それは……こっちの台詞だな」

 

 小さく笑って返すレインに、カナデは嬉しそうに尻尾を揺らした。二人が静かに笑みを交わすその背で、リーンはそっと鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドのカウンターの前で、レインとリーンは小さく息を整えていた。

 目の前では、受付嬢が提出されたゴブリンの魔石を一つずつ丁寧に確認している。

 

「はい、確認しました。無事に試験を乗り越えられたみたいですね。これで今日からシュラウドさん、リーンさんは正式な冒険者です。おめでとうございます」

 

 受付嬢は柔らかな声でそう告げると、二人に小さく頭を下げた。

 レインは胸の奥に滲んだ緊張を吐き出すように息を吐き、リーンも頬を指先で押さえながら、わずかに目を伏せて頷いた。

 

 提出された魔石が奥へと運ばれ、カウンターの上には硬質の小さなカードが二枚、受付嬢の手の中に収まっている。

 

「こちらをどうぞ」

 

 受付嬢の白い指先が、カードを二人へ差し出した。

 レインはカードを手に取り、その重みを確かめるように親指で角をなぞった。リーンも銀の縁が光を反射するカードをじっと見つめ、指先に力を込めて受け取った。

 

「これは?」

 

「冒険者カードになります。冒険者としての身分証のようなものですね。これを持っていることが、冒険者の証となりますので、なくされないように気をつけてください。再発行は可能ですが、一週間ほどかかります。また、故意の紛失や売買に利用した場合は資格剥奪となりますので」

 

 レインは頷きながらカードを胸元のポケットへそっとしまった。リーンも自分のカードを懐の内ポケットへ滑り込ませ、ふと受付嬢を見上げた。

 受付嬢は慣れた手つきで、小袋をカウンターの下から取り出した。

 

「最後に、こちらがゴブリンの魔石十個分の報酬になります」

 

 じゃらりと小さな金属音が鳴る。レインが袋を開けると、銅貨の縁がわずかに光を反射した。

 

「試験なのに、報酬がもらえるのか?」

 

「はい、もちろんですよ。シュラウドさんが稼いだものですから。それを横取りするような真似はいたしません」

 

 受付嬢はにこりと微笑み、小さくお辞儀をした。レインも袋を握りながら、口元をわずかに緩める。

 

「助かるわね」

 

 リーンは袋を手に持ち直し、コツコツと指先で表面を叩きながら、小さく満足そうに息をついた。

 

「さっそく依頼を受けたいんだが……」

 

「はい。あちらの掲示板からお好きな依頼をお選びください。ただし、シュラウドさんはまだFランクですので、受けられる依頼は限られています。ご了承ください」

 

 受付嬢は指先でカウンター横を示した。木製の掲示板には、所狭しと依頼用紙が貼り付けられている。

 

 レインは頷くと、報酬袋を腰の袋に滑り込ませ、カウンターを離れた。

 少し離れた場所で待っていたカナデは、レインの姿を見つけると、嬉しそうに両手を上げて小さく跳ねた。

 

「おかえりだよ~♪」

 

 小柄な体を駆け寄らせて、レインの腕にぴたりとくっつくと、ふわふわの尻尾が左右に忙しなく揺れる。

 

「待たせたな」

 

 レインが柔らかく声をかけると、カナデは瞳をきらきらと輝かせた。

 

「ねぇねぇ、冒険者になれた? なれた?」

 

「ああ、無事になれた」

 

 レインが答えるより早く、横に立つリーンが肩をすくめて、やれやれといった様子で顎を上げた。

 

「当然でしょ。あたしたちが落とされるわけないでしょ」

 

「そっかぁ、おめでとう♪」

 

 カナデはぱっと笑顔を弾けさせ、レインの腕を小さな手で引き寄せた。

 袖口をきゅっと握る仕草は、猫霊族らしい甘えた動きだった。

 

「さっそく依頼を受けるつもりだけど、カナデは大丈夫か?」

 

 レインが尋ねると、カナデは元気よく尻尾を一振りした。

 

「もちろんっ! れっつごーだよ♪」

 

 そんな二人の様子に、リーンは呆れたように小さく肩を揺らしつつも、後ろからゆったりと二人に続いた。

 

 やがて三人は、ギルドの依頼掲示板の前に並んだ。

上位種の猫霊族。目立つのは当然で、いつの間にか周囲には小さな人垣ができていた。

 

 掲示板を覗き込むカナデの尻尾が、好奇心を示すようにふわりと揺れる。人垣の奥では、冒険者たちの低い声がひそひそと交わされた。

 

「……本当に猫霊族だってよ」

 

「上位種が人間のギルドに出入りするなんてな……」

 

「見た目かなり上玉じゃねぇか……」

 

 畏怖と好奇心の入り混じった視線が、カナデへと注がれる。そのたびに彼女の耳がぴくりと動き、尻尾の先がわずかに揺れた。

 

「人間の町には何度か来たけど……やっぱり、こういうのは苦手にゃ……」

 

 小さく漏れた声は、すぐ隣のレインにだけ届いた。

 

「無理はするな。必要があれば俺が何とかする」

 

 何でもないように告げるレインの声に、カナデはぱちりと瞳を瞬かせ、慌てたように顔をぷいと背けた。

 

「……べ、別に守られなくても平気だよ! 私が一番強いんだから……ほんとは全然気にしてないにゃ……!」

 

 尻尾の先だけが、誤魔化すように左右へと忙しく動いている。

 

 そんな二人のやり取りを横目に、リーンはひとつ溜め息を吐き、杖の先をちらりと人垣へ向けて冷たい声を落とした。

 

「……人のことを物珍しそうに見てんじゃないわよ。余計なこと考えたら……ただじゃおかないんだから」

 

 その鋭い言葉に、ざわついていた冒険者たちは息を呑み、足元を見つめて数歩下がる。

 好奇の視線はすっと空気に溶けていった。

 

「……さっさと行きましょ。ギルドの中で何かあったら面倒でしょ」

 

 冷めた声でそう言うと、リーンはレインとカナデの背を追う。

 三人は人々の視線を背中に受けながら、静かにギルドを後にした。

 

 上位種の猫霊族と共に歩く青年と、その隣で睨みを利かせる魔法使い――

 誰もが、遠巻きに彼らを見送ることしかできなかった。

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