勇者パーティーを追放されたビーストテイマーと魔法使い 作:海原凛
ギルドの玄関をくぐり抜けた瞬間、初夏の柔らかな陽射しが街道を明るく照らしているのが目に入った。
道沿いには小さな花が風に揺れている。レインの隣を歩くカナデは、その花を摘みそうな勢いできょろきょろと辺りを見渡していた。
「ねーねー、なんで薬草採取なの? ドラゴン退治とか伝説の剣を手に入れるとか、そういう依頼は?」
カナデの大きな猫耳が揺れ、彼女の無邪気な声が通りに響いた。その声に、レインは自然と苦笑が漏れる。
「いきなりそんな依頼を受けられるわけないだろう。俺たちは、まだFランクなんだ」
「にゃん?」
首を傾げるカナデの耳がぴくりと動く。そんな様子を、リーンは後ろから追いついて補足した。
「つまり、新米が無茶をしないように、最初は一番下のFランクから始まるって事。
最初は危険のない簡単な依頼しか受けることができないのよ。
地道に依頼をこなして、信用と経験を積めば、ランクが上がって……リスクは大きいけど報酬も大きい依頼を受けられるようになるわけ」
リーンの説明に、カナデは肩を落として「ふにゃぁ」と情けない声を漏らした。
「冒険者ってめんどくさいんだねー」
ため息交じりの言葉に、レインは少し笑みを深めた。カナデの尻尾が落ち着きなく揺れている。
「仕方ないさ。こんなシステムでもないと、無茶する奴が後を絶たないからな」
そう言って頭を軽く撫でると、カナデはぱっと顔を上げて嬉しそうに尻尾を振った。
「この三人なら、もっともっと上の依頼も、簡単にこなせると思うんだけどなー」
カナデの素直な言葉に、レインは苦笑を返すしかなかった。
そう言ってもらえるのは嬉しいが、彼自身はまだ“冒険者”としては新米でしかないのだ。
「俺は、冒険者としてはド素人だからな。思わぬところで足をすくわれるかもしれない。だから、ちゃんと依頼をこなして、経験を積んでいかないとな。油断大敵ってヤツだ」
真剣な口調に、カナデはぱちぱちと瞬きをしたあと、無邪気な笑顔を浮かべて拳を握りしめた。
「おー、なるほど! レインはがんばりやさんなんだねっ。私もがんばるよっ」
「ああ、一緒にがんばろう」
「おーっ♪」
その掛け声が小鳥のさえずりと混ざり、少しだけ吹いた風が三人の背中を押した。
街の門を抜けると、そこには見渡す限りの草原が広がっていた。揺れる草の匂いが鼻をくすぐり、どこかで小動物の影が駆け抜けていく。
今日の依頼は、この草原での薬草採取だ。
「ところで……」
歩みを進めながら、レインがふとカナデを振り返った。猫耳がふにゃりと揺れて、カナデが首を傾げる。
「カナデは、俺についてきてよかったのか? 何か他にすることがあったりしないのか?」
「何もないよ?」
即答するカナデの声は、曇りひとつなく澄んでいた。
「そうなのか? じゃあ、どうしてあんなところに?」
カナデは太陽に透ける白い髪を指でくるりと弄びながら、小さく笑った。
「旅をしてたんだよ♪ 私達って個体数が少ないから、山の奥地でひっそりと暮らしていたんだけど、そんな生活つまらないなーって。
それで、旅に出たの!」
カナデはそう言って、くるりと尻尾を揺らした。
「一人で旅をしてて、偶然ここで俺たちと出くわしたってわけか」
「そうそう。お腹が空いてたところを助けてもらっちゃったしね」
「たいしたことはしてないさ。」
レインは苦笑して視線を戻す。
まだ出会ったばかりなのに、こうして自然に言葉を交わせるのがどこか不思議だった。
けれど、この世界は広い。こんな風に誰かと出会うのも、旅の中ではきっとよくあることだろう。
「それじゃあ、がんばって薬草を採取しよーっ!」
「待て待て。いきなり駆け出すなって」
「にゃんっ」
カナデが勢いよく駆け出そうとするのを、レインは慌てて首根っこを掴んで止めた。
小さく抗議の声をあげるカナデの横で、リーンが呆れたように溜息をついた。
「あんたって時折雑なところもあるよね……」
「うー……なぁに?」
カナデは拗ねたように尻尾を揺らす。レインは苦笑しながら、草原を指差した。
「闇雲に探しても見つからないだろ? ここは俺に任せてくれ。ビーストテイマーならではの方法があるんだ」
「ああ、あれをやるのね」
リーンは小さく微笑んだ。レインは周囲を一度見渡し、目を細めて草むらの影を探った。
少しして、小さな影が草をかき分けて姿を現した。
「うさぎ?」
カナデが小首をかしげて問いかけると、レインは軽く頷いた。
「そうだ。まずは、こいつと仮契約する」
「えっ?」
思わずカナデが声を上げた。上位種である猫霊族の彼女ですら、
ビーストテイマーが初対面の動物を一瞬で従える場面は滅多に見たことがなかった。
レインはそっと手の平をうさぎの頭上にかざす。
柔らかな光が瞬き、うさぎの額に小さな紋様が浮かび上がった。
「よし、契約完了だ」
「にゃ……? なんでそんなに簡単に……?」
カナデの瞳が丸く見開かれる。だがレインは特に気に留める様子もなく、
不思議そうに尻尾を揺らす彼女に向かって微かに笑った。
「こいつに仲間を呼んできてもらう」
「仲間?」
カナデの声に、レインは視線をうさぎに戻す。
うさぎは小さく鼻をひくつかせると、ぴょんと跳ねて草むらへと駆けていった。
「……さて、これからが本番だ」
カナデの瞳が好奇心で輝く。ふわりと尻尾が跳ね上がった。
「それでそれで? 何をするのにゃ?」
「集めた仲間に、ちょっと手伝ってもらうんだ」
レインは柔らかく笑うと、彼女にだけ聞こえる声で小さく呟いた。
「――一人じゃできないことも、仲間がいればできるからな」
レインの命令を受けて、うさぎは一目散に草むらへ走っていく。
しばらくして、同じようなうさぎが群れを成して戻ってきた。
「おーっ、もふもふ天国だぁ♪」
カナデは飛び跳ねそうな勢いで目を輝かせている。
「で、こいつら全員と仮契約する」
「へ?」
カナデの声が裏返ったのも気にせず、レインは短い詠唱で一気に契約を済ませていった。
「よし。お前たち、この辺に生えている薬草を探して、俺のところに持ってこい。食べたりしないようにな?」
「「「キュイッ!」」」
小さな群れが一斉に声を上げると、もふもふの背中が草むらへ散っていった。
「とまあ、こんな感じで、小動物を複数テイムすることで、簡単に薬草を集められるってわけだ」
リーンはどこか懐かしそうに目を細めた。
「いつものレインの得意技ね。これ見るとビーストテイマーのありがたみを感じるわ」
だが、カナデだけは息を呑んだまま固まっていた。
「どうしたんだ?」
「ど、どういうこと……?」
「なにが?」
わなわな震えるカナデに、首をかしげるレインとリーン。
「小動物とはいえ、複数の動物を……三十羽のうさぎをテイムするなんて、聞いたことがないんだけど……」
「え? そうなのか?」
「普通のビーストテイマーには、とてもじゃないけどできないよ……? ど、どういうこと???」
言葉を切るたびに、カナデの猫耳がぷるぷる震える。
そのとき、咥えた薬草を持って帰ってきたうさぎたちが、レインの足元に次々と薬草を並べ始めた。
「おっ、来た来た……」
レインは何事もないかのようにうなずく。
「すごい……こんな細かい命令にちゃんと従ってる……しかも、薬草を傷つけずに咥えて……え? え? ど、どういうこと???」
「そんなに驚くことか?」
「驚くことだよぉ! レインは自分がとんでもないことをしてるって自覚しなよっ!」
カナデが耳をぺたんと伏せて叫ぶ。レインはリーンにも尋ねるが、
「いやあたしに聞かれても。ビーストテイマーってあんたしか組んだことないし」
リーンは肩をすくめて言う。
「うぅ……でも……でも……やっぱり……」
レインの前で、カナデは尻尾を小さく揺らしながら、何かを一生懸命考え込んでいた。
――自分は特別なのかもしれない。
そんな思いが、レインの胸に小さく芽生えかけていた。
◇
平原に群生していた薬草は、レインたちの手によってほとんど採り尽くされていた。
真昼の太陽が草原を照らし、吹き抜ける風に、摘み取られた薬草の青い香りが混じって漂っていく。
新たな収穫を求めて、三人は奥の街道へと歩を進めた。
街道沿いの斜面や道端には、野生の薬草が点々と生えており、種類も豊富だった。
大地に根を張る小さな葉を一つ一つ確認するレインの目は真剣だ。
たかが薬草採取――そう思われがちだが、種類の多さと量はそのまま報酬に直結する。
少しでも無駄を出さぬよう、レインは野犬たちへと視線を向けた。
「よしっ、お前たち、行ってこい!」
一声で命じられた十頭ほどの野犬が、勢いよく尻尾を振り、草むらを縫うように駆け出した。
獣たちはまるで訓練された軍隊のように散開し、鼻先を土に擦り付けながら、薬草の群生地を探っていく。
カナデは、そんな光景を見て耳を伏せると、声を張り上げた。
「だから、おかしいにゃあああああっ!!!?」
彼女の叫びに、木々の葉がざわめき、小鳥が一斉に飛び立った。
レインは苦笑して、野犬の背中を目で追いながら肩をすくめる。
「何度も言っただろう? 今まで普通にやってきたことなんだ。俺にとっては当たり前の事なんだけど」
「レインの『当たり前』は絶対におかしいと思うよ……にゃ?」
カナデはぷいと顔を背けたが、その大きな猫耳が風を切ってピクリと揺れた。
何かに気づいたらしい。明後日の方向をじっと睨み、耳をそちらに向けている。
風の向きが変わり、遠くの道から微かに怒鳴り声と、誰かの悲鳴が混じって聞こえてきた。
「レイン、リーン。あっちの方で何か騒ぎが起きているよ。怒鳴り声とか悲鳴とか、そういうのが聞こえる」
リーンは口元を手で押さえ、視線を鋭く街道の奥へ向けた。
「他の冒険者による揉め事か?」
レインの問いに、リーンは首を横に振り、言葉を選ぶように唇を噛む。
「いえ、多分だけどこれは⋯」
遠くで鳴る獣の鳴き声と、ひび割れた男の笑い声が、風に乗って木立の間を抜けてくる。
ただの小競り合いでは済まない気配があった。
レインはリーンと視線を交わすと、小さく息を吐き決意を込めた。
「行ってみよう」
「ええ」
「うんっ」
すぐに野犬たちへと念話のように指示を飛ばすと、レインは素早く手を振った。
犬たちは遠吠えのような声を一つだけ上げてから、再び草むらに散り、任務を遂行するべく動きを変える。
「だから、そんな複雑な命令、普通はできないんだからね……?」
カナデは呆れ半分の声でつぶやき、肩をすくめた。
彼女の耳と尻尾は、すでに緊張でピンと張っていた。
◇
街道を少し進むと、鬱蒼とした林の影から、問題の一団が見えた。
砂煙を上げて止まっている馬車が一台。
御者台には怯えた顔の老人、馬車の脇には腰を抜かしたような商人風の男が座り込んでいた。
そして二人を取り囲むように、十二人の武装した男たちが立ち塞がる。
その中の一人が、血走った目を剥き出しにして下品に笑った。
「ぎゃはははっ、護衛に逃げられるなんて、ついてないなあ!」
盗賊たちの武器は血錆びた剣や斧、粗末な棍棒ばかりだが、その目つきと立ち居振る舞いは明らかに常習者のそれだった。
薄汚れた布切れのようなマントの背には、獣の牙を象った黒い紋章――『漆黒の牙』の証が縫い付けられていた。
「『漆黒の牙』……? なんだ、盗賊団の名前か?」
レインは木陰に腰を落とし、低く息を潜める。レインとリーンはつい先日まで勇者パーティーにいたため、情報に疎かった。魔王討伐の旅に集中していた為、仕方ないっちゃないのだが。
カナデが尻尾を丸めたまま頷いた。
「聞いたことあるよ。かなり人数の構成員がいて、残虐非道で有名なんだよ。全体の組織の規模も大きくて全貌はわからない。しかも魔族との繋がりもあるんじゃないかって噂まであって、何度も賞金をかけられてるんだって」
「へぇー、意外と情報通なのねあんた」
リーンがひそやかに笑うと、カナデはプイと視線を外した。
「旅をするには情報は大事だからね」
「情報は持っていても、食べ物は持っていないわけね」
「にゃう……」
鋭い突っ込みに、カナデは言葉の矢が胸に刺さったようなリアクションをした後、尻尾をしゅんと萎ませる。
リーンはレインへ目をやり、真剣な声で問うた。
「レイン、どうする? 助けを呼びに行く?」
「……いや、ダメだ。そんなヒマはなさそうだ」
馬車の周囲では、盗賊たちの剣先が揺れ、今にも人質を刺しそうな気配だった。
商人は歯をガチガチと鳴らし、御者は小さく嗚咽を漏らしている。
「俺達でなんとかしよう」
「いいの? 相手は、賞金をかけられている、大規模な盗賊団だよ?」
「そんなこと、どうでもいい。あの人を見捨てることなんて、俺にはできない」
レインの声には一切の迷いがなかった。
「全く、あんたった本当にお人好しね」
リーンは苦笑混じりに肩をすくめ、杖の先に小さく光を灯す。
レインは素早く二人に指示を飛ばした。
「カナデは、あの商人の保護を。周囲の連中は、俺とリーンがなんとかする」
「りょーかい!」
「分かったわ!」
レインは深く息を吸い、木陰の中で手をかざして合図を送った。
「合図でいくぞ? 3……2……1……今っ!!!」
草むらを踏み割る音が、盗賊たちの耳に届くと同時に、カナデが影のように駆けた。
地面を這うように滑り込み、一瞬で盗賊の背後を取る。
「うにゃんっ!!!」
乾いた打撃音と共に、商人を取り囲んでいた二人が呻き声を上げて崩れ落ちた。
地面に血の滴る剣が転がり、砂埃に埋もれる。
「レイン!」
「任せろ!」
レインも低く身を沈めながら盗賊に肉迫し、振り下ろされる剣を軽々とかわして、拳を鳩尾に叩き込む。
骨の軋む音と、男の肺から漏れるうめき声が響く。
背後ではリーンの魔法が刃のように光を放ち、敵の武器を叩き落とす。杖先から放たれる魔力は風に巻かれて、周囲の木々を揺らした。
レインは無駄な力みを一切見せない。
盗賊が斧を横薙ぎに振るえば、身をひねってすれすれで躱す。そのまま相手の懐に潜り込むと、的確に関節を砕く一撃を叩き込んだ。
「すごいにゃ……」
カナデはそんなレインに対し驚いていた。
「ふっ!」
レインの拳が盗賊の腹を貫くように打ち込まれ、また一人が地面に転がった。背後から襲いかかった敵は、リーンの放った魔法に吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。
最後の一人を地面に沈めると、レインは荒い息を整え、盗賊たちを見下ろした。
倒れ伏した盗賊たちは呻き声を上げるばかりで、もう二度と立ち上がる力は残っていない。
「カナデ、リーン。そっちは大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ!」
「こっちも問題ないわ」
商人は震えたまま、レインたちに視線を向けていた。
「よし。ありがとうな。カナデが人質の救出を。リーンが援護してくれたから存分に戦うことができた」
「……それにしてもレインって思ったより全然強いんだねー! ビーストテイマーって普通戦闘はしないはずなのに」
意外そうに目を丸くしてカナデが言う。カナデの言うようにビーストテイマーといえば後衛職というイメージがある為、驚くのも無理はない。
「格闘技には、そこそこ自信があるんだよ。時に、力ずくで動物を従わせる時があるからな。そういう時のために訓練をしたことがあるんだ」
遠い昔の、パーティーの片隅で黙々と鍛錬していたレインの背中を、リーンはふと思い出した。
カナデはレインに駆け寄り、しっぽを揺らしながら頬を染めた。
「レイン、かっこよかったよ♪」
そんな言葉を受けたレインは、少しだけ気恥ずかしそうに微笑んだ。