勇者パーティーを追放されたビーストテイマーと魔法使い   作:海原凛

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第3話 覇契

 

 

 

 荒れ果てた街道に、ようやく静寂が戻っていた。

 抜けるような青空から降り注ぐ陽光は、倒れ伏した盗賊たちの影をくっきりと地面に刻んでいる。

 街道脇の草むらでは、かすかな風に揺れる草花が、さっきまでの激しい戦いが嘘だったかのように穏やかに揺れていた。

 

 その中を縫うようにして、レインはゆっくりと足を進めていった。

 目指す先には、荷馬車の脇に立ち尽くす男の姿があった。砂埃にまみれ、青ざめた顔で震えるその姿は、昼の陽光の下でも、なお影を纏っているようだった。

 

「大丈夫か」

 

 声をかけられた商人は、はっと我に返ると、肩を大きく震わせて目を見開き、慌てて頭を深々と下げた。

 太陽に照らされた額に、冷や汗が光っている。

 

「は、はい……危ないところを助けていただき、本当にありがとうございます!」

 

 感謝の言葉を口にしながらも、商人の声には恐怖の余韻が色濃く残っていた。

 レインは小さく息を吐き、荷馬車の影から御者の様子を目で確かめた。

 まだ動けるようだ。二人とも無事で何よりだと胸の奥で安堵する。

 

「怪我はしていないよな」

 

 商人は身を震わせながらも、しっかりと首を振った。

 

「はい。私も御者も無事です。ですが……まさか、こんなところで襲われるとは……」

 

 街道の先を見やれば、陽炎にゆらめく道の上に、倒れた馬と散乱した荷物が晒されている。

 レインは小さく眉をひそめ、盗賊たちの姿に目を向けた。

 

「護衛は?」

 

 問いかけに、商人の顔が苦渋に歪む。

 

「……雇っていたのですが、不利になると逃げてしまいまして」

 

 言い訳のような言葉が、乾いた昼の空気に虚しく響く。

 レインは肩をすくめ、小さく息を吐いた。

 

「それはまた……ひどい連中だな」

 

 青空の下、すでに熱を帯び始めた地面を踏みしめながら、レインは何かを考えるように遠くを見つめた。

 商人は唇を震わせ、視線を戻す。

 

「もう過ぎたことです。それよりも……」

 

 商人はさっと目を伏せると、震える声で先程の盗賊の言葉を思い返した。

 

「『漆黒の牙』……そう言っていました。もし本当に、あの『漆黒の牙』なら、私たちは早く逃げないと……!」

 

 その名を口にした瞬間、背筋に走る冷気は、昼間の太陽すらかき消すかのようだった。

レインは小さく首を傾げる。

 

「そんなに厄介な連中なのか?」

 

 問いかけに、商人は力なく頷くと、荷馬車をかばうように立ち直った。

 

「ええ。奴らは血も涙もない盗賊団。獲物を見つければ皆殺し。逆らう者にも容赦なく、腕の立つ者たちが多くの冒険者を返り討ちにしています。今や、幾つもの国に指名手配されている連中です」

 

 遠くで草むらを渡る初夏の風が、まだ血の匂いを薄く運んでくる。

 レインは黙って商人の話を聞きながら、心の奥で小さく呟いた。

 

(そんな奴らに、喧嘩を売ってしまったわけか……)

 

 だが、その表情に迷いや恐れはなかった。

 むしろ目の奥は、昼の光のように静かに燃えていた。

 

 その時だった。

 伏していた盗賊の一人が、口の端を吊り上げて笑った。昼の静寂に、乾いた声が響く。

 

「く、くくく……てめえらは、もう終わりだ……その顔、ばっちり覚えたからな……家族も、友人も、全部皆殺しにしてやるよ……」

 

「それは脅しか」

 

 レインの声は、真昼の陽光の下でさえ冷たく澄んでいた。

 怒気の代わりに、無慈悲な氷のような静けさが漂う。

 

「違ぇよ。これから起きる事実だ……ざまあみやがれ……!」

 

 盗賊の笑い声が止むと同時に、商人の顔から血の気が引き、カナデは耳と尻尾を逆立てて今にも飛びかかりそうになる。

 しかし、リーンだけは静かに瞳を伏せ、考えを巡らせていた。

 

「……なら、全員捕まえるか」

 

「「は?」」

 

 昼間の空に似つかわしくない、間抜けな声が二人の口から同時に漏れた。

 しかし、リーンだけは表情を変えず、杖を握り直す。

 

「そうね」

 

 落ち着き払ったその一言に、商人とカナデは言葉を失う。

 

「い、今、なんと……?」

 

「言った通りさ。こんな危険な連中を放っておくわけにはいかない。後で復讐に来られたら面倒だ。今のうちに潰しておく」

 

 商人は唇を震わせたまま、言葉を探すように視線を泳がせた。

 リーンはそんな様子を横目に見つめ、静かに口を開いた。

 

「奴らの隠れ家が近くにあるのなら、放っておく手はないわ」

 

 レインも頷き、血の跡が残る街道を振り返る。

 

「襲撃のやり口からして、ここを通る商隊を狙って拠点を築いてるはずだ。根を絶てば、この辺りの被害も減る」

 

 カナデは耳をぴんと立て、しっぽを揺らしながら目を輝かせた。

 

「やっちゃおう!どうせ後で追われるくらいなら、こっちから行ったほうが早いにゃ!」

 

 商人は驚いたように顔を上げた。

 

「し、しかし……奴らは数も多いはずです!どうか無理だけは……!」

 

 レインは小さく笑って肩をすくめた。

 

「無茶はしないさ。無計画に突っ込むわけじゃない。リーン」

 

「ええ。レインが囮になるわけじゃないから安心して」

 

 リーンは杖を軽く掲げ、目を細めた。

 

「このあたりで隠れ家にできそうな場所……何か心当たりは?」

 

 商人は慌てて考え込み、小さく指を立てた。

 

「こ、ここから北の森を抜けた先に、大きな洞窟があります! 昔は鉱山だったと聞きますが、今は廃坑で……噂では『漆黒の牙』がそこを根城にしていると……!」

 

 レインの瞳が静かに光を宿す。

 

「決まりだな」

 

 初夏の風が草むらを渡る中、リーンもまた、杖を握る手に力を込めた。

 

「今のうちに仕留める。放っておけば面倒が増えるだけだもの」

 

 カナデは尻尾を高く掲げ、口元をにやりと吊り上げた。

 

「安心して!いざという時は私が前に出るにゃ!」

 

 昼の陽炎に揺れる道の先に待つのは、危険な牙か、それとも新たな希望か。

 レインたちは互いに短く頷き合うと、北の森へ向かって静かに街道を離れた。

 

 

 

 

 

 

 捕らえた盗賊を縄で縛り上げ、商人に引き渡した後、レインたちは尋問で得た情報を頼りに街道を外れ、真昼の陽光がまだ木々の間に差し込む森の奥へと分け入っていた。

 

 昼の森は葉の隙間から木漏れ日が降り注ぎ、小鳥の声が微かに聞こえてくる。

しかしその中に、カナデの鼻先を擽る獣臭と人の匂いが混じっていた。

 

「……見つけた。あそこだよ」

 

 カナデの指先が示す先、木々の影を縫うように黒い洞窟の入口がぽっかりと口を開けていた。

 陽の光が洞窟の手前で途切れ、そこだけ不気味な闇が広がっている。

 

「間違いないか?」

 

「うん。洞窟からたくさんの声が聞こえるし、『漆黒の牙』がアジトにしてるって噂もあるから、ここで間違いないと思う」

 

 レインは木漏れ日を背に受けながら、洞窟前の見張り二人を目で追った。

 時折風が吹き抜け、枝葉を揺らすたびに影が揺れ、見張りたちの動きを覆い隠す。

 

「……突っ込むのはやめておこう。正面突破は無謀だ」

 

「そ、そうだよね。今回は私が前に出るって言ってたけど……さすがに無茶はダメだよ」

 

 不安そうに尻尾を揺らすカナデに、レインは視線を森の上へと向けた。

真昼の空に、一匹の蜂が光を受けて羽を震わせているのが見えた。

 

「よし、いたっ」

 

 レインは手をかざし、小さく印を結ぶと蜂と仮契約を結んだ。

 

「……え? 蜂と契約したの? レイン、それはちょっと……虫はビーストじゃないよ?」

 

 驚くカナデの横顔に、レインは昼の光を受けて微かに笑った。

 

「インセクトテイマーって知ってるか?」

 

「え? あ、うん。ビーストテイマーの昆虫版でしょ? まさか……」

 

「実は、一時期だけだけどインセクトテイマーとしての訓練もしてたんだ。だから、こういうのも多少は扱える」

 

 木漏れ日の中で、カナデの猫耳がぴくりと揺れた。

 

「えええ……!? 二つの職業を……!」

 

 その驚きも束の間、レインの周囲に数十、数百の蜂――“アールビー”が群れを成して集まってくる。

 昼の光の中で、無数の翅が虹色に光を反射させた。

 

「でも、完璧ってわけじゃない。あくまで使役の基本ができる程度だ。ほら、他の仲間とも仮契約できた」

 

「うそでしょ……そんなにたくさん……?」

 

 思わず目を見張るカナデに、レインは短く説明を続けた。

 

「こいつらは“アールビー”って呼ばれてる特殊な個体だ。麻痺毒を持っていて、標的を巣に持ち帰る習性がある」

 

 カナデは一度目を伏せて考え込むと、すぐに納得したように小さく頷いた。

 

「あ、なるほど……つまり、その蜂たちでアジトを強襲するつもりだね?」

 

「その通り。正面突破は危険すぎる。でも、空からの奇襲なら話は別だ」

 

「なるほど……さすがレイン。……でも、捕まえるのはどうするの?」

 

 問いかける彼女に、レインは真昼の光に包まれながら隣のリーンに視線を向けた。

 

「俺とリーンだけじゃ手が足りない。だから、カナデ。悪いけど街に戻って冒険者や兵士を集めてくれ」

 

 カナデは少しだけ視線を落とし、不安げに唇を結んだが、すぐに顔を上げて力強く頷いた。

 

「……うん、わかった。でも、気をつけてね? レインも、リーンも、無茶はしないで」

 

「約束するよ。無理だと思ったらすぐ逃げる。絶対にだ」

 

 短いやり取りの後、カナデは振り返りながら何度も視線を投げ、陽の光に溶け込むように森の奥へ駆けていった。

 

 残されたレインは、隣で静かに杖を握るリーンと目を合わせる。

 昼の空を貫く蜂たちの羽音が、静かに森を震わせていた。

 

「……やるぞ、リーン」

 

「ええ、いつでもいいわ」

 

 レインは空を仰ぎ、小さく息を吸い込むと瞳を閉じた。

 陽光が彼の背を押すように降り注ぐ中――

 

「――いけ、アールビー」

 

 号令と共に、蜂たちの翅が唸りを上げ、一斉に洞窟へ向けて飛び立った。

 真昼の静寂が、一瞬にして羽音の奔流へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 数百匹ものアールビーを盗賊団のアジトへ放ち、突入させてから、すでに一時間が経過していた。

 

 洞窟の外では、レインとリーンが待機し、じっと様子を窺っている。

 リーンは杖を握り、紫の瞳を細めて周囲の気配を探っていた。

 彼女の鋭敏な感覚があるおかげで、不意打ちへの不安は幾分か和らぐ。

 

「なんだか……前にも似たようなことがあった気がするわね」

 

 リーンがつぶやくと、レインは小さく笑みを浮かべて頷いた。

 

 かつて勇者パーティーにいた頃、旅の途中で立ち寄った村が野盗に襲われていたことがあった。

 勇者アリオスは助けを求める村人に背を向け、他の仲間たちも無関心だった。

 だが、レインだけは村人の声を無視できず、独りで立ち向かった。

 そのときも、リーンは黙ってついて来てくれた。

 あの時と同じ――二人の絆が、今もこうして繋がっている。

 

「そろそろ行くか」

 

「ええ、もう大丈夫そうね」

 

 二人は目を合わせ、小さく頷き合うと、ひんやりとした洞窟の中へと足を踏み入れた。

 

 中はすでに修羅場と化していた。

 床には数多の盗賊が倒れ伏し、痙攣しながら呻き声を漏らしている。

 アールビーの猛毒が回り、立ち上がる力すら残っていないのだ。

 

「……これなら、安全に捕らえられるな」

 

 レインは洞窟の隅々まで目を配り、残党がいないかを確かめた。

 リーンも念のために杖を構えながら、小さく息を吐いた。

 

「後は……カナデ次第ね」

 

 その言葉に応えるかのように、外から元気な声が響いた。

 

「おーーーいっ、レインー! リーンー! 連れてきたよーーー!」

 

 カナデの軽やかな足音と共に、複数の人影が洞窟前に集まってくる。

 彼女も無事に、冒険者や兵士たちを引き連れてきたようだった。

 

 洞窟の外へ出たレインとリーンは、集まった冒険者たちに状況を説明する。

 最初は訝しげだった者たちも、毒に倒れた盗賊の群れを目の当たりにし、目の色を変えた。

 

 すぐさま捕縛の作業が始まり、次々と縄で縛られていく盗賊たち。

 レインたちはその様子を三人並んで静かに見守っていた。

 

「にゃふぅ……走りすぎて疲れちゃったにゃ……」

 

 カナデが尻尾をくたっと落として息を吐く。

 レインは笑って、そっと彼女の頭に手を置いた。

 

「お疲れ様。助かったよ。タイミングもばっちりだった」

 

「えへへ〜♪ 褒められちゃった〜」

 

 撫でられた猫耳がぴくぴくと動き、カナデは満足げに目を細めた。

 そんな様子を見たリーンが、小さく肩を竦めて呆れたように呟いた。

 

「また撫でてるし……」

 

 レインは気まずそうに視線を逸らしたが、すぐに口元に苦笑を浮かべた。

 

「ほら、カナデってつい撫でたくなるような、えっと」

 

「ふん……まったく」

 

 緊張の解けた空気に、誰もが安堵の息を吐いた。

 だが、束の間の静けさを破ったのは、カナデの鋭い耳だった。

 

「……ん?」

 

 耳がぴくりと動き、表情が険しく変わる。

 

「どうした?」

 

 洞窟の空気が一変した。

 カナデが耳をぴんと立て、低く唸るように言葉を漏らした。

 

「この気配……まずいよ、レイン!」

 

 言葉の直後、洞窟の奥から悲鳴と共に轟音が響いた。

 レインとリーン、カナデは顔を見合わせると、一気に駆け出した。

 

 辿り着いた先で彼らが目にしたのは、洞窟の奥を埋め尽くすように蠢く魔物の群れだった。

 

 暗闇の中で光る無数の目が、三人を鋭く睨みつけている。

 牙を鳴らし、低く喉を震わせる咆哮が、洞窟の奥から押し寄せてきた。

 

「くっ……これが隠し玉ってわけね。盗賊の飼い魔物か、それとも……」

 

 リーンが杖を構え直し、紫の瞳がかすかに揺れた。

 レインも折れた短剣を持ちながら、前に出ることはせず背後の壁を探る。

 

「リーン、前を頼む。俺は後ろを抑える」

 

「分かってる」

 

 先陣を切るのは、あくまでリーンの魔法とカナデの鋭い爪だった。

 洞窟の中に魔力の光がきらめき、放たれた魔弾が一体の魔物の足を撃ち抜く。

 

「はっ!」

 

 カナデが素早く跳び込み、獣のように身をひねって魔物の首筋へ爪を突き立てた。

 血飛沫が地面に散り、鋭い悲鳴が響く。

 

 だが、数は多い。

 一体倒しても、次の影がすぐに足元から這い寄ってくる。

 

「硬い……レイン、剣!」

 

 カナデが叫び、近くの地面に転がっていた盗賊の剣を蹴り寄せた。

 レインは短く頷き、それを握り直して背後に迫る魔物を何とか斬り払う。

 

「……っ!」

 

 だが、人間相手とは違う。

 刃が鱗に弾かれ、攻撃は浅くしか通らない。

 魔物が振り下ろした爪が剣を受け止め、そのまま刃を粉々に砕いた。

 

 レインの手の中で、使える武器がまた一つ失われる。

 

「……くそっ、俺じゃ……!」

 

 レインは息を切らしながらも、決して前に出ようとはしなかった。

 少しでも間合いを保ち、あくまでリーンとカナデを支援する位置に踏みとどまる。

 

 そんな中、目の前の魔物が勢いを増して迫った瞬間――

 カナデが鋭く空気を裂いて飛び込んだ。

 

「任せて! レイン、下がってて!」

 

「カナデ、待っ――」

 

 言いかけた言葉は届かない。

 カナデは獣の勘を信じ、間合いに飛び込むと魔物の喉笛を狙って爪を振るった。

 

「これで……!」

 

 魔物の体が倒れる。

 カナデはにっと笑い、レインへ向けて振り返った。

 

「だいじょ――」

 

 その背後。

 洞窟の奥の闇から別の魔物が音もなく飛び出してきた。

 

「カナデ、後ろ!」

 

 リーンの叫びと同時に、レインの身体が自然と動いていた。

 剣も短剣も残っていない。

 レインは咄嗟にカナデの背中を抱き寄せると、反対の拳を振り抜いた。

 

「ぐっ……!」

 

 拳が魔物の顎に叩き込まれる。

 骨を砕くような鈍い音が響き、巨体の魔物が弾かれるように洞窟の壁へと叩きつけられた。

 

 カナデの瞳が、驚きで大きく見開かれる。

 

「レイン……今の、素手で……?」

 

 レイン自身も、息を荒くしながら拳を見つめた。

 普通なら、人間の拳で通じるはずもない。

 だが、確かに硬い鱗を砕き、魔物を吹き飛ばしたのだ。

 

「……おかしいな……」

 

 カナデは助けられた背をさすりながら、ふと自分の手の甲に目を落とした。

 そこには微かに光る模様が、皮膚の下から浮かび上がっている。

 

「……これ……」

 

 リーンが魔物を蹴散らしながら、一瞬だけ視線を二人へ向けた。

 淡い光を帯びた紋様が、カナデの手に確かに刻まれている。

 

「カナデ、その印……」

 

「レインと……繋がった……?」

 

 カナデの猫耳が小さく震えた。

 二人の間に、今までにはなかった何かが生まれつつあった。

 

 しかし、魔物の咆哮は止まない。

 洞窟の奥から、さらに深い影が蠢いていた。

 

「話は後だ!今は抑えるぞ!」

 

「う、うん……!」

 

 カナデが空中から鋭い蹴撃を、目の前の魔物の頭に叩き込んだ。

 リーンは息を整え、杖先から雷撃の魔弾を正確に撃ち込む。

 

 大きく体勢を崩した魔物に、レインはもう一度拳を握り直した。

 手の甲に浮かぶ紋様から漏れる光が、確かに身体の奥に力を与えている。

 

「これでも、くらえ!!」

 

 地響きを伴う一撃が魔物の顎を砕き、

 鈍い音を立てて巨体は呻き声を残し、崩れ落ちた。

 

 その場に残った冒険者たちは、信じられないものを見るように目を見張っていた。

 

「素手で……!」

 

「なんだ、あの力は……」

 

 誰かの震える声が暗がりに反響する中、レインは自分の拳をじっと見つめた。

 

 ――何が起きたのか。

 

 だが、答えを探すのは後だ。

 

 洞窟の奥で揺れていた影が新たに姿を現した。

 さらに複数の魔物が、地を這うようにゆっくりと這い出してくる。

 

「嘘だろ……!」

 

 誰かが呻く声を背に、リーンが肩を小さくすくめた。

 

「めんどくさい数ね……」

 

 カナデが苦笑して尻尾を揺らす。

 

「にゃふー……でも、やるしかないにゃ!」

 

 レインは光を宿す手を握り直した。

 かつて勇者パーティーでは得られなかった確信が胸にある。

 

 ――この仲間たちとなら、乗り越えられる。

 

「無理だ……あんなの相手に……!」

 

 怯えた冒険者の肩に、レインはそっと手を置いた。

 

「逃げろ!お前たちは捕まえた盗賊を連れて外に出ろ!ここは俺たちが抑える!」

 

 カナデがにこっと笑い、リーンが横目で睨んだ。

 

「早く行きなさい。あたしたちは絶対に負けない」

 

 冒険者たちは唇を噛みしめ、無言で頷くと仲間を連れて洞窟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ――そして数刻後。

 

 洞窟の奥から響いていた咆哮が静まり返った頃、

 外で待つ冒険者たちの前に現れたのは――

 血と土埃にまみれながらも、誇らしげに肩を並べる三人の姿だった。

 

「生きてる……!」

 

 一瞬の静寂の後、歓声が洞窟の前に広がった。

 

「おおおおおおおおおっ!」

 

 拳を掲げる者、涙を拭う者――

 誰もが三人を英雄のように迎えた。

 

 レインは小さく息を吐き、

 そっと隣のリーンとカナデを見やった。

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