ありふれた癌   作:Matto

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10:帰り道

「何はともあれ、捌くか」

「……それ、食べるの?」

 

 

 よっこいせ、と慧斗は大蠍の身を担ぎ上げ、甲殻の隙間に剣鉈を差し込んだ。何食わぬ顔でべきべきと甲殻を剥いでいくその姿を見たユエが、ドン引きした様子で零した。

 

 

「貴重なタンパク質だ。食えるなら食う」

「魔物の肉は……人間には毒、じゃないの……?」

「色々あって、条件付きなら食えるようになった。めちゃくちゃしんどいけど」

 

 

 端的に答えると、慧斗は作業を続けた。ユエの魔法がよほど強烈だったのか、中身の肉もいい具合に焼けている。

 

 

「『人間には毒』っていうと、魔人族にとってはそうでもねえの?」

「……そう。魔人は、強い魔力を持っているから、魔物の魔力に打ち勝てる……魔物の魔力を取り込めば、強くなれる……効率は、あんまりよくないけど……」

「ふーん……ん? それ、人間族でも同じことが言えるわけ?」

 

 

 何とも便利な話だが、前線の魔人たちはどうしているのか、ふと気になった。魔物の肉を食らい力を溜めているのか、それとも何らかの理由で食っていないのか。

 ……遥か後の話になるが、魔人族側でも「単純に不味くて食えたものではない」「好んで食う奴は頭がどうかしている」という事情が発覚し、慧斗は激しいショックを受けることになる。

 

 

「たぶん……でも、人間だと、魔物の魔力にやられると、思う……」

「で、()()の出番なわけか」

「あれ?」

「なんか魔力の水が湧き出す鉱石があってな、それで何とか毒素を中和してきたんだわ。その引き換えが、この身体」

「……大変、だね……」

「まあな」

 

 

 ユエの辛そうな言葉を、慧斗はさらりと流した。命あっての物種、という奴である。それで流せる程度の苦痛だったかどうかは怪しいが。

 

 

「まあちょうど良かったわ。――さあ飲め、ユエ」

 

 

 慧斗は剥いでいる最中の肉をぐいと持ち上げると、ユエに向かって差し出した。ユエはドン引きした。

 

 

「……それの、血を……? 直接……?」

「うん。血抜きのついでにちょうどいいし。お前も魔力補給したいだろ」

「……鬼……?」

「吸血()に言われたかねーわ」

 

 

 明らかに厭そうな表情を浮かべるユエに対し、慧斗はあくまでも頑と突き出した。

 ユエは明らかに緩慢な歩みで大蠍に近づくと、ものすごく厭そうな表情で大蠍の肉にかぶりつき、その血を吸い始めた。

 

 

「お味は?」

「…………おいしくない」

「あら残念」

 

 

 僅か二秒ほどで口を離したユエは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。どうやら、相当に不味いらしい。俺の時はたっぷり数秒吸い上げたくせに……と文句を言う資格が慧斗にあるのか、どうか。

 

 

「ケイトの血の方が、好き……」

「色んな意味で嬉しくない言い方やめてくんないかなあ!?」

 

 

 慧斗はいまや、魔物もどきに変生した身である。そんな血が美味いと言われても嬉しくないし――いや待て、そもそも血が美味しいって言われて嬉しいか?

 それはともかく。一通り甲殻を剥ぎ切り、持てるだけの肉を抱えた慧斗は立ち上がった。

 

 

「よっこいせ、と。――仕方ねえ、また戻るか」

「例の、魔力の水のところ?」

「そ。食うにあたって、避けられないからな」

 

 

 せっかく脱出する決心をしたのに、まさかこんな短時間で引き返すことになるとは。そんな後悔に似た感情を、慧斗はぐっと心の奥底に仕舞った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 暗闇を照らしながらえっちらおっちら歩き、辿り着いた階段を昇る。その後くねくねと道を進み、たまに迷いながら、二人は落盤した元拠点へ辿り着いた。

 

 

「……これ……!」

 

 

 その奥に鎮座する青白い鉱石に、ユエは目の色を変えた。

 

 

「何か知ってんのか」

「“神結晶”――そこから湧き出た水は“神水”と言われて、あらゆる傷を癒すって……」

「え、そんなすごいモノだったの!?」

 

 

 その説明に、度肝を抜かれたのは慧斗の番だった。なるほど普通の水ではないと思っていたが、よもやそんな貴重品だったとは……

 

 

「……食べるだけなら、私の魔力操作で()()こともできるけど……」

「先に言えよ馬鹿野郎!! これ食うのめちゃくちゃしんどいんだぞ!!」

「でも、こっちはとても貴重。このまま置いておくのは、惜しい」

 

 

 慧斗の悲鳴混じりの怒声を置き去りに、ユエの関心は神結晶とその神水に向いていた。

 確かに、そんな貴重品なら貰っておきたい。今後何が起こるか分からない以上、備えは増やしておきたい。

 

 

「じゃあどうすっかなー……ひとまず、この肉は魔力を抜いてもらって――それはそれとして、この水は回収しておきたいな」

「……容器は……?」

「それなんだよな。どうやって調達するか……」

 

 

 ユエの問いに、慧斗はうーんと唸った。こんな迷宮の奥底で、よもやガラス瓶など作れるはずもない。

 とここで、ひとつの思い付きが生じた。

 

 

「――ユエ。お前、鉱物の精製とかできるか」

「?」

「お前の魔法で、この辺の鉱石から容器を作れるかって話」

「……錬成魔法……? できないことも、ないけど……苦手」

「ええー……」

 

 

 が、そんな慧斗の目論見は儚く挫けた。無詠唱で大魔法を行使できるユエならば、あるいは――と思ったが、やはり向き不向きはあるものだろう。

 

 

「鉱石を掘って、細かく砕いてくれたら、できるかも」

「お前それしれっと俺に押し付けてるだけだよなあ!?」

 

 

 何しろ一番面倒臭い作業である。その気になればユエ一人でもできそうなものを、よくもまあ平然と言えたものである。

 

 

「欲しいって言ったのは、ケイトだし」

「いいよ分かったよちくしょう! その辺でガリガリやってくるから、お前その肉の魔力抜いといて!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「“砕け”、“砕け”、“砕け”、“砕け”“砕け”“砕け”“砕け”“砕け”“砕け”…………あ゛ー疲れた!」

「お疲れさま」

 

 

 魔力を抜いてもらった大蠍の肉を平らげたのち、ずっと同じ姿勢で鉱石の破砕を繰り返してきた慧斗は、うがあーと背伸びした。

 適当な岩から鉱石を切り出し、土魔法で細かく砕いていく。質や形状が均一になるように、破片よりもなお細かい顆粒状になるまで。しかも適切量が分からないため、とにかく大量に。そもそも、そんな精緻な作業は慧斗の得意とするところではない。疲れた。ものすごーく、疲れた。

 

 

「うん……このくらいあれば、できると思う」

 

 

 そういうと、ユエは早速顆粒の山に手を伸ばし、錬成を始めた。しゅるりと顆粒の山から一部が舞い上がり、見る見るうちに成形されていく。あっという間に、細長い瓶ができた。

 

 

「どのくらい?」

「多くて、二十本」

「二十かあ……」

「もっと欲しければ、頑張って」

「あーもー厭な言い方するなあちくしょう! 分かったよ二十で我慢するよ!」

 

 

 あくまでも破砕作業をやらせようとするユエに、慧斗はがああーと唸った。もういやだ。疲れるし腰が痛いし眼精疲労も辛い。

 ここからはユエの作業。事前の言葉に反して、しゅるしゅると慣れたように瓶を作っていく様子を見届けると、慧斗は二尾狼を狩るべく、瓦礫の山を登っていった。毛皮をなめしてユエの服(の材料)を作ってやるためである。いくらユエが小柄とはいえ、丈の短いジャケットひとつで歩き回らせるのは忍びない。覆えているのは上半身がせいぜいで、下半身は丸裸である。

 やがて二尾狼を仕留め、そのうちの一頭の亡骸を引き摺って戻ってきたころには、ユエの錬成作業も済んでいた。どっかりと腰を下ろし、二尾狼の皮を剥ぎながら、慧斗はふと切り出した。

 

 

「そういえば、お前の話なんだけど。確か吸血鬼族って、三百年前の大戦で滅んだって話じゃなかった?」

「……そうなの……?」

 

 

 慧斗の質問に、ユエは疑問符を以て返した。

 

 

「それを知らない、と。つまりお前、あそこに三百年以上囚われてたってことか」

「……たぶん……」

 

 

 慧斗の確認に、ユエは曖昧に頷いた。物音ひとつない無辺の暗闇、時間感覚は疾うに狂っているのだろう。その推測が正しければ、肉体や精神が健在であることの方が驚異である。

 

 

「吸血鬼族ってのは、そんなに長命な種族だったのか?」

「……私が、特別。“自動再生”で、歳もとらない……」

「何でもアリだなあ、おい」

 

 

 感心すればいいのか、戦慄すればいいのか。何とも無法な能力に、慧斗はもう思考放棄しかけていた。

 

 

「その“自動再生”ってのは、お前の固有魔法に相当するわけ?」

「そんな感じ……」

 

 

 “自動再生”――文字通り、本人の意志すら超えて肉体を再生させる固有魔法。魔力がある限り再生能力は自動で働き、一瞬で塵にされるほどの攻撃を浴びない限り死ぬことはない。裏を返せば、再生のたびに魔力を消耗し、枯渇した状態で受ければ傷が治らないということでもある。長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、あの大蠍の攻撃を受けていれば、死んでいたということになる。

 

 

「だから、ケイトは……私の、命の恩人……」

「あっそ」

 

 

 ユエの言葉に、慧斗は思わず顔を逸らした。面と向かって礼を言われるのに慣れていない彼には、どう処理したらいいか分からない感情だった。

 とはいえ、三百年封印してようやく枯渇というのだから、その総量たるやすさまじいものだろう。叔父とやらが殺害を諦め、封印に留めたのも無理からぬ話である。

 

 

「で――肝心の話なんだけど、ここがどの辺りか分かるか? あるいは、どこに行けば地上に出られるか、とか」

「……わからない。でも……」

「でも?」

「……この迷宮は、“反逆者”の一人が作った、って言われてる」

「反逆者?」

 

 

 聞き慣れない言葉に、慧斗は疑問符を浮かべた。

 

 

「反逆者……神代に、神に挑んだ、神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとした、って伝わってる」

「ふーん……?」

 

 

 ユエ曰く、神に反逆し、世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたらしい。しかしその目論見は破られ、彼等は世界の果て――のちに言う“七大迷宮”に逃走したという。このオルクス大迷宮もその一つで、奈落の底の最深部には、反逆者の住まう場所があるのだとか。

 

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「……絶妙に胡散臭い」

 

 

 頬杖を突いたまま、慧斗はしかめ面で言った。筋が通るといえば通るし、通らないといえば通らない。神に打ち破られて逃走した反逆者が、わざわざ地上への通路を用意している可能性は――いまひとつといったところだ。

 

 

「真実は、知らない。知りたいなら、そこに行き着いてみせるだけ」

(わー)ってる。(わー)ってるよ」

 

 

 突き放すようなユエの言葉を、慧斗は手を振って遮った。真相を知りたいなら、進むしかない。それはその通りだろう。

 諦めたように肩を落とす慧斗を、ユエがじっと見つめた。

 

 

「ケイトは……どうして、ここにいるの?」

 

 

 ユエの疑問は至極当然のものだった。オルクス大迷宮の奈落の底、激痛と死闘の果てに魔物もどきになった経緯など、容易に推測できるものではない。

 

 

「――……ちょっと長い話になるけど、いいか」

 

 

 ふうとため息を吐いた慧斗は、ぽつりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ひとしきり話した後、慧斗は何だか胸が軽くなった気がした。

 何しろこの十数日間、ずっと一人だったのだ。久々に話し相手ができて、気分が晴れたのだろうか。そう思うと、案外この博打も大当たりだったのかも知れない――と独り納得していた慧斗の耳に、ぐすんと洟をすする音がした。

 

 

「いや何泣いてんだよ」

 

 

 見れば、ユエが目を腫らしてぐすぐすと泣いていた。まさかそんな反応が返されると思っていなかった慧斗は、思わずツッコんだ。

 

 

「……ぐす。ケイト、頑張ったのに……」

「頑張ったって、成らねえときは成らねえもんだよ」

 

 

 ジャケットの袖で涙を拭きながら、ユエは涙声で呟いた。といっても、慧斗自身は特に気にしていない。納得していないといえばその通りだが、とかく思い通りに行かないのが戦争だ。悔やんでいても始まらない。

 

 

「ケイトは……これから、どうするの……?」

「さあ、どうしよっかな。この通りバケモノになってるわけだし、人間社会に復帰できないし、それを押してまで戦争になんか行きたくないし――

 ……帰れないし、なあ……」

 

 

 最後にぽつりと呟いた慧斗の言葉に、ユエが反応した。

 

 

「……帰りたい、の?」

「そりゃまあ。未練だっていっぱいあるし、清算しなきゃいけない不始末だっていっぱいあるし。お前だってそうだろ」

 

 

 ユエの問いに、慧斗は当然のように返した。読みたい本だってたくさんあるし、友達にも会いたい。家業の古武術だって免許皆伝間際だ。散々迷惑をかけておきながら異世界で失踪なんて、碌でもない末路で迷惑をかけるのも堪える。それはユエも同じようなものだろう、と何気なく返したが――

 

 

「吸血鬼族は滅んだ……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……すまん。そうだったな」

 

 

 俯くユエに、慧斗は己の失態を悟った。そうだ、三百年も前に滅んだ以上――彼女の家族も故郷も、存在しない。

 しばらく、沈黙が流れた。

 

 

「――……慰め、って言ったらアレだけどさ。好きなように生きてみたら?」

 

 

 躊躇いがちに呟いた慧斗の言葉に、ユエは顔を上げた。

 

 

「ホラ、滅んじまったってのは辛いことだけどさ――逆に言えば、しがらみから解き放たれたってこったろ? これを機にぱーっと自由になって、好きなように生きてみたらどうよ。

 お前の好きなように。お前の生きたいように。お前が世渡り上手いのか、よく知らないけど」

「ケイトは世渡り下手そう」

「うるさい」

 

 

 差し挟まれた軽口に、慧斗はしかめ面を浮かべた。人がせっかく励ましてやっているというのに……

 ともあれ、『自由に生きる』という選択肢は、ユエの興味を惹いたようだ。彼女は俯いて、しばらく考え込んだ。

 

 

「……好きなように……自由に……」

「そ。面倒なしがらみに囚われないって思うと、ちょっと楽しく思えてくるだろ?」

「……うん。ケイトと一緒なら……」

「そうそう、それで――良くねえよ!?」

 

 

 ユエの微笑みに思わず流されかけた慧斗は、慌ててツッコんだ。

 

 

「何言ってんの!? 何さらっと巻き込んでんの!? 今完全にお前の人生の話だったじゃん! お前がどうしたいかって話だったじゃん!」

「ケイトも帰る場所ないよ」

「ちくしょう痛いところをガッツリ突いてきやがって!」

 

 

 寸隙もなく差し込まれた言葉に、慧斗は脛を蹴られたような気分に襲われた。バケモノと化しているのはよくよく承知で、元の世界に帰るのも期待できないのは覚悟の上だが、それを改めて他人の口から突き付けられるのは辛い。

 

 

「……ま、いいよ。とりあえず、ここ出るまでは保留ってことにしといてやる。

 とりあえず、その『反逆者の住処』ってやつを探してみるか」

 

 

 とにかく、当座の目標は決まった。後はそれに向かって突き進むだけだ。

 

 

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