ありふれた癌   作:Matto

11 / 68
11:伝説の魔人

 そこから先の二十層は、順調に進んだ。

 とかく、ユエの加入による戦力増加が大きい。指先一つで大魔法を行使できる彼女の前に、ほとんどの魔物はなすすべもなく消滅させられ、大した脅威になりはしなかった。

 とはいえ、相応に魔力を消耗するため、定期的に慧斗から吸血している。慧斗はどうしても血抜き役をやらせようとするが、どうやら魔物のほとんどは彼女の味覚に合わないようで、狩った魔物を慧斗が捌き、ユエに魔力を抜いてもらい、慧斗がその肉を食らい、その傍からユエが吸血する、というサイクルが続いている。

 

 

「生き血を飲むと精がつくって言うけどな。その辺どうなの?」

「……ケイトのえっち」

「ブッ飛ばすぞクソチビ」

 

 

 そんなどうでもいいやり取りがあったとか、なかったとか。

 さて、そんな二人の道行き。多少の敵は物ともしない精強ぶりだったが――

 

 

「うおおおおお!?」

 

 

 現在、大量の大蜥蜴に追われていた。

 頭に花を咲かせ、二足歩行で駆ける、奇妙な蜥蜴である。その敏捷さ故にユエの魔法が当たらず、相手をするだけ無駄だと辟易していたところ、何故かその大蜥蜴が群れをなし、津波の如く押し寄せてきたのである。これには二人もたまらず、全力疾走でその場から逃げることしかできなかった。

 慧斗に抱えられているユエが、その肩越しに大蜥蜴の大群を観察し、「三九」と呟いた。追ってくる大蜥蜴の数だろうか。この暗い迷宮のどこにそれだけの数が潜んでいたのか、というか何故それが大挙して襲ってくるのか。慧斗の背に、冷たい汗が流れた。

 

 

「つーか手前(てめえ)で走れよこの野郎!」

「運動は、苦手……」

「豚にも劣るなクソが!」

 

 

 小柄とはいえ人一人を抱え、背の高い草叢を掻き分けながら逃げ回っている分、疲労が蓄積する。涼しい顔でそれを無視するユエに、慧斗は罵声を浴びせた。

 

 

「ちくしょう、逃げ回ってても埒が明かねえ! ――ユエ耳塞げ!」

「ん」

 

 

 ざりっと反転しながらユエを背に抱え直し、慧斗は大きく息を吸って構えた。ユエもその意を汲み、即座に耳を塞ぐ。

 

 

「“絶叫”!」

 

 

 ごお、と重い衝撃が、慧斗の口から放たれた。びりびりと通路全体を響かせる衝撃が、大蜥蜴たちの鼓膜と三半規管を破壊し、薙ぎ倒すように吹き飛ばす。

 大蜥蜴の追走が止んだ。先頭の個体は衝撃波で骨を折られて絶命し、後続の個体も三半規管を破壊されて昏倒している。ユエは慧斗の身体から降りながら、不可解そうな表情を浮かべた。

 

 

「……ケイト、いつの間に魔力操作を覚えたの……?」

「これ? いやただの『詠唱破棄』だよ。下級魔法なら詠唱なしで使えるらしい」

「……なんで……?」

「いや俺も知らんが」

 

 

 二人して首を捻る事態が発生した。原因は主に慧斗である。

 それはともかく。

 

 

「ていうか、何なんだこの花は。ファッションか? 魔物共のトレンドか?」

 

 

 グレートソードで後続の個体のトドメを刺しつつ、慧斗はその亡骸を足蹴にしながら言った。獰猛な爬虫類と、華やかな花。あまりにも不釣り合いで、何とも言えない違和感を覚えさせる。頭頂に根を張っているというのも、何か厭な予感を加速させる。

 

 

「……この花……魔力、感じる……」

 

 

 その違和感の正体を、ユエが言い当てた。慧斗も気配探知で慎重に確かめ、同じように探り当てた。

 

 

「やっぱりそっかー……どんな魔法だと思う?」

「たぶん……寄生対象を、強制的に操る魔法?」

「え、何それえげつな」

 

 

 さらりとえげつない推測を立てたユエに、慧斗は思わず閉口した。確かにこの無秩序な襲撃は、操られていると考える方が妥当だが……

 と、悠長に構えている二人の許へ、同じような大蜥蜴が突撃した。その頭頂には、同じような花が咲いている。

 

 

「うわ、また来た!?」

「やっぱり、操られてる」

「あーもーちくしょう! ユエ掴まれ!」

 

 

 休憩をしている暇さえない。慧斗は慌ててユエを抱えると、再び走り出した。

 

 

「出処押さえる。やれるか」

「血、ちょうだい」

「何か他意を感じるのは気のせい?」

 

 

 仕掛けが知れた以上、あとは出処を探り当てるのみだ。しかし、まずは直近の敵を足止めする必要がある。慧斗は勢いよく跳躍し、手近な樹に飛び乗った。

 

 

「よっと! ――ユエ、少し待てよ」

「どのくらい?」

「合図する。準備だけしとけ」

 

 

 ドドドド……と地響きを立てながら、大蜥蜴たちが迫りくる。もはや数えるのも面倒な大群となり、慧斗たちのいる樹を取り囲み、薙ぎ倒そうと突進したその時――

 

 

「今だ!」

「んっ――“凍獄”!」

 

 

 ばきん、と鋭い音が走った。二人の眼下に蒼氷の花が咲き、触れるものすべてを凍り付かせていく。見る見るうちに広がっていくそれは、周囲の大蜥蜴全てを凍らせ尽くした。

 

 

「はぁ……」

 

 

 大魔法の行使で疲労し、ため息を吐くユエの傍ら、慧斗は呟くようにひとつの魔法を発動した。

 

 

(――“糸伸ばし”)

 

 

 途端、慧斗の指先から無色の糸がぶわりと溢れ出した。階層中に広がっていくそれが、ふよふよとした柔らかな感触越しに、その全貌を慧斗へと伝える。

 

 

「――みーつっけた」

 

 

 そして、見つけた。茂みの奥、縦穴の隙間、その最奥にソレは居た。

 人のような姿をした植物、そう形容すればよいだろうか。茎を束ねた醜悪な顔は喜悦に歪み、触手をうねうねと蠢かせて胞子を飛ばしている。慧斗の知る由もないことだが、アルラウネという植物の魔物だった。

 まさに取ってつけたその余裕顔も、間もなく崩れ去る。慧斗にその居所を暴かれた以上、あとはまっすぐ突撃する怪物(ケイト)に両断されるのみだ。

 

 

「ユエ、すっ飛ぶぞ! 振り落とされんなよ!」

「ん」

 

 

 “糸”を解いた慧斗は、三度ユエを抱えて飛び出した。狙いは一点、一本に絞り込んだ“糸”の先。

 

 

「なあユエ全力疾走中に血吸うのやめない!?」

「ん……不可抗力」

「もうちょっとタイミングとかあるだろ!」

「……ヤツの花が……私にも……くっ」

「わざとらしいわ!!」

 

 

 全力疾走中の慧斗の首筋にかぷりと噛み付くユエに、慧斗のツッコミが炸裂したことは言うまでもなく。

 そうして走ったその先――

 

 

「――見えた、あそこの岩の隙間だ!」

「ん」

「吸い上げた分――全力でぶちかませ!」

 

 

 空中に飛び出した慧斗の腕の中で、振り返ったユエが手掌を突き出す。

 

 

「“緋槍”」

 

 

 灼熱の槍が岩壁の隙間に突き刺さり、ぼおと橙色の火焔を噴出した。その向こう側で絶叫するアルラウネの悲鳴は、二人には届かなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 二人が出会って、二ヶ月と少し。相変わらず高火力で殲滅していくユエを前に、慧斗はただ死骸の肉の剥ぎ取りと、ユエへの血の提供しかすることがなかった。

 だが、それもそろそろ終わる。

 

 

「火」

「“蒼炎”」

 

 

 ごお、と青白い炎が広がる。慧斗はそこにグレートソードを突っ込んだ。高熱に晒された刀身が赤熱し、表面の細かな傷が熔解し始める。

 

 

「水。多めに」

「“清流”」

 

 

 そこから離した刀身に、今度は大量の水を浴びせかけた。じゅううとけたたましい音を立てて、蒸発した水が天井へと昇っていく。

 

 

「――こんなところか」

 

 

 両面を冷やした後、慧斗は刀身を一通り確認した。細かな傷が減り、刃毀れも気持ち浅くなっている。

 

 

「刃研ぎ」

「“擦風”」

 

 

 再び掲げた刀身を挟み込むように、ぎゅおおと唸る風が絡み付く。ごしごしと力ずくで磨かれていく刀身は、元の剛毅な見た目を取り戻した。

 

 

「油」

「油?」

「防錆用の油」

「んん……――“防護”」

 

 

 ふわり、と刀身の表面に黄金の魔力が宿った。

 

 

「守りの魔法……油の代わり」

「……まあいいか」

 

 

 慧斗はしばらく考えると、見切りを付けてグレートソードを脇に置いた。

 

 

「ありがとよ。素人仕事でも多少マシになったわ」

「むふー」

 

 

 慧斗の礼に、ユエは得意げな顔を見せた。この辺りは、見た目相応の精神年齢に見える。

 その後、装甲や剣鉈の点検をする慧斗に対し、ユエが不思議そうな表情を浮かべた。

 

 

「ケイト……いつもより、慎重……」

「ん? ホラ、次で百層目だろ」

「?」

「魔人族には伝わってないのか? オルクス大迷宮は、全部で百階層からなるそうだ。次の階層には、そろそろ何かあるかもな」

 

 

 とはいえ、その根拠が実際のデータに基づくものではなく、伝承によるものであることはすでに語った。六十五層から奈落へ転落し、そこからさらに百層近く下っている時点で計算が狂っているため、伝承はもはや当てにならない。継承の過程で誤った数字が伝わってしまったか、はたまた最初から根拠の不確かな数字だったのか。今となっては誰にも分からないし、興味もない事柄だった。

 

 

「――じゃあ上の層はなんだったんだよ、って話になるんだけどな」

「さぁ……」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。直径五メートルはあろうかという太い柱の一つ一つに、螺旋模様と絡みつく木の蔓の彫刻が刻まれている。柱は一定間隔で規則正しく並んでおり、その果ては見通せないほど広がっている。地面もこれまでとは異なり真っ平な石畳で覆われており、まるで神殿のようだ。

 二人が足を踏み入れると、ぽつりと柱に明かりが灯った。ご丁寧にも、侵入者に対して道筋を照らしてくれるらしい。その明かりが特に魔法的な意味を持たない、ただの照明であることを確認すると、慧斗は“光球”を消失させた。

 

 

「――さあて、鬼が出るか、蛇が出るか」

「ケイト、愉しそう……」

「愉しんだもの勝ちだろ、こういうのは。少なくとも、行き止まりよりはずっといい」

 

 

 軽口を叩きながらも、二人は気配探知を総動員しつつ、慎重に先へ進む。かつーん、かつーん……と、二人の足音がいやに響いた。

 どれほど進んだだろうか。二人の前に、巨大な扉が現れた。

 十メートルはあろうか。薄暗い柱の照明では、全容が見渡せない。両開きの扉には、それぞれ七角形の紋章が刻まれている。七といえば、七大迷宮の数――反逆者たちの逃避先とちょうど一致する。もしや本当に、ここが反逆者の住処なのだろうか?

 二人が扉に近づこうと最後の柱を越えた瞬間、それは起こった。その道を塞ぐように、巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、どくんどくんと脈打つ音を響かせる。慧斗はその魔法陣に見覚えがあった。忘れもしない、六十五階層でベヒモスが召喚された時の魔法陣である。問題は、今のこれがあの時よりもはるかに複雑で、巨大であることだった。

 

 

「やっだなーこの距離でお出ましとか。ここの設計者、だいぶ性格悪いぜ?」

「……大丈夫……私たち、負けない……」

 

 

 軽口を交わす二人の前で、輝く魔法陣からそれが現れた。

 それは巨大な蛇だった。ぬめるような輝きを放つ鱗、赤黒く血走った瞳。六つに分かれた頭は、赤青緑黄白黒と異なる色彩を纏っている。伝承にのみ伝わる怪物、多頭蛇(ヒュドラ)である。

 

 

『クルゥァァアアン!!』

 

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら、六対の眼光が二人を捉える。身の程知らずの侵入者に裁きを与えんと、常人ならそれだけで絶命しかねないほどの殺気が襲う。

 しかし、それだけで膝を折る二人ではない。その殺気に真正面から対峙し、伝説を超えんと自ら奮い立たせる。観客が誰一人いない中、伝説の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 




魔法:
 絶叫
  風属性の下級魔法。口から衝撃波を伴う大叫喚を飛ばす攻撃。
 糸伸ばし
  魔力の細い糸を伸ばす魔法。脆弱で攻撃能力は一切ないが、感知範囲を広げることができる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。