ありふれた癌 作:Matto
最初に動いたのは、
二人は咄嗟に左右に飛び退いた。目標がすでにいなくなった地面に火球が着弾し、大爆発を起こす。後には、赤く熔解した石畳が残された。
「ふッ!」
慧斗がいち早く踏み込み、突き出た赤頭にグレートソードを振り下ろす。重厚な斬撃は過たず赤頭を叩き潰し、中枢神経を失った首の一つがだらりと垂れ下がる。
まずは一つ――と思った二人だが、それでは終わらなかった。白頭が一つ叫喚したかと思うと、倒れた首が淡い輝きに包まれ、見る見るうちに再生したのである。何事もなかったかのように、赤頭が復活した。
(あの赤は炎魔法、白は回復魔法か。この分だと、残りも異なる魔法を備えてるわけか)
青頭が飛ばす氷の礫を回避しながら、慧斗は
だが、彼らは一人ではない。
「ユエ、白頭を狙え!」
「ん――“緋槍”!」
慧斗の指示に、ユエは灼火の槍を以て応えた。一小節で紡がれた灼熱の槍が、白頭に迫る。
そこに、
(ちっ――ありゃ“金剛”か!?)
“金剛”。サイクロプス等の巨人系魔物が有する固有魔法で、自身の防御力を引き上げる魔法である。発動すれば最上級魔法すら凌いでみせる防御能力を発揮し、回復役と組み合わせれば、文字通り不落の城塞と化す厄介な魔法だ。おまけに巨人系魔物とは異なり、鱗に覆われた
しかし、攻略法はある。慧斗は冷静に状況を分析した。
一つは、二方向から白頭を狙うこと。“金剛”の欠点は、発動中は一切身動きが取れない点。そして黄頭の欠点は、その防御力を持つのが一頭しかない点である。一方を黄頭によって阻むことができても、他方の攻撃を防ぐことは出来ない。
もう一つは、ほかの頭を先に落とし、白頭がその回復をしている間に黄頭に集中攻撃をかけること。こちらは間合いさえ届けば一撃必殺の慧斗と、最上級魔法を連発できるユエの組み合わせだ。白頭の援護さえなければ、いかに黄頭の“金剛”とて耐えられまい。
同時攻撃を――と言いかけた慧斗だが、その言葉は掻き消された。
「――いやぁああああ!!」
ほかならぬ、ユエの絶叫によって。
「ユエ、どうした!?」
咄嗟に駆け寄るも、ユエが気付いた様子はない。ユエを抱え、赤頭と緑頭の追撃を躱しながら、慧斗は柱の陰に隠れた。
(何が起きた? 赤、青、緑、白、黄――じゃあ、
三頭がかりの攻撃でがりがりと柱が削られていく中、慧斗は隙を見て黒頭を狙い、詠唱を叫んだ。
「暗き炎よ焼き払え――“螺炎”!」
ぼん、と螺旋の炎が飛来し、黒頭を焼き払う。これで、何とかなればいいが――
「おい、ユエ! しっかりしろ! ユエ!」
再び柱の陰に戻り、慧斗はゆさゆさとユエを揺らした。大声で呼びかけたり、ぺちぺちと頬を叩いたり。そうしていくうちに、ユエの瞳から光が戻り始めた。
「……ケイト……?」
「おう。大丈夫か? もう戻ってきたか?」
「……よかった……見捨てられたかと……また、暗闇に一人で……」
「何の話だよ? あと早く戻ってきてくれないとヤバいよ、柱の強度的に」
そろそろ次の柱に逃げ込まないと間に合わない。慧斗が攻撃の隙を伺う傍ら、ユエは思考を重ねた。突然闇に放り出され、手足を拘束されたような錯覚――
「……多分、黒頭は呪詛……対象を、恐慌状態に陥らせる魔法……」
「なるほど、そういうことか」
黒頭に捕捉されるわけにはいかない。いよいよ限界を迎えた柱の陰から飛び出し、全力疾走で攻撃を掻い潜る。次なる柱の陰に転がるように飛び込むまでに、無傷だったのは奇跡と言っていい。
「これじゃ千日手だな。――攻撃魔法を出してくる頭を潰して、その隙に白頭と黄頭を一気に潰す。できるか?」
「――やる」
「おう。じゃ、いっぱい吸い上げろ」
ユエの決意の言葉に頷くと、慧斗は袖をまくり上げ、傷だらけの腕を露出した。そこにユエがかぶりつき、ずるずると血を吸い上げる。
数秒が経った。いよいよ柱が崩落しようとしたその時――その間隙を縫い、ユエが飛び出した。
「“天灼”」
――紡がれるは天を
臨界を迎えた雷電が、三つの頭へと落ちた。貫き、焼き払い、黒い煤を残して消滅させる。
「“緋槍”――“砲皇”――“凍雨”!」
その隙を待たず、ユエの詠唱が紡がれる。炎の槍が、巨大な竜巻が、氷の雨が、一斉に白頭へと――そこに割り込む黄頭へと殺到する。
緋炎の槍が黄頭を焼き焦がす。竜巻がその鉄壁を抉る。氷の礫がその
白頭がそれを治癒しようと口を開いたところで、
「――死ね!」
間を置かず吶喊する、黒鉄の光。剛力に任せた慧斗の疾走が白頭に衝突し、その首は真っ二つに両断された。
夥しい返り血を浴びて屹立する慧斗に向かって、黒頭が呪詛を吐こうとしたその瞬間、
「“螺炎”」
ぼ、と焼き焦がす炎が舞い、黒頭は絶叫とともに絶命した。
「……これで……」
終わりだ、と気を緩めた二人の目に、それが映った。
全ての頭を失った六つの首の付け根から、今まさに生えようとしている銀色の頭を。
「……七頭目……!?」
驚愕する慧斗を、ぎょろりと銀頭の赤黒い目が捉えた。即座にがぱりと口を開き、その口から極光を放った。
(まずい――!)
そう思えど、ユエにはどうすることもできなかった。彼女は魔力枯渇で動けない。下級魔法しか使えない慧斗では、その極光を防御できない。初動が遅れた今、回避はもはや間に合わない――
至近距離から、慧斗は極光に呑み込まれた。悲鳴さえ塗り潰す灼熱の光が、階層中を照らし尽くす。びりびりと放散する魔力が、周囲の柱を焼き焦がす勢いで炸裂した。
――その極光を突き破るように、全身を焼き焦がした慧斗が現れた。眼球すら蒸発する焦熱を浴びながら、慧斗は渾身の力でグレートソードを振り上げ、
「じぇあァァァッッ!!」
銀頭の脳天へ突き刺した。
脳天を貫かれた銀頭が、ひときわ大きな絶叫を上げる。階層中へ反響しようかというその大絶叫に、満身創痍の慧斗は木の葉のように吹き飛ばされた。全身全霊を尽くして駆け出したユエは、ぽとりと落ちた慧斗へと駆け寄った。
「ケイト!」
ゆさゆさと体を揺らしても、慧斗は無反応だった。――息をしていない。ユエは身が凍る思いに襲われた。
(やめて――私の大切な人を、奪わないで――!)
必死になって縋りついたユエの耳に、微かな鼓動が届いたのは、僥倖といっていいだろう。ユエは咄嗟に身を起こした。――まだ死んでいない。まだ間に合う!
ユエは、慧斗から預けられた神水を取り出し、封を切ってその口に注いだ。――受け付けない。喉が焦がされ、嚥下できないのだ。
ユエは咄嗟に、唇を慧斗に重ねた。そこに息を送り込み、強引に喉を通過させる。慧斗から伝わる鼓動が、微かに大きくなった。
――足りない。もう一本。ユエは躊躇わずもう一本の封を切り、口に含んだ後で慧斗の唇に重ねた。強制的に送り込まれた神水が、慧斗を無理矢理に生かす。果たして濃密な魔力は慧斗の五体を循環し、その体躯は元の鮮やかな色を取り戻した。
慧斗は、ゆっくりと目を開いた。ぼやけた視界の先には、その目に涙をいっぱいに浮かべるユエの姿があった。
「……ユエ……?」
「……良かった……! 本当に……良かった……!」
感涙のまま、ユエは慧斗に抱き着いて泣きじゃくった。慧斗は何だかよく分からないまま、その抱擁を受け止めた。
黒鉄のグレートソードが深々と突き立てられ、どくどくと血を流す銀頭は、ぴくりとも動かなかった。誰も知らぬ伝説の戦いは、沈黙とともに終わった。
◇ ◇ ◇
「――神水二本かあ……ま、命あっての物種ってやつだな」
「ちょっと違う気がする」
「そうか?」
軽口を叩き合いつつ、二人は改めて扉の前に立った。もはや障害なき七つ星の扉は、ごろごろと重厚な音を響かせながら、自ら開いてゆく。
「なんだ、これを開けさせられなくて助かったな」
「確かに、重そう……」
鬼は仕留めた。大蛇だった。あとは何も出てこないのを祈るばかり――そう思いながら、二人は扉の奥へ踏み込んだ。
まず目に入ったのは、太陽だった。部屋の天井付近に円錐状の物体が浮いており、そこから煌々と輝く球体が吊り下げられていた。ほんのりとした温もりは、まさに疑似太陽というべき代物だ。
広々とした部屋の奥には、壁一面を覆うほどの大きな滝があった。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。川から少し離れたところには大きな畑もあったが、今は何も植えられていなかった。その傍の家畜小屋も、同じようにがらんどうだった。
二人は畑のある方向から離れ、建物へと入った。建築したというよりは、岩壁をそのまま加工して住居にしたような様子だ。
石造りの住居は全体的に白く、石灰のような手触りだった。エントランスには仄明るい光球が吊り下げられており、薄暗いところに長くいた二人は少し眩しさを覚えた。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。
ひとまず、一階から順に見て回る。暖炉や絨毯、ソファが設えられたリビングに、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。迷宮の奥深く、人がどこにもいないはずなのに、設備管理だけは完璧だった。一体どのような魔法を使えば、こんな状態を維持できるのだろうか。なんと露天風呂まであった。
「“反逆者”という割に、えらく快適な生活をしてたらしいな」
「……入る?」
「――いや、あとにしよう。まずは調査だ」
二階では、書斎や工房らしき部屋を発見したが、書棚も工房の中の扉も封印がされており、開けることはできなかった。「いっぺん壊してみるか」という慧斗の提案を、ユエは流石に止めた。
三階にあったのは、部屋が一つきりだった。奥の扉を開けると、そこには床一面に魔法陣が刻まれていた。精緻に刻まれた魔法陣は、ユエも見たとことのない術式である。計算され尽くした術式の構造は、ある種芸術的でさえあった。
しかし、それよりも注目すべきは、その奥だった。
魔法陣の向こう側、玉座を思わせる豪奢な椅子に座る人影があった。それは白骨化した骸であり、黒地に金の刺繍が施されたローブを羽織っていた。骸は椅子に
「……怪しい……どうする?」
ユエの疑念に、慧斗は全く同感した。ユエから聞いた伝承を信じるならば、おそらくこれが、“反逆者”の一人だろう。苦しんだ形跡もなく、座したまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようだった。
「――俺が先に入る。ユエは部屋の外で待ってろ」
「でも……」
「俺のことは気にするな。何かあったら、即座に建物を出ろ」
「ん……気を付けて」
ユエの言葉に目線だけで返すと、慧斗はグレートソードを構えて入室した。油断なく周囲を見回しながら、中央の骸に近づいていく。そして魔法陣の中央に足を踏み入れた瞬間、陣からかっと光が噴出した。
「――!?」
慧斗は思わず目を覆った。悪手だったと後悔するよりも早く、これまでのことが走馬灯のように駆け抜けた。果ての見えない迷宮、初めて食べた魔物の肉、襲い来る未知の魔物、封印されていたユエ、それを破壊する己の剣――
やがて光が収まり、目を開けた慧斗の目の前には、黒衣の青年が立っていた。