ありふれた癌   作:Matto

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12:深奥

 最初に動いたのは、多頭蛇(ヒュドラ)の赤頭だった。それだけで人を丸呑みできそうな口を大きく開くと、そこから巨大な火球を吐き出した。

 二人は咄嗟に左右に飛び退いた。目標がすでにいなくなった地面に火球が着弾し、大爆発を起こす。後には、赤く熔解した石畳が残された。

 

 

「ふッ!」

 

 

 慧斗がいち早く踏み込み、突き出た赤頭にグレートソードを振り下ろす。重厚な斬撃は過たず赤頭を叩き潰し、中枢神経を失った首の一つがだらりと垂れ下がる。

 まずは一つ――と思った二人だが、それでは終わらなかった。白頭が一つ叫喚したかと思うと、倒れた首が淡い輝きに包まれ、見る見るうちに再生したのである。何事もなかったかのように、赤頭が復活した。

 

 

(あの赤は炎魔法、白は回復魔法か。この分だと、残りも異なる魔法を備えてるわけか)

 

 

 青頭が飛ばす氷の礫を回避しながら、慧斗は多頭蛇(ヒュドラ)の能力を分析する。実質六頭の怪物を同時に相手にしなければならない――なるほど、百層目にふさわしい難敵だ。単独であればまず勝てない、尻尾を巻いて逃げるほかあるまい。

 だが、彼らは一人ではない。

 

 

「ユエ、白頭を狙え!」

「ん――“緋槍”!」

 

 

 慧斗の指示に、ユエは灼火の槍を以て応えた。一小節で紡がれた灼熱の槍が、白頭に迫る。

 そこに、多頭蛇(ヒュドラ)の黄頭が割り込んだ。ぶくりと盾を模すかのように膨れると、ユエの“緋槍”を真正面から受け止める。大爆発の後に残ったのは、少々焼け焦げた黄頭と、再びの叫喚によってそれを癒す無傷の白頭だった。

 

 

(ちっ――ありゃ“金剛”か!?)

 

 

 “金剛”。サイクロプス等の巨人系魔物が有する固有魔法で、自身の防御力を引き上げる魔法である。発動すれば最上級魔法すら凌いでみせる防御能力を発揮し、回復役と組み合わせれば、文字通り不落の城塞と化す厄介な魔法だ。おまけに巨人系魔物とは異なり、鱗に覆われた多頭蛇(ヒュドラ)には関節という弱点がない。ユエの魔法ですら斃せないとなると、少々厄介だ。最上級魔法を連続して撃ち込めば打倒できるだろうが、常に回復し続ける白頭が、それを許さない。そして黄頭が守り続ける限り、白頭を落とすことはできない。

 しかし、攻略法はある。慧斗は冷静に状況を分析した。

 一つは、二方向から白頭を狙うこと。“金剛”の欠点は、発動中は一切身動きが取れない点。そして黄頭の欠点は、その防御力を持つのが一頭しかない点である。一方を黄頭によって阻むことができても、他方の攻撃を防ぐことは出来ない。

 もう一つは、ほかの頭を先に落とし、白頭がその回復をしている間に黄頭に集中攻撃をかけること。こちらは間合いさえ届けば一撃必殺の慧斗と、最上級魔法を連発できるユエの組み合わせだ。白頭の援護さえなければ、いかに黄頭の“金剛”とて耐えられまい。

 同時攻撃を――と言いかけた慧斗だが、その言葉は掻き消された。

 

 

「――いやぁああああ!!」

 

 

 ほかならぬ、ユエの絶叫によって。

 

 

「ユエ、どうした!?」

 

 

 咄嗟に駆け寄るも、ユエが気付いた様子はない。ユエを抱え、赤頭と緑頭の追撃を躱しながら、慧斗は柱の陰に隠れた。

 

 

(何が起きた? 赤、青、緑、白、黄――じゃあ、()は?)

 

 

 三頭がかりの攻撃でがりがりと柱が削られていく中、慧斗は隙を見て黒頭を狙い、詠唱を叫んだ。

 

 

「暗き炎よ焼き払え――“螺炎”!」

 

 

 ぼん、と螺旋の炎が飛来し、黒頭を焼き払う。これで、何とかなればいいが――

 

 

「おい、ユエ! しっかりしろ! ユエ!」

 

 

 再び柱の陰に戻り、慧斗はゆさゆさとユエを揺らした。大声で呼びかけたり、ぺちぺちと頬を叩いたり。そうしていくうちに、ユエの瞳から光が戻り始めた。

 

 

「……ケイト……?」

「おう。大丈夫か? もう戻ってきたか?」

「……よかった……見捨てられたかと……また、暗闇に一人で……」

「何の話だよ? あと早く戻ってきてくれないとヤバいよ、柱の強度的に」

 

 

 そろそろ次の柱に逃げ込まないと間に合わない。慧斗が攻撃の隙を伺う傍ら、ユエは思考を重ねた。突然闇に放り出され、手足を拘束されたような錯覚――

 

 

「……多分、黒頭は呪詛……対象を、恐慌状態に陥らせる魔法……」

「なるほど、そういうことか」

 

 

 黒頭に捕捉されるわけにはいかない。いよいよ限界を迎えた柱の陰から飛び出し、全力疾走で攻撃を掻い潜る。次なる柱の陰に転がるように飛び込むまでに、無傷だったのは奇跡と言っていい。

 

 

「これじゃ千日手だな。――攻撃魔法を出してくる頭を潰して、その隙に白頭と黄頭を一気に潰す。できるか?」

「――やる」

「おう。じゃ、いっぱい吸い上げろ」

 

 

 ユエの決意の言葉に頷くと、慧斗は袖をまくり上げ、傷だらけの腕を露出した。そこにユエがかぶりつき、ずるずると血を吸い上げる。

 数秒が経った。いよいよ柱が崩落しようとしたその時――その間隙を縫い、ユエが飛び出した。

 

 

「“天灼”」

 

 

 ――紡がれるは天を()く雷電。六つの大電球が、三頭の上に現出した。大電球は互いに絡み合うように放電し、ばりばりと凶悪な音を鳴り響かせる。

 臨界を迎えた雷電が、三つの頭へと落ちた。貫き、焼き払い、黒い煤を残して消滅させる。

 

 

「“緋槍”――“砲皇”――“凍雨”!」

 

 

 その隙を待たず、ユエの詠唱が紡がれる。炎の槍が、巨大な竜巻が、氷の雨が、一斉に白頭へと――そこに割り込む黄頭へと殺到する。

 緋炎の槍が黄頭を焼き焦がす。竜巻がその鉄壁を抉る。氷の礫がその(ひび)をこじ開ける。三つの最上級魔法を食らい、黄頭はついに砕けた。ぱあんとその首が弾け、血肉が飛散する。“金剛”は、遂に破られた。

 白頭がそれを治癒しようと口を開いたところで、

 

 

「――死ね!」

 

 

 間を置かず吶喊する、黒鉄の光。剛力に任せた慧斗の疾走が白頭に衝突し、その首は真っ二つに両断された。

 夥しい返り血を浴びて屹立する慧斗に向かって、黒頭が呪詛を吐こうとしたその瞬間、

 

 

「“螺炎”」

 

 

 ぼ、と焼き焦がす炎が舞い、黒頭は絶叫とともに絶命した。

 

 

「……これで……」

 

 

 終わりだ、と気を緩めた二人の目に、それが映った。

 全ての頭を失った六つの首の付け根から、今まさに生えようとしている銀色の頭を。

 

 

「……七頭目……!?」

 

 

 驚愕する慧斗を、ぎょろりと銀頭の赤黒い目が捉えた。即座にがぱりと口を開き、その口から極光を放った。

 

 

(まずい――!)

 

 

 そう思えど、ユエにはどうすることもできなかった。彼女は魔力枯渇で動けない。下級魔法しか使えない慧斗では、その極光を防御できない。初動が遅れた今、回避はもはや間に合わない――

 至近距離から、慧斗は極光に呑み込まれた。悲鳴さえ塗り潰す灼熱の光が、階層中を照らし尽くす。びりびりと放散する魔力が、周囲の柱を焼き焦がす勢いで炸裂した。

 ――その極光を突き破るように、全身を焼き焦がした慧斗が現れた。眼球すら蒸発する焦熱を浴びながら、慧斗は渾身の力でグレートソードを振り上げ、

 

 

「じぇあァァァッッ!!」

 

 

 銀頭の脳天へ突き刺した。

 脳天を貫かれた銀頭が、ひときわ大きな絶叫を上げる。階層中へ反響しようかというその大絶叫に、満身創痍の慧斗は木の葉のように吹き飛ばされた。全身全霊を尽くして駆け出したユエは、ぽとりと落ちた慧斗へと駆け寄った。

 

 

「ケイト!」

 

 

 ゆさゆさと体を揺らしても、慧斗は無反応だった。――息をしていない。ユエは身が凍る思いに襲われた。

 

 

(やめて――私の大切な人を、奪わないで――!)

 

 

 必死になって縋りついたユエの耳に、微かな鼓動が届いたのは、僥倖といっていいだろう。ユエは咄嗟に身を起こした。――まだ死んでいない。まだ間に合う!

 ユエは、慧斗から預けられた神水を取り出し、封を切ってその口に注いだ。――受け付けない。喉が焦がされ、嚥下できないのだ。

 ユエは咄嗟に、唇を慧斗に重ねた。そこに息を送り込み、強引に喉を通過させる。慧斗から伝わる鼓動が、微かに大きくなった。

 ――足りない。もう一本。ユエは躊躇わずもう一本の封を切り、口に含んだ後で慧斗の唇に重ねた。強制的に送り込まれた神水が、慧斗を無理矢理に生かす。果たして濃密な魔力は慧斗の五体を循環し、その体躯は元の鮮やかな色を取り戻した。

 慧斗は、ゆっくりと目を開いた。ぼやけた視界の先には、その目に涙をいっぱいに浮かべるユエの姿があった。

 

 

「……ユエ……?」

「……良かった……! 本当に……良かった……!」

 

 

 感涙のまま、ユエは慧斗に抱き着いて泣きじゃくった。慧斗は何だかよく分からないまま、その抱擁を受け止めた。

 黒鉄のグレートソードが深々と突き立てられ、どくどくと血を流す銀頭は、ぴくりとも動かなかった。誰も知らぬ伝説の戦いは、沈黙とともに終わった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――神水二本かあ……ま、命あっての物種ってやつだな」

「ちょっと違う気がする」

「そうか?」

 

 

 軽口を叩き合いつつ、二人は改めて扉の前に立った。もはや障害なき七つ星の扉は、ごろごろと重厚な音を響かせながら、自ら開いてゆく。

 

 

「なんだ、これを開けさせられなくて助かったな」

「確かに、重そう……」

 

 

 鬼は仕留めた。大蛇だった。あとは何も出てこないのを祈るばかり――そう思いながら、二人は扉の奥へ踏み込んだ。

 まず目に入ったのは、太陽だった。部屋の天井付近に円錐状の物体が浮いており、そこから煌々と輝く球体が吊り下げられていた。ほんのりとした温もりは、まさに疑似太陽というべき代物だ。

 広々とした部屋の奥には、壁一面を覆うほどの大きな滝があった。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。川から少し離れたところには大きな畑もあったが、今は何も植えられていなかった。その傍の家畜小屋も、同じようにがらんどうだった。

 二人は畑のある方向から離れ、建物へと入った。建築したというよりは、岩壁をそのまま加工して住居にしたような様子だ。

 石造りの住居は全体的に白く、石灰のような手触りだった。エントランスには仄明るい光球が吊り下げられており、薄暗いところに長くいた二人は少し眩しさを覚えた。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 ひとまず、一階から順に見て回る。暖炉や絨毯、ソファが設えられたリビングに、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。迷宮の奥深く、人がどこにもいないはずなのに、設備管理だけは完璧だった。一体どのような魔法を使えば、こんな状態を維持できるのだろうか。なんと露天風呂まであった。

 

 

「“反逆者”という割に、えらく快適な生活をしてたらしいな」

「……入る?」

「――いや、あとにしよう。まずは調査だ」

 

 

 二階では、書斎や工房らしき部屋を発見したが、書棚も工房の中の扉も封印がされており、開けることはできなかった。「いっぺん壊してみるか」という慧斗の提案を、ユエは流石に止めた。

 三階にあったのは、部屋が一つきりだった。奥の扉を開けると、そこには床一面に魔法陣が刻まれていた。精緻に刻まれた魔法陣は、ユエも見たとことのない術式である。計算され尽くした術式の構造は、ある種芸術的でさえあった。

 しかし、それよりも注目すべきは、その奥だった。

 魔法陣の向こう側、玉座を思わせる豪奢な椅子に座る人影があった。それは白骨化した骸であり、黒地に金の刺繍が施されたローブを羽織っていた。骸は椅子に(もた)れかかりながら俯いており、恐らくその姿勢のまま朽ちて、白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で、骸は最期に何を思ったのか。寝室でもリビングでもなく、この場所を選んで果てた意図は何なのか。

 

 

「……怪しい……どうする?」

 

 

 ユエの疑念に、慧斗は全く同感した。ユエから聞いた伝承を信じるならば、おそらくこれが、“反逆者”の一人だろう。苦しんだ形跡もなく、座したまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようだった。

 

 

「――俺が先に入る。ユエは部屋の外で待ってろ」

「でも……」

「俺のことは気にするな。何かあったら、即座に建物を出ろ」

「ん……気を付けて」

 

 

 ユエの言葉に目線だけで返すと、慧斗はグレートソードを構えて入室した。油断なく周囲を見回しながら、中央の骸に近づいていく。そして魔法陣の中央に足を踏み入れた瞬間、陣からかっと光が噴出した。

 

 

「――!?」

 

 

 慧斗は思わず目を覆った。悪手だったと後悔するよりも早く、これまでのことが走馬灯のように駆け抜けた。果ての見えない迷宮、初めて食べた魔物の肉、襲い来る未知の魔物、封印されていたユエ、それを破壊する己の剣――

 やがて光が収まり、目を開けた慧斗の目の前には、黒衣の青年が立っていた。

 

 

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