ありふれた癌 作:Matto
『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』
青年は、奥の骸と同じローブを纏っていた。ローブの骸と、ローブの青年。関係性はなんだ?
「てめえ――」
『ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない』
気色ばむ慧斗にかまわず、青年は話を続ける。何をふざけたことを、と構えた慧斗を、咄嗟に入室したユエが裾を引いて止めた。
「……嘘じゃない。これは、魔法で作った幻……」
言われてみれば、確かにその姿は薄ぼんやりとしており、輪郭が朧げだ。言葉通り記録映像と判断した慧斗は、仕方なくグレートソードを担ぎ直した。
『だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを』
◇ ◇ ◇
それは、狂った神とその子孫達の、戦いの物語。
神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間や魔人、様々な亜人たちが絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だった。領土拡大、種族的価値観、支配欲――戦う動機は多々あったが、最たるものは『互いが“神敵”であること』だった。
今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族と国が、それぞれに神を祀っていた。その神からの神託により、人々は争い続けていたのである。
だが、そんな何百年と続く争いに終止符を打たんとする者たちが現れた。それが当時、“解放者”と呼ばれた集団である。彼らには共通する繋がりがあった。全員が、神代から続く神々の直系の子孫だったのだ。
“解放者”たちを駆り立てたものは、神そのものへの憎悪だった。
なんと神々は、人々を駒に
彼らは“神域”と呼ばれる、神々がいるとされる場所を突き止めた。“解放者”のメンバーでも強力な力を持った――先祖返りと呼ばれた七人を中心に、彼らは神々に戦いを挑んだ。
しかし、その目論見は戦う前に破綻する。神は人々を巧みに操り、“解放者”たちを『世界に破滅をもたらす神敵である』と認識させ、人々自身に相手をさせたのである。結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、『神の恩恵を忘れ、世界を滅ぼさんと神に仇なした』――すなわち“反逆者”の烙印を押され、“解放者”たちは討たれていった。
最後まで残ったのは、中心の七人だけだった。世界を敵に回した彼等は、もはや自分たちでは神を討つことはできないと諦めた。そしてばらばらに別れ、それぞれ大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにした。試練を用意し、それを突破した強者に自分たちの力を譲ることにした。いつの日か、神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って――
◇ ◇ ◇
長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑んだ。
『君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。
君に私の力を授ける。“生成魔法”――鉱物に魔法を付与し、新たな性質を持った鉱物を生成する魔法を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには揮わないで欲しい。
――話は以上だ、聞いてくれてありがとう。君のこれからが、自由な意志の下にあらんことを』
そう話を締めくくると、オスカーの記録映像はすっと消えた。同時に、二人の脳裏に何かが侵入してくる。ずきずきとした痛みと引き換えに、とある魔法が刷り込まれていくのを、二人はじっと堪えた。
やがて痛みも収まり、魔法陣の光も消える。一連の流れを終え、慧斗は大きくため息を吐いた。
「……一方的に送り付けといて、『君の自由だ』はないだろ」
「ん……デリカシーがない……」
しかめ面をする慧斗の隣で、ユエも同じような感想を零した。せめて、受け取るかどうかの確認をさせる余裕があってもいいはずだが……
渋面で顔面を固めたきり、何かを堪えるように立ち尽くす慧斗の裾を、ユエがくいくいと引いた。
「……ケイト」
「――……何だ」
「言いたいことがあるなら、言ってもいいよ」
その一言で、慧斗の我慢は決壊した。ふう……と大きなため息を吐き、ユエに迷惑が掛からないよう距離を取ると、
「――……やっぱり裏があったじゃねえかちくしょうが――!!!」
大絶叫した。
「なぁーにが『人間族を救うため』だ! なぁーにが『世界を救う勇者』だ! 一から十まで神サマの手の上じゃねえか! そんなもんのために何度死にかけたと思ってる!? 何度クソみたいな目に遭わされたと思ってる!? ブチ殺すぞ腐れ神に腐れ坊主共が――!!!」
慧斗は思い切り地団駄を踏みながら叫んだ。グレートソードを振り上げ、八つ当たり気味に壁に突き立てる。手が痛くなっただけだった。
あがあー――!! と声にならない大叫喚を上げ、その反響がわんわんと部屋中に響いた。それきり、慧斗は沈黙した。
ひとしきり叫び終わり、がっくりと肩を落とした慧斗に向かって、ユエがふわりと浮き上がりながら近寄った。項垂れたその頭を、よしよしと優しく撫でてやる。
「……お疲れさま。よしよし」
「やめろ泣きそうになるわ」
「泣いてもいいよ?」
「マジでやめて。これまでの苦労に耐えられなくなる」
今母性などに晒されたら、涙とか鼻水とか色々決壊しそうな気分だった。
ともかく、ひとしきり叫んでストレス発散した慧斗は、今一度冷静さを取り戻した。
「それで……どうするの?」
「ぶっちゃけ関わりたくない」
ユエの問いに、慧斗は八つ当たりで壁に突き立てたグレートソードを引き抜きながら言った。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「エヒトなる邪神に目を付けられた時点で詰んでる。終わりもしない戦いに呑み込まれて、糞袋ぶちまけるまで逃げられない。帰る手段も、クソ邪神に依存しない方法はない。詰将棋の初手間違えた状態だ、もうどうにもならない。
――それでも、懸念があるとすれば……ふたつ、かな」
「ふたつ?」
慧斗の不可解な言葉に、ユエは首を傾げた。
「俺さ、聖教教会との交渉やっちゃったんだよ。それで、『送り返されるまでは戦う』って条件で請けちゃったんだよ。同級生共を巻き込んでな。
その辺の責任があるから、最低限ケツ拭かなきゃなーって思ってんだけど……さっき言った通り詰んでるから、どうしようって悩んでる」
うーん、と慧斗は頭を掻きながら唸った。責任がどうこうと気負ったところで、とにもかくにも手段がない。この狂った異世界から逃げ出す手段も、それこそ神殺しを為す手段も。
「もうひとつは?」
「お前」
「私?」
当然のようにユエを指す慧斗に、まさか自分のことだとは思わなかったユエは、もう一度首を傾げた。
「クソ邪神がお遊びで戦争ごっこやってると、お前の『自由な生き方』が邪魔されるだろ。それ放置すんのも忍びないよなーって。何とか邪神を始末しないと、お前の人生を謳歌させてやれないなーって」
それは、もう二ヶ月以上前の話。「好きなように、自由に生きろ」と、ユエを励ますために送った助言。それを、この少年は未だ覚えている。
胸の中心に暖かいものを覚えたユエは、ぎゅっと慧斗を抱きしめた。
「ケイトは、やさしい」
「えっ何それ。初めて言われたんだけど」
「みんな、節穴」
「唐突に大人数をディスるのやめてやれよ」
◇ ◇ ◇
「それで、どうする?」
「どのスパンの話?」
「とりあえず、今この場」
ユエの問いに、慧斗はぐるりと周囲を見渡した。“神代魔法”なるものを授けられた今、この場所にもう用はない。
「墓荒らしの続きでもやるか」
「ケイト、言い方」
「似たようなもんだろ」
心ない言いように、今度はユエが閉口する番だった。どうしてこの子はこう……と視線を逸らした先に、オスカー・オルクスの遺骸があった。
ただの白骨死体のはずなのに、何かが引っかかる。その正体に、やがて二人は行き着いた。
「この指輪……魔力、感じる」
「――ふぅーん?」
ユエの言葉に、慧斗はあくどい笑みを浮かべた。
「開かずの間がいくつかあったろ。それ、持って行ってみるか」
「……死体漁り……」
「知らねえのか。こういう時は、『死人に口なし』って言うんだぜ」
閉口するユエをよそに、慧斗は遺骨の指から指輪を引き抜いた。
そのまま、二人は二階の書斎に戻った。封印された書棚に向けて指輪をかざすと、膜のように覆っていた封印ははらはらと崩れ、やがて跡形もなく消えた。
「……開いた……」
「ホレ、当たった」
予感的中ににっと笑うと、慧斗は次に奥の扉へと指輪をかざした。同じように崩れ消えていく封印の先、扉の向こうは、錬金術師の工房だった。フラスコや試験管、薬品や触媒の入った瓶など、多数の実験材料が取り揃えられている。
「これは……ちょっとすごい、かも」
「錬金術師の工房ってか。そんなもんかねえ」
思わず瞠目するユエとは裏腹に、慧斗はふーんと鼻を鳴らすだけだった。魔法使いとしての意識の差が、如実に表れた。
しばらく中を見て回っていると、ユエが何かを見つけた。
「――ケイト!」
「どうした」
「これ、見て」
実験台の上に置かれたそれは、一枚の紙だった。どうやらこの建物の設計図らしい。
「ここがこうだから、こうなると――あそこがそのまま『出口』になるわけだ」
先ほどの三階の部屋、大魔法陣のことである。あれがそのまま、地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。
「これも、その指輪が鍵みたい」
「死体漁り前提かよ。セキュリティ感覚どうなってんだ、この場所……」
あまりにも杜撰な設計に、今度は慧斗が閉口する番だった。
そしてもうひとつ、ユエは指輪を発見した。
「これは……」
「なに? また指輪?」
「“宝物庫”。中に、たくさんの物を収納できる」
「へー、便利いいー。貰ってくか」
オスカー・オルクスには悪いが、ありがたく頂戴しよう。ここで腐らせておいても意味はない。
「じゃ、いろいろ分かったわけだし――しばらく、ここを拠点にするか」
「?」
「ここ最近、連戦で疲れたろ。休息には丁度いいし、準備がてら英気を養おうってな」