ありふれた癌   作:Matto

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14:新たなる旅立ち

 一休みした後、二人は書斎に戻って書棚を漁り始めた。神代に関する情報、その他の迷宮の場所、神代魔法の詳細――知りたいことは色々ある。

 

 

「で――この“神代魔法”って何?」

 

 

 資料を漁りながら、慧斗はふと呟いた。

 

 

「文字通り。神代にのみ揮われた古い魔法。現代では失伝していて、使える人はいない」

「へー」

「あの魔法陣は、神代魔法を刷り込むための術式だったみたい」

 

 

 それに、ユエが滔々と答える。魔法の区分がいまひとつ理解できない慧斗は、ふーんと鼻を鳴らすことしかできなかった。

 

 

「んで、ここの場合は……“生成魔法”?」

「そう。鉱物に魔力を込めて、特殊な性質をもった鉱物に変えることができる」

「つまり物品に使えば、魔導具(アーティファクト)とかも作れるわけ?」

「たぶん、そう」

 

 

 ユエの説明に、慧斗はしばし沈黙した。

 

 

「……一言言っていい?」

「いいよ」

「宝の持ち腐れじゃね? いや、俺の場合」

 

 

 慧斗の言葉に、ユエはしばらく答えを見つけられなかった。気の遣いようがなかった。

 

 

「それは……たぶん、そう。ケイトは、複雑な魔法が使えないから」

「だよなあ……魔法付与とか言われても、どうすりゃいいか全然分かんないもん」

 

 

 というか、並大抵の術師でさえ容易に扱えない気がする。魔法を発動するのではなく、その異能を物体に込めるのだ。付与術師や錬成師など、特化職でなければ使いこなせないのではなかろうか。

 

 

「それがどうかした?」

「この記述、どう思う」

 

 

 そう言うと、慧斗はひとつの資料を差し出した。どうやら残り六つの迷宮にも“解放者”と神代魔法が保管されており、異なる魔法を授ける手配になっているらしい。

 

 

「……つまり――他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入る?」

「面白い仕掛けだよな。アヤシイ迷宮の奥底で人体改造の繰り返し、邪神の眷属に逆戻しってわけだ」

「言い方、意地悪」

「他に言いようねえじゃん」

 

 

 慧斗の悪し様な言いようを、ユエが咎めた。“解放者”たちの伝承とその末路を思えば、残念ながらそう評するしかない。邪神に最も近い力を有し、その喉元に迫っていながら、結局は主神に逆らった眷属と貶められたわけだ。

 

 

「ま、細かいことはいいわ。その神代魔法を漁りまくって、地球に戻れる魔法を探し当てるか」

「……そうだね……」

 

 

 何気なく呟いた慧斗の言葉に、ユエは気落ちした様子で答えた。それは、慧斗との旅の終わり――二人の別離を意味している。

 仕方ない。彼は異世界から連れられた少年で、自分は遥かな過去から置き去りにされた根無し草。元より交わらぬはずの仲は、どこかで引き裂かれる。

 

 

「――お前、こっち来る?」

「え?」

 

 

 何気ない慧斗の言葉に、ユエははっと顔を上げた。

 

 

「たぶん地球に戻る魔法も、お前頼みになるし。せっかくだから一緒に来るか?

 魔法がねえから、色々窮屈かも知れないけど、少なくとも邪神から逃げることはできるぜ。

 あ、でも戸籍がないわ。親父のコネで、何とか都合してもらえないかな……」

 

 

 考え込む慧斗は、既に()()()でのユエの生活に思いを馳せている。呆然としたユエは、かすかに震える声で問いかけた。

 

 

「……行って、いいの?」

「そこに、お前の安息があるのなら」

 

 

 当然のように返した慧斗の言葉に、ユエは胸が高鳴る思いがした。ユエは再び、慧斗に抱き着いた。

 

 

「ケイトは、やさしい」

「やめろやめろ、恥ずいっての」

「恥ずかしがり屋で、かわいい」

「だからやめろっての!」

 

 

 そんな乳繰り合いはさておき。

 二人はしばらく資料を漁ったが、各迷宮の正確な位置を示すものは発見できなかった。現在確認されている『グリューエン大砂漠の大火山』『ハルツィナ樹海』、目星をつけられている『ライセン大峡谷』『シュネー雪原の氷雪洞窟』――この辺りから調べていくしかないだろう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく風呂あんだし、入るか。ユエ、先に入っていいぞ」

 

 

 リビングで装備を解きながら、慧斗はユエに向けて言った。ユエはこくりと頷いたが、立ち去る前にとててと駆け寄った。

 

 

「覗いちゃ、ダメ」

「お前じゃ覗き甲斐がねーよクソチビ。せめてもう少しいい身体になってから出直せ」

 

 

 慧斗はヘンと鼻を鳴らした。目をぱちくりとさせたユエは、すぐにその頬を膨らませ、

 

 

「……ムッツリスケベ!!」

 

 

 と、捨て台詞を吐いて走り去っていった。

 

 

「……女心は分からんねえ」

 

 

 呆れながら装備を解き切った慧斗は、ソファに座りながらステータスプレートを取り出した。

 

 

穂崎慧斗 17歳 男 レベル:36

天職:計測不能

筋力:計測不能 体力:計測不能

耐性:計測不能 敏捷:計測不能

魔力:計測不能 魔耐:計測不能

技能:

 異界言語

  トータスで使用される言語が自動翻訳される。

 気配探知

  生物/無生物が発する気配や魔力を探知することができる。

 詠唱破棄[中級]

  中級魔法までの詠唱を省略することができる。

  中級魔法の場合、詠唱することで効果を強化できる。

 暗視

  自動発動。暗闇での視覚能力低下が抑制される。

 悪食

  魔力に侵された肉や植物への耐性。

  それらを食すことができるが、苦痛は抑制できない。あとすごく不味い。

 魔力継承:雷纏

  二尾狼より継承。全身に雷を纏うことができる。

 魔力継承:空歩

  蹴り兎より継承。空中で跳躍することができる。

 

 

(――……また増えてる……しかもランク上がってるし……)

 

 

 もうそろそろ何でもありの域になってきた。固有魔法の継承が増えていないのは、ユエに魔力を抜いてもらいながら食べるようになったためか。

 とにかく、強くなれるのはいい。この先、どんな敵に出くわすか分からないのだから。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「上がったよ、ケイト」

「おー。湯はまだ張ってある?」

「張ってる。でも、飲んじゃダメ」

「何で飲むって発想になるんだ。頭イカレてんのかクソチビ」

 

 

 風呂上がりでほかほかとした雰囲気を纏い、バスローブに着替えたユエが戻ってきた。入れ替わるようにソファから立った慧斗は、去り際によく分からない警告を受けた。

 服を脱ぎ、風呂場に立つ。ユエの言う通り張ったままの湯は、ほかほかと柔らかな空気を漂わせていた。

 慧斗は簡単に体を洗うと、浴槽に足を踏み入れ――ざぶりと潜り込んだ。

 

 

 五分経った。まだ余裕がある。

 波も風もない地下の風呂では、ただかすかな水音だけが慧斗の耳に届く。

 十分経った。そろそろ苦しくなってきた。

 どくんどくんと、いやに心臓が高鳴る。酸素が足りない、空気を寄越せと、慧斗の中枢をせっついているかのようだった。

 十五分経った。いよいよたまらず、慧斗は湯船の底から手を離した。

 水面から顔を出す。ぷは、と息を吐き、新鮮な空気を肺に吸い込んだ。

 

 

(まだ、生きている)

 

 

 酸素を求めて肺が動く。心臓が全身に血を巡らせ、細胞という細胞が活動を繰り返す。

 まだ、己は生きている。

 

 

「やっぱり、飲んでた?」

「飲んでねえわクソチビ。つーか何でいんだよ」

 

 

 いるはずのない少女の声に、慧斗は反射的にツッコんだ。その図太さは、果たして誰に鍛えられたものか。

 慧斗が振返ったその先には、バスローブを脱ぎタオルで身を包んだユエが立っていた。

 

 

「スキンシップ。……裸の、付き合い?」

「誰から聞いたそんなワード」

「お背中、流します……か?」

「本当に誰から聞いたそのワード」

「ここの資料に、あった」

「碌なもんねえなここ!」

 

 

 オスカー・オルクス、あるいはその仲間たちは変態なのかも知れない。そんな悪態を吐きつつ、半ばユエに押し切られる形で、慧斗は背中を流させる羽目になった。

 こし、こしとタオルが背中を擦る音だけが響く。滅多にない役得な経験ではあるが、所詮相手は少女体型のユエだ、興奮などするはずがない。ないのだが――

 

 

(正直、マズい)

 

 

 正確には、あと半周りくらい成長したら。今でこそ色気もない少女体型だが、順当に成長していれば、さぞ美人になったことだろう。そこまで成長した姿を想像したとき、己の何かが危なくなる。

 そんな気配を察知したのか、ユエはにやりと笑い、背中越しに声を掛けた。

 

 

「気になる? ケイト」

「ならない」

「じゃあ、何でこっち見ないの?」

「見る必要がない」

 

 

 にやにやとからかってくるユエに対し、慧斗は意地になって正面を向き続けた。反射的に、きゅっと股を閉じた。

 

 

「こっち向いて」

「やだ」

「やっぱり、照れてる」

「いいんだよそういうしょーもない乳繰り合いは!!」

 

 

 夜の来ない地下の楽園。そんなしょうもないやり取りが、湯煙越しに続けられた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだユエ」

「なに?」

 

 

 すったもんだの果てに、ようやく上がった慧斗。バスローブに着替えると、ふとユエに声を掛けた。

 

 

「ちょっと、俺の武器に施してほしい魔法があるんだけど。生成魔法の練習代わりに頼めるか」

「いいよ。何?」

「えーっとな……『魔法を呑み込む魔法』」

「???」

 

 

 ぼんやりした慧斗のリクエストに、ユエは首を捻った。

 

 

「何ていうかな……相手が撃ってきた魔法を吸収して、斬撃に乗っけて撥ね返す、って感じの魔法。

 そうすれば盾替わりにもなるし、攻撃力もアップするし」

 

 

 詳細化された慧斗の要望に、ユエはまた閉口した。それはつまり、敵の魔法に対して剣一本で立ちはだかる、という戦い方が前提になる。

 

 

「……無茶なことばかり、考える……」

「しょうがねえじゃん。俺の戦闘、近接格闘が軸なんだから」

 

 

 苦言を呈するユエに、しかし慧斗は開き直った。魔法使いとしての才覚があるならともかく、慧斗はそれに乏しいという診断結果が出た――というか、結局本当の適性がよく分からないまま実戦に駆り出された身である。どうしようもないところだった。

 

 

「分かった、やってみる」

「おう、頼むわ」

「ただし……」

「うん?」

 

 

 きょとんと首を傾げる慧斗に対し、ユエは真剣な眼差しで見つめた。

 

 

「無茶は、しないでね」

「考えとくよ」

 

 

 ユエの懇願に対し、慧斗はひらひらと手を振った。それが果たされないであろうことは、この時のユエでも容易に推測できた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 地下遺跡に逗留してから、十日ほど経った。

 オルクスの資料を漁り、一通り装備を整備し、これ以上の成果は得られないと判断した二人は、ついに地上に出ることを決めた。

 

 

「武装は大丈夫?」

「おう。お前も、着替えはどんな感じ?」

「とってもいい。ケイトとお揃いなのが特に」

「言うほどお揃いか……?」

 

 

 慧斗が纏う黒のジャケットと、ユエの纏う白いコート。大してお揃い要素はない気がするが、ユエは気にしていないようだ。

 

 

「さて、準備はいいか」

「うん」

「世界中に狙われるぞ。邪神の手先が待ってるかも知れねえ。それでも、いいか」

「大丈夫。ケイトの傍が、私の居場所」

「そこまで畏まらなくていいんだって」

 

 

 迷いのないユエのその瞳は、真剣に言っているらしい。慧斗としては、別に自分に拘る必要はないのだが……まあ、この際何でもいい。

 

 

「じゃ、こういう時は――拳を合わせな」

 

 

 慧斗はぐっと拳を握ると、ユエの前に突き出した。ユエも同じように拳を突き出し、二人の拳が重なる。

 

 

「さあ、気合い入れていくぞ!」

「おー」

 

 




装備:
 黒鉄のグレートソード
  特別な効果のない、ただ頑丈な大剣。耐性向上の魔法のみ付与されている。
  ユエの生成魔法によって、『魔力攻撃を受け止めて吸収し、反撃に用いる』という特性が付与された。
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