ありふれた癌   作:Matto

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02:契約

 三人の間に、長い長い沈黙が流れた。

 

 

「…………え?」

「断る。それくらい自分たちで何とかしろ」

 

 

 冷たく言い放った慧斗は、切り落とした肉片を担いで立ち上がった。なお魔石は見つけられなかった。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと! 何故です!? 今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか!

 ――って、あっ、無視して行こうとしないで下さい! 逃しませんよぉ!」

「うるせえ離――おい本当に離せよ何だその怪力!?」

 

 

 無視して歩き出そうとした慧斗は、がっしりと腰を掴むシアの怪力に驚愕した。こんな細腕のどこに、こんな怪力が宿っているというのか。

 どうしても諦めないといった様子のシアの前で、慧斗はため息を吐きながら座り込んだ。

 

 

「じゃあ訊くがよ、お前たちを助ける義理がどこにあるんだ」

「ぎ、義理って――」

 

 

 そして容赦なく放たれた言葉に、シアは思わず口ごもった。

 

 

「別に親族縁故でもない、恩義や貸し借りがあるわけでもない、助けたところで報酬も期待できない。仕事量に対する動機が圧倒的に足りねえんだよ。そんなんで見ず知らずの他人を動かそうってなァ、いったいどういう神経だ」

「う」

「というか敵が多すぎんだよ。亜人共に追われ、帝国兵に追われ、魔物に襲われ――しかもその原因が全部お前自身ときた。他人の奉仕を強請(ゆす)る前に、手前(てめえ)ら自身でやることがあるだろうが」

「うう」

「だいたい、『助ける』ってのはどこまでの範囲を指してやがる? 峡谷から脱出できるまでか? 帝国兵を退けるまでか? 北の山脈地帯とやらに逃げ切るまでか?

 ――それともまさか、捕まった家族を助け出せとか言い出すんじゃねえだろうな。戦えないお前たちを抱えて? ほとんど無報酬で? どこまで面の皮が厚いんだお前」

「うううう……」

「ケイト、手心」

「そうやって騙されたのが俺たちなんだっつの。いまさら『困っています助けてください』だけで動いてやるほど心が広くねえ。動かしたけりゃ、きちんと対価を提示して『商談』をするもんだ。

 それとも何か。お前には、こいつを助けてやる義理があんのか」

「特にない」

「お前こそ手心加えろよ」

 

 

 よよよと泣き崩れるシアの横で、慧斗とユエの二人は言い合った。酷薄具合ではどっちもどっちである。

 

 

「そんな……でも、守ってくれるって()()()()()のに!」

「……さっきも言ってたな。何の話?」

 

 

 身の上話ではさらりと流された、固有魔法に関することだろうか。そもそも、家族から離れて単独行動をしていたというのも、不審といえば不審だ。

 

 

「あ、はい。“未来視”といいまして、仮定した未来が見えます。『もしこれを選択したら、その先どうなるか?』みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……

 そ、そうです。私、役に立ちますよ! “未来視”があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! あなた方が私たちを助けてくれている姿が! 実際、ちゃんとあなた方に会えて助けられました!」

 

 

 つまるところ、『仮定未来を占った結果、慧斗たちに助けられる未来が見えた』ということらしい。

 

 

「……らしいけど」

「自衛に使えよ。つーか、そんな便利な魔法があるなら、初めから()れなかったんじゃねえの?」

「じ、自分で使った後はしばらく使えなくて……」

()れた時は、既に使った後だったと。……何に使ったんだ?」

「……ちょ~っとですね、友人の恋路が気になりまして……」

「ただの出歯亀じゃねえか、アホくせえ!」

「うぅ~、猛省しておりますぅ~」

 

 

 呆れ返った慧斗の言葉に、シアは何も言い返せなかった。擁護のしようもなく自業自得である。

 やってらんねー、と再び立ち上がった慧斗の裾をくいくいと引き留めると、ユエはシアに向き直った。

 

 

「あなた、樹海の案内はできる?」

「ふぇ?」

「ユエ?」

 

 

 意外な質問に、慧斗とシアは首を傾げた。

 

 

「この人たちに案内させて、ハルツィナ樹海の迷宮を探索する」

 

 

 ユエの提言に、慧斗は僅かに顔をしかめた。

 ハルツィナ樹海は文字通り深い森で、亜人の道案内がなければ容易く道に迷い、死ぬまで彷徨うことになると言われている。大抵の冒険者は亜人の奴隷を連れて道案内をさせるのだが、残念ながら二人は無一文なので、そんな余裕はない。

 

 

「そ、そうだ! 父様なら道案内もできますし、長老会議に渡りをつけることもできるはずです!」

「追放されたんじゃなかったっけ?」

「そ……そのあたりは何とでも!」

 

 

 ユエの言葉を助け舟と見たか、元気を取り戻したシアは必死に有用アピールを始めた。未だ懐疑的な慧斗は、くるりと身を翻してユエと内緒話を始めた。

 

 

「……冗談よせよ。たかが樹海の道案内のためだけに、こんな厄ネタ抱え込もうって腹積もりじゃねえだろうな?」

「他に当てはある?」

 

 

 ユエの毅然とした反問に、慧斗は思わず閉口した。土地勘のない樹海を無理矢理踏破しようとしたところで、帰り道さえ分からなくなるのが関の山だ。亜人の協力は、必要不可欠である。

 

 

「利用できるものは、利用する」

「結果、新しい厄介事を抱える羽目になってもか?」

「このままだらだら歩いていても、事態は打開しない」

 

 

 続けざまに放たれたユエの言葉に、慧斗は仕方なく根負けした。

 

 

「――……しゃーねえ。ここで見捨てんのも寝覚めが悪いし、請けてやるよ」

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

 

 

 がりがりと頭を掻きながら、苦虫を噛み潰したような顔で答える慧斗の言葉に、シアは涙と鼻水で顔をべしょべしょにしながら喜んだ。

 とはいえ、悠長に歓喜している場合ではない。一刻も早く家族を助けに行くため、シアは立ち上がった。

 

 

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それで、お二人のことは何と呼べば……」

「穂崎慧斗。慧斗(ケイト)が、名前」

「……ユエ」

「ケイトさんにユエちゃんですね!」

「『さん』をつけろ」

「!?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。

 その岩陰を、兎耳がこそこそと逃げ回っていた。数にしておよそ二十対、さらに向こう側に隠れているのを含めると四十はある。

 岩陰で怯える兎人族を追い立てるように、大きな飛竜が群れを成して旋回していた。鋭い爪と牙に加え、尻尾の先には棘のついた大きな瘤を有している。ハイベリアという名のそれらは、こそこそと逃げ回る獲物を追い立て、手近なものを見定めるべく飛翔していた。

 

 

「もうだめだ、おしまいだ……」

 

 

 兎人族の一人が、絶望に膝を折った。それを見つけたハイベリアの一頭がが、翼を畳んで急降下する。太い足がその兎人族の背を捉えようとしたとき――

 

 

「ごきげんよう、死ね!」

 

 

 彼方から突っ込んできた黒鉄に貫かれ、ギャアァァと悲鳴を上げながら墜落した。

 群れの仲間が襲われた突然の事態に、ハイベリアたちがぎょっと視線を集中させる。黒鉄の主――慧斗は、墜落した個体からずぶりとグレートソードを引き抜くと、群れの残りを睥睨し、くいくいと手を掲げて挑発した。

 囲んで襲えばおしまいだ。そう判断したハイベリアたちが、一斉に急降下して襲い掛かる。襲い来る死の爪に対し、慧斗はグレートソードをぐっと脇に構えると、

 

 

「――ふぅッ!」

 

 

 一気に薙ぎ払った。

 まとめて突っ込んできたハイベリアたちが、丸ごと胴を両断された。びちゃびちゃと夥しい血と臓物を撒き散らし、泣き別れになった上半身と下半身が揃って墜落する。どさりと地面に落ちるころには、群れの全てが絶命していた。

 

 

「な、何が……」

 

 

 その凄惨な光景に、兎人族たちが揃って唖然とした。中には、ハイベリアに襲われた時以上にがたがたと震える者もいる。そんな気配に不愉快さを覚えながら、慧斗はグレートソードを担ぎ直した。

 そんな緊迫した空気を破ったのは、シアの快活な声だった。

 

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

「シア!?」

 

 

 この十六年ですっかり聴き慣れた声。フェアベルゲンにその存在を知られてから、ずっと思いつめた様子を見せていた少女。今朝がた突然姿を消し、一族総出で捜していた大事な家族。それが、笑顔を取り戻して駆け寄ってくる。

 

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

 

 初老の兎耳男が岩陰から飛び出し、シアに駆け寄った。ぎゅっと抱きしめられたシアは、嬉しそうに頬擦りをし、残りの兎人族も続々と集まってくる。それを横目に、慧斗はぐしぐしと返り血を拭った。

 

 

「その、あなた方は……?」

 

 

 家族の感動の再会が終わったところで、シアの父ことカム=ハウリアが、じっと一同を睥睨する慧斗と、その隣に立つユエに声を掛けた。

 

 

「通りすがりの魔物もどきです。バケモノに縋るか魔物に食われるか、好きな方を選びな」

「そ、それは……」

「いちおう『元』人間なのと、あんたの娘は了承した。あんたが族長のカム=ハウリア殿で間違いないか?」

「え、えぇ、そうです。この度は、助けてくれてありがとうございます。しかし、本当に救援が来てくれるとは……」

 

 

 遠慮なく捲し立てる慧斗にたじろぎつつ、カムは感謝の言葉を述べた。その横から、シアが嬉しそうに飛び出した。

 

 

「ねっ? ねっ? 私の言った通りでしょう?」

「ああ、お前はすごい子だ、シア」

「えへへ~」

 

 

 飛び跳ねるようなシアの物言いに、カムはその頭を優しく撫でた。――その様子を無視して、慧斗はハイベリアの亡骸を漁りつつ口を開いた。

 

 

「契約だ。忘れてねえだろうな、ウサ公」

「うっ……」

「どういうことです?」

 

 

 容赦ない物言いに、シアが思わず怯む。カムの問いに対し、慧斗はハイベリアの魔石を摘出しながら続けた。

 

 

「あんたらの救援と引き換えに、ハルツィナ樹海の案内をしてもらう。俺たちはそういう契約を交わした」

「そ、それは……」

 

 

 慧斗の冷酷な物言いに、カムは思わずたじろいだ。樹海を追われて逃げてきたというのに、その樹海に逆戻りするとは……

 

 

「……あんたらの事情は聞いてる。また危険に晒すことになるだろうってこともな。それが厭なら――」

「いいえ、いいえ。お任せください」

「……信用するの? 私たちを」

 

 

 慧斗の念押しに対し、カムは二つ返事で承諾した。あまりの不警戒ぶりに、ユエが思わず問いかける。

 

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

「あっそ」

 

 

 カムの理屈は、二人にとっていまひとつ理解しがたいものだった。片や歴史の授業で親類縁者の確執を学んできた慧斗と、片やその当事者として裏切られたユエ。二人にとってはただの無防備にしか思えなかったが、しかし承諾された以上、追及の意味はない。

 

 

「じゃあさっさと出るぞ。ここじゃ思うように動きづらい。

 あ、あとこれ担いどいて」

「えっ……な、何ですか、これは」

「魔物の肉。あとで調理して食べるから」

「しょ、正気ですか!?」

「仕方ないじゃん他に狩るのめんどくさいんだから」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 脆弱な兎人族、計四十人と少し。魔法が使えないライセン大峡谷など関係なしに、誰にとっても絶好の獲物だ。

 

 

「――疲れる!!!」

 

 

 迫りくる数々の魔物を捌きながら、慧斗は汗だくで叫んだ。

 何しろユエが戦力にならない以上、対処できるのは慧斗一人。しかも機動力が制限されているので、あちらこちらから迫りくる魔物を、走り回りながら始末しなければならない。

 

 

「クロスボウとか貰っとけばよかった。いちいちめんどい」

 

 

 後悔先に立たずとはいえ、慧斗は己の準備不足に苦々しい思いを抱いた。詠唱破棄できる初級魔法さえあれば不要、という油断が仇となった。

 最悪、初級魔法なら使えるユエはまだしも、とにかくハウリアたちの自衛能力の低さが問題だった。逃げるならともかく、その場に蹲って怯えるだけの者さえいる。横薙ぎの広いグレートソードの攻撃範囲が仇となり、慧斗は想像以上の苦戦を強いられた。ハウリアの全員が大怪我を追わずに済んでいるのは、幸運の方が大きいと言っていい。少なくとも慧斗にはそう思えた。

 それでも、圧倒的な力で凶悪な魔物を屠っていく様は、小さな子供たちの尊崇を受けるに値するらしい。そのきらきらとした眼差しを見て、シアが微笑みながら慧斗に声を掛けた。

 

 

「ふふふ、ケイトさん。チビっ子たちが見つめていますよ~。手でも振ってあげたらどうですか?」

「寄るな触るな鬱陶しい」

「いだだだだ」

 

 

 もっとも、慣れない戦い方で疲弊している慧斗の知ったことではないが。慧斗は八つ当たり気味に、擦り寄るシアの顔をぐっと掴んだ。

 

 

「はっはっは、シアは随分とケイト殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ケイト殿なら安心か……」

「あんたの目は節穴か?」

「私も、どうかと思う……」

 

 

 一方、その父であるカムにとっては微笑ましいじゃれ合いに映っているようで、目尻に涙さえ浮かべている。閉口する二人とは裏腹に、周囲のハウリアたちも同じように生暖かい視線を送っていた。基礎能力(スペック)以前の問題として、こういう悠長な精神性が一番の問題ではなかろうか。

 そんな道中を経て、一行は峡谷の出口へ辿り着いた。よく見ると、そこそこに立派な階段が作られている。果たして誰が何の目的で作り、どうやって整備しているのか……懐疑を抱く慧斗の横で、ユエはその向こう側に鬱蒼と茂る森を見つけた。そう遠くない場所に、目指す樹海があるらしい。

 いずれにせよ、この階段を上らなければ始まらない。歩き出す慧斗に向かって、シアが不安げに話し掛けてきた。

 

 

「帝国兵は……まだいるでしょうか?」

「どうだろうな。お前たちが逃げ回った期間によっちゃ、もう全滅したと諦めてる可能性もあるけど」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……どうするのですか?」

「ま、始末するしかねーわな」

 

 

 歩きながらさらりと言ってのけた慧斗に、文字通り聞き耳を立てていたハウリアたちはぎょっとした。シアは真剣な表情で、意を決して尋ねた。

 

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ケイトさんと同じ……同じ? ……とにかく、敵対できますか?」

「お前は未来視ができんだろ。それで見ればいいじゃねえか」

「はい、見ました。帝国兵と相対するお二人を……」

「そんで?」

 

 

 階段を上りながら問い返す慧斗に、今度はシアがぎょっとする番だった。わざわざ念を押して尋ねたというのに、まるで気にした様子がない。

 

 

「そんで、って……いいんですか? 帝国兵から私たちを守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

「いや、だからそれがどうしたんだって」

 

 

 くどい追及に、胡乱げな表情を浮かべたのは慧斗の方だ。自分たちハウリアの敵であることは間違いないはずなのに、何故こちらのことを気にするのか。

 

 

「ど、同族ですよ? いいんですか?」

「お前たちだって、同族に追い出されてるじゃねえか」

「それは、まぁ、そうなんですが……」

 

 

 いよいよ戸惑うシアの言葉にも、まるで気にせず返す。何が訊きたいのか、さっぱり理解できなかった。

 

 

「そこら中で殺し合いをやってる禿猿共が、ここで何人死んだところで大した違いじゃねえだろ。お前は俺にどうあって欲しいんだ?」

 

 

 そう言ったきり、慧斗は階段に足を掛けて上り始めた。戸惑うハウリアたちへ「早く上れ」と急かしつつ。

 そういう血みどろの歴史を積み重ねてきました。その現場に叩き落されました――で、果たして通る話だろうか。

 

 

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