ありふれた癌   作:Matto

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03:帝国兵

 くねくねと蛇行する階段は、壁面としては無防備なエリアである。相変わらず襲撃してくる魔物を慧斗が捌いていると、先に上り切ったのはハウリアたちだった。

 

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~、こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 

 登りきった崖の上、そこには三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。カーキ色の軍服の上から軽装甲を着け、剣や槍、盾を備えている。

 

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイてるな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい()()してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる~!」

 

 

 まるで戦闘態勢も取らず、性奴隷でも品定めするような下卑た視線が、ハウリアの女たちに突き刺さる。狩る側と、狩られる側――その絶対的な力関係に、ハウリアはただ怯えて震えるばかりだった。ついでに現れたユエに対しても、「おっ、()()()()のガキもいるじゃ~ん」と舐め回すような視線を向ける。一方のユエは、帝国兵たちを無言で睥睨していた。則ち、「どれから始末しようか」と。

 そんな不愉快な緊迫感は、ひとつの人影によって破られた。ようやく峡谷の魔物を始末しきり、階段をびょーんと大跳躍して、ハウリアたちの前に着地した慧斗である。

 

 

「あぁ? お前、誰――な、何もんだ!?」

「やっぱマズいってこれ。相当深刻だよ」

 

 

 慧斗の異様に、帝国兵たちはぎょっと目の色を変えた。さもありなん、彼の容貌はどう見ても魔物である。その慌てぶりに、いよいよ慧斗は閉口した。

 

 

「魔物――いや、魔人族か!? やべえぞやっちまえ!」

「――ユエ! ここなら魔法使えるよな!?」

「ん。準備万端」

 

 

 慌てて戦闘態勢を取り始めた兵士たちを前に、慧斗は鋭く叫んだ。ユエもぐっとサムズアップして答える。今度こそ、十全に戦える。

 目の前の異常存在に警戒する兵士たちへと、慧斗はいち早く吶喊した。

 

 

「ずぇいッ!」

「ぎゃあっ!?」

 

 

 まずは腰の引けた一人を両断。弾かれたように槍を突き込む三人に向かって、ぴいと指を引く。

 

 

「“爆導策”!」

「がはっ!?」

 

 

 連鎖爆発が三人を呑み込み、焦熱とともに絶命させた。さらに踏み込み、勢い任せに三人を刎ね飛ばす。

 

 

「ぎゃぁっ!?」

「か、囲め!」

 

 

 あっという間に、七人。とんでもない化物だと悟った兵士たちは、仲間の遺骸を踏みつけるように慧斗を取り囲んだ。全方位から攻撃すれば、この魔人紛いの化物とて――

 ばきばきと歯を食い縛り、グレートソードを握る手に万力を込める。

 

 

「――ぜぁぁっ!」

「うごっ!?」

「ぐわぁっ!」

 

 

 ぐるりと空を斬る黒鉄が風を巻き上げ、剣を砕き、盾を割り、取り囲んだ兵士を丸ごと両断した。血と臓物が飛び散り、兵士たちの上半身が吹き飛んだ。

 その隙に、兵士の一人がユエの手を掴み上げ、剣を突き付けて叫んだ。

 

 

「――お、おい! このガキがどうなっても――」

「やめといたほうがいいよー」

「“風刃”」

「ぐわぁぁっ!?」

 

 

 この小娘を使えば脅迫に――と踏んだその兵士は、他ならぬその小娘によって五体を引き裂かれた。いよいよ及び腰になり、逃走を考え始めた兵士たちは、しかし一歩間に合わなかった。

 

 

「“炎界”」

「ぎゃあぁぁぁ――!?」

 

 

 ユエの言霊とともに火焔の波が扇状に放たれ、呑み込まれた兵士たちの絶叫が轟いた。

 残すは、あと一人。剣も盾も放り出し、へたり込んだ姿でずりずりと後ずさりしている。その視線の先は、返り血を浴びて真っ赤に染まった慧斗の姿。

 

 

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

「誰かって誰だよ? もう誰もいねえよ」

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「『何でも』って具体的にはー?」

 

 

 血と臓物に塗れたグレートソードを担ぎ、けろりとした顔で歩み寄る慧斗に、兵士は必死になって懇願した。慧斗の心を動かすには足りなかった。

 

 

「そうだなー……他の兎人族をどうしたか、教えてもらおうか。結構な数が居たらしいけど」

「……は、話せば殺さないか?」

 

 

 両手を上げて、恐る恐る問い返す兵士に向けて、慧斗はがしゃんとグレートソードを突き付けた。

 

 

「この期に及んで交渉できる身分か? どうしても聞きたい話ってわけでもねえんだけど?」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は()()()から……」

 

 

 ぼたぼたと零れる仲間の血に怯えながら、兵士は震え声で答えた。その表現に、慧斗は無言で顔をしかめた。

 輸送人数を限定したということは――選定条件を満たさない者を、()()()()()を始末したということだろう。兵士の言葉に、後ろから聞いていたハウリアたちは悲痛な表情を浮かべた。

 

 

「遺体は、どこにある」

「あ、あっちだ。茂みの先に――」

 

 

 慧斗の質問に、兵士は震えながら茂みを指差した。ハウリアたち全員の視線が、そちらに集中した。

 他に聞き出せることはないだろう。慧斗はグレートソードを担ぎ直し、その気迫を緩めた。

 

 

「よーし。聞くこと聞いたし、後始末をつけるか」

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

「興味ない。失せろ」

「ひ、ひぃぃっ!」

 

 

 慧斗の冷たい言葉に、兵士は這う這うの体で逃げ出す。帝国軍人の威光も何もない、情けない遁走に――

 

 

「――ああすまん、忘れてた。“閃涛”」

「がはっ……!」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 冷たく言い放った慧斗の指先から、高圧噴射された水が迸り、背後から兵士の左胸を貫いた。一撃で心臓を穿たれた兵士は、そのまま倒れ伏し、自らの血に溺れて事切れた。

 これで、殲滅完了。ハウリアたちの第二の脅威は排除した。ようやく戦闘態勢を解いた慧斗に向かって、シアがおずおずと歩み寄った。

 

 

「あ、あの、さっきの人は、見逃してあげても良かったのでは……」

「ま、そうかもな。運よく帝国の町に逃げ延びて、『兎人族の生き残りがまだ残ってる』なんて言って回るかもな。女子供は高く売れるから、最悪師団規模がやってくるかも知れんな」

 

 

 肯定も否定もせず、およそ考えうる最悪の事態を述べるだけの慧斗に、ハウリアたちは震え上がった。

 奴隷にされる未来も恐ろしい。さりとて、ここまで凄惨に虐殺する謂れもないのではないか。自分たちは、恐ろしい化物に縋ってしまったのではないか――そんな複雑な感情に呑み込まれるハウリアたちに苛立ったのか、ユエが無表情で口を開いた。

 

 

「……守られているだけのあなたたちが、そんな目をケイトに向けるのは、お門違い」

 

 

 ユエの言葉に、ハウリアたちはばつが悪そうに目を背けた。無力ゆえに他人に縋ることしかできない彼らに、他人を糾弾する資格はない。それは重々承知だ。

 

 

「……ケイト殿、申し訳ない。別に、貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」

「はあ?」

 

 

 一族を代表して前に進み出て、謝罪の言葉を述べるカムに、しかし慧斗は初めて目を剥いた。

 

 

「生きたきゃ戦うのが、生物の基本原則だろうが。そんな甘ったれた根性で、今までどうやって生きてきたんだ?」

 

 

 あからさまに不機嫌な態度を見せる慧斗に、ハウリアたちは何も返せなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 きっかけは、慧斗の一言だった。

 

 

「帝国の葬儀方法って知ってる?」

「しらない。それが?」

「ウサギ共はー?」

 

 

 当然に知らないユエの答えを貰うと、慧斗は次にハウリアたちに声を掛けた。全員が、首を横に振った。

 

 

「じゃ、普通に土葬にするか。認識票ぐらいあると分かり易いんだけど――っと」

「ステータスプレートがあったら、代わりになると思う」

「じゃあそれでいっか。ユエ、この辺に大きめの穴掘っといて」

「どのくらい?」

「こいつら全員収まるくらい。俺は、先にプレートを剥いで回るから」

 

 

 慧斗は兵士たちの遺骸を指しつつ言った。それはまるで、自ら殺した兵士たちを弔ってやるかのような物言い。

 

 

「……埋葬、するの?」

「生きてりゃ下衆だろうと、死にゃあ仏さ」

「ホトケって何?」

「地球だと、死人をそう呼ぶことがあるのさ」

 

 

 意外そうに問うユエに対し、慧斗は当然のように返した。阿弥陀如来がこの狂った異世界を見守っているかどうかは知らないが、その慈悲を試みるくらいはいいだろう。

 

 

「こいつらも、生きて、戦ってきたんだ。最低限の後始末はつけてやるさ」

「……不思議な人」

 

 

 慧斗の言葉に、ユエはそれ以上追及しなかった。異世界人なりの、あるいは彼なりの死生観なのだろう。

 一方、慧斗は何が何やらと戸惑っているハウリアたちに歩み寄った。

 

 

「族長殿。俺らは帝国兵を埋葬するから、あんたらは同族の埋葬をしてやんな。連中の言葉通りなら、亡骸はあっちにあるはずだ」

「――それは……」

()()()()()気はないぞ。そこまでのリソースなんかない。埋葬するなら、ここだ」

 

 

 戸惑うカムに、慧斗はきっぱりと言い放った。故郷に帰してやることはできない。無念と悔恨が残る、この地でしか弔うことができない。

 

 

「同族のために戦って死んだ。連中なりに頑張った。だったらそれに報いて生きるのが、あんたらの務めだろ」

「……はい……」

 

 

 有無を言わさぬ慧斗の言葉に、カムは沈痛な面持ちで了承することしかできなかった。

 そして、それぞれの作業が始まった。ステータスプレートを剥ぎ取るついでに、兵士たちの遺骸を並べる慧斗。その規模を見ながら魔法で土を掘り返し、穴を掘るユエ。茂みの向こうを確認し、そこに捨てられていた同族の姿に涙しながら、埋葬するべく運び出すハウリアたち。それぞれの作業に従事する横で、シアがユエの隣に歩み寄った。

 

 

「……不思議な人、なんですね」

「……ケイトのこと?」

「はい……」

 

 

 小声で話すシアの言葉には、僅かな恐怖があった。ユエはそれを否定しなかった。

 

 

「同族をあんなにあっさり殺せるほど残酷なのに、埋葬はきちんとしてあげる。普通の人の感覚じゃないです。あの人は……何者なんですか?」

「……私にも、分からない」

 

 

 オルクス大迷宮の百層を共にしたユエにも、彼の心理は分からなかった。

 戦争従事という現実が、彼の変質を強いたのか。奈落での孤独な戦いが、彼を歪めたのか。あるいは生来の気性として、その狂気が露わになったのか。

 

 

「残酷な人。慈悲深い人。厳しい人。優しい人。傲慢な人。背負う人。

 ……たぶん、全部がケイトの本質。何者にも偽ることがないように」

 

 

 そう、それを自ら課すかのように。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「で――魔力操作って、どうやったらいい?」

 

 

 兵士たちとハウリアたちの埋葬が完了後、慧斗はユエにそう問うた。

 

 

「何の話ですか?」

「見た目誤魔化すための方策。まさか無頼漢やっていくわけにはいかないんだし」

 

 

 それは、大峡谷でのやり取り。シアと遭遇したときに話していた、魔力操作で見た目を誤魔化す方法論。今後人界に紛れて生きていくにあたって、必要不可欠な工程である。

 

 

「座って。たぶん、時間かかるから」

「ほい」

 

 

 慧斗はユエに言われるがまま、地面に胡坐をかいて座った。

 

 

「まず、深呼吸しながら、『内側』の魔力を感じて」

「――……うん……」

「流れを、ゆっくり意識して。隅々まで」

「――……うん……」

「それらを全部拾い上げて、胸の中心に持ってきて」

「――……うん……」

「あとは、放散しないようにぎゅっと固める」

「――……」

 

 

 衆人環視の中、ユエの言葉通り、深呼吸をしながら体内の魔力を感じ、その流れを制御する。

 変化は一目瞭然だった。逆立つ白髪は元の黒髪に戻り、身体中を走る赤黒の線が引いていく。そしてゆっくりと開いた眼は、白目に黒い瞳だった。

 

 

「すごい……姿が変わりました……」

「どんな感じ?」

「“水鏡”」

「おおー……本当だ、元に戻ってる……」

 

 

 感心するシアの言葉とともに、ユエは水魔法で鏡を作り、その様子を慧斗に見せてやった。久々に見た己の顔は、もう三ヶ月も前になるそれと同じもの。髪が少し伸びすぎているが、人間の町に寄った際に床屋にでも行こう。

 思わず感動する慧斗の裾を、ユエがくいくいと引いた。

 

 

「ケイト」

「何?」

「元の姿も、かっこいいね」

「やめろ」

「照れてるのも、かわいい」

「だからやめろっての! 衆人環視だぞおい!」

 

 

 そのやり取りを微笑ましく見守るハウリアたちに、慧斗が思わずグレートソードを掲げたのは蛇足だろう。

 

 

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