ありふれた癌   作:Matto

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04:ハルツィナ樹海

 さて、帝国兵たちから馬と馬車を奪った一行は、その道中を馬車で進むことにした。

 

 

「あの、あの! ケイトさんとユエさんのこと、教えてくれませんか?」

 

 

 そこで突然口を開いたシアの言葉に、慧斗とユエは顔を見合わせた。

 

 

「話すことは話したろ」

「いえ、能力とかそいうことではなくて、なぜ、奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのかとか、お二人自身のことが知りたいです」

「……聞いてどうするの?」

 

 

 意味が分からない、と胡乱げな表情を浮かべるユエに対し、シアは躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……

 それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。お二人に出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて……

 勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっとお二人のことを知りたいといいますか……何といいますか……」

 

 

 もじもじと言葉を紡ぐシアに対し、しかし慧斗とユエの反応は冷たかった。

 

 

「らしいけど」

「厚かましい」

「同感」

「そんなぁ!」

 

 

 二人の容赦ない言葉に、シアはがっくりと肩を落とした。

 とはいえ、樹海突入までは時間がある。暇潰しに話すのもいいだろうと、二人はそれぞれ身の上話を始めた。その結果――

 

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ケイトさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

「ケイト。このウサギ、ウザい」

「同感だな。――おい俺の上着で鼻水拭くんじゃねえよ!」

 

 

 シアは滂沱の涙を流しながら号泣した。いよいよ面倒臭くなってきた二人をよそに、シアはしれっと慧斗の上着で涙を拭っている。厚かましいのか感受性が強いのか、ちょっとよく分からないところだった。

 そうしてしばらくめそめそと泣いていたシアだったが、何を思い立ったのか、いきなり決然とした表情を浮かべた。

 

 

「ケイトさん! ユエさん! 私、決めました!」

 

 

 そう言うと、シアはばっと馬車内で立ち上がった。衝撃に揺れてバランスを崩しかけた。

 

 

「お二人の旅に着いていきます! これからは、このシア=ハウリアが陰に日向にお二方を助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私たちはたった三人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

「いや邪魔だけど?」

「勿論――えっ」

 

 

 間髪入れずに差し込まれた慧斗の言葉に、シアはえっと硬直した。

 

 

「ウサギの脳って小さいんだっけ?」

「知らない」

「ひょっとして馬鹿って思われてます!?」

「馬鹿と()()()()つもりだけど?」

 

 

 顔を合わせて失礼な物言いを始める二人に、シアのツッコミが炸裂した。慧斗は当然のように肯定した。

 

 

「俺たちの旅の目的は聞いたろ? 神代の暴露、人外魔境の七大迷宮の攻略だ。そんなところに、お前みたいな()()()()()が混ざられても足手まといなんだよ」

「へ、へなちょこ……」

 

 

 容赦ない慧斗の言葉に、シアは膝から崩れ落ちた。確かに今の彼女は、魔力消費の重い“未来視”しか取り柄がない。只人では容易に超えられない試練に挑むには、あまりに脆弱な武器だ。

 慧斗の舌鋒は、それだけに留まらなかった。

 

 

「旅の仲間、ね。――()()()()の口実としては、いい目の付け所だ」

「え」

 

 

 頬杖を突いた慧斗の言葉に、シアは思わず硬直した。

 

 

「大事な家族を危険に晒した()()()の排斥――なるほど美しい自己犠牲だ。一族の安全が確保出来たら、もっともらしい理由をつけて離れる算段なんだろう?

 しかも目を付けた連中が、いい具合に『同類』っぽい生態。身の安全という意味ではこの上なく好都合だ。『旅の仲間』と言い張って潜り込めば、無報酬で守ってくれそうだと思ったか?」

 

 

 思い切り図星を突かれたシアは、しどろもどろになった。どう釈明すればいいか分からなかった。

 

 

「……あの、それは――それだけでは……私は、本当に、お二人を……」

「そういう狡猾さは嫌いじゃないぜ。乗ってやるかどうかは別として」

 

 

 にやりと笑った慧斗の厭味を最後に、馬車の中は沈黙で満たされた。がたがたと鳴る車輪の音だけが、一同の鼓膜を揺らすだけだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数時間後、ようやく樹海の入り口に到着した一行は、馬車を止めて降りた。

 当面戻ってくることはないだろう。野菜食が基本の兎人族も、その肉を捌いて食う必要性はない。この場で馬は解き放ってやることにした。

 眼前の樹海は、鬱蒼とした森が広がっている。事前情報にいう霧は特に見えないが、その分険しく深い様子だ。まだ入り口というのもあって、獣道さえ見えない。あるいはこれを掻い潜る身体能力こそが、亜人族の強みなのかも知れない。

 万全を期して休みを取ることにした一行は、その場で野営をすることにした。翌日、改めて樹海の前に立ったカムが、慧斗たちに指示を出した。

 

 

「それでは、ケイト殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二方を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「聞いている限り、そこが()()()()()っぽいからな」

 

 

 慧斗の言葉に僅かに首を捻りつつも、カムは頷くと、周囲のハウリアたちに指示を出して二人を取り囲んだ。

 

 

「お二方、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが――特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「気配遮断か……普通に押し殺すだけじゃ駄目?」

「目立ちます。我々亜人族は、鼻が利きますから」

 

 

 カムの指示に、慧斗はうーんと唸った。奈落では『最終的にブチ殺す』という方針が基本だったため、獲物に接近するまで気配を押し殺す程度のことしかしたことがない。

 

 

(“隠形”。――これでどう)

「ええ、充分です。ユエ殿も」

(――ん)

 

 

 二人は隠密の魔法を使うことにした。決して得手ではないが、このくらいならハウリアたちが気配を追ったまま進むことができるだろう。

 準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。たちどころに現れた、視界を覆わんばかりの深い霧を前に、しかしカムは迷いなく進んでいった。慧斗には無秩序に歩いているようにしか見えないが、方角も現在地も正確に把握できているらしい。樹海で生きる者としての慣れというべきか、あるいは亜人族の特性というべきか。

 しばらく、道ならぬ道を進む。突然カムたちが立ち止まり、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。慧斗やユエも探知こそしているが、深い霧ゆえに正確な方向が分からない。状況が状況ゆえに逃げることもできないハウリアたちは、怯えながら周囲を見回した。

 ――出た。霧を掻き分けて飛び出してきたのは、四本の腕を持つ小柄な猿。絶好の獲物に躍りかかる三匹に、最初に動いたのは慧斗だった。

 

 

(“糸伸ばし・雷纏”)

 

 

 慧斗の手から伸びた魔力の糸が四腕猿たちに絡み付くと、それを伝うようにばちばちと紫電が迸った。ギャッと悲鳴を上げて、焦げ付いた四腕猿たちが墜落する。

 

 

(あ、ありがとうございます、ケイトさん)

(兄ちゃん、ありがと!)

 

 

 目の前にいたシアと男児が、慧斗に向かって礼を述べる。慧斗はひらひらと手を振りつつ、墜落した三匹に向かって剣鉈を振り下ろし、トドメを刺した。

 まだ終わりではない。他方から襲い掛かった四匹に向けて、ユエが手を翳した。

 

 

(“風刃”)

 

 

 鋭い風の刃が、跳び上がった四匹の胴を掻き裂く。びちゃびちゃと血と臓物を吹き出しながら、魔物たちはどさりと墜落した。

 

 

(ユエちゃんかっけぇー)

(だってよ)

(……知らない)

 

 

 男児の頑是ない言葉を聞きつけ、慧斗がからかうようにユエを小突いた。ユエはぷいとそっぽを向いた。どうやら彼女も照れることがあるらしい。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その後、一行は数時間かけて歩いていった。これまで以上に敏感に耳を尖らせ、ハウリアたちは慎重に進んでいった。現れる魔物そのものは、慧斗たちにとってさしたる脅威ではないが、ハウリアたちはそうもいかない。極力戦闘を避けるよう、慎重に掻い潜りながら進んでいるようだった。

 ところがある瞬間、カムを先頭にハウリアたちは立ち止まった。数も殺気も、今までの魔物とは比べ物にならない。カムはせわしなく耳を動かしたが、やがて苦渋の顔を浮かべた。シアに至っては、その顔が青ざめている。囲まれたようだ。

 やがて霧を突き破り、その正体が現れた。虎模様の毛皮に、虎耳と尻尾を備えた、筋骨隆々の戦士たちだ。

 

 

「お前たち……何故人間といる! 種族と氏族名を名乗れ!」

 

 

 樹海の中で、人間族と亜人族が共に歩いている――尋常ならざる光景に、虎人の戦士たちは敵意を漲らせている。両刃剣を抜き放ち、じりじりと包囲網を狭め始めた。

 

 

「あ、あの、私たちは……」

 

 

 カムが何とか誤魔化そうと口を開いたが、上手く言い訳が見つからない。形になるよりも早く、虎人の戦士がシアを捉えた。

 

 

「白い髪の兎人族……だと? 貴様ら、例のハウリア氏族か!

 亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員か――ッ!?」

 

 

 剣を掲げ号令を下そうとした虎人戦士団の隊長ギルは、しかし中空でぴたりとその剣を止められた。見覚えのない黒鉄の刃が、自らの喉元を捉えていたからだ。

 

 

「気配遮断は、もう必要ないよな?」

「ケイト殿!」

「おっと全員動くなよ。隊長サンの首すっ飛ぶとこ見たくなかったらな」

 

 

 いつ動いたのか、ギルの背後へと回り込んでいた慧斗が、鋭く言い放った。背筋が凍るような冷たい殺気に、周りの戦士の動揺も伝わる。それをぐるりと睥睨すると、慧斗は再び口を開いた。

 

 

「――総勢三十一名、伏兵まで用意するたァとんだ徹底ぶりだ。さては平時の巡回じゃねえな? 最初からこいつらを捕らえるための編成だったか」

「な、なに……ッ」

「んー、そこで動揺しちゃうのは良くないぜ。手札全部ばらしてるようなもんだ」

 

 

 思わず動揺したギルを、慧斗は涼しい顔でせせら笑った。数と配置まで正確に言い当てられては、動きようがない。

 

 

「別にあんたら亜人共の都合なんぞ知らねえがな、生憎こいつらと俺たちは契約中の関係だ。あんたらがこいつらを殺すって言うんなら――自動的に、俺たちと敵対する羽目になる」

 

 

 低い声で紡がれた殺害予告に、ギルは思わず震え上がった。

 

 

(何の冗談だ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

 

 

 ギルの額に汗が伝った。その内心を知れば、慧斗は「まあ実質バケモノなんだけどさ」と返していたかもしれない。

 

 

「さて、どうするね? 大人しくおウチに帰るか、ここで全員犬死するか。――ネコ科生物に相応しい言い回しじゃねえな」

「……その前に、一つ聞きたい。何が目的だ?」

 

 

 どうでもいいことに首を捻りつつ、相変わらずグレートソードを突き付ける慧斗に対し、ギルは、ひとつの問いを投げた。

 虎人の戦士たちは、フェアベルゲン虎人戦士団の第二警備隊。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るこの仕事に、誇りと覚悟を持っている。たとえ全滅の憂き目に遭うとしても、安易に退くわけにはいかない。

 

 

「何も、あんたらの生活を脅かすつもりはない。樹海の深部、大樹の下へ行きたいだけだ」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 

 

 意外な言葉に、ギルは懐疑を深めた。大樹“ウーア・アルト”は確かに聖地だが、いわば観光名所のようなもので、特別な価値があるわけではない。まして人間族が、亜人族と手を結び訪れる動機などないはずだ。

 

 

「そこに、本当の迷宮があるはずだ。このウサギ共には、道案内を頼んでるだけ」

「本当の迷宮……? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「それはおかしい」

「なんだと?」

 

 

 懐疑を深めるギルの言葉を否定したのは、ずっと沈黙を守っていたユエだった。

 

 

「ここの魔物、()()()()

「よ、弱い?」

「……まあ、そうだな。あんたらが安全に生活できてる時点で、迷宮としては破綻してる。七大迷宮ってのは、“解放者”だか“反逆者”だかが残した試練だ。『亜人なら安全に生息していける』『亜人族なら深部まで行ける』ってのは、試練になっていない」

 

 

 慧斗の肯定に、ギルはいよいよ困惑した。解放者。反逆者。試練。亜人の住処としての特性。いずれも、彼の理解を超えた謎だ。警備隊としてどう動くべきか、彼は判断しかねた。

 ひとつ、明確な手掛かりがあるとすれば――

 

 

「……長老方に、確認をしていいか」

 

 

 ギルの提案に、慧斗は黙って続きを促した。

 

 

「お前たちが、我が国や同胞に危害を加えないというなら――大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけにはいかないからな。

 だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前たちの話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前たちに、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、我らとこの場で待機しろ」

「――ま、落としどころとしては妥当かな」

 

 

 そこまで聞き届けた慧斗は、殺気を解いてグレートソードを離した。

 

 

「きっちり伝えろよ。認識齟齬が発覚した時点で、貴様らの命はないと思え」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

 

 隊長ギルの命令とともに、霧に潜んでいた気配が一つ消える。しばらく時間がかかりそうだと踏んだ慧斗は、ハウリアたちの許へ戻り、どっかりと腰を下ろした。あまりに呆気ない展開に、虎人の戦士たちは思わず訝しんだ。中には、「今なら」と得物を構え直す戦士もいる。

 

 

「部下の練成がなってねえな。さっきの話を反故にして、大乱闘でもおっぱじめるか?」

「……いや。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「そりゃ貴様ら次第さ」

 

 

 だらりと気を抜きつつも、グレートソードからは決して手を離さない。その油断のなさに、虎人の戦士たちは思うように動けなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一時間ほど経ったろうか。虎人の戦士ザムに連れられ、新しい亜人たちが姿を現した。流れるような金髪、透き通る碧眼、横に長く尖った耳、吹けば飛びそうな細身の身体――森人族である。

 

 

「――ふむ、お前さんらが問題の人間族かね? 名は何という?」

「穂崎慧斗」

「ユエ」

 

 

 その中心に立つ初老の男が口を開いた。これが先の説明にあった、『長老』とやらの一人だろう。

 

 

「私は、アルフレリック=ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。

 さて、お前さんらの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい」

 

 

 長老ことアルフレリックの言葉に、慧斗は無言で首を捻った。先に説明した中で、わざわざ問うようなことといえば――“解放者”か“反逆者”のことだろうか。

 

 

「“解放者”とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底――“解放者”の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

 

 

 当たりだ。淀みなく答えた慧斗に、アルフレリックはぴくりと片眉を上げた。あり得ない。“解放者”オスカー・オルクス――その名は、長老たちしか知らないはずの名前だ。

 

 

「ふむ、奈落の底……? 聞いたことがないがな……証明できるか?」

「……すぐに証明できるものはない。遺品の殆どは、そのまま置いてきたから」

「ケイト、この指輪は?」

 

 

 そんな驚愕は表に出さず、アルフレリックは確認の問いを投げた。うーんと唸った慧斗に対し、ユエが“宝物庫”からオルクスの指輪を取り出した。“解放者”の紋章が刻まれたこの指輪なら、ひとつの証明にはんるかも知れない。

 指輪を手渡されたアルフレリックは、そこに刻まれた紋章に瞠目した。どうやら見覚えがあるらしい。

 

 

「なるほど……確かに、お前さんらはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……

 よかろう。とりあえず、フェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 

 アルフレリックの言葉は、周囲の亜人たちのみならず、カムらハウリアをも驚愕せしめた。何しろ亜人族の敵、人間族をフェアベルゲンに招き入れるなど、前例がない。虎人の戦士たちを筆頭に、猛烈な抗議が挙がったが、アルフレリックはそれを制した。

 

 

「彼らは、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 

 とは言うが、抗議の声はもう一つ挙がった。他ならぬ慧斗である。

 

 

「いや待て。俺たちの目的は大樹であって、フェアベルゲンじゃない。このまま大樹に向かわせてもらいたいんだけど」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「あ?」

 

 

 アルフレリックの言葉に、慧斗は困惑を深めた。『許されない』ではなく、『できない』というニュアンスが含まれている。

 

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が薄れるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。

 次に行けるようになるのは十五日後だ。亜人族なら、誰でも知っているはずだが……」

 

 

 慧斗とユエ、そしてハウリアたちの視線が、カムへと集中した。残りの亜人族たちの視線も集まった。

 

 

「あっ」

 

 

 当のカムは、まさに今思い出しましたという表情をしていた。亜人たち全員の視線が、ジト目に変わった。

 

 

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

 

 しどろもどろに言い訳を重ねたカムは、慧斗のこめかみに青筋が浮かんだのを見、ついに逆ギレした。当然慧斗本人ではなく、家族であるハウリアたちに向けて。

 

 

「ええい、シア、それにお前たちも! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前たちも周期のことは知っていただろう!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

 

 苛立たしげに貧乏ゆすりを始める慧斗の姿を見、ハウリアたちが震えあがる。亜人族の中でも、特に情が深いといわれる兎人族は、今や責任の擦り付け合いに発展していた。

 

 

「お、お前たち! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ケイト殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! 父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私たちまで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ケイト殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 

 身内同士の見苦しい言い争いに、慧斗は堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「ユエ」

「“嵐帝”」

「ぎゃああーーっ!?」

 

 

 天高く舞い上がる兎耳集団の悲鳴が、樹海に木霊した。それを見上げる亜人族たちにも、呆れたような空気が漂っていた。同族の間抜けぶりに、さすがに擁護できなかったらしい。

 

 

「ばっかじゃねーの?」

 

 

 ぼすん、と落っこちてきたハウリアたちに向けて、慧斗の冷たい声が降り注いだ。

 

 

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