ありふれた癌   作:Matto

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06:生き残る道

 フェアベルゲンを追い出された慧斗たち一行は、ひとまず大樹の手前に野営地を敷いた。

 

 

「……ケイト。言われた通り、要石を置いてきたよ」

「ありがと。――うん、こっちも大丈夫そう」

 

 

 それぞれの作業を終えた慧斗とユエは、短く言葉を交わした。慧斗は周辺の気配探知、ユエは結界の要石の配置である。

 これからの予定では、ユエが結界を維持し魔力を割き続けるわけにはいかない。また慧斗が結界内にある程度干渉するため、触媒となる要石を置いて結界を張るという方法が採用された。

 一方、事前に別の指示を受けていたカムが近寄ってきた。

 

 

「……ケイト殿。言われた通り、木の棒を用意しましたが……」

「ちゃんと乾かしてから切った?」

「は、はい」

「結構」

 

 

 カムの報告に短く答えると、慧斗は「じゃあ全員に持たせて、ここに集めて」と短い指示を与えた。

 一方、ユエは慧斗の計画に懐疑的なようで、不安げな表情を浮かべた。

 

 

「……本当にやるの?」

「もち」

「でも、木刀なんて……」

「他に道具ないし。さすがに投げナイフだけじゃ、心許ないし」

 

 

 準備不足は否めない。が、慧斗は所詮グレートソードが基本の剣士でしかなく、ユエもまた(行使可能な魔法の系統としては)普通の魔法使いでしかない。

 やがてぞろぞろと集まってきたハウリアたち。言われた通り、全員が切り出したばかりの木刀を携えている。一様に不安げな表情を浮かべる一族を代表して、シアが困惑気味に尋ねた。

 

 

「……な、なにが始まるんです?」

「戦闘訓練」

「へ?」

 

 

 端的過ぎる慧斗の言葉に、ハウリアたちは揃ってぽかんとした表情を浮かべた。そんなウサギたちを前に、慧斗は切り株に座り込みながら話し始めた。

 

 

「さて、俺たちがあんたらと交わした契約は、迷宮への案内が終わるまで、あらゆる脅威から守るというものだ。

 知っての通り、俺たちは強い。契約満了まで、あんたらの無事はほぼ約束されているといってもいい。

 ――で? その契約が終わった後はどうするのか、それをあんたらは考えてるか?」

 

 

 慧斗の問いに、ハウリアたちは沈黙した。本当に考えていなかったのか、それともわざと考えないようにしていたのか。その本音はどちらでもいい。

 

 

「ま、どうせ何も考えちゃいまい。考えたところで答えなんぞねえしな。あんたらは弱く、悪意や害意に対しては逃げて隠れることしかできない。そして遂に、フェアベルゲンという隠れ家すら失った。弱いだけのあんたらは、俺たちの庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るってわけだ」

 

 

 慧斗の言葉に、ハウリアたちは何も答えられなかった。正しく図星だった。まして北の山脈地帯に行くのなら、危険度はさらに跳ね上がる。

 

 

「あんたらに逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく、弱いあんたらを狙ってくる。

 ――弱肉強食、いい言葉だな。『俺は強者だから何をしてもいい』って傲慢さが滲み出てるあたりが特に」

 

 

 慧斗の容赦ない言葉に、ハウリアたちは揃って俯き、不安と恐怖でぷるぷると耳を震わせる。こういうところが駄目なんだ、と慧斗は内心で悪態を吐いた。

 怯えるだけだ。怖がるだけだ。そんな連中が「生きたい」などとほざくのは、傲慢ですらある。

 

 

「ま、理論理屈は何でもいいけどな。遠くない未来に、あんたらの絶滅が待ち構えている。しかも生存競争の果てではなく、ただひたすらに蹂躙されることでな。

 ――そんで? あんたら、それでいいのか?」

 

 

 慧斗は頬杖を突き、決定的な問いを投げた。

 

 

「ただ弱さだけを理由に淘汰されて、納得できるのか? あんたらを逃がしたお仲間の犠牲は、ほんの少しの延命で釣り合うのか? そんなざまで、先に斃れた連中に恥ずかしいと思わねえのか?」

 

 

 ハウリアたちの脳裏に、失った家族の姿が去来した。自分たちを護るために、身を挺して犠牲になった家族たち。その最後の姿、その亡骸を思い出して、ハウリアたちはぐっと拳を握った。

 

 

「――いいわけ、ない」

 

 

 最初に呟いたのは、誰だったか。その一言に奮い立つように、ハウリアたちが次々に顔を上げた。

 

 

「い、いいわけないだろ! 恥ずかしくないわけないだろ!」

「いい返事だ。声が震えてなけりゃ満点だった」

 

 

 震えながらも叫んだハウリアたちの言葉に、慧斗はにっと獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「だったら道は一つだ。――強くなれ。襲い来るあらゆる障害を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得しろ」

 

 

 慧斗の力強い言葉に、しかしハウリアたちは再び表情を暗くした。

 

 

「……ですが、私たちは兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も、翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

「じゃあ死ねよ。その辺の魔物に食われて無惨に死ねよ」

「そんなの嫌です! 私たちは、生きていたい!」

 

 

 吐き捨てるような慧斗の言葉に、最初に立ち直ったのはシアだった。

 

 

「やります。私に()()()を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 

 力強く叫ぶシアの言葉に釣られるかのように、ハウリアたちも再び顔を上げる。そこには、これまでの弱く怯えた感情はない。

 

 

「じゃあ、生き延びろ」

「えっ」

「生憎、俺は人にもの教えるというのが下手糞だ。だからあんたらが強くなるには、()()()()()()()()()()()()()。僅かな助言を頼りに、自らの力で生を掴み取らなければならない」

「そ、それってどういう……」

「というかあんたらの場合、根本的に不足が多すぎる。小手先の技術だけ教えたところで、付け焼き刃にもならん」

 

 

 これが一年二年の話なら、慧斗も未熟なりに基礎を叩き込むことができるだろう。だがそんな暇はない。そこまで付き合ってやる義理はないし、それまで守ってやる余裕もない。

 だから、多少強引な方法を採ることにした。

 

 

「さて。今から十日間、あんたらを結界で閉じ込める」

「は?」

「結界内には魔物がいる――というか、意図的に一緒に閉じ込める。まあ木刀だとちょっと辛いかも知れんが、そのくらいの雑魚だ。大したもんじゃない」

「な、な、な……」

 

 

 あまりに無茶苦茶な物言いに、ハウリアたちが唖然とする。雑魚といっても、それは慧斗基準の話だろう――そんなハウリアたちをよそに、慧斗はよっと立ち上がると、シアの首根っこを掴んだ。

 

 

「あ、お前は特別訓練な」

「え」

 

 

 そのまま、慧斗は力ずくで明後日の方向にぶん投げた。

 

 

「ぎゃあああ~~!?」

 

 

 樹海にシアの悲鳴が木霊する。ぱんぱん、と手を叩いて払った慧斗は、未だ状況が呑み込めないハウリアたちに再び向き直った。

 

 

「というわけで、これから十日間。その魔物共を相手に生き延びろ。皆殺しにしてもいいし、全力で逃げ回ってもいい。木刀でぼこぼこやってもいいし、別の道具を用意してもいい。方法論は全部あんたらの判断に任せる。

 というわけでユエ、結界よろしく」

「わかった」

「え、ちょ、待――」

「なに、俺から与える助言はたった一つだ」

 

 

 そう言ったきり、くるりと背を向けて歩き出す慧斗とユエ。残されたハウリアたちの戸惑いなどお構いなしに、一言だけ言い残して立ち去っていく。

 

 

『死にたくなけりゃ――死に物狂いで生き延びろ』

 

 

 それを最後に、ハウリアたちの視界は黄金の光で遮られた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 

 死闘の果てに、ついに魔物を殴り倒したハウリアの男。亡骸に縋り付く様は、まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のようだ。

 

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 

 わなわなと震えながら、魔物を殴打し続けるハウリアの女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めようとする女のようだ。

 瀕死の魔物が最後の力を振り絞り、己を撲殺したカムに体当たりを食らわせた。吹き飛ばされたカムは、どうと倒れながら自嘲気味に呟いた。

 

 

「ふっ、これが私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

 

 その言葉に周囲のハウリアたちが駆け寄り、涙を流しながら庇った。

 

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるときが来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕たちは、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前たち……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼のためにも、この死を乗り越えて私たちは進もう!」

「族長!」

 

 

 小さなネズミ型の魔物の遺骸を取り囲み、互いに励まし合うハウリアたち。まるでヒューマンドラマのような感動的な光景は――

 

 

『三文芝居は余所でやれ、この能無し共!!』

「ひぃっ!」

 

 

 しかし、“糸”越しに慧斗の罵声を浴びさせる効果しかなかった。突然響く大声に、ひいっと蹲るハウリアたち姿を見て、慧斗のこめかみに青筋がひとつ浮かんだ。

 それによってよろめいたハウリアの男児パルが、不自然な格好で軌道を変えた。明らかに、何かを避けた自覚的な行動だ。

 

 

『……何をしている?』

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可哀想だもんね」

『……お花さん?』

「うん! 僕、お花さんが大好きなんだ! この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変なんだ~」

 

 

 その言葉が、慧斗の額に浮かぶ青筋を増やしたことなど知る由もない。

 

 

『……時々、あんたらが妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その“お花さん”とやらが原因か?』

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

『――はは、そうだよなァ?』

 

 

 苦笑いしながら否定するカムに、慧斗は感情を殺したままにこやかに問いかけた。苛立ちでぶるぶると震える慧斗の声などお構いなしに、カムが平然と言葉を続ける。

 

 

「ええ、花だけでなく、虫たちにも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 

 ぶちり、と慧斗の中で何かが切れた。

 

 

『“衝石”』

「お、お花さぁーん!」

 

 

 彼方から降ってきた小石の雨が、パルの目の前の花を叩き潰した。悲壮な叫び声を上げるパルをよそに、慧斗は立ち上がり要石の一角へと歩み出した。当然、その範囲を拡大し更なる魔物を呼び込むために。

 

 

『――おかわりだ、このトンチキ共。一遍地獄を見てこい』

「ケイト兄ちゃんの鬼! 悪魔! 人でなし~!」

 

 

 パルの悲痛な叫びは、とうに堪忍袋の緒が切れた慧斗には届かなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……ケイト?」

「何? 今、連中の監視に集中してるから、用件は口頭で頼む」

 

 

 ユエは、大樹の根元に座り込む慧斗に声を掛けた。瞑目する本人の言葉通り、その指先から魔力の糸が伸びており、結界内の監視に集中しているようだ。

 魔力操作ができるシアは、ユエを専属教官として壮絶なしごきを受けている。その合間の休憩時間を縫って、ユエは慧斗の様子を見に来たのだった。

 

 

「……やり過ぎじゃない?」

「連中がこれからを生き延びるには、根本的な意識改革が必要だ。虫も殺せぬ脆弱な精神性では、これからの苦境に耐えられん。

 生きることは、戦うことは、殺すこと。まずその大原則を頭に叩き込まなきゃ、話が始まらん」

 

 

 傍らに座るユエの諫言に、慧斗は毅然と言い放った。

 被捕食者として蹂躙されるだけなら、好きにすればいい。その末路は全滅しかないが、それが必定というものだろう。それに抗う以上は、敵と戦い殺すことを覚悟しなければならない。

 しかしユエの気がかりは、そんな哲学ではないようだった。

 

 

「なんで、そんなに目をかけるの?」

 

 

 意図が分からない、という顔をする慧斗に対し、ユエが言葉を続けた。

 

 

「ただの道案内役。その後の将来まで、心配してあげる必要なんてない」

 

 

 その言葉に、慧斗は何も言い返せなかった。それは、その通りだ。迷宮にさえ辿り着いてしまえば、そこでハウリアたちとの縁は切れる。その後彼らがどうなろうと、二人の知ったことではない。

 

 

「情が移った?」

 

 

 ユエの問いに、慧斗はしばらく沈黙した。

 

 

「――……ウサギ共にはああいったが、この十日間で誰かが死ぬ――必ず、誰かが。

 それを招いたのはウサギ共じゃない。魔物共でもない。俺だ。『逃げる』という選択肢を取り上げ、戦闘を強要し、殺し合いの舞台に立たせたのは、俺だ。

 俺はウサギ共の王じゃない。連中の生と死に、責任を持てない。俺にとって、こいつはただの遊興だよ。闘技場に獣を放ち、奴隷が食われる様を見る、悪辣な催事(サーカス)と同じだ。情なんかありっこねえよ」

 

 

 露悪的な言葉を並べる慧斗に、しかしユエは、その奥底にある本当の感情を見つけた。

 彼らが弱いことに耐えられない。蹂躙され、屈服させられることに耐えられない。自らを悪に仕立て上げてでも、彼らに手を伸ばさずにはいられない――それはきっと、慧斗なりの慈悲なのだろう。

 

 

「ケイトは、不器用だね」

「いや意味が分かんねえ。何でそんな感想になるんだよ」

「秘密」

 

 

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