ありふれた癌   作:Matto

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08:変質

 翌々日。いよいよ大樹へと出立する一行の中で、一人上機嫌の者がいた。

 

 

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

 

 

 慧斗らとの同行を許された、頬が緩みっぱなしのシアである。昨日と今日で、彼女はずっとこの調子だ。慧斗との問答で見せた、真剣な表情などどこにもない。頬に両手を当て、くねくねと身を捩らせる姿は、家族さえドン引きする奇行だった。

 

 

「……キモい」

「ちょっと! キモいって何ですか、キモいって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、ケイトさんの初デレですよ? 見ました? 見ました? 見てないですよねぇ~あの表情! 私、思わず胸がキュンとなりましたよ~! これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~!」

「ウザい」

 

 

 やたら気分のいい、そして傍から見ると非常に残念な怪力ウサギに絡まれるのは、だいたいユエだった。シアにとっては恋敵? のような認識らしく、これでリードを一歩崩せたと思っているらしい。

 

 

「……いいの? あんなに反対してたのに」

「ハンデ付きでも、お前との勝負に勝ったんだろ。そこまでやれるなら、足手まといにはならねえ」

 

 

 小声でのユエの問いに、慧斗は肯定を返した。ユエなりにその実力を認めた以上、憂慮すべきことは多くない。

 

 

「……ケイト殿」

「どうした、いまさら反対か?」

 

 

 その姿を見守っていたカムが、ようやく重い口を開いた。

 

 

「いいと思うぜ。家族の仇に、大事な娘任せらんねえもんな。あんたからの反対があるなら、あの馬鹿娘も根負けするかもな」

「……いいえ。私は、反対しません。――娘の決めたことですから」

「あっそ」

 

 

 慧斗の軽口にも、カムは重い口調で返した。家族を奪われた悲しみ、それをもたらした慧斗への憎しみ、それでも将来を選択した娘への愛情――それらが綯交ぜになった、複雑な表情を浮かべていた。

 とその時、偵察として先行していたパルが戻ってきた。

 

 

「……ケイト、兄ちゃん」

「どうした」

 

 

 努めて無表情を保ちながら、パルは口を開いた。

 

 

「武装した熊人族の集団を見つけた。大樹までの道に陣取ってる。待ち伏せだと思う」

「ご苦労」

 

 

 子供ながら、見事な諜報能力だ。隠密行動に長ける兎人族は伊達ではないらしい。

 さて、問題は相手方の対処だ。亜人族最強の熊人族ともなれば、一筋縄ではいかない。

 

 

「……さて、どっち狙いかな」

「両方でしょう。おそらく、ジン殿の手の者かと」

 

 

 人間族(けいと)裏切者(ハウリア)、その両方を始末する腹積もりらしい。カムはハウリアたちを呼び集めると、それぞれに指示を出した。その意を受けたハウリアたちが、素早い動きで次々に散り、霧の中に隠れていく。

 

 

「ここは、我らハウリアにお任せください」

「……いいの? 熊人族って――」

「おい、俺のせいだって言いたいのか」

 

 

 振り返ったカムの言葉に、ユエが確認の問いを投げた。まるで慧斗との因縁のせいだと言わんばかりの言葉に、慧斗はむっと顔をしかめた。

 

 

「お任せください。索敵と隠密行動には、我らに一日の長があります。仕留めて御覧に入れましょう」

「そこまで言うなら、任せるけど……」

「はっ。先導にパルを残します。お二人は、ごゆるりとお進みください」

 

 

 そう言い残すと、カムもまた音もなく駆け出し、あっという間に霧に消えていった。

 後には、困惑する慧斗とシア、無表情を保つパル、そしてジト目で慧斗を睨むユエが残された。

 

 

「……やっぱり、やりすぎじゃない?」

「これも俺が悪いの?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 パルを先導に進んでいく三人の足元に、どすんと太い矢が突き刺さった。

 

 

「ご挨拶にゃあ少し遠いぜー」

 

 

 わざとらしい声を上げる慧斗に相対するように、大きな影が姿を現した。

 

 

「――待っていたぞ、化物共」

 

 

 熊人族長老、ジン=バントンである。その背後には、五十人以上の戦士たちが控えていた。

 いくら化物とはいえ、所詮は人間。数の力で押し潰せば何とでもなる。ウサギ共はそのおまけ――そう踏んでの動員だった。

 

 

「よう、熊公。少しは頭が冷えたか?」

「あの時は少々油断したが、今度は負けん。貴様らの罪、その命で贖うがいい!」

「駄目だなこりゃ、全然敗因分かってねえ」

 

 

 ジンの居丈高な言葉に、慧斗は呆れてものが言えなかった。ただの力押し、ただの油断で敗北したというのなら、あんな無様な投げられ方はしないはずだ。それこそ、己の剛力を見誤っている。

 

 

「やり合う前に、一つ確認しとくぜ。――狙いは誰だ?」

「全員だ」

 

 

 慧斗の低い声に、ジンは憎悪を込めて返した。

 

 

「人間も、魔人も、化物の子も、その一族も――等しく敵だ! 鏖殺(みなごろし)だ!」

 

 

 ジンの叫びに、背後の戦士たちがおおお、と(とき)を上げた。今にも突撃しそうな気迫あふれる戦士たちは、対峙する慧斗たちの不自然な少なさに気付いていなかった。

 ひゅん、と軽い音が飛び、戦士の一人が首を撃たれた。

 

 

「――え?」

 

 

 そんな間抜け声を上げたのは、本人か周囲の戦士たちか。くらくらと倒れるその戦士の首筋には、一本の矢が突き刺さっていた。

 

 

「な、何だ!?」

 

 

 その動揺の隙を縫い、ハウリアたちが一斉に襲い掛かった。

 極限まで研いだ石の刃が手首足首を裂き、足絡み(ボーラ)が足元を狂わせ、正確に飛来する矢や石が目を穿つ。

 

 

「ギャッ!?」

「ぐわっ!」

 

 

 音もなく霧から飛び出し、正確に急所を狙い、また霧に隠れて姿を晦ます。目まぐるしく姿を捉えさせない戦術に、熊人の戦士たちは大混乱に陥った。

 何より、

 

 

「敵は殺す――皆殺す――!!」

「死ねっ……死ねっ……! お前たちが死ね……!」

 

 

 僅かな接敵の瞬間に滲みだす、濃密な殺気。温厚な兎人族とは思えない気迫が、熊人族たちをして恐怖の念を抱かせた。

 ――十日間の死闘。それがハウリアたちに生への執着と、敵対者への殺意を植え付け、濃縮させたのだ。

 

 

「……俺、知ーらね」

「見て見ぬふりは、良くない」

 

 

 そしてそれは、慧斗をして思わず目を逸らさせたが、ユエがそれを咎めた。

 

 

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前ら!!」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

 

 ささくれのように削がれた木の槍が雨霰と降り注ぐ中、五十人からなる熊人の戦士たちはもはや機能していなかった。

 何より怖いのが、慧斗たちの助力をほとんど借りていないことだ。弓矢にスリングショット、足絡み(ボーラ)にナイフ、投擲槍まで、すべて自力で調達している。中には毒なども仕込んでおり、元来貧弱な筋力を補うための知恵をも巡らせている。

 総崩れになった熊人の戦士たちは、すでにその数を半分に減らしていた。もはや全滅も時間の問題、長老ジンは決断を迫られた。

 

 

「長老! このままではっ!」

「一度撤退を!」

「殿は私が務め――クペッ!?」

「トントォ!?」

 

 

 叫ぶトントの言葉を遮るように、その喉元に矢が突き刺さった。トリカブトの毒が仕込まれたその矢は、あっという間にトントの全身を痺れさせ、彼はあぶくを吹きながら倒れた。

 動揺するジンの足に槍が刺さり、ついに膝をついた彼の前に、カムが姿を現した。同時にハウリアたちが一斉に姿を見せ、あらゆる角度から武器を構えた姿を見せつける。

 

 

「――何か、言い残すことはあるかね? 最強種殿」

「ぬぐぅ……」

 

 

 カムの冷たい言葉に、ジンは何も言い返せなかった。最弱種に蹂躙された恥辱も、人間族にさえ手出しできない屈辱も、彼の頭には残っていなかった。

 

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

「なっ、族長!?」

「族長! それはっ……」

「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア氏族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者たちの命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

 

 ざわつく部下たちを、ジンは一喝で黙らせた。部下を死なせたならばそれは長の責任、ジンがその頸を以て贖うべき罪だ。あとは、何とか部下の助命を――

 

 

「黙れ」

 

 

 だがそれは、カムには通用しなかった。

 

 

「我らを殺そうと武器を持ち、待ち伏せを仕掛けたのはどちらだ! 客人に狼藉を働き、我らを処刑しようとしたのはどちらだ! 殺される覚悟もなしにやってきて、今更命乞いが通用すると思うな!」

「くっ……!」

「お前たちは皆殺しにしてやる! その身を八つ裂きにして、魔物どもの餌にしてやる! フェアベルゲンの集落という集落に投げ込み、我らを侮った見せしめにしてやる! はは、ははは! ははははは!」

 

 

 歪んだ笑顔で哄笑を上げるカムに、ハウリアたちが同調した。狂気的な笑い声が、霧深い樹海に木霊した。もはやこれまで、とジンはぐっと目を瞑り――

 

 

「――いい加減にしてっ!」

 

 

 そこに割り込んだのは、まるごと引っこ抜かれた巨木の落下だった。ずどぉん、と轟音が響き、カムとジンの間に強制的な空白を作る。

 ジンからすれば、理解不能な光景だろう。他ならぬ忌子シア=ハウリアが、自らを庇うように立ち、家族であるハウリアたちに立ち塞がっているのだから。

 

 

「もうっ! ホントにもうっですよ! 父様もみんなも、いい加減正気に戻って下さい!」

 

 

 怒り心頭で現れたシアに、困惑を浮かべたのはカムらも同じだった。正気? 何の話だ? 目の前の敵を殺すことに、何の問題がある?

 

 

「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。後ろの奴らを殺せないだろう?」

「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」

「ダメ? まさかシア、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」

 

 

 ぎり、と顎を噛み締めながら、カムが愛娘(シア)に迫る。シアもまた、毅然と立ちはだかった。

 

 

「そんなの決まってます! このままじゃ、父様たちが壊れてしまいます! 堕ちてしまいます!」

「壊れる? 堕ちる?」

 

 

 シアの言葉に、カムは怪訝な表情を浮かべた。何を言っているのか分からない、そんな表情だった。

 

 

「『戦え』、ケイトさんは確かにそう言いました! でも、『殺しを()()()』なんて言ってません! 今、父様たちがどんな顔しているかわかりますか!?」

「顔? いや、どんなと言われても……」

 

 

 シアの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリアたち。ようやく戸惑いを見せた家族に、シアははっきりと告げた。

 

 

「……まるで、私たちを襲ってきた帝国兵みたいです」

「――!」

 

 

 カムは、そこでようやく目が覚めた。憎き家族の仇、忌まわしき略奪者――そんなものと、同じモノになってしまうところだったのか。

 

 

「シ、シア……私は……」

「ふぅ~、少しは落ち着いたみたいですね。よかったです。最悪、全員ぶっ飛ばさなきゃいけないかもと思っていたので」

 

 

 ようやく武器を下ろし、おろおろと戸惑うカムの姿に、シアも緊張感を解いた。怪力があるとはいえ、ほぼ素手で殴り倒すのは骨が折れるし、何より家族を傷付けるような真似はしたくない。

 誰からともなく、ハウリアたちの視線が、慧斗に集中した。どうすべきか戸惑い、縋るような表情だった。

 

 

「…………あれ、これ俺が発言する流れ?」

 

 

 困惑したのは慧斗の方だ。まさか、この変貌ぶりと惨状の全責任を、自分が負わなければならないというのか。

 

 

「――ゆ、ユエ」

「ケイトの責任」

「ちくしょう!」

 

 

 唯一縋ろうとしたユエにもすげなく否定され、慧斗は思わず舌打ちした。

 孤立してしまった慧斗は、必死に言葉を選びながら口を開いた。

 

 

「あー……その、これ以上やると、泥沼になるから。さすがに長老まで殺すと、フェアベルゲン側も引っ込みがつかなくなるから。追放とか言ってられる場合じゃなくなるから……ほら、分かんだろ?」

 

 

 自分でも苦しいことを言っている自覚はある。まさにハウリアたちの目の前で、帝国兵を皆殺しにした実例そのものなのだ。

 

 

「降伏した兵まで殺すってのは、その、良くねえ。ほらアレだよ、ジュネーブ条約だ」

「何、それ?」

「ちくしょう全然役に立たねえじゃん!」

 

 

 地球の軍事史を変えた偉大な条約も、異世界トータスでは通用しなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけだ。早々に消え失せろ」

「うぐぐ……」

 

 

 慧斗に冷たく言い捨てられ、ジンは歯噛みする思いで立ち上がった。

 

 

「それとも、()()()にしてやってもいいんだぜ。先に約束破ったのはそっちなんだからよ」

「そ、それは……」

「『ホザキケイトの一族に手を出した場合は全て自己責任とする』――樹海からも抜けねえうちに反故にするってこたァ、相応の覚悟の上での行動と思っていいよな?」

 

 

 長老会議の決定に、長老自らが違反した形になる。熊人族の威信を地に堕とすには、十二分な醜態だった。

 

 

「わ、私はその場にいなかっ――」

「――たから知らねえ、ってのは、言わない方がいいと思うぜ。長としての権威が地に堕ちる」

「ぐ……くそぉ!」

 

 

 唯一の言い訳すら打ち砕かれ、ジンは捨て台詞ひとつ吐けなかった。

 ジンは生き残った部下たちに命じて、死んだ部下の亡骸を運び出しながら立ち去った。その眼に屈辱をいっぱいにしたまま。

 とにかく、これで当面の障害はなくなっただろう。ふうと息を吐いた慧斗に、パルが歩み寄った。

 

 

「……ケイト、兄ちゃん」

「なんだい」

「なんで、殺しちゃダメなの」

 

 

 明らかに不満げな表情を見せるパルの問いに、慧斗は何も答えなかった。

 

 

「『生きたきゃ殺せ』って兄ちゃん言ったよ。殺せなかったからセムもハムも死んだんだよ」

「――そうだな」

「あいつらは、僕たちを殺そうとしてたよ。なんで、殺しちゃダメなの」

 

 

 パルの脳裏には、自分を庇って死んだハムの姿が焼き付いていた。「ハムが敵を殺せなかったから」と、自らに言い聞かせていた。目の前の男は、あの熊人族は、その摂理を崩そうとしている。

 

 

「パル。何事にも限度が――」

「不公平だよ、そんなの! 僕たちは殺されるしかなくて、あいつらは許されて! そんなのおかしいよ!」

 

 

 そこにシアが割り込むが、パルの憤懣を止めることはできなかった。感情を抑えられなくなったパルは、力いっぱい喚き散らしたが最後、霧の向こうへと駆け出した。

 

 

「……パル……」

 

 

 あどけない男児だったはずのパルの変貌ぶりに、悲しそうな表情を浮かべるシア。動かない慧斗に、ユエが声を掛けた。

 

 

「……追わないの?」

「追ってどうする。答えの出ない問答に、二人して頭抱えるのか」

 

 

 慧斗はそれを否定した。追いようがなかった。言葉の掛けようがなかった。

 殺していい。殺してはいけない。その線引きは、誰が引くというのか。

 

 

「答えが出ないから、人は何かに縋ろうとするんだ。不条理が許せないから、それを誤魔化してくれる何かに頼ろうとするんだ」

 

 

 あるいは、神。あるいは、天命。あるいは、別の何か。そんなものに縋りながら、戦いを繰り返していくのが人間という生態だ。

 

 

「戦いに、出口なんざねえんだよ。俺たちは所詮、石器時代から何一つ進歩してねえ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……なんだこりゃ」

「逆にすごい」

 

 

 ひときわ濃い霧を抜けた先、大樹“ウーア・アルト”を見上げた二人の感想が、それだった。

 枯れている。周囲を青々とした樹々に取り囲まれ、見上げるほどの大樹は、しかし灰色に枯死している。枯葉の一つさえ残っていない。

 

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点から、いつしか神聖視されるようになりました。まぁそれだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 

 呆然とする慧斗とユエに、カムが解説を入れた。見れば見るほど不思議な光景を眺めながら、一行はその根元に歩み寄った。そこには、アルフレリックの言葉通り通り石板が建てられている。

 

 

「これは……オルクスの扉の……」

「……ん、同じ文様」

「迷宮の入り口には違いないわけか。さて、どうするかね」

 

 

 七角形の頂点に刻まれた紋章。あらためてオルクスの指輪を取り出して見比べると、確かに一致する。問題は、ここから先への進入方法だ。石板や大樹を叩いてみても、当然に変化はない。ハウリアたちも、その方法は知らないようだ。口伝を知り、こちらの事情を把握ししているアルフレリックが特に言及しなかった以上、長老の口伝にもないのだろう。

 とその時、石板を観察していたユエが、慧斗を呼んだ。

 

 

「これ、見て」

「ん? 何かあったか?」

 

 

 ユエが注目していたのは、石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応するように、小さな窪みが開いている。オルクスの指輪と同じ紋章のそれに合わせて嵌めてみると、石板から輝く文字が浮かび上がった。

 

 

『四つの証』

『再生の力』

『紡がれた絆の道標』

『全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

 

「……どういう意味だ?」

「……『四つの証』は……たぶん、他の迷宮の証?」

「『再生の力』と『紡がれた絆の道標』は?」

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、お二人みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「うーん……? 辿り着くためのヒントを、辿り着いた先に配置するのは理不尽だろ」

 

 

 シアの言葉に、慧斗はいまひとつ釈然としなかった。

 

 

「……あとは再生……私?」

 

 

 ユエが己の固有魔法“自動再生”を連想し、自分を指差した。試しにと、薄く指を切って“自動再生”を発動しながら石板や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

 

 

「むぅ……違うみたい」

「固有魔法なんざ、個体の特性みたいなもんだろ。先天的な特質を前提にするとは思えんがね」

 

 

 それこそ『試練』にならない。先天的な能力を必要とするのは、『運命』とかそういう不確かな代物だろう。

 

 

「……枯れ木に……再生の力……四つの証……? ……あー……」

「何か思いついた?」

「もしかすると――四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れてこい、ってことじゃないか?」

 

 

 慧斗の予想に、ユエは閉口した。二人の手元にある証はひとつ。つまり、あと三つも攻略しなければならないということだ。

 

 

「つまり――ここまで苦労して辿り着いたのに、今すぐには攻略できないってことだ」

「…………」

「……適当な場所を壊してみるか?」

「やめて」

 

 

 慧斗の苦し紛れの提案を、さすがにユエが止めた。困ったときは暴力的な手段に走るのが、慧斗の悪癖だった。

 とにかく、方針は決まった。ひとまずここは後回しにして、別の迷宮を探し出さなければならない。

 

 

「――ま、そういうわけだ。俺たちは、先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るって契約も、これで完了した。

 この樹海で生きていくか、改めて北の山脈地帯を目指すのかは知らねえけど――今のあんたらなら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、生きていけるだろ。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

 

 慧斗の言葉に、カムは慇懃に頭を下げた。

 

 

「……分かりました。次に訪れる際の道案内は、シアに任せるとしましょう」

「そりゃどうも」

「では、どうかシアをよろしくお願いします。我らの大切な家族が、あなたのお役に立つことを願っております」

「こちらこそ」

 

 

 慧斗へと一通りの挨拶を済ませると、カムは愛娘(シア)に向き直った。

 

 

「――行ってきなさい、シア。お前の旅路に、幸多からんことを」

「……はいっ!」

 

 

 大事な娘が自ら道を決め、愛情をもってそれを送り出す。これ以上に美しい光景は、そうそうないだろう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、次の目的地はどこにしましょうか!」

「何でお前が仕切んだよ」

 

 

 樹海を脱し、元気よく跳ねるシアを、慧斗がじろりと見咎めた。

 

 

「ひとまず、ライセン大峡谷から攻めようかなって」

「ライセン大峡谷? グリューエン大砂漠の大火山や、シュネー雪原の氷雪洞窟ではなく?」

「一応、ライセンにも七大迷宮があるらしい。シュネー雪原は魔人国(ガーランド)の領土だし、準備もなしにはいけない。ってなると先に大火山を目指すことになるが、どうせ西大陸に行くことになるから、東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

「お前は魔法使わないから楽でいいだろ。ライセンは放出された魔力を分解する場所だから、身体強化に特化したお前なら、何の影響も受けずに十全に動ける」

 

 

 何でもないかのように説明する慧斗に、思わず頬が引きつるシア。ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもある。鬼教官ユエに鍛えられたとはいえ、軽いトラウマが残っている場所だ。

 

 

「では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」

「今日のところは野営だろうが――食料や調味料を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから、一旦町に向かいたいな」

 

 

 前に見た地図が正しければ、確かブルックという町が近くにあったはずだ。見た目の問題が解決した今、慧斗はそこを目指そうと考えていた。

 

 

「はぁ~そうですか……よかったです」

「何が?」

 

 

 分かりやすく安堵したシアに、慧斗とユエは揃って首を捻った。

 

 

「いやぁ~、ケイトさんがいることだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして。ユエさんはケイトさんの血があれば問題ありませんし……どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか、考えていたんですよぉ~」

「お前な、俺のことを何だと思ってんだ」

 

 

 じろりと睨む慧斗の問いに、シアはきょとんと首を傾げた。

 

 

「新種の魔物?」

「ぶった斬るぞクソウサギ」

 

 

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