ありふれた癌 作:Matto
遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町――ブルックである。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には門番の詰所らしい小屋もある。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるらしい。 慧斗たちが近付くと、武装した門番が進み出た。
「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」
「食料の補給と、素材の換金だ。旅の途中でな」
ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら、門番の男が慧斗のステータスプレートをチェックしていると、見る見るうちに表情を変えた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。その門番の様子をみて、やっべと慧斗は失態を思い出した。
『計測不能』。少なくとも王国では前例のない、イレギュラー中のイレギュラーである。
「その――すこし前に、魔物に襲われてな。その時に壊れたっぽいんだ」
「こ、壊れた? いや、しかし……」
慧斗の苦し紛れの説明に、門番は大いに困惑した。紛失や破損はよくある例だが、表示が壊れたなどという話が聞いたことがない。どう対応すべきか迷う門番に、慧斗はすかさず追撃した。
「なんだ、測定不能のバケモノに見えるか? 指先ひとつで街を滅ぼせる怪物に見えるか?」
「はは、いや、見えないよ。表示がおかしくなるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……
それで、そっちの二人は……」
「この子のは失くした。こっちの兎人族は……わかるだろ?」
(ちょ、ケイトさん!)
(方便だ、我慢しろ!)
まるで奴隷扱いである。シアが小さな抗議を上げる横で、門番はへーと慧斗を値踏みするような視線を向けた。兎人族の奴隷を連れ歩くような上等そうな人間には――まあ、見えまい。
「そうか……それにしても、随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? あんたたちって意外に金持ち?」
「だったとして、あんたがおこぼれに与る道理はないけど?」
「……まぁ、いい。通っていいぞ」
「どうも。――そうだ。素材の換金がしたいんだけど、場所はあるか?」
「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」
「あいよ。お勤めご苦労様」
門番から情報を得つつ、慧斗たちは門をくぐり町の中へと入っていった。それなりに活気のある町らしく、呼び込みの声や、値切り交渉の白熱した喧騒が聞こえてくる。しばらく目抜き通りを歩いていると、三人へと視線が集中し始めた。
「兎人族だ……」
「白髪だ、珍しいな」
「それも上玉だ」
正確には――三人全員ではなく、シア一人。舌なめずりするような視線が這い回り、シアは思わず慧斗の背に隠れた。
「あ、あの……なんか、町の人たちの視線が……」
シアの言葉に、慧斗とユエは顔を見合わせた。
「首輪でもつけるんだったかな」
「かも」
「ちょ、何ですかその物騒な会話ぁ!」
碌でもないやりとりに、シアが思わず悲鳴を上げる。しかし、本来必要な措置だったのだ。文句を言われても始まらない。
「自分で言っただろ、兎人族は愛玩用の奴隷として人気があるって。そんなもんが首輪もつけずに人間の町を歩き回ってたら、『私はフリーです、どうぞ攫ってください』って看板ぶら下げてんのと変わりゃしねえんだよ。お前、見目はそれなり以上に良いからな。中身はともかく」
「も、もう、ケイトさん! こんな公衆の面前で、いきなり何言い出すんですかぁ! そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんてぇ!」
「そんなこと言ったっけ俺」
滔々とした慧斗の説明に、いきなり褒め言葉を受けたと舞い上がったシアは、慧斗の背をばしばしと叩いた。魔力で強化していないとはいえ、わりと遠慮がなくて鬱陶しい。
「とにかく、そういうことだ。首輪をつけて奴隷って扱いにするか、常に俺たちの傍にいるか。今すぐ首輪を調達ってわけにもいかないから、今回のところは俺たちの傍から離れるなよ」
「ケイトさんの傍にいます!」
そういうと、シアは慧斗の腕に抱き着いた。形のよい乳房が強く押し当てられ、ふにゅりと形を変える。ついでに足元もぴったり寄せるものだから、厭でも足が絡み付く。
「歩きづらい!」
「照れてるんですかぁ? もぉ~、ケイトさんったら
「うるせえぞクソウサギ」
「あだだだだ!」
その顔に慧斗の指をめり込みませながらも、シアの顔には隠せない喜色が浮かんでいた。なお慧斗の方は不快感でいっぱいだった。
◇ ◇ ◇
目抜き通りの途中にある、大剣を模した看板――冒険者ギルドの看板だ。それを確認すると、慧斗たちはスイングドアを開き中へ入った。
屋内は意外に清潔感のある空間だった。入口正面に受付カウンター、左手は飲食スペースになっているらしく、何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。
「やあ、いらっしゃい。美人に挟まれて役得だねえ?」
「うるさい」
恰幅の良い受付嬢、もとい中年女性キャサリンのからかいに、慧斗はむっと顔をしかめた。周囲でシアを値踏みしていた冒険者たちも、やれやれといった様子で見守っている。この手の軽口は日常茶飯事らしい。
「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」
「素材の買取を頼む」
「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい」
「買取にプレートが要るのか?」
たかが素材の買取に、身分証が要るのだろうか。慧斗の疑問に、今度はキャサリンが首を捻る番だった。
「あんたたち、冒険者じゃなかったのかい? 確かに買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば
それから、キャサリンは冒険者の特典を説明し始めた。ギルドとの提携店舗での割引、業者への口利き、冒険者同士の情報交換などなど……生活に必要な魔石や、回復薬などの薬剤の素材は、冒険者たちの収穫で成り立っている。地域経済に貢献する分、冒険者への待遇が厚いのだろう。
名声には興味ないが、便利に越したことはない。ひとまず、プレートを持っている慧斗のみ登録することにした。ユエとシアの分も調達してもいいが、二人の異常性が
「……せっかくだから、登録も一緒に頼む。悪いけど持ち合わせがないから、登録料は買取金額から差し引いてくれ」
「可愛い子二人も侍らせといて、文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」
「うるさい」
ともかく。慧斗が差し出したプレートに、キャサリンは僅かに眉をひそめた。
「ありゃ。壊れてるね、あんたの」
「色々あってな」
「再発行できるけど、どうする?」
「『でも、お
「うーん、まあ安くはないね」
キャサリンは追及を諦めると、プレートを台座に乗せ、がこん、とスタンプのような機械に挟んだ。変換されたプレートには、『職業:冒険者』という表記が追加され、その横に青いマークがついている。これが冒険者のランクに相当するらしい。
「男なら、頑張って『黒』を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」
「へいへい。で、買取はどこで?」
「ここで構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」
「すげーなおばちゃん」
キャサリンに求められるがまま、あらかじめ“宝物庫”から鞄に移し替えておいた素材を取り出した。魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石である。ごろごろと並んでいく素材を見て、キャサリンが驚愕の表情を浮かべた。
「――こ、これは!」
恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。周囲の冒険者たちも目の色を変え、息が詰まるような緊張感の中、ようやく顔を上げたキャサリンは、溜息をついて一行に視線を戻した。
「とんでもないものを持ってきたね。これは……樹海の魔物だね?」
「そ」
涼しい顔で答える慧斗は、奈落の魔物の素材を避けていた。もともと多く持ち込んでいたわけでもないし、ほぼ未知の素材を突き出してしまっては大騒ぎだ。
「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」
「珍しいのか」
「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」
キャサリンはちらりとシアを見やった。おそらく、
それからキャサリンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。結構な額である。
「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」
「いや、この額でいい」
登録料の一千ルタを差し引いた硬貨を、慧斗は鞄に詰めた。ひとまずこの場で金の調達が要る以上、無闇な欲をかく意味はない。
「ところで、ここの門番から、この町の簡易な地図を貰えるって聞いたけど」
「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」
そうして手渡された地図は、町全体を詳細に書き表したものだった。各店舗の名前と区分から、おすすめの商品まで記載されている。ちょっとした観光ガイドである。
「……こんな立派な地図が、無料? 金取っていいレベルだとおもうけど」
「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。“書士”の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」
「なんでもありだなおばちゃん」
「それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」
「そりゃどうも」
ひらひらと手を振ると、三人は踵を返して出ていった。次なる目的地は、地図に書かれている『マサカの宿』だ。
「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」
後には、そんなキャサリンの楽しげな呟きが残された。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませー、ようこそ『マサカの宿』へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
からからとベルが鳴る入り口を開くと、奥の受付にいる少女が元気よく挨拶した。手前のテーブルは食堂となっているらしく、客たちの視線が一斉にシアとユエに集中する。それらを無視して、慧斗たちは奥に進んだ。
「宿泊だ。このガイドブックを見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
「とりあえず一泊。食事付きで、あと風呂も頼む」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが……」
そうして少女は時間表を取り出した。慧斗は割と早風呂な方だが、女子二人はゆっくり浸かりたいことだろう。だいたい一時間半、と伝えると、「えっ、そんなに!?」と驚愕された。何か引っかかるものがあっただろうか。
「そ、それで、お部屋はどうされますか? 二人部屋と四人部屋が空いてますが……」
「安い方にしようか。四人部屋で」
好奇心を隠せない目つきの少女と、聞き耳を立てている食堂の客たち。それらに極力注意を払わないように、慧斗はさらりと言った。
少女の目の色が変わり、食堂の喧騒が大きくなった。何だこの鬱陶しい連中は。
「……ダメ。二人部屋二つで」
「二部屋だと高いじゃん。節約節約」
むっと目を吊り上げるユエに、慧斗が反論した。多少ではあるが、四人部屋一つの方が二人部屋二つより安い。特に遠慮する仲でもなし、慧斗としては出費を軽くしたいところだったが……
一方、シアは何を勘違いしたのか、いやんいやんと身を捩らせ始めた。
「そ、そんなぁ~! ユエさんが見てる前で致すなんてぇ~! ケイトさん大胆ですぅ~!」
「何言ってんだお前」
「それなら私の方が先」
「お前も何言ってんの!?」
訳の分からないことを言い始める女子二人に、慧斗のツッコミが飛んだ。歩き通しだったのでさっさと休みたいというのに、こいつらは何を考えているんだ。
「……こ、この状況で四人部屋……つ、つまり三人で? す、すごい……きっと……あ、あんなことやこんなことをするんだわ……なんてアブノーマルなっ!」
「アブノーマルなのは貴様の脳味噌だ」
トリップしている少女から半ば強引に部屋の鍵を奪い取ると、慧斗は大股で奥の階段へ突き進んだ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
「何もなかった……」
「何言ってんだお前」
食堂で朝食をとりながら、思いっきり期待外れの様子で落ち込んでいるシアに、慧斗のツッコミが飛んだ。周囲には昨日の客も数人残っており、相変わらずこちらに視線を集中させている。慧斗は全員を叩き伏せたい衝動に駆られた。
「さて、腹も膨れたことだし――俺は鍛冶屋に行ってくる。装備の修繕を、一度本職に頼みたいからな。お前たちはどうする?」
慧斗の発言に、二人はぱあっと顔を明るくした。
「そうだ、ユエさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」
「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」
「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう!」
きゃいきゃいと買い物の相談を始める二人は、まさに年頃の少女のようである。ぼんやりと頬杖を突きながら、慧斗はそれを微笑ましく眺めていた。
「女子だねえ」
「……何?」
「別に何も含んでねえよー」
◇ ◇ ◇
「――いい装備だ。
『ラドの鍛冶屋』。製品である武器を並べただけの無骨な鍛冶場で、ずんぐりとした店主ラドは、そうつぶやいた。
視線の先は、慧斗のグレートソードである。さすが王宮の宝物庫に収蔵されていただけあって、名品であるらしい。
「そう大層なもんじゃない。知り合いに腕のいい魔法使いがいて、実験代わりに魔法を付与してもらっただけ」
「……そうか」
それらしく誤魔化した慧斗の返答に、寡黙なラドはそう返すだけだった。
「だが、修繕は甘いな。自分でやったのか?」
「まあな。……こうも容易く見抜かれるか。所詮は素人仕事だな」
「いいだろう。“錬成師”の名に懸けて、最高の状態に仕上げてやる」
「――え、錬成師!?」
意外な事実に、慧斗は目を剥いた。こんな辺境に、鍛冶職でも一割しかいない上澄みの“錬成師”がいたのか!?
「鍛冶師が錬成師で何がおかしい?」
「いや、そりゃそうだけど」
じろりと睨むラドに、慧斗はしかし驚愕を隠せなかった。ラドの言葉も尤もではある。あるのだが……
「でも、錬成師で鍛冶師なら、中央で召し抱えられることもできんだろ。失礼を承知で言うけど、なんでこんな辺境に……?」
慧斗の問いに、ラドは竃の火を焚きながら答えた。
「……人には、色々あるもんだ。お前さんもそうであるように」
「……そりゃ失礼」
そう言われてしまってはどうしようもない。慧斗は追及を止めた。
ここは大人しく、ただの客に戻ろう。何しろやってもらいたいことは山ほどある。
「あとはこっちの剣鉈と、こっちの武器、あと、これと同サイズの大槌も頼む」
「……なんだ、これは?」
「魔物の爪。籠手っぽい感じでまとめて」
「それに大槌? 亜人用か」
「まあな。――いや、もう一回り大きいのは持てそうだな。
「……なんだ、その大きさは。熊人族でも連れ歩いてるのか?」
「あっやっぱあいつはあいつなりに異常なんだ……」
◇ ◇ ◇
「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」
「ん……人は見た目によらない」
「ですね~」
新たな服を設えてもらい、満足したシアはユエとともに服屋を後にした。店主が……その、ものすごく濃ゆい人物ではあったのだが、亜人族であるシアに対しても親切に接し、その容貌に合わせた空色の服を用意してくれる好人物だった。
次に、慧斗に頼まれた通り道具屋へ向かう。しかし、とかく目立つ美少女二人は、あっという間に数十人の男に囲まれた。
「……なに?」
どれも冒険者風の屈強そうな男だが、中にはどこかの露店で商売をしているようなエプロン姿の男もいる。
「ユエちゃんとシアちゃんで、名前あってるよな?」
「? ……合ってる」
先頭に立つ冒険者風の男が、二人に問いかけた。二人は顔を合わせて訝しんだ。見覚えのない男だが、どこかで会っただろうか。
返答を聞いた男は、後ろの男連中と目線を合わせて頷くと、覚悟を決めたようにすうと息を吸った。残りの男連中も同じように進み出る。
「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」
「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」
そして二人に向かって、声を揃えて叫んだ。
……片や美少女とはいえ容姿は二次性徴前、片や見紛うことなき亜人族である。ある意味潔いというべきか、頭と性癖がトチ狂っているというべきか。
それを受けた二人はといえば、
「……シア、道具屋はこっち」
「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」
何事もなかったかのように歩き出した。
見事にスルーされた男たちが、ずざざーっと転げる。どこかの芸人劇団もかくやと言わんばかりの揃いぶりを、しかしツッコむ人間はここにいない。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせ――」
「
「お断りしますぅ」
「即答!」
まさに論外とばかりの返答に、男たちが頽れた。一部に至っては滂沱の涙を流している。まるで意味の分からない連中だった。
ただ、それでも諦めない者が現れるのは、ガッツがあるというべきか、分際を弁えないというべきか。
「なら――なら、力ずくでも俺のものにしてやるぅ!」
その眼に闘志(?)を滾らせながら、一人の男が再起動した。興奮に目を血走らせ、今にも飛び掛かろうという様相を見せている。
「いいや、俺のもんだ!」
「男を見せるときだ!」
その声に、続々と男たちが立ち上がる。同じように目を血走らせ、少女二人を逃さないように取り囲む姿は、犯罪者集団そのものだった。
「ユエちゃ~ん!!」
「“凍柩”」
「ギャー!?」
いよいよ飛び掛かってきた男に向けて、ユエは氷の花を差し出した。空中でそれを食らった男は、その場で氷の檻に閉じ込められた。
「シアちゃ~ん!!」
「せいっ!」
「がふっ!?」
「こんな感じでいいんですね! 分かり易くて助かります!」
同じようにシアに飛び掛かった男は、その腹に拳を叩き込まれ吹き飛んだ。
そうして暴走した男たちが二人の少女に薙ぎ払われるという、何とも下らない騒動が繰り広げられたとか。
◇ ◇ ◇
一方、ラドの鍛冶屋で一通りのオーダーを済ませた慧斗は、冒険者ギルドに移動していた。
「兎人族の情報ねぇ……ここには届いてないねぇ」
「そうか」
「男衆ばかりとはいえ、売るなら中央だろう。こんな辺境に、奴隷市の情報は出回らないよ」
受付カウンターに背を預けながら、キャサリンと目線を合わせずに会話を交わす。彼が問うたのは、最近樹海の外で捕まえられた兎人族の情報だった。
「――買い戻すつもりかい?」
「何のこった」
「ふふん、おばちゃんの眼力舐めんじゃないよ。見かけによらず情が深いんだね」
あくまでとぼける慧斗に、キャサリンはふふふと穏やかに笑った。特に温和で身内への情が深い兎人族、おおかたシアの家族を取り戻すつもりだろう――と踏んでの一言だった。
「そんな割に合わねえ真似はしねえよ。やるとしたら――こうだ」
「おや、物騒だ」
そう言って、慧斗はくい、と首を切るジェスチャーをした。物騒極まりない言動に、しかしキャサリンは眉一つ動かさない。
とはいえ。兎人族が高値で取引されるということは、その買い取り手の殆どが貴族ということだ。強奪という手段を採るにしても、帝国の中枢を揺るがしかねない大事件に発展することは、容易に想像できる。
「それこそ、割に合わないよ」
「あっそ」
キャサリンの忠告に、慧斗はふんと鼻を鳴らした。兎人族十数名のために帝国全土を敵に回すとなると、確かに割に合わない。
「――兎人族の情報はないけれど」
慧斗が興味を無くしたタイミングを見計らい、キャサリンは話題を切り替えた。
「大峡谷の入り口で、一個小隊の兵隊さんがぱったりと姿を消したそうだ。ずっと何かを待ち構えているようだったらしいがね。あんた、何か知ってるかい?」
「金のニオイがするが――残念ながら知らねえな」
おおかた、慧斗たちが始末した帝国兵の事だろう。慧斗はすっとぼけた。
「後に残されていたのは、大きな大きな塚と、ステータスプレートの束だけだったそうだ」
「ふぅん。魔物共にしちゃ、いやに丁寧なこったな」
「そうかい?」
慧斗の何気ない軽口に、しかしキャサリンはふふと笑った。
「あたしゃ、その塚が
「……ふん」
キャサリンの言葉に、慧斗は無言で鼻を鳴らした。伊達に荒くれ者たちを束ねるギルドの職員ではないらしい。
「他に、面白そうな情報は?」
「そこの掲示板を見たらいい。あんた向きの仕事もきっと見つかるよ」
「あっそ」
依頼の掲示板のことである。『目ぼしい情報はもうない』ということが言いたいらしい。
「ま、暇つぶしには助かったぜ」
そう言うと、慧斗は受付カウンターにちゃりんと銀貨数枚を置いて歩き出した。たかが情報量とは思えない大盤振る舞いに、キャサリンが眉をひそめる。
「……少し多くないかい?」
「どうせ、色々勘付いてんだろう? 口止め料だ」
キャサリンの言葉に背を向けたまま答えると、慧斗はふと立ち止まった。
「――余計なことは考えるなよ。俺たちに何かあれば、情報の出所はひとつっきりだ」
「面白くない子だねぇ」
そう言い捨て、今度こそ立ち去った慧斗の背に、キャサリンのため息が届いた。
装備:
魔晶石
魔石を精製し、大きさと純度を均一化したもの。魔力を消費しても再補充することが可能で、大量に備蓄することで魔力タンクとして扱える。
ユエは錬成魔法が苦手なため、慧斗が一度細かく砕いてから再精製している。ものすごく疲れる。