ありふれた癌 作:Matto
死屍累々。
そんな言葉が相応しい光景が、ライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頸部を斬り離され――死に方は様々だが、一様に一撃で絶命している。
この世の地獄、処刑場と人々に恐れられるこの場所で、こんな真似ができるのは――
「一撃必殺ですぅ!」
黒鉄の大槌を振るい、次々に魔物を叩き潰していくシア。
「邪魔だ!」
グレートソードを振るい、魔物を斬り伏せていく慧斗。
主にこの二人をして繰り広げられる殺戮行脚は、地獄の魔獣をして戦慄させるほどの凄絶さを見せた。
「いいですねぇ~これ! 嘘みたいに手に馴染みますよ!」
「そうか。ブルックに戻ることがあったら、ラドさんに改めて礼を言っとくか」
シアの喜色に、慧斗も感心の声を上げた。なるほど錬成師らしく、鍛冶の腕前は一流らしい。
「それだけじゃないですよぉ~! ケイトさんの武器とお揃いじゃないですかぁ! ケイトさんの愛情を感じる、私だけの、お揃いの武器……うへへへへへ」
「そんなものはない」
「冷血!?」
魔物の返り血がこびりついたまま鉄槌に頬擦りするシアの言葉を、慧斗は冷たく切って捨てた。何しろ鍛造したのは鍛冶師ラドであって、慧斗はオーダーを出しただけである。
一方、そんな二人を眺めながら、ユエが不満そうに呟いた。
「……つまんない」
「たまにはのんびりしてろ」
慧斗にできることは、ただ宥めてやることだけだった。魔力を放散されるこの大峡谷で、魔法攻撃がほとんどのユエにできることはない。
「『ライセンの何処か』ってだけじゃ、やっぱ大雑把だな……全然手掛かりがねえ」
「ん……不親切」
野営を重ね、道中の魔物を撃退し、歩みを進めていくが……大迷宮が見えてくる様子は一向にない。
「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」
「そうだといいけどな……」
呑気なシアに励まされながら、一行は道を進んだ。深い谷底は日が差しづらく、時間感覚が狂いやすい。程よいところで休息し、野営の準備に入ろう。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。すっかり暗くなった谷底で食事を終えた三人は、そのまま就寝することにした。慧斗が焚火の番をしていると、テントからシアが出てきた。
「どうした」
「ちょっと、お花摘みに」
「谷底に花か。風流なこったな」
「ケ・イ・ト・さ・ん!」
頬杖を突きながらふふんと皮肉を飛ばす慧斗を、シアが咎める。年頃の乙女に対してデリカシーのない発言だ。
ともあれ、そのまま茂みに姿を消したシア――だが、しばらくすると大声を出しながら戻ってきた。
「け、ケイトさ~ん! ユエさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」
魔物の誘引をも恐れないシアの大喚声に、慧斗とユエは揃って立ち上がった。見れば壁と一枚岩の隙間に空間があり、その手前でシアがぶんぶんと手を振っている。仕方ない、と慧斗は荷物をまとめて立ち上がった。――シアの鉄槌が重い。グレートソードの重みに慣れた慧斗でさえ、ずりずりと引き摺るしかない超重量だ。鍛冶師ラド、やり過ぎではなかろうか?
「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」
「何を見つけ――いたたたた痛い!」
「うるさい……」
力いっぱい引っ張るシアに連れられ、二人は空間の奥へ進んだ。存外に広い。中ほどまで進むと、シアはびしりと壁の一角を指差した。そこには、
『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』
目に痛い極彩色で彫られた看板があった。
「……何これ」
「何だろうな……」
慧斗とユエは揃って閉口した。人外魔境の大峡谷にあって、およそ似つかわしくない人工物である。
「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴッホン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」
能天気に、得意げにシアが語る中、慧斗とユエは互いにしかめた顔を突き合わせた。
「……どう思う?」
「……たぶん、本物」
「根拠は?」
「
「だよな……」
「???」
『ミレディ・ライセン』。オスカー・オルクスの手記にあった、“解放者”の一人の名前である。ライセンという名前は魔境のひとつとして知られているが、ミレディという個人名は知られていない。故に、その名を冠するこの入り口が、本物の大迷宮である可能性は高い。高いのだが……
「……何でこんな……ネオンまで……」
魔法でも使っているのかとばかりに煌々と照らされ、極彩色で彩られた枠に、慧斗は何を言えばいいか分からなくなった。これまでよく見つからなかったな、といわんばかりの自己主張ぶりである。まあ魔法が使えない危地であるし、見つかりづらいといえば見つかりづらい。……いやそれで済む話だろうか?
「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」
そんな慧斗の気分に気付くことなく、シアは周囲を見回し、枠をぺしぺしと叩く。
「おい、シア。あんまり不用意に触――」
がこんっ
「ふきゃ!?」
「シア!?」
シアが枠内の壁を叩くと、ぐるりと壁が回転し、シアを巻き込んで姿を晦ました。思わず動揺するユエとは対照的に、慧斗はさらに顔をしかめた。
「な、なに……!?」
「……忍者屋敷かよ……」
奇しくも入口を発見したことで、看板の信憑性が増した。ライセンの大迷宮、その入口はここで間違いないらしい。
「シアは無事?」
「さあ。ここ潜ってみねえと何とも」
二人はシアと同じように回転扉に手を掛け、ぐるりとその向こう側に追いやられた。
その瞬間、慧斗の目が暗闇を飛来する何かを捉えた。
「――伏せろ!」
慧斗は即座にユエを抱えて伏せた。その頭上を、何か細いものが通り抜けていく。振り返った慧斗は、背後の回転扉に刺さったものの正体を看破した。
「……黒曜石の矢か。悪質な……」
この暗闇に入った途端、念には念をとばかりに黒い鏃。暗視に慣れていなければ全本命中し、事によっては即死ものだろう。
そこでようやく、周囲の壁がぼんやりと光り、辺りを照らし出した。どうやらすこし広めの部屋らしい。吹き矢を飛ばす矢狭間と、奥に続く通路がある。その中心に、ひとつの石板が立っていた。
『ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ』
『それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ』
二人は無言で石板を睨みつけた。暗闇に黒曜石の鏃、その後にようやく照らされる部屋と、この内容である。ここの製作者は、かなり性根が悪い。
「……シアは?」
「あ」
何とか怒りを鎮めようとした二人の脳裏に、ようやくシアの存在が戻ってきた。この構造に思い違いがなければ、この回転扉の向こう側にいるはずだが……慧斗は再び回転扉を押した。
果たしてシアは、そこにいた。回転扉に縫い付けられた姿で。
「うぅ、ぐすっ、ケイトざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」
二人が見る限り、シアの身体に矢が刺さった様子も、怪我をした様子もない。天性の勘で避けることができたらしいが、本当に間一髪だったようで、衣服のあちこちに矢が刺さっている。兎耳まで捻じ曲げて避けたその姿は、不格好なピクトグラムのようだった。
とりあえず、無事に躱すことができていたようだ。足元を濡らす液体に目を背ければ。
「――とりあえず……
「うわぁぁぁ~~ん! ケイトさんの馬鹿ぁ~~!」
フォローに困った慧斗の言葉は、果たしてシアの号泣を誘うことしかできなかった。惚れた男の目の前で失禁するなど、乙女心に深い傷を負う大惨事である。
ともあれ、慧斗は刺さった矢を引き抜き降ろしてやることにした。なお『見ないで降ろす』というオーダーは果たせなかった。ユエが“宝物庫”からシアの着替えを取り出し、慧斗を明後日の方向に向かせてから渡す。シアは顔を真っ赤にしながら着替えた。
ようやく立ち上がったシアの目に、石板が映った。そこに輝く文字列が、シアの怒りに火を点けたのは言うまでもない。
「――乙女の怒りを知れぇ!」
慧斗の手からやや強引に鉄槌をもぎ取ると、シアは渾身の力で石板を叩き潰した。ごん、ごん、と親の仇のように何度も鉄槌を振り下ろす。
やがて気分が落ち着いたのか、はぁはぁと荒い息を吐きながら鉄槌を担ぎ上げる。その下、砕け散った石板の破片の下には、
『ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!』
「ムキィーー!!」
シアはいっそう怒りを滾らせ、鉄槌を何度も振り下ろした。部屋全体を揺らす重い一撃の連続は、傲岸不遜の慧斗をして割り込ませない気迫があった。
どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは違う意味で、一筋縄ではいかない場所のようだ。
◇ ◇ ◇
ようやく怒りを収めたシアを連れて、慧斗たちは通路を進んだ。オルクス大迷宮の緑光石とは異なる色の照明が通路を照らし、一行を奥へと誘っていく。
その先は、広い空間に出た。全三階からなる吹き抜けた空間は、あちらこちらにいくつもの入口が構えている。全部で三十は超えていそうだ。
「これはまた――迷宮らしいと言えば、らしい場所だな」
「……ん、迷いそう」
「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」
「……分かった。分かったから、そろそろ落ち着け」
ぎらぎらとその眼に怒りを滾らせるシアを宥めつつ、慧斗はユエに問いかけた。この複雑そうな迷宮内で、そろそろ魔法の力を借りたくなる。
「魔法、使えそうか」
「……駄目そう。まだ峡谷の範囲内」
「うーん、マッピングがめんどい。ごりごり跡つけてくぐらいか」
「いっそ破壊しちゃいましょうよぉ……」
「お前それで出口まで埋めたら殺すぞ」
今だ怨念を募らせるシアを睨むと、慧斗を先導に通路の一つに歩みを進めた。
「っていうか、魔力感じる?」
「感じない」
「だよなー……なーんか、厭な予感するなー……」
仄明るい通路を歩きながら、慧斗は違和感を覚え、ユエに確認した。ただの通路にしては――いやむしろ、
がこんっ
「えっ」
その時、慧斗の足が何かを踏み抜いた。
シャァアア――と滑るような音とともに、前方の両壁から回転ノコギリのようなものが飛び出した。高速回転する刃が、首と腰をそれぞれ狙うように迫ってくる。
「――回避ィ!」
「はわわ、はわわわわ」
慌てて叫んだ慧斗は、ノコギリの間を飛び込むようにすり抜けた。ユエは屈むだけで済んだ。シアも何とか身を捩って躱すも、兎耳の先の毛が刈り取られた。
さらなる悪寒に襲われた慧斗は、慌てて二人に駆け寄るとその首根っこを掴み、通路の奥へと駆け込んだ。
「――っと!」
前方に飛び込んだ慧斗の爪先数センチのところを、スパァ――と滑らかな音とともに、分厚い刃が落ちた。鋭く地中に埋まるそれは、さながらギロチンである。慧斗の見間違いでなければ、四、五本分の刃が降り注いでいたはずだ。スライスチーズよろしく、細断された死体が出来上がっていたことだろう。
「……完全な物理トラップか。魔力を感じないわけだ」
違和感の正体が分かった。魔法が使えないライセン大峡谷、その中核たる大迷宮。探知魔法を封じた上で、魔力探知に引っかからない物理トラップを配置しているわけだ。
「はぅ~、し、死ぬかと思いましたぁ~。ていうか、ケイトさん! あれくらい受け止めて下さいよぉ! 何のための大剣ですかぁ!」
「あんな刃まとめて受け止められるか! 腰が砕けるわ!」
シアの無茶振りに、慧斗は怒声で返した。一枚くらいならば受け止めることができたかもしれないが、その重量が足腰に響く。なお、「せっかく魔法対策してもらったのに!」などと考えていたのは内緒である。
「……お漏らしウサギ。死にかけたのは未熟なだけ」
「おもっ、おもらっ……!? 撤回して下さい、ユエさん! いくらなんでも不名誉すぎますぅ!」
ユエの冷酷な言葉に、シアが悲鳴を上げながら遮った。この短時間で二度も死にかけた割には元気だ。この打たれ強さは、ある意味最大の強みだろう。
さて、そんな漫才を繰り広げている場合ではない。こんな殺意満点のトラップにいちいち引っかかっていては、命がいくつあっても足りない。
「……どうする……?」
「純物理稼働ってことは……発動にも、物理的なトリガーが要るはず……」
ユエの問いに、慧斗は深く思考に沈んだ。峡谷全体で魔法が使えない以上、ここにも魔法ありきのトラップは存在しないだろう。となれば、あとは注意力の勝負だ。
「――灯りを焚く! 前後左右上下、きちんと六方照らす!」
「うん」
「不用意に周囲を触らない! 足元、壁、よく注意しながら進む!」
「はい」
「最後――未来視!」
「はひ?」
慧斗の言葉に、シアは間抜け声を上げた。
「お前の出番だ。あっちこっち探知して、トラップを暴き尽くせ」
「……その~……魔力消費、けっこう重たいんですけどぉ~……」
「ブルックで魔力回復液買っといたろ。あれがぶ飲みしろ」
「あれ、すっごぉく苦いんですぅ~……変な臭いするし……」
「我慢!」
良薬口に苦し――と言えばいいのか、どうか。「ううぅぅ~……」と厭そうな声を上げるシアを置き去りに、慧斗とユエは再び立ち上がった。
◇ ◇ ◇
とはいえ、就寝前に見つけたばかりの迷宮だ。散々歩き回った挙句もとの広間に出たのをいいことに、三人はその場で就寝することにした。慧斗だけは念のため寝ずの番をしていたが、トラップが発動する様子はない。大迷宮にしては親切な構造だな、と慧斗は思った。
「――……うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」
その休息後、改めて別の入口へと進んでいた最中、シアがふとそう言い出した。
慧斗は手に持った松明を高く掲げ、周囲を注意深く観察した。前方、二メートルほど先――床に、不自然な凸がある。あれが発動のトリガーだろう。
「――あった、あれだな。ユエ、手近な石ころ探して」
「はい」
慧斗の指示に、ユエは握りこぶし大の石を見つけ出し、彼に渡した。離れた所から石をぶつけトラップを発動させれば、巻き込まれずに済む。
いざ投げよう――と思った時、慧斗はふと制止した。二メートルで、果たして足りるか。
「……もうちょっと下がろう」
「ケイトさん、思ったより慎重派なんですねぇ」
「この手の奴は、『ここなら大丈夫だろう』の油断を突いてくるんだよ」
シアの軽口を躱しつつ、三人はじりじりと下がった後、改めて床の凸を見た。松明が照らす距離のぎりぎりだ。松明をシアに託すと、慧斗はピッチャーよろしく横に構え、石を投げた。
「――ふっ!」
果たして、投げられた石は凸にぶつかり、がこんと音を立てて沈めた。
まず、床が消失した。松明の灯りの先、その不自然な明るさに、慧斗は床が無くなったのではなく、傾斜がついて坂道になったのだと理解した。
その先に、不自然な断裂があった。おそらく落とし穴の類だろう。その向こう側に、元通りの道が続いていた。
「ユエ、ちょっと無理してもらっていいか」
「ん、“来翔”」
そう言うと、ユエはふわりと風を起こし、三人を包んで浮き上がらせた。
「すまん、助かる」
「ん。頑張る」
ユエにとっては久々の出番だ。そのまますいと空中を前進していく三人は、ふと足元の大穴に視線を遣った。
カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ……
「…………」
そこには、夥しい数の蠍が蠢いていた。体長は、せいぜい十センチ程度だろう。この高さ、そしてユエの腕前なら、まず落下することはない。だが広い大穴の底いっぱいに蠢いているのを見せられては、さすがに生理的嫌悪を催す。思わず目を逸らした三人は、天井に文字が輝いているのを見つけた。
『彼等に致死性の毒はありません』
『でも麻痺はします』
『存分に可愛いこの子たちとの添い寝を堪能して下さい、プギャー!!』
「…………」
薄暗い空間でやたらと目立つその文字。ここに落ちた者はきっと、蠍に全身を這い回られ、麻痺する体を必死に動かしながら、藁にも縋る思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ、このふざけた文字列を。
「……横穴、あるけど……どうする?」
「やめとこ。別にダンジョン解き明かすのが目標じゃないし」
『君子危うきに寄らず』である。いかにも脱出口――と見せかけて、更なる罠が待ち構えているのは想像に難くない。