ありふれた癌 作:Matto
「――よし、見つけた」
しばらく歩いていた慧斗は、松明が照らす視界の先に、ひとつの凸を確認した。
あれもまたトラップのトリガーだろう。動かしてみるか、避けて進むか――と思案したその時、シアが叫んだ。
「あ――いや、待って下さい!」
がこんっ
「えっ」
何もしていないのに凸が沈み、ごろごろと通路が鳴動した。
「勝手に発動するならスイッチ置くなよォ!?」
悲鳴混じりの罵声を浴びせる慧斗の目の前に迫ったのは――通路全体を占める巨大な岩球が転がってくる様だった。
「きゃあぁぁぁ!?」
「馬鹿後ろに逃げてどうする!」
悲鳴を上げて引き返そうとするシアを止めると、慧斗は久々にグレートソードを構え、今度はバッターよろしく横に構えた。
「――ずぇぇいッ!」
某野球の神様が考案した一本足打法。重いグレートソードによって振り抜かれたそれは、巨岩と真正面から衝突し、ついに弾き返した。通路の奥に引き返していったそれが、壁か何かにぶつかったらしく轟音を立てる。
これでひと段落――とはいかなかった。がこん、と重いものが落ちる音がすると、再び巨岩が転がってきたのである。
「ど、どうするんですかぁ!?」
「前方広間になってる! タイミング合わせて、脇に飛び込め!」
「は、はいぃ!」
転げ落していた松明をシアに押し付けると、慧斗は正面に突っ込み、巨岩と接触する寸前で再びグレートソードを振り抜いた。それに合わせ、ユエとシアも歩みを進める。
繰り返すこと、三度。腰が悲鳴を上げ始め、「いやこれシアにやってもらった方が良かったんじゃね?」と思い始めたころ、三人はようやく前方の広間に出た。最後に落ちてきた一個に一撃をかますと、三人は左脇に転がるように飛び込んだ。
その間にも、がこん、がこんと断続的に巨岩が落ちてきては、通路に押し出されるのが続く。押し出す動力もさることながら、この岩、どこから調達しているのだろうか。
『ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い』
その様を眺めながら、足元には再び例の文字列。
「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」
「いちいち反応しない」
「思うツボ」
「うぅ、はいですぅ」
わたわたと取り繕うシアを叱りつけ、慧斗とユエは再び立ち上がった。こうも毎度丁寧に反応してくれるのだから、製作者ミレディにとってはいいカモだろう。
ちなみにその先は、別の出口として広間に戻ってくるだけだった。
◇ ◇ ◇
そんな無駄な探索作業を五回ほど費やしたころ、三人はようやく新しい部屋を引き当てた。
その部屋は、奥行きのある大部屋だった。壁の両側には無数の窪みがあり、大剣と盾を装備した騎士の鉄像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と、その向こうに扉があった。祭壇の上には、菱形の黄色水晶が設置されている。
「さて、いかにもな場所に出たな」
「いかにも? どういう意味ですか?」
ふうとため息を吐きながらグレートソードを構えた慧斗に、シアが首を捻った。
「まずこの部屋、何がある」
「ヒトガタがいっぱいですね。人形ですか?」
「甲冑」
「あぁ、それ! 人間が戦いのときに着るやつですよね!」
慧斗とユエの言葉に、シアはようやく思い至った。樹海の霧を基本戦術とするため、軽装が基本の亜人族にとって、
「で、こんな感じに、こいつらに囲まれる位置に立つと――」
がこんっ
がしゃがしゃと金属の擦れ合う音を立てながら、騎士の鉄像が動き出した。
「う、動き出した!?」
「ほらな」
「『ほらな』じゃないですぅ~! どうするんですかこれぇ~!?」
「あ? んなもん一択だろ」
いち早く慧斗の目の前に辿り着き、大剣を振り上げるゴーレムに対し、慧斗はグレートソードを叩きつけた。ばこん、と
「叩いて潰せばよろしい」
「わぁもぉ暴力的!」
慧斗の雑な回答に、シアは悲鳴を上げながら鉄槌を構えた。元来温厚な兎人族、実戦にはいまだ精神が追い付いていない。
一方、戦闘では相変わらず出番のないユエが、慧斗の後ろで不貞腐れていた。
「私の出番……」
「大人しくしてろ。この峡谷出るまでは当分ねえよ」
ぶーと座り込んで不満げな声を垂れるユエを宥めつつ、慧斗はシアと背中合わせになるように並んで構えた。
「でぇやぁああ!!」
「ふんっ!」
超重量の鉄槌を振り回すシアは、ゴーレムの盾をものともせずに叩き潰す。慧斗もそれに負けないように、盾を巧妙に躱しつつゴーレムを叩き割った。
「りゃぁあ!!」
「せいっ!」
シアはゴーレムをまとめて三体薙ぎ払うと、反転させずに逆方向に振り回し、鋭い嘴の方でゴーレム二体を貫いた。そろそろ扱いに慣れてきたようだ。慧斗もゴーレムの盾をめくり上げながら薙ぎ払っていく。
しかし、音を上げるのは早かった。
「あぁもう! いくら何でも数が多くないですかぁ!?」
悲鳴じみた声を上げるシアの後ろで、ずっとゴーレムが蹂躙されるのを観察していたユエがぽつりと呟いた。
「再生してる」
「何だそれインチキか!?」
慧斗は目の色を変えてツッコんだ。魔法が使えないはずなのに、どうやって再生しているというのか。
「ゴーレムなら、魔石替わりの核があるはずだろ!?」
「ない。感知できない」
「先に言えよちくしょう!」
「どうするんですかぁ!? これじゃキリがないですよぉ!」
とはいえ、文句を言っていても始まらない。二人がゴーレムを破壊しながら攻勢を凌ぐ一方、ユエはその再生の様子をじっと観察した。破壊された騎士像は、一旦床ににがらりと倒れてから、ずりすりと這うように再接合している。シアによって叩き潰された個体も同様だ。中には、断片の接合に失敗して不格好な畸形が出来上がり、一度ばらばらに崩れ落ちてから、床を這い再び組み直している個体もある。
足元に、僅かに光を放つ鉱石がそこら中に埋まっている。さては――この鉱石を通じて、都度再構築をしている?
「……誰かが操ってる」
「迷宮の奥底ですよ!? 一体誰が――!?」
「考えんのはあとだ! 強行突破するぞ!」
辿り着いたユエの推測に、慧斗はいち早く動いた。ユエを担ぎ上げ、シアを率いて奥の扉に突っ込む。ゴーレムは適当に蹴飛ばしながら進んだ。どうせ再生する以上、馬鹿正直に戦う必要はない。
階段を駆け上がり祭壇に辿り着いた三人は、ユエが扉の前に駆け寄り、慧斗とシアが祭壇の両端を陣取った。
「ユエさん! 扉は!?」
「ん……やっぱり封印されてる」
「あぅ、やっぱりですかっ!」
扉を確認したユエの言葉に、シアがゴーレムを殴り飛ばしながら苦悶の声を上げる。この部屋の構造、そして閉ざされた扉――鍵となるのは、ひとつ。
「ユエ! 解除任せた!」
「任された」
顔さえ合わせないまま、阿吽の呼吸。ユエは身を翻して祭壇に近寄ると、配置された黄色水晶を観察した。どうやら複数のブロックを組み合わせて組み立てられた物体のようだ。再び扉を振り返った先には、三つの窪み。これに合わせて組み立て直せ、ということだろう。ユエが黄色水晶を分解し始めた祭壇に、輝く文字列が浮かび上がった。
『とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~』
『早くしないと死んじゃうよぉ~』
『まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!』
『大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー!』
ユエは文字列を無視して再構築に専念した。
一方、祭壇の両階段から迫りくるゴーレムを叩き潰しながら、シアが口を開いた。
「このトラップは最悪ですけど――ちょっとだけ、嬉しいです」
「どうした、自殺志願者か!?」
「違います、よぉ!」
同じようにグレートソードを振るう慧斗の軽口を否定しながら、鉄槌でゴーレムを弾き飛ばす。後続のゴーレムにぶつかり、ごろごろと転げ落ちていった。
「ほんの少し前まで、逃げる事しか、できなかった私が――こうして、ケイトさんと、肩を並べて、戦えていることが……とても嬉しいん、です!」
「――……物好きも考えものだな!」
その言葉に、どう返せばいいか分からなくなった慧斗は、軽口で誤魔化すことにした。その様子を見ていたユエが、じろりと睨んだ。
「いちゃいちゃ禁止」
「そんな余裕あるように見える!?」
「ぬふふ、そう見えました? 照れますねぇ~」
汗を流しながらグレートソードを振り回す慧斗と、笑顔を浮かべるシア。こいつ元気あるな、と慧斗は閉口することしかできなかった。
ユエの謎解きは数分と掛からなかった。黄色水晶を再構築し、扉の窪みに嵌める。がたりと音が鳴り、扉が上方へずり上がっていった。奥にもう一つ、両開きの扉があるが、施錠されている様子はない。
「……開いた!」
「でかした!」
慧斗は一言叫ぶと、シアを伴い扉の奥に突入した。逃がすものかと殺到するゴーレムに蹴りを叩き込み、バランスを崩して総崩れになったところを、ユエとシアが扉を閉めた。
部屋には静寂が満たされた。四角の部屋には、奥に続くはずの通路がない。
「――ユエ、何か見つかったか」
「何もない」
またもトラップか、と身構えた慧斗は、しかしユエの言葉に静止した。
「この先には、何もない。魔力は――ほんの少しだけ、感じる」
「……どうします? 壁を壊して進んでみますか?」
立ち止まっていても仕方ないが、引き返すのも厄介だ。わざわざ面倒臭い解錠キーを仕込んだ以上、この先に何かあるはずだと考えたシアだったが――
がこんっ
「うきゃあぁぁぁ!?」
部屋全体ががたりと揺れる衝撃に、思わず腰を抜かした。
縦に横に、都度角度を変えながらGがかかる。普通の振動衝撃とも異なるこれは、まさか――
「まさか――部屋自体が移動してる!?」
「そうみた――うっ!」
返答しようとしたシアが、下方向のGに引っかかって天井にぶつかり、そのまま失神した。
壁の隅にしがみつく慧斗たちを無視して縦横無尽に移動すること、四十秒あまり。突如、慣性の法則を無視して静止すると、それきり部屋はぴたりと止まった。移動が終わったのだろうか。
「――止まった、かな。ユエ、大丈夫か?」
「……ん、平気」
「シアは?」
「……気絶してる、だけ」
「ああもう……ほら起きろ、馬鹿ウサギ」
まっさきに慧斗に抱き着いていたユエを下ろすと、慧斗はアクロバティックな姿勢で目を回しているシアに寄り、その頬をぺしぺしと叩いた。
「……ふぇ?」
「止まったぞ。馬鹿丸出しの格好してないで、早く起きろ」
慧斗の声掛けに意識を取り戻したシアは、しばらくして、自分の置かれている状況を理解した。つまり下着丸見えの、みっともない姿勢を。
「~~~~っ! 見、みみみ見ました!?」
「見なかったことにしといてやる」
「うわぁぁぁん! ケイトさんのえっちぃぃ!!」
「不可抗力だろ!」
慌てて姿勢を正したシアは、わんわんと泣き出した。乙女の羞恥を晒されたのは、これで何度目か。慧斗だって、好きでこんな目に遭わせているわけではない。
とにかく、部屋の外に出てみよう。鬼が出るか蛇が出るか、できればミレディであってほしい――と扉を開いた慧斗の期待は、盛大に裏切られることになる。
「……何か、見覚えないか? この部屋……」
「……物凄くある。特に、あの石板」
吹き矢を飛ばす矢狭間に、撒き散らされた矢の破片、そして部屋の中心に屹立する、ひとつの石板。
「最初の部屋……みたいですね?」
シアの決定的な言葉に、二人は何も発言できなかった。足元に輝く文字列が、何より雄弁に証明していたからだ。
『ねぇ、今、どんな気持ち?』
『苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?』
『ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ』
その顔からあらゆる感情が削ぎ落され、沈黙する三人の前で、輝く文字列が増えた。
『あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します』
『いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです』
『嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!』
『ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です』
『ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー』
……ふひひ、と不気味な声がした。慧斗とユエが揃って視線を向けた先には、不気味な笑みを浮かべるシア。
「――殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけて、めちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ……」
「……こいつ、大丈夫だと思う?」
「…………ノーコメント」
先に感情が決壊する様を見せられた二人が、理性を取り戻すことができたのは、僥倖といっていいか、どうか。