ありふれた癌   作:Matto

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3章 ころころと乱る導きその果ては
01:再び、ブルックにて


「ふふっ、あなたたちの痴態、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

 

 時折雲間に隠れながら、上弦の月が夜空を照らすころ。一人の少女が『マサカの宿』の壁面を這い回る姿が、照らし出されていた。

 『マサカの宿』の看板娘、ソーナ・マサカ。幾多もの男衆から密かに慕われている元気な娘は、しかし百年の恋も冷めようかという下品な笑顔を浮かべながら、とある客室の覗きに夢中になっていた。具体的には三階の一角、慧斗たち三人組の泊まっている部屋である。

 

 

「この日のためにクリスタベルさんに教わったクライミング技術その他! まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク。さぁ、どんなアブノーマルなプレイをしているのか、ばっちり確認してあげる!」

 

 

 建物の屋根からロープを垂らし、壁を這う蜘蛛の如くしがみつき、中から見られないぎりぎりの位置で様子を伺う。しかし雲間に隠れた月が、暗い室内の様子を朧げにした。

 

 

「くっ、やはり暗い。よく見えないわ。もう少し角度をずらして……」

「こうか?」

「そうそう、この角度なら……それにしても静かね? もう少し嬌声が聞こえるかと思ったのに……」

「魔法ならどうだ。遮音とかできそうだろ」

「はっ!? その手があったか! くぅう、小賢しい! でも私は諦めない! その痴態だけでもこの眼に焼き付け……――」

 

 

 しばらくして、ソーナは違和感に気付いた。ここは三階の外壁、彼女のように無茶な真似をしない限り、まず誰もいないはずの場所である。彼女はぶわりと冷や汗を流しながら、ぎぎぎと振り返った。

 そこには案の定、上窓枠に座り込む形でソーナを見やる慧斗がいた。なお“糸”を束ねて命綱代わりにしている。

 

 

「ち――ちなうんですよ? お客様。これは、その、あの――そう! 宿の定期点検です!」

「ほほー、熱心なことですな。こんな夜中に?」

「そ、そうなんですよ~。ほら、夜中にちゃちゃっとやってしまえば、昼に補修しているところ見られずに済むじゃないですか。宿屋だからガタが来てると思われるのは、ね?」

「なるほど、評判は大事だな?」

「そ、そうそう! 評判は大事です!」

「ところでこの宿、どうやら覗き魔が出るらしいんだよ。そこんとこどう思う?」

「そ、それは由々しき事態ですね! の、覗きだなんて、ゆ、許せません、よ?」

「ああ、その通りだ。覗きは許せないよな?」

「え、ええ、許せませんとも……」

 

 

 慧斗とソーナは顔を見合わせると、「ははは」「ふふふ」とお互いに笑い始めた。お互いに目が笑っていない。

 

 

「死ね」

「ひぃー、ごめんなざぁ~い!」

 

 

 慧斗は剣鉈でソーナの命綱を切った。バランスを崩したソーナの体躯が、真っ逆さまに落ちていく。「ぐえっ」と潰れた蛙のような声を上げつつ、痛みに悶えているだけなのだから、何とも頑丈なものだと評していいか、どうか。

 ただし、彼女の苦難は終わらなかった。

 

 

「ひぃ!!」

 

 

 悲鳴を上げるソーナの目の前には、実母という名の鬼が立っていた。満面の笑みを浮かべ、おいでおいでと手を振る母親。地獄への誘いに見えたことだろう。

 

 

「今回は、尻叩き百発じゃあきかないかもな」

「いやぁああーーー!」

 

 

 その涙顔をせせら笑いつつ、慧斗は実母に引き摺られていくソーナを見送った。この醜態を見せられるのも、翌朝涙目の彼女を見せられることになるのも、これで何度目か。

 

 

「馬鹿しかおらんのか、この町は」

 

 

 慧斗はため息を吐きながら、“糸”を手繰り屋根へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

「おかえりなさいです」

「おー」

 

 

 部屋で待っていたユエとシアに迎えられながら、慧斗はどさりとベッドに身を投げ出した。

 

 

「それにしても、何があれを駆り立てるんだろうな……」

「きっと、私たちの関係がソーナちゃんの女の子な部分に火を付けちゃったんですね。気になってしょうがないんですよ。可愛いじゃないですか」

「でも、手口がどんどん巧妙になってるのは……心配」

「昨日なんか、シュノーケル自作して湯船の底に張り込んでたからな……もう正気の沙汰じゃねえだろ、あれ」

「しゅのーける?」

 

 

 一人のんびりと湯船に浸かろうとした瞬間、水中から爛々と輝く双眼を目撃したときは、思わず悲鳴を上げそうになったものである。たかが覗きのために技術革新(イノベーション)に近いものを起こすあたり、『女の子な部分』などでは説明しようがない。

 

 

「つかお前らが乱入してこなきゃ、だいたい丸く収まる話なんだよ。他の客にも迷惑だろ」

「え~照れてるんですかぁ? ケイトさんかわいい~」

「同感。ケイトはかわいい」

「うるさいっての!」

 

 

 ありがたくもない二人からの評価に、慧斗は思い切り怒声を浴びせた。

 この二人、毎度一時間分確保してやっているというのに、慧斗が入っている時間を狙いすまして乱入してくるのだ。片や将来性抜群の美少女、片や既に抜群のプロポーションを誇る美少女。さしもの慧斗も、平静ではいられない。そんな三流ラブコメのような事態が、毎日のように繰り返されていた。

 

 

「まぁ確かに、宿の娘としてはマズイですよね……一応、私たち以外にはしてないようですが……」

「被害がピンポイント過ぎない?」

 

 

 ぐだぐだと雑談しつつ、シアはさりげなく慧斗の隣に座った。自然と伸びた手がリョウの手と重なり、自らの豊かな胸元へゆっくりと引き寄せる。シアの頬は熱に浮かされたように紅潮し、これから起こることに期待を膨らませていた。慧斗もまた、シアの手を拒むことなく――

 

 

「ぎにゃーっ!?」

 

 

 素早く自分の方へと引き寄せると、ぐいと腕をしならせて関節技を極めた。日本柔術に言う、腕ひしぎ腋固めである。

 

 

「……懲りない馬鹿ウサギ」

 

 

 流れるように十字固めに移行する慧斗と悲鳴を上げるシアを見やりながら、ユエが呆れたように呟いた。毎晩のようにこれが繰り返されているのだから、こちらはこちらで懲りないものである。

 そんな感じで、ひとしきりシアへの折檻を終わらせた後。慧斗はベッドに寝そべったまま、ぼんやりと天井を見上げた。

 

 

「……なあ」

「なに?」

「どうしたんです、ケイトさん」

「俺たち、“神代魔法”っていうありがたい代物を頂戴して、すごい魔法を習得したわけだけどさあ」

「そうですねぇ」

 

 

 天井を仰ぎながら、何かを考え込むように呟く慧斗に、二人は意図を測りかねた。

 

 

「たださあ――神代魔法、めっちゃ重くね?」

 

 

 続けられた言葉に、二人は何も反論できなかった。

 

 

「わかります」

「確かに効率は悪い」

「ホラぁ魔法使いトップのユエがこれ言うんだもん! 凡人の俺らには手に余る代物だよ!」

「ケイトさんを凡人と言っていいかどうかは怪しいと思いますぅ……」

「なんだとこのクソウサギ」

 

 

 さらりと放たれたシアの毒舌に、慧斗がじろりと睨んだ。ちなみに魔力操作で体内の魔力を一ヶ所に納めているだけで、本来の姿が立派な人外である以上、慧斗を凡人と称するのは無理がある。

 

 

「魔力消費もそうだし、瞬発力もそうだし……ぶっちゃけ、正式に陣敷いて触媒用意して長々詠唱して――ってやるのが基本で、戦闘では全然使えない代物だよなあ」

「そうですか? ユエさんは重力魔法、ぽんぽこ使ってるみたいですけど」

「私、天才だから」

「そうですかぁ……」

 

 

 ふふんと得意げに胸を張るユエに、シアは閉口した。言い返しようがないのが一周回って感心する。

 

 

「でも、ケイトの効率論もけっこう病的。あんなに瞬間的に使える魔法使いなんていない。魔法剣士でも稀少」

「俺はホラ、基本的な間合いが近いし。分かりやすく詠唱してる暇とかないし。『詠唱破棄』を習得できててホント助かったわ」

「なんだか気性の問題って気がしますよねぇ……」

 

 

 当然のように開き直る慧斗の言葉に、シアはもう呆れるしかなかった。なお魔法剣士といえば、詠唱の都合上魔法は中遠距離用の補助的な攻撃手段として運用するのがセオリーであり、慧斗のように近接攻撃に絡めて使用することはほとんどない。

 一方、慧斗は未だ浮かない表情のまま、じっと天井を見つめていた。

 

 

「――なーんか、()()()よなあ」

「何が?」

「何か匂いますか? 私の方が鼻が利くはずですけど」

「そっちじゃねえ。神代魔法がきな臭いって話」

 

 

 そう言うと、慧斗はようやく起き上がった。その横顔は、何かを憂いているような複雑な感情が渦巻いている。

 

 

「ぶっちゃけ、普通の戦闘に用いるなら普通の攻撃魔法でいいじゃん。なんならそっちの方が効率いいじゃん」

「それが?」

「要は兵器兵士と同じで、普通の戦争なら物量で押せばいいって話。“解放者”だか“反逆者”だかだって、クソ邪神に直接攻撃しようって目論見はあったわけだろ。

 ――あ、違うか。そこの物量差を突かれて滅んだんだっけ?」

「どっちでもいい。それで?」

「とにかく、そうやって神の喉元まで迫り得た連中が、こんな重たくて効率悪い魔法がないと『勝てない』って踏んだ理由は何だ? およそ実戦的じゃない魔法に依存しないといけない理由って何だ?

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()が想定されてないと、ちょっと辻褄合わないよなーって」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 からんからんとベルを鳴らしながら、慧斗たちは冒険者ギルドの建物に入った。真っ先に反応したのは、受付にいるキャサリンだ。

 

 

「おや、今日は三人一緒かい?」

「おう。明日にでも町を出るから、最後に挨拶くらいと思ってな」

 

 

 慧斗の言葉に、キャサリンは寂しそうにため息を吐いた。

 

 

「そうかい、行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんたたちが戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「……変態の巣窟を、『賑やか』の一言で済ませていいのか?」

 

 

 現在、ブルックの町には三大派閥ができているらしい。

 「ユエちゃんに踏まれ隊」、「シアちゃんの奴隷になり隊」、そして「ケイトと決闘し隊」。それぞれ名前通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。まるで意味の分からん連中である。面倒事を極力回避し、それでもなし崩しに巻き込まれる慧斗はともかく、二人は何故律儀に付き合ってやっているのだろうか。

 

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」

「厭な活気だな……」

 

 

 はははと他人事のように笑う(実際他人事なのだが)キャサリンの言葉に、慧斗は閉口した。この町、ひょっとして相当娯楽に飢えているのだろうか?

 一方、それを聞いていた冒険者たちが揃って立ち上がった。

 

 

「聞いたな、野郎共!?」

「あぁ!」

 

 

 示し合わせたかのようにぞろぞろと整列すると、それぞれに言い放った。

 

 

「決闘だ、この色男!」

「最後に踏んでくださいユエちゃん!」

「奴隷にしてくれシアちゃん!」

 

 

 口々に叫ぶ冒険者たちに、慧斗たちは一瞬だけ視線を遣ると、

 

 

「あ、そうそう。目的地のついでに依頼があれば請けとこうと思うんだけど。何かある?」

「なるべく楽な依頼がいいですぅ。この町に戻ってこなくていいやつが」

「全員で無視!?」

 

 

 何事もなかったかのようにキャサリンに向き直った。これには彼女も苦笑いである。

 

 

「貴様らのような馬鹿共、いちいち相手してられるかよ。日が暮れて明けるわ」

「くそォ、こうなりゃてめぇだけでも――ぎゃひんっ!?」

 

 

 慧斗の容赦ない毒舌に、しびれを切らした一人が殴りかかる。慧斗はその腕を素早く絡め取ると、ぐいと捩じ上げた。

 

 

「ケイトも、手加減を覚えた」

「アホくせえ」

「いででででで!」

「で、何処に行くんだい?」

「フューレンだ」

 

 

 ユエが軽口を投げる横で、キャサリンは何事もなかったかのように尋ねた。目の前で腕を捩じ上げられ悲鳴を上げる冒険者がいるのに、何とも肝の据わった人物である。

 中立商業都市フューレン。ハイリヒ王国とヘルシャー帝国のちょうど国境線上にあるその都市は、両国首都以上に栄えている街と言っても過言ではない。どちらにも肩入れしない分、様々な規制が緩く、商業が発展しているのだ。

 

 

「フューレン、フューレンねぇ――おや、ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。募集は合計十五人で、空きが後二人分。どうだい、請けるかい?」

「連れを入れると余るんだけど」

「二人のことかい? 問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者だ。一人分の料金で、三倍雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

「――っつーことらしいけど?」

 

 

 キャサリンの説明に、慧斗はしばし逡巡した。配達などの依頼であれば、“宝物庫”があるので多少の無茶が効く。冒険者たちと足並みを揃えると、この二人が異様に目立ってしまうのだが……なお慧斗本人は、決して目立つような戦士ではないと思い込んでいる。

 

 

「急ぐ旅じゃない」

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

「ま、いいか。依頼を請けるよ」

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「あいあい」

 

 

 キャサリンが依頼書を手渡し、慧斗が受け取ったのを確認すると、彼女は後ろにいる二人に視線を向けた。

 

 

「あんたたちも体に気をつけて元気でおやりよ? この子に泣かされたらいつでもウチにおいで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「……ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれてありがとうございました!」

 

 

 二人はそれぞれに頷いた。特にシアは嬉しそうだ。亜人族としての差別感情を向けられなかった分、居心地の良い町だったのだろう。

 

 

「あんたも、こんないい子たち泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

「そこで余計な口挟むのは老害の証だぜ」

「大概口の減らない子だね、あんたも」

 

 

 まるで遠慮する気のない慧斗の減らず口に、キャサリンも嘆息するしかなかった。

 それはそれとして、とキャサリンは一通の手紙を取り出し、慧斗に向かって差し出した。

 

 

「これは?」

「あんたたち、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

 

 その言葉に、慧斗は思わず顔をしかめた。つまり各支部の幹部とコネがあると言っているようなものだ。それも、手紙一つで丸め込むことができるような。

 

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「……はいはい、ありがたく頂戴しまーす」

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

 

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