ありふれた癌 作:Matto
さらに翌日。
キャサリンの指示通り朝一に宿を出(ソーナが尾行しようとして母親にしばかれていた)、正面門に着いた慧斗たちを出迎えたのは、商隊の代表と他の護衛依頼を受けた冒険者たちだった。どうやら三人が最後だったようで、すでに十三人の冒険者が揃っている。冒険者たちは三人を見るなり、目の色を変えてざわついた。
「お、おい、まさか残りの三人って――“幽谷の狩人”なのか!?」
「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「お前酒が切れたらふらつくのやめろよ」
ユエとシアを見て歓喜する者、慧斗にブチのめされた記憶が蘇り震える者、ただのアル中の禁断症状を起こしている者、反応は様々だ。何だか不愉快な肩書がついている、と顔をしかめた慧斗へと、商隊の代表が声を掛けた。
「君たちが最後の護衛かね?」
「おう。これが依頼書」
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君たちのランクは未だ『青』だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
「そりゃどうもー」
依頼書の確認をしながら、商隊代表ことユンケルは歯の浮くような台詞を並べた。その視線は慧斗たち――正確には、シアに集中している。
「――ところで、その兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」
値踏みするような不躾な視線に、シアは反射的に慧斗の背中に隠れた。おおかたユンケルは、シアを奴隷として連れ歩いていると思っているのだろう。珍しい
「ほぉ、随分と懐いているようで……中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらうが、いかがかな?」
「断る。これでも大事な
「……仕方ないな。ここは引き下がろう。だが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に」
とはいえ、まだ知り合ったばかりの相手に奴隷売買の交渉を試みるなど、失礼にも程がある。まして慧斗にとっては、いくら積まれようと乗ってやる意義のない取引だ。毅然とした慧斗の態度に、ユンケルは大人しく引き下がった。「では、もう出発しよう」とだけ言い残すと、彼は商隊の方へと戻っていった。
「……他意はないぞ。勘違いするなよ」
「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~」
照れ隠しのように顔をしかめる慧斗の横顔を、シアが嬉しそうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
ブルックの町からフューレンまでは、馬車で約六日の距離がある。
日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと三回目。道中は特に何事もなく、この日もそのまま野営の支度に入った。
冒険者たちの食糧は基本的に自腹である。野営中も警備の必要があるため、簡素な食事で済ませ、護衛対象とも同じ火を囲まない。目的地に着いて報酬を受け取ってから、豪勢な食事を摂るのがお約束らしい。
「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」
「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ――てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」
「はっ、お前みたいな小汚い醜男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺の奢りで」
「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」
「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」
「何か最後気持ち悪いやつがいたんだけど」
……という前情報とはやや異なる盛り上がりを見せながら、冒険者たちはシアの作った飯を食らっていた。美少女の手作りというのは、それだけで滋養があるらしい。
雑な男料理の慧斗と、元王族ゆえに料理経験のないユエ。必然的に、野営時の調理はシアの仕事になっていた。護衛任務中であることを忘れ、ついいつもの調子で飯を作ってもらっていたら、文字通り飢えた獣のような形相の冒険者たちにねだられてしまったのだ。流石に捨て置くのは忍びないとお裾分けを提案したシアによって、今の状況が出来上がった。
冒険者たちが盛り上がる様子を、慧斗は遠巻きに眺めていた。誰かが冷静に周辺警戒をしておかなければならない、というのはある。しかし、何か背筋をなぞるような不快感が絡み付き、団欒の輪に混ざれなくなっていたのだ。
そんな様子に気付いたのか、シアがにこにこと笑顔を浮かべながら寄ってきた。
「どうしたんですかぁ、ケイトさん」
「何でもねえよ」
「い~いんですかぁ、私のこと放っぽっちゃって。誰かに取られちゃうかも知れませんよ~?」
「在庫処分にはちょうどいいかもな」
「ひ、ひどい! 私のことは遊びだったんですね!?」
「どこで憶えたそんな台詞」
芝居がかったシアの言葉に、慧斗は冷静にツッコむだけだった。この小娘は、どうしてそういうしょうもない知識ばかり獲得していくのか。
そんなシアの言葉を聞きつけ、禿頭の大柄な冒険者が立ち上がった。
「シアちゃんで遊んだだとぉ!? 聞き捨てならねぇなぁこの色男!」
「おいどっかで見たぞこの流れ」
「こんないい女侍らせといていけ好かねぇ! 俺と決闘しろ!」
「やなこった」
禿頭の冒険者の挑発に、周囲がいいぞいいぞーと囃し立てる。この連中、護衛任務中であることを忘れてやしないか。冷淡に切って捨てる慧斗に業を煮やしたのか、禿頭の冒険者はさらに挑発を重ねた。
「どしたぁ、“幽谷の狩人”! それでも一端の剣士かぁ!?」
「うるさい。あとその称号ムズムズするからやめて」
何やら大仰な肩書にげんなりする慧斗の横で、ふとシアが兎耳をぴくぴくとそばだてた。その視線の先は、街道沿いの森の方だ。
「て、敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」
その言葉に、冒険者たちは目の色を変えた。大陸一の商業都市へと続く街道、それなり以上に整備されている。魔物の群れに襲われることがあっても、その数は二十頭がせいぜい、多くて四十頭にしか届かないはずだ。
「くそっ、百以上だと? 最近襲われた話を聞かなかったのは、勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」
「――なるほど、そういう臭いか」
護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態を吐きながら立ち上がった。商隊の護衛は、ユエとシアを入れても十六人。単純な物量差で押し切られる公算が高い。ここは商隊だけでも先行させて逃がそうか――と決断に迷った。
その後ろで、慧斗がにいと邪悪な笑みを浮かべているとは気付きもせずに。
「とにかく迎撃だ、迎撃! おら野郎共、しご――」
叫ぶガリティマの傍を、黒い風が駆け抜けた。
「――え?」
黒いグレートソードを構え、一人疾走していく慧斗。伝令兵すらも置き去りにする全力疾走で、顔を出し始めた魔物たちへと吶喊する。まるで迷いのないその姿に、ガリティマが思わず呆然とする。
その裾を、ユエがくいと引っ張った。
「たぶん、
「あ、あぁ! 野郎共、迎撃準備だ!」
ユエの言葉に、ガリティマはようやく再起動した。“幽谷の狩人”の名声が真実なら、単騎でも相応の成果を出してくれるはずだ。あとはその残りを処理すればいい。ガリティマの言葉に、冒険者たちが一斉に隊列を組んだ。
一方、森の入り口へと突っ込んでいく慧斗。いち早く飛び出した猪の魔物に向かって、グレートソードを勢いよく振り下ろした。
「おおおおらァァァァッ!」
頭蓋を両断され、血と脳漿を撒き散らして絶命する猪。その両翼から、狼の魔物が計四頭。
「ぜぇいッ!」
大地を擦るようにグレートソードを翻すと、慧斗は一気に薙ぎ払った。横薙ぎに叩き潰された狼たちが、慧斗とそのグレートソードに血化粧を重ねる。
「“海嘯”!」
滑るように振るわれた慧斗の手掌から大水が溢れ出し、さらに後続の猪たちを押し流した。辛うじてそれを逃れた猿の魔物が、慧斗の頭上を狙う。
「ふんッ!」
慧斗はグレートソードをもう一度翻し、猿たちを刎ね飛ばした。びちゃびちゃと血と肉塊に分断され、周囲に飛散した。
魔物はどんどん現れる。身の程知らずの禿猿を食い尽くそうと、周囲を取り囲むように飛び込んできた。
「“火山衝”!」
慧斗の周囲から火焔が噴き出し、魔物の集団を襲った。ぎぃぃぃと悲鳴を上げながら、魔物たちの皮と肉を焼き払う。
そうして慧斗一人に集中する魔物たちは、本隊へと一向に辿り着かない。大局の利を判断できない魔獣たちは、目の前の慧斗を襲うのに躍起になっている。
「あれが、“幽谷の狩人”最強の剣士――ホザキケイトか」
その蹂躙劇を遠巻きに見ながら、ガリティマは思わず戦慄の言葉を零した。
それでも、慧斗に意識が向くことなくすり抜けた魔物が現れた。何しろ合計百頭以上、横に広く襲い掛かれば、どうしても単騎で抑えられるものではない。そうして本隊に向かってくる魔物たちに向けて、ユエが一つの呪言を紡いだ。
「――“雷龍”」
ユエの手掌から、眩い光が迸った。とめどなく溢れ出すそれは天高く舞い上がると、蛇のような、獅子のような、蜥蜴のような姿へと変じ、魔物の群れに向かって
空を裂く衝撃と爆発が魔物たちを襲った。その強烈な閃光に、冒険者たちも思わず怯む。
「うわっ!?」
「どわぁあ!?」
「きゃぁあああ!!」
ばちばちと炸裂する膨大なエネルギーが、有象無象などお構いなしに、渦を巻くように丹念に魔物たちを蹂躙していく。その悲鳴すら食らい、踏み潰し、薙ぎ払っていく。
閃光が高く首を掲げ、一際大きな咆哮を残して消失すると、後には何も残らなかった。黒焦げた大地と燻る残り火だけが、その蹂躙劇を雄弁に物語っていた。
冒険者たちが唖然とする中、慧斗がグレートソードを担いで戻ってきた。その顔も体も返り血に塗れているが、傷を負った様子は特にない。
「お前な、俺が前に出てる間にあんな大魔法使うなよ」
「……ん、やりすぎた」
「しかも雷て。うっかり剣に引かれたらどうしてくれる」
「そこは調整する」
「頼むぜ、本当に……」
ユエの大魔法に驚愕するでもなく、疲弊の色を見せるでもなく、ただユエを咎めるだけの慧斗の平静な態度に、冒険者たちがようやく我に返った。何がどうしてどうなったんだ、とそれぞれに騒ぎ始める。
「おいおいおいおいおい、何なのあれ!? 何なんですかあれっ!?」
「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か!」
「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」
「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」
「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」
「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」
「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか、あァン!?」
「落ち着けお前ら! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」
「なるほど!」
「なるほどで済むか」
気が動転して、変な方向に思考を回す冒険者たちに、慧斗のツッコミがどこまで届いていたか。
◇ ◇ ◇
さらに三日後、一行は何事もなくフューレンに到着した。
東門に配置された六つの税関には、商人や旅人がせわしなく出入りしている。税関手続きには時間がかかるだろう。グレートソードを抱え、
「まったく豪胆だな。周囲の目が気にならないのかな?」
出入りする人々の視線は、相変わらずユエとシアに集中している。特にシアには、値踏みするような厭らしさを含んだ視線が突き刺さっている。さすが大都市の玄関口は、単純な羨望と好色だけでは終わらない。
「気にするだけ無駄」
これだから厭なんだよなー、と慧斗はあくびをしながら答えた。ただ身を守るだけの旅ではなく、他人を警護しながら歩く道中は、思いのほか疲労を強いた。
「フューレンに入れば更に問題が増えそうだな。私なら問題を一つ解決できると思うが、どうかな」
「くどい。くどい上に回りくどい」
ユンケルの勿体つけた言い回しに、慧斗はけっと吐き捨てるだけだった。相変わらずシアの商品価値を求めているのか。――実はそれだけではなく、ユエに預けている“宝物庫”にも着目していることを、この時の慧斗は見抜けなかった。
「……ここは中立商業都市フューレン。暴力だけで、己の身を守れるとは思わないことだ」
「だからどうした? あんたには何の関係もない」
「そうやって強気でいられるのもいつまでかな? あるいは、君自身が厄介事を呼ぶ撒き餌になりかねない。その時、彼女らを守れるのは、単純な暴力ではな――」
リスクをちらつかせながら食い下がるユンケルと、一向に芳しい反応を見せない慧斗。ユンケルの口上が続こうとしたその時、
「――ッ!」
「……ふん」
かちり、と軽い音が鳴った。
何のことはない、グレートソードに手を掛けただけだ。素人ではまず気付けない、微細でしかし明確な殺意。それが、ユンケルの口を塞いだ。
「商人ふぜいにしちゃあ、いい勘働きだ」
「は、はは……金だけでも生き残れないのが、この業界でね」
「その根性は嫌いじゃないぜ。
「……全くだな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」
ぶわりと汗を噴き出し、気が緩めば卒倒してしまいそうなユンケルの姿を見、慧斗はようやく殺気を収めた。引きどころを弁えている人間に手を上げるほど無分別ではない。慧斗の意識は、むしろ最後の表現に集中した。
「竜、ねえ」
「……ほう、興味があるのかい?」
初めて興味を見せた慧斗に、ユンケルも素早く気付いた。つくづく、商人というのは敏感な生態らしい。
「これは老婆心で言うが、気を付けた方がいい」
「はるか昔に絶滅したんじゃなかったっけ?」
「その通り。人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけあれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷ける」
「……今のは聞かなかったことにしとく。あんたも大概、怖いもの知らずだな」
「私が信仰しているのは神であって、権威を笠に着る『人』ではない。人は『客』だ」
「いい哲学だ。初めて『敵に回したくない』って思えたよ」
やがて税関での手続きが終わると、それきり商隊と冒険者たちは解散した。
巨大な外壁で覆われた商業都市は、人や馬車がせわしなく行き交いつつも、その誰もがユエとシアに視線を向ける。またトラブルに遭いそうでやだな、と慧斗はあくびをしながら考えた。
魔法:
海嘯
水属性の中級魔法。膨大な水で押し流す攻撃。
火山衝
炎属性の中級魔法。周囲を噴火させる攻撃。
雷龍
光と炎、そして重力魔法を複合させた最上級魔法。雷の龍を召喚し、前方広範囲を蹂躙する攻撃。