ありふれた癌 作:Matto
翌日から、早速訓練と座学が始まった。
「おはよう、勇者ご一行! 俺が騎士団長のメルド・ロギンスだ!」
朗々と声を響かせながらも、非常に気楽な喋り方をするのは、騎士団長のメルド・ロギンス。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員たちにも普通に接するように忠告していた。
まず、集まった生徒たちに、手のひらサイズの銀色のプレートが配られた。配られたプレートを不思議そうに見る生徒たちに、メルドの説明が始まる。
「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、『ステータスプレート』と呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
メルドの説明に、生徒たちはふーんと聞き流すことしかできなかった。現代日本のような高度な戸籍制度が存在しないトータスにおいて、これが唯一確かな身分証となる。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。
『ステータスオープン』と言えば、表に自分のステータスが表示されるはずだ」
(なにそれだっさ)
「ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代の
「アーティファクト?」
まるでRPGに迷い込んだような、場違いな唱えに閉口する慧斗をよそに、天之河が聞き慣れない単語について質問をした。
「
そのステータスプレートもその一つでな、複製する
なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰めながら指先に針を刺し、ぷくりと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。慧斗もそれに倣うと、プレートに刻まれた魔法陣が一瞬淡く輝いた。
そこに現れた表記に、慧斗は目を疑った。そんな彼に誰も気づくことなく、メルドの説明が続いていく。
「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に『レベル』があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない。
ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。
それと、いずれお前ら用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者ご一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」
がっはっはと豪放に笑うメルドの言葉に、生徒たちが興奮で沸き立つ。選ばれた勇者のための特別な武器、まさに
「次に“天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば『才能』だ。末尾にある『技能』と連動していて、その領分においては無類の才能を発揮する。
天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」
RPGに慣れ親しんだ生徒なら、『職業』だの『ジョブ』だのという言葉で理解できるだろう。『なし』という概念から縁遠いという事実は、それきり生徒たちの脳裏から吹き飛んだ。
十人に一人、は決して『珍しくない』といえるほどの割合ではないのだが、なまじ彼自身が『聖騎士』という希少な部類であるだけに、メルドにとっては凡庸に映るらしい。また、それだけ“天職”という概念が細分化されすぎているということでもあった。
「後は……各パラメータは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ!
あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
メルドの言葉を聞いているのかいないのか、生徒たちはざわざわと互いのプレートを見比べ始めた。
まず報告に進み出たのは、天之河だった。
天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100 体力:100
耐性:100 敏捷:100
魔力:100 魔耐:100
技能:
異界言語
トータスで使用される言語が自動翻訳される。
気配探知
生物/無生物が発する気配や魔力を探知することができる。
限界突破
瞬間的に魔力を過剰消費し、全能力を向上させる。
魔法適性[七星]
魔法適性の窮極。炎/水/風/土/光/闇――すなわち全属性魔法への適性。
該当する魔法の習得、魔力効率化、上位魔法の行使に有利な補正がかかる。
さらに、複数属性の魔法を複合行使することができる。
「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も伸ばして二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」
「いや~、あはは……」
どうやらかなり高い数値らしい。その後に続いた生徒たちも、彼を超えられる者はいないようだった。
生徒たちがメルドのもとに次々と並び、自然と列が出来上がる。その最後尾あたりに並んだ南雲が、おずおずとプレートを差し出した。
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10 体力:10
耐性:10 敏捷:10
魔力:10 魔耐:10
技能:
異界言語
トータスで使用される言語が自動翻訳される。
錬成
物質の構成を変化させ、物体を自在に変形させることができる。
その内容に、メルドの表情が思わず固まった。
「――れ、“錬成師”か……」
歯切れの悪い言葉に、南雲も表情を暗くする。およそ戦闘に向かない職業であることは、誰にとっても容易に想像できることだった。
「……ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」
無理矢理励ますような言葉は、しかし南雲を落ち込ませる効果しかなかった。
そんな二人のやり取りに気付いたのか、檜山大介が馴れ馴れしく絡んできた。
「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ?
メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」
「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
(え、普通に稀少じゃない?)
ようやく己の衝撃から再起動した慧斗の感想は、どうやら少数派らしい。
『十人に一人』ということは、つまり『専門職の中でも一割程度の上澄み』ということになり、わざわざ国で召し抱えるほどの才覚の持ち主ということになる。確かに戦闘員としては極めて劣るものの、兵站という意味では重要な価値を有するわけだ。「鍛治職でどうやって戦うんだよ」の方が、よほど見当違いである。
というのは、“軽戦士”である檜山には関係ないことらしい。さもありなん、彼の目的は南雲を嘲笑することであって、その口実は何でもいいのだ。
「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」
「さぁ、やってみないと分からないかな」
「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」
追い打ちをかけるような檜山の問いかけに、南雲は勿体つけた言葉を返した。まるで気にした様子もない檜山が、すぐさま南雲のプレートを取り上げると、その内容にぷっと吹き出した。
「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」
「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」
「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」
檜山たち四人組は腹を抱えて嗤い出した。周囲の生徒たちも、あからさまに侮蔑の表情を向ける。無関心なのは慧斗一人のようだった。
とはいえ、魔力が低いのは重要な問題だろう。リソースの数量なのか効果の高低なのかは知れないが、いずれにせよ求められる役職に対して、充分な能力を発揮できないということになる。
「こらー! 何を笑っているんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! ええ、先生は絶対許しません! 早くプレートを南雲君に返しなさい!」
そこに畑山が割り込み、嗤い続ける檜山たちを叱り飛ばした。ぷりぷりと顔をいからせるその表情は、本人の意思に反して威厳がまるでない。
「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね! ほらっ!」
そういうと、畑山は南雲に向かってプレートを見せつけた。
畑山愛子 25歳 女 レベル:1
天職:作農師
筋力:5 体力:10
耐性:10 敏捷:5
魔力:100 魔耐:10
技能:
異界言語
トータスで使用される言語が自動翻訳される。
土壌管理
広大な土地の土壌を管理し、その養生、回復、植物の生長促進をさせることができる。
植物系鑑定
植物の種類を正確に鑑定することができる。
品種改良
植物の品質を向上させることができる。
肥料生成
肥料の生成を促進させることができる。
豊穣天雨
広大な土地に雨を降らせ、植物の生長を促進させることができる。
あんまりにもあんまりな差に、南雲は膝から崩れ落ちた。
「――あれっ、どうしたんですか! 南雲君!」
無言で落ち込んだ南雲に対し、畑山が慌てて駆け寄った。
確かに全体的なパラメータは低いし、天職も非戦闘系だろう。しかし魔力だけはずば抜けて高いし、技能も耕作系に特化している。戦争において、糧食は南雲の鍛冶職以上に喫緊の課題であり、後方支援としては最上位といっても過言ではない。
「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」
「な、南雲くん! 大丈夫!?」
それを遠巻きに眺めていた八重樫の隣で、白崎が心配そうに駆け寄った。畑山は「あれぇ~?」と首を捻っている。いつも通りの空回りように、生徒たちも思わず日常に戻ったような錯覚を覚えた。
それに混ざれない男が、一人。
「……あの……なんすか、これ」
「うん、どうした? ……えっ?」
最後に己のプレートをおずおずと差し出したのは、慧斗。その内容に、メルドは思わず目を疑った。
穂崎慧斗 17歳 男 レベル:1
天職:計測不能
筋力:計測不能 体力:計測不能
耐性:計測不能 敏捷:計測不能
魔力:計測不能 魔耐:計測不能
技能:
異界言語
トータスで使用される言語が自動翻訳される。
気配探知
生物/無生物が発する気配や魔力を探知することができる。
「……これは……どういうことなんだ……?」
「いや俺が聞いてんですけど」
思考停止したメルドの言葉に、慧斗がツッコんだ。その声は乾いていた。
『天職なし』は決して珍しくない。だが、その場合『なし』と明確に表記され、間違っても『計測不能』にはならない。数値で表示可能な各パラメータなど、語るに及ばずである。
「壊れてる、とかは……?」
「初めて見る事態だ。聞いたこともない」
「ちょ……ちょっと、予備のプレートとか無いすか。それで再チェックとか」
「だ、ダメだ。量産されているといっても、それなりに
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
二人して頭を抱えたまま押し問答が始まる一方、南雲の醜態に気を大きくしていた檜山は、次に慧斗の方へと歩み寄り、馴れ馴れしく肩へ組み付いた。慧斗は肘鉄を食らわせたい衝動に駆られた。
「――計測不能ぉ? おいおい穂崎~、お前もお荷物かぁ?」
「南雲以下とかすっげぇな! やだなーこんなお荷物二人抱えるなんてー!」
「違いねぇな、ヒャハハ――おぐっ!?」
これ見よがしに嘲笑う檜山に、慧斗は遠慮なく肘鉄を叩き込んだ。丹田に突き刺さる重い一撃に、檜山は悲鳴を上げながら蹲った。
「うぐぐ……」
「なるほど、お前よりは高そうだな」
唸りながら蹲る檜山を見下ろして、慧斗はふんふんと呟いた。
◇ ◇ ◇
戦闘訓練の開始から、二週間が経過した。
生徒たち各員は、それぞれの適性に合わせて訓練を積んでいるが、その中でも一際目覚ましい成長を見せる者がある。天之河である。
天之河光輝 17歳 男 レベル:10
天職:勇者
筋力:200 体力:200
耐性:200 敏捷:200
魔力:200 魔耐:200
対して、慧斗の能力成長は以下の通りである。
穂崎慧斗 17歳 男 レベル:7
天職:計測不能
筋力:計測不能 体力:計測不能
耐性:計測不能 敏捷:計測不能
魔力:計測不能 魔耐:計測不能
もう全く意味が分からない。成長しているんだかいないんだか、まるで全貌が読めない。騎士団長メルドも、頭を抱えているようだった。
ただ、収穫はあった。
まず、計測値のオーバーフローではないということ。あくまでも『正しく計測できない』のであって、人智を隔絶する巨大な数値ではないということらしい。近似値としては、天之河に少し劣る程度だそうだ。
次に、近接戦闘能力として、前衛職と並ぶ程度の能力はあること。そもそも古武術を修める穂崎家の次男であり、修練は人一倍積んできた。具体的なステータスこそ表示されずとも、ペーペーの素人を捻るくらいの実力はある。また魔法も特定の適性こそなけれど、下級魔法程度なら簡単に扱えるらしい。各種耐性は今のところ不明だが、人並み程度は期待できるだろう。
ともあれ、と慧斗は訓練用の運動着に着替え、木剣を携えて自室を出た。これから戦闘訓練がある。
◇ ◇ ◇
修練場への道すがら、耳障りな声が聞こえてきた。
「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」
「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」
「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」
いつもの、喧しい檜山四人組である。どうやら南雲に絡んでいるらしい。暇な連中だ、と慧斗は無視しようとしたが、南雲の行先を塞ぐように入口を陣取っているため、入ることができない。慧斗のこめかみに青筋がひとつ浮かんだ。
「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」
うるさい。そして邪魔。慧斗の存在に気付いた様子がない檜山たちは、南雲を取り囲んでにやにやと笑っていた。
「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」
「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」
一応、やんわりと断ってみる南雲に対し、檜山が目を剥いて難癖をつける。「おぐっ」と低い唸り声が聞こえた。どうやら脇腹を殴られたらしい。
大きな力を手にした傲慢か、檜山たちは暴力に躊躇いが無くなってきているらしい。近年、「いじめは立派な犯罪」という意見が声高に叫ばれているが、往々にして当事者にはその意識がないものである。
檜山は南雲の襟首を掴むと、力ずくで修練場の隅へと追いやった。中央からは見つけ辛い死角になっている。
不愉快な邪魔に、不愉快な言動。元来短気な慧斗の心に火を点けるには充分だった。
「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」
「そうかちょっと混ぜてくれよ」
「あ?」
南雲を突き飛ばしながら嘲る檜山の後ろから、予想外の声がぬっと飛び込んできた。
振り返ったその顔に木剣を叩き込む。一歩遅れて反応した残り三人にも、返す刀で躊躇わず打撃。
「あだっ!?」
「おぐっ!?」
「ぐはっ!?」
「いった!?」
顔面をしたたかに打ち付けられ、檜山たち四人は痛みに蹲った。
「――下らねえ。いじめなんぞ余所でやれ」
それを見下ろしながら、慧斗は冷たく吐き捨てた。ちなみに「余所でならいい」という理屈などない。
一足先に立ち上がった南雲は、しかし慧斗に対して言うべき言葉が見つからないようだった。慧斗は気にしなかった。元より、感謝など期待していない。
「……えっと……」
「邪魔」
「いったぁ!?」
代わりに、その脇腹に蹴りを叩き込んだ。予想外の痛みに、南雲が再び蹲る。
「何やってるの!?」
そこに、女子生徒の声が飛び込んできた。むっつりとした顔で慧斗が睨んだ先には、目の色を変えて駆け寄る白崎とその仲間たち。
「馬鹿が馬鹿やってたからしばいてた」
「南雲くん!」
慧斗の言葉も半分に、白崎がいち早く南雲に駆け寄る。周囲の檜山たちには目もくれないようだった。
一方、その後ろから八重樫が慧斗を冷ややかに見つめていた。
「馬鹿やってたから、ね。一方的に殴ってたようにしか見えないけど?」
どうやら南雲を蹴った場面しか見ていないらしい。慧斗は特に否定しなかった。元より己の不快感を解消するため、南雲を標的に含めたのも間違いない。
「異世界まで来ていじめを見せられる不快さほどじゃない」
「いじめ?」
その言葉にぴくりと片眉を上げた天之河に、慧斗はむっつりとした顔のまま顎をしゃくった。その先は、ようやく立ち上がった檜山たち。
四人の視線が一斉に集まり、檜山たちは「やべっ」と目の色を変えた。
「あなたたち、いつもそんなことしてたの!?」
「い、いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺たち、南雲の特訓に付き合ってただけで……」
「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とそんなことはするべきじゃない」
「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」
憤然とする白崎に加え、己より強い天之河と坂上の言葉が突き刺さる。反論の術もない檜山らは誤魔化し笑いを浮かべ、そそくさとその場から逃げ出した。
「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」
「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」
「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」
「でも……」
「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」
あからさまに態度を変えて心配する白崎をやんわりと拒む南雲へ、八重樫が苦笑しながら助言を投げた。それに対しても、南雲はあはは……と曖昧な表情を浮かべる。もう一蹴り叩き込もうか、と考え始めた慧斗の横から、天之河が割り込んだ。
「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。
俺なら少しでも強くなるために、空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山たちも、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」
天之河の正論に、南雲は閉口した。横で聞いている慧斗も同じ気分だった。
呆れ返るほど、檜山側に都合の良い解釈だ。不真面目な人間を集団リンチすることが、『不真面目さをどうにかする』ための方策になるはずがない。そんなものは、昭和とともに終わらせておくべき愚劣さである。それを本気で思っているなら、頭がおかしいのは檜山らか天之河のどちらかだ。
大体からして、
「いや、そもそも戦闘訓練とかテキトーでいいと思うんだけど」
「え?」
南雲の訓練方法自体が間違っている。
そんな発想には思い至らなかったのか、天之河をはじめとする四人、ついでに南雲は唖然とした。これだから餓鬼共は、と慧斗は冷ややかな視線を投げた。
「そいつ、鍛冶職向きなんだろ? だったら職人に師事して、鍛冶技術を徹底的に磨く方がいい。戦闘訓練も魔法訓練も正直邪魔、いっそいない方がいい。
鍛冶屋を最前線で殴らせる想定って何だ? 金槌持って万歳突撃でもさせるつもりか?」
まったく馬鹿馬鹿しい。どいつもこいつも無駄が多すぎる、と慧斗は鼻を鳴らした。
「けど、戦闘訓練は必要じゃないか。俺たちが臨むのは戦争だぞ」
「お前が『役割分担』という言葉を理解できないことは分かった」
「何だと?」
食い下がる天之河に、慧斗は思い切り毒舌を浴びせた。目の色を変えたのは天之河だけではない。
「光輝に文句でもあ――」
「それはそれとして、そういう南雲は何やってんの? 図書館で読書? はあー、暇人は気楽でいいねえ。自分の役割を把握せず、やるべきことを見出さず、なあなあで無駄な時間を費やしてなあなあで戦争に行くわけですか。頭お花畑で結構ですな」
「そ、そういう訳じゃ……」
「じゃあどういう訳? この世界の知識も魔法の知識も大体座学で教えてもらってんじゃん。素人知識で専門書を半端に読むより、職人の現場で直接教えてもらう方が明らかに有意義じゃん。その程度で達成できることをやらずに余計なことをしてるってことは、結局遊んでるだけとしか考えられないんだわ」
「おい、無視するな!」
横から割って入ろうとする坂上を無視して、慧斗は南雲を責め立てた。ステータスや適性の問題はともかく、それに対してできることをなさないのは、無価値どころか邪魔だ。こんな奴を庇うために死線をくぐるなど、冗談ではない。
ひとしきり南雲を罵倒すると、慧斗は己に突き刺さる視線へと向き直った。その先には、物言いたげな天之河が立っていた。
「――何だ? 文句があるならはっきり言ったらどうだ。言葉にしないなら、俺は遠慮なく無視する主義だぞ」
慧斗は露骨に挑発した。「文句があるならはっきり言え」、それが慧斗のスタンスだった。
「そうやって、他人を嘲る姿勢が気に食わない」
「んで? 気に食わないからボコすってか。はーやだやだ、蛮族の発想じゃん」
ぐっと木剣を握りしめる天之河を見て、慧斗は挑発を重ねた。天之河のこめかみに青筋が浮かんだ。
「――ま、いいよ。ちょうど良く、確認したいことがあるから」
「なんだと?」
そう言うと、慧斗は修練場の中央へと歩き出した。その思惑が読めない天之河は、その背中を見守るばかりだった。
「来いよ。せっかくの戦闘訓練だろう? 立ち稽古でもしよう――ぜっ!」
「うわっ!?」
急旋回。身を翻して突進する慧斗の一撃に、天之河は咄嗟に木剣を構えて受け止めた。
「くっ――せいっ!」
急な鍔迫り合いに戸惑いながらも、その剛力で押し返す。慧斗はそれに逆らわず受け流した。もとより、最優の勇者と真正面からの殴り合いなど想定しない。
「ふんっ」
「なに!?」
押し返された勢いで身を伏せると、慧斗は潜り込んで足払いを繰り出した。予想外の攻撃に、天之河は動揺しつつも飛び退いてそれを躱す。
「はぁッ!」
「おらっ」
天之河の着地に合わせて、二人はすぐさま打ち合った。この辺りの対応の速さは、流石といったところだろう。――明らかに撃剣に拘泥している様子さえなければ。
慧斗は左手の二本指を突き出し、天之河の前でぴいと線を引いた。
「――“爆導策”!」
「何だと!?」
咄嗟の詠唱と、それに伴う火焔の連鎖爆発。予想外の攻撃に、天之河が驚愕とともに飛び退いた。
「おい、戦闘訓練だぞ!」
「実戦訓練だよ、木偶の坊!」
「くっ――そっちがその気なら!」
外野で騒ぐ坂上を一言で黙らせる。天之河も意識を切り替え、習得した異界剣技を扱うことにした。
「万翔羽ばたき、天へと至れ――“天翔閃”!」
「よっと!」
斬撃とともにぶわりと広がる輝き。剣の間合いを大きく広げるそれに、慧斗は勢いよく跳躍して回避した。
悪手。天之河は素早く左手を突き出し、次なる詠唱を重ねた。
「ここに焼撃を望む――“火球”!」
空中で無防備な慧斗に向けて、火球が素早く飛んでいく。それは当然、慧斗に衝突するはずで――
「“風波”!」
「えっ!?」
慧斗が真下に突き出した左手から、ぼんと衝撃波が生じた。中空でさらに上方へと突き上げられる慧斗の身体に当たらず、天之河の火球はすかりと消えていった。
空中で身を翻しながら、慧斗は再び左手を構える。その先は、木剣を構え直した天之河。
「“閃涛”!」
「ふぅッ!」
その指先から放たれた水の高圧噴射を、天之河は突撃しながら叩き落した。狙いは一点、着地し木剣を構え直した慧斗。
「ぜぇぇいっ!」
「ぬぅん!」
裂帛の気合とともに、二人の木剣が衝突した。
しかし、それも長くは保たない。純粋な筋力のぶつかり合いなら、分があるのは天之河の方だ。
「っくそ――」
ぐっと押し込まれた天之河の一撃に、慧斗は思わず体勢を崩した。その隙を見逃さず、天之河が慧斗の木剣を叩き落し、その喉元に木剣を突き付けた。
「これで、終わりだ」
天之河の決定的な一言に、慧斗は何も言い返さなかった。しばらく、沈黙が続いた。
先に動いたのは慧斗だった。降伏したように木剣を取り落とし、だあと仰向きに倒れる。
「――……っだァーー全然納得できねえー!」
「それはこっちの台詞だ!」
「何だよ『計測不能』ってえ!? 高低差が全然把握できねえっての!」
「そっちかよ!」
じたばたと暴れながら叫ぶ慧斗に、天之河のツッコミが炸裂した。遠巻きに見守っていた四人も同じ気持ちだった。
「っちくしょ、……ん?」
「どうしたんだ」
苛立たしさとともにステータスプレートを取り出した慧斗は、その内容に首を傾げた。
穂崎慧斗 17歳 男 レベル:8
天職:計測不能
筋力:計測不能 体力:計測不能
耐性:計測不能 敏捷:計測不能
魔力:計測不能 魔耐:計測不能
技能:
異界言語
トータスで使用される言語が自動翻訳される。
気配探知
生物/無生物が発する気配や魔力を探知することができる。
詠唱破棄[下級]
下級魔法の詠唱を省略することができる。
「なんか、技能増えた」
「……それは……良かったな……」
自由過ぎる慧斗の言葉に、天之河はただ疲れた声で肯定してやることしかできなかった。
魔法:
爆導策
炎属性の下級魔法。指先から引いた線上に連鎖爆発を起こす攻撃。
風波
風属性の下級魔法。衝撃波を飛ばして攻撃するほか、空中で受け身を取るのにも利用できる。
閃涛
水属性の下級魔法。圧縮した水を矢のように吹き出す、ウォータージェットのような攻撃。