ありふれた癌 作:Matto
「ひとまず宿をお取りになりたいのでしたら、観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」
「観光区かぁ……」
冒険者ギルド:フューレン支部。
広大な都市フューレンは、区画整理こそされているものの、初めて訪れる者に優しい都市構造をしていない。そこであちこちに『案内人』という専門職が待ち構えており、ここ冒険者ギルドにも常駐している案内人は多い。その一人、リシーなる女性を雇った慧斗たちは、一通り街と宿の情報を尋ねたのだ。
しかしリシーの説明に対し、慧斗は渋い顔を浮かべた。
「何か気になることでも?」
「
かと言って安い宿に泊まると、こいつらが目立つしなあ……」
リシーの質問に、頬杖を突いた慧斗はユエとシアを指差して言った。まさか自分たちがトラブルの種と言わんばかりの慧斗に、二人がむっとする。
「私たちのせいだって言うんですか?」
「心外」
「お前らブルックの荒らしようを思い出してみろ」
辺境の田舎町とはいえ、住人の大半を変態に変えてしまった魔性の女たちである。こちらでも同じようなトラブルが起きないとは思い難い、というのが慧斗の感想だった。
――そして案の定、トラブルは向こうからやってきた。
上等な身なりをした、豚のように肥え太った男が歩み寄ってきた。その豚男はユエとシアを舐めるように見回すと、シアの首輪に気付き不快げな表情を浮かべた。
「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。そ、そっちの小娘はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」
「……なに?」
豚男はぎひぎひとどもりながら、顔も向けない慧斗に言い放った。彼の中では、あくまで売買するシアはともかく、ユエを自分のものにすることが既に決まっているらしい。ついでに言うと、シアの取引も決定済みのような物言いだ。思わず不快げな表情で視線を遣るユエとシアに対し、慌ててリシーが止めようとする。
「お、お待ちください。あの方は――」
「ああホラ言わんこっちゃない……」
一方、慧斗は視線ひとつ向けずに立ち上がると、二人の背を押しながら歩き出した。まさに豚男など眼中にないかのような物言いだ。
「こういう手合いは最初っから相手にしねえの、どうせまともに話通じねえんだから。ホラ行くよ」
苛立つ二人の背を強引に押しつつ、その場を立ち去ろうとする。取ってつけたように「リシーさんも付いてきて」という言葉に、当のリシーが思考が追い付かなかった。
「ところでシア、猪の亜人っていたか?」
「え? そんなのいませんけど?」
「――ああ、すまん。猪みたいな野性味はねえな。豚の亜人か?」
「ケイトも大概悪いと思う」
そこで初めて豚男に視線を向けた慧斗が、遠回しに思い切り毒舌を浴びせた。その様子を、ユエがジト目で睨んだ。
豚男は、言葉の意味を理解するのに少々の時間を要した。こういうところは亜人族以下だな、と慧斗が思う資格があるのか、どうか。ようやく罵倒されたと理解した豚男は、手足を振り乱して叫んだ。
「れ、れ、レガニド! その男を殺せ! わ、私を侮辱したのだ! 嬲り殺せぇ!」
「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」
「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」
「――了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」
「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」
豚男の命令に、一人の大柄な戦士が立ち上がった。筋骨隆々、百キロはありそうな筋肉の塊が、慧斗の前に仁王立ちする。
「おぅ、坊主。わりぃな、俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃんたちの方は……諦めてくれ」」
「くっだらねえ……」
戦士ことレガニドの言葉に、慧斗はいよいよ馬鹿馬鹿しくなった。腰の長剣を抜かず拳を構えるあたり、「殺しはしない」という言葉は本心らしい。
「お、おい、レガニドって『黒』のレガニドか?」
「『暴風』のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」
「金払いじゃないか? 『金好き』のレガニドだろ?」
周囲の冒険者たちがひそひそと耳打ちする。『黒』といえば、冒険者ランクでも上から三番目だったか。いよいよ面倒な相手が出てきた、と舌打ちしながら構える慧斗の前に、小さな影が立ちはだかった。
「……ケイト、待って」
「あ?」
慧斗ではなく、レガニドに相対するように割って入ったユエである。訝しむ二人をよそに、ユエは背を向けたまま言葉を続けた。
「私たちが相手をする」
「えっ? ユエさん、私もですか?」
まさか自分も巻き込まれると思っていなかったシアが、目を丸くする。慧斗が返答するよりも早く、レガニドの哄笑が響いた。
「ガッハハハハ、嬢ちゃんたちが相手をするだって? 中々笑わせてくれるじゃねぇの。何だ? 夜の相手でもして許してもらおうって――」
「黙れ、ゴミクズ」
「――ッ!?」
すぱ、という軽い音が、レガニドの言葉を遮った。空を切る風の刃が、彼の頬を切り裂いたのだ。ぼたぼたと零れる血に、レガニドが沈黙したままユエを観察する。それを見守っていた群衆も、思わず固唾を呑んだ。いつ詠唱したのか、陣をどこで構えたのか。
そんなレガニドを無視して、ユエは言葉を続けた。
「私たちが、守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる」
「ああ、なるほど。私たち自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね!」
「そう。せっかくだから、これを利用する」
「……あいあい、ほどほどにな」
ようやく得心したように、シアも前に踏み出す。一応、彼女たちなりの思惑はあるらしい。ここはひとつ任せてみよう、と慧斗は壁に
一方、レガニドはユエから目を離さず、鉄槌を構えたシアを嘲るように言った。「いや馬鹿得物出すな」という慧斗の言葉にも気付かず。
「おいおい、兎人族の嬢ちゃんに何が出来るってんだ? 雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」
「腰の剣、抜かなくていいんですか? 手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」
たかが兎人族――そう高を括ったレガニドの言葉は、涼しい顔で忠告するシアによって裏切られた。あろうことか、この『暴風』のレガニドに向かって気遣いだと?
「ハッ、兎ちゃんが大きく出たな。――坊ちゃん! わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」
未だユエに警戒の意識を向けていたレガニドは、侮辱同然のシアの言葉に動じなかった。――それが決定的な油断であるとも知らず。
シアは強く踏み込むと、あっという間にレガニドの眼前に到達した。
「ッ!?」
「やぁ!!」
可愛らしい声音に反して、豪風と共に振るわれた超重量の大槌が、驚愕するレガニドに迫る。咄嗟に両腕を構えて防御するも、真正面から食らった重い衝撃に、まるで踏みとどまることができなかった。
(重すぎるだろっ!?)
衝撃を受け流そうとするも、重く疾い一撃を前にほとんど意味を成さない。
結果。ドガンと重い衝撃にレガニドは吹き飛ばされ、ギルドの壁に背中から激突した。
一瞬意識を飛ばされたレガニドは、立ち上がろうとしてぐらりと体勢を崩した。見れば、片方の腕がひしゃげたように押し潰されている。レガニドは、もう片方の腕を支えに何とか立ち上がった。三半規管が揺らされふらふらとよろめくも、『黒』の意地でなんとか床を踏みしめて立ち上がる。
その姿を、ユエが冷たい目で睥睨しているのに気が付いたのは、幸運と言っていいか、どうか。
(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなさすぎだ……)
碌な抵抗もできないまま、ユエが手掌を突き出すのを見て、レガニドは嘆息した。
直後、彼は『空中で踊らされる』という最悪の体験を味わうことになる。
「“風花”」
「がはっ……!」
ユエの言霊とともに、レガニドは空中に吹き飛ばされたまま、あらゆる角度から風の鉄槌を浴びせられた。シアの超重量の攻撃を食らった後の、ユエの強烈な魔法攻撃である。これには『黒』の意地もへったくれもなく、やがて彼はべしゃりと地面に叩き落された。
ギルド内に、沈黙が流れた。あり得ない一方的な攻撃に、誰もが目を剥いて驚愕していた。そんな群衆をよそに、ユエとシアは豚男に向かって歩き出した。無論彼に従うのではなく、敵意丸出しで。
「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」
「全然知らないですぅ」
「どこの田舎者?」
恐怖で腰を抜かし、悲鳴を上げて後ずさる豚男ことプーム・ミンに対し、二人は冷徹な目で構えながら近寄った。ただ自分たちが名前を知らないだけのをいいことに、好き勝手なことを言っている。
「――そこまで。豚だかプーだかに、いちいち余計な手間かけんな。後始末の方がめんどい」
そこに、慧斗の仲裁が割り込んだ。無論、プーム・ミンとやらを庇うつもりは毛頭なく、その後の面倒事諸々を回避するための制止である。
「正当防衛。向こうから仕掛けてきたんだから、返り討ちに遭っても仕方ない」
「『過剰防衛』という言葉を覚えるまで娑婆に出るな、クソチビ」
平然と言い放つユエを、慧斗が叱りつけた。正当防衛とは『自分の身を守るために最低限の抵抗をすること』であって、相手をブチのめすことでは断じてない。半殺しなど以ての外である。
「――そういうことです。申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」
そこに割り込んだ三人のギルド職員の言葉に、慧斗ははあと嘆息した。
「事情聴取、ねえ……見て分かることを口頭で説明しないと駄目か?」
「それは分かっていますが、ギルド内で起こされた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断することになっていますので……規則ですから、冒険者なら従って頂かないと……」
「当事者ァ?」
形式ばったギルド職人の言葉に、慧斗はため息を吐いた。
「こ、こ、殺せぇ! 男も、女も、嬲り殺しにしろぉ!」
「
顎をしゃくった先では、狂乱に陥ったプーム・ミンが腕を振り乱して叫んでいる。誰も応じないようだった。
とそこに、メガネを掛けた理知的な雰囲気の男が入り込んだ。
「何をしているのです? これは一体、何事ですか?」
「ドット秘書長! いいところに! これはですね……」
ギルド職員は、これ幸いとばかりにドット秘書長なる男へ向けて事情を説明する。ドットが慧斗たちに向ける視線が厳しくなった。
だからトラブルの予感がしたんだ、と愚痴る資格が慧斗にあるのか、どうか。
◇ ◇ ◇
「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。
とりあえずプーム氏が落ち着いて、一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとします。身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょうね?」
別室にて一通りの事情説明を受けたドットは、眼鏡をくいと上げながら慧斗に言った。「これ以上の譲歩は許さない」と言外に含ませながら。
「まあ、いい。あっちのブタがまだ文句を言うなら連絡くれよ。今度はもっと
連絡先は、まだ滞在先が決まってないから……そこにいるリシーさんにでも聞いてくれ。彼女の薦める宿に泊まるだろうから」
「ふむ、いいでしょう」
半ば暴行宣言をさらりと流したドットに「いいのかよ……」と心の中でツッコみながら、慧斗は言われるがままステータスプレートを差し出した。
「……『青』ですか。向こうで伸びている彼は『黒』なんですがね……そちらの方々のステータスプレートはどうしました?」
「魔物に襲われて紛失した。再発行はまだしてねえ。ほら、お
「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君たちが頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」
ドットの言葉に、慧斗はさてどうしようか、と迷いを見せた。プレート自体を貰うのは構わないが、二人の異常性が露わになるのは避けたい。かと言って、この場を切り抜けるのは厄介だろう。
そんな慧斗の内心に気付いたのか、ユエがくいくいと慧斗の裾を引っ張った。
「……ケイト、手紙」
「手紙? ――ああ、あれか」
キャサリンからの手紙を思い出した慧斗は、ひとまずそれに頼ってみることにした。彼女の影響力が本物なら、最低限の効果はあるはずだ。
「身分証明の代わりになるかわからないが――知り合いのギルド職員に、困ったらギルドの上役に渡せと言われてたものがある」
「知り合いのギルド職員ですか? 拝見しましょう」
疑問符を浮かべつつ受け取ったドットは、その封を切り内容を検めていくうちに、その顔を驚愕に染めた。手紙の端々を目を皿のようにして読み続け、やがて手紙を折り畳んで封筒に入れ直した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか、私一人では少々判断しかねます。支部長に確認を取りますから、少し別室で待っていてもらえますか?
そうお時間は取らせません。十五分――いえ、十分で済みます」
「それくらいならいいか。待たせてもらう」
「職員に案内させます。では、後ほど」
それだけ言い残すと、ドットは傍の職員を呼びつけ、足早に立ち去っていった。余程の大事なのだろうか。何を書いたんだあのおばちゃん。
慧斗たちの後ろから、リシーがおずおずと尋ねた。
「あの~、私はどうすれば?」
「なに、すぐに済ませるよ。終わったら案内を頼む」
「は、はいぃ……」
明らかに厄介な仕事に、リシーはがっくりと肩を落としながらカフェの奥に去っていった。その背中には社会人の哀愁が漂っているが、案内人という職業柄、面倒な客に対する拘束時間は珍しくないだろう。
◇ ◇ ◇
応接室に案内されてしばらく待つと、こんこんと扉がノックされた。現れたのは、金髪を撫でつけた鋭い目の男が、ドットを伴っている。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部長イルワ・チャングだ。ケイト君、ユエ君、シア君……でいいかな?」
たかが一介の冒険者に、わざわざ握手を求める男ことイルワ。不可解に思いながらも、慧斗はその手をとって握手に応じた。
「いかにも。……名前は、手紙に?」
「その通りだ。
「トラブル体質、ねえ。確かにブルックじゃあトラブル続きだった」
「誰かさんのせいで」
「いや五割以上お前らのせいだろ!?」
白々しく言い放つユエに、慧斗のツッコミが炸裂した。
「ま、そりゃいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」
「ああ、『先生』が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君たちの身分証明とさせてもらうよ」
たかが一ギルド職員を、まさかの『先生』呼び。食えないおばちゃんだという慧斗の予測は、見事に的中した。一方、キャサリンに特に懐いていたシアが、おずおずとイルワに尋ねた。
「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」
「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、帝都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ」
その後、ギルド運営に関する教育係になった彼女は、各支部長の多くを指導したという。その美しさと人柄の良さから人気を博したらしいが――時の流れは残酷だ、と慧斗に思う資格があるのか、どうか。
しかし結婚すると突然、ブルックの町のギルド支部に転勤に転勤したそうな。何でも、『子供を育てるにも田舎の方がいい』とか。結婚と転勤は青天の霹靂であり、当時のギルドは大いに荒れたらしい。
「はぁ~、そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
その事実に感心したのはシアとユエだ。何かと世話になった二人、まさかそんな大人物だとは思いも寄らなかったらしい。
「――そんで? 支部長サマが、俺たちに何の用だ?」
慧斗は鋭い目でイルワに問うた。たかが身分証明程度なら、わざわざ支部長が出向く必要性などない。
「実は、君たちの腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「断る」
慧斗は即座に立ち上がった。一歩遅れたシアが、「えっ?」と戸惑いながら慧斗を見上げる。
「ふむ、とりあえず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
慧斗はソファに立てかけていたグレートソードを抱え上げた。まるで聞く耳を持たない、と察したイルワは、しかし冷静に言葉を重ねた。
「プーム・ミン氏は、家柄はともかく素行に問題があってね……自分の思い通りにならなければ、ひどい癇癪を起こし、あらゆる手段で目的を果たそうとする。ただ、それがなければギルドに依頼を卸してくれる、いわば『上客』だ。できれば揉め事を起こしたくない」
今回の件について、プーム・ミンに都合の良いように取り計らうという意味だろう。無視して立ち去ろうとした慧斗の足が、ようやく止まった。
「ただ、我々フューレン支部がさんざん痛い目を見てきたのも事実だ。穏便に解決するなら、君たちを庇うのもやぶさかではない」
しばらく考え込んだ慧斗は、諦めてソファに座り直した。「話を聞く」ということは、自動的に「依頼を受ける」という流れになってしまうが、交渉次第で何とかしよう。
「聞いてくれるようだね。ありがとう」
「……伊達に大都市のギルド支部長してねえな。いい性格してるぜ」
「君も大概だと思うけどね。
さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が、予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
そう言うと、イルワは一枚の依頼書を差し出した。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、それなりに強力な魔物が出没するので、高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになったらしい。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物だ。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これは只事ではないと慌てて捜索願を出したらしい。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど、手数は多い方がいいとギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼らに対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。
だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君たちがタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「前提として、俺たちにその『相応以上の実力』がないとダメだろ。俺たちは『青』だぞ」
そもそも実績が足りない、と言外に否定しようとした慧斗の言葉は、しかしイルワに鋭く見抜かれた。
「さっき『黒』のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を、相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「えっ!? な、なんで……!?」
「おい、この駄ウサギ!」
「ふぇぇ~ん!」
見事にカマかけに引っかかったシアに、慧斗は怒声を浴びせた。そんな大事が
「とぼけても無駄だ。手紙に書いてあったよ。“書士”の天職を舐めない方がいい」
「……ふん」
しかしイルワの追撃に、慧斗は黙らざるを得なかった。本当に何でもできるなあのおばちゃん。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。
――どうかな。今は君たちしかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
どこか縋るようなイルワの言葉は、しかし慧斗の心を動かすには足りなかった。身の程知らずの貴族の坊ちゃんなんぞ、慧斗の知ったことではない。
「断る。生憎と俺たちは別の用事があってな。北の大山脈? これっぽっちも用はない」
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも
「断る。金は最低限あればいいし、ランクもどうでもいい」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君たちの後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君たちは揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
あくまで譲らない慧斗に対し、それでも食い下がるイルワ。違和感を覚えた慧斗は、眉をひそめた。
「……大盤振る舞いだな。友人の息子程度にしては、入れ込み過ぎじゃない?」
慧斗がそう問うと、イルワの表情に影が差した。
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。
ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、自分には無理だと悟って欲しかった。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
そう語り、歯噛みしながらうつむくイルワ。もちろん慧斗の知ったことではないのだが、さすがにここまで気落ちされると、見捨てるのも気が引ける。
とはいえ、無条件では請けられない。
「――条件が二つある」
慧斗はきっぱりと言い放った。
「ひとつ――この二人にステータスプレートを用意しろ。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約しろ。
ふたつ――一度だけでいい、あんたらの持つ手練手管の全てを使って、俺たちの要望に応えて便宜を図れ。ギルドへの関与あるなしに」
「それはあまりに……」
「できねえなら、この話はここで終いだ。もう行かせてもらう」
思わず躊躇ったイルワに向けて、慧斗はこれ見よがしにグレートソードを担いだ。背に腹は代えられないといった様子で、イルワは質問を重ねた。
「何を要求する気かな?」
「俺ァ冒険者の端くれだ、宗教戦争は肌に合わねえ。それだけだ」
慧斗の短い言葉に、イルワは考え込んだ。
「――相手は教会か。ふむ、個人的にも君たちの秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……
そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君たちの秘密か……そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと……そうなれば、確かにどの町でも動きにくい……故に便宜を、と……」
流石は大都市のギルド支部長、思考が速い。イルワはしばらく考え込んだあと、意を決したように慧斗に視線を合わせた。
「――犯罪に加担するような、倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君たちが要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君たちの味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
イルワの提言に、慧斗は「そんなところかなー」と返した。これにて、契約締結である。
「報酬は後払いだ。移動と宿泊の経費はギルド持ち。お坊ちゃんの生死にかかわらず支払うこと。本人なり、その遺品なり、何らかの痕跡を持ち帰った時点で依頼達成とする」
「いいだろう」
「人相書と、本人に関する情報を用意しろ。明日、揃い次第出発する」
一通り詳細を調整すると、慧斗たちは立ち上がった。しばらくは、ギルド側の準備待ちだ。
「本当に、君たちの秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。どんな形であれ、ウィルたちの痕跡を見つけてもらいたい。
ケイト君、ユエ君、シア君……どうか、宜しく頼む」
ギルド支部長に似合わぬ低姿勢ぶりに、慧斗は閉口した。大事に発展しなければよいのだが……