ありふれた癌 作:Matto
「うぅ~……」
その晩。急遽宛がわれた部屋のベッドで、シアは涙目のままいじけていた。自慢の兎耳を抱え、また泣き出しそうな涙目を浮かべている。
「あの程度の連中は気にするな。適当に聞き流せ」
「軟弱ウサギ」
その姿に、慧斗とユエがそれぞれ勝手に言い放つ。励ましているのだかいないのだか、どうにも不器用な二人だった。
「言いたい奴には言わせておけばいい。シアの耳、私は好き」
そう言って、ユエはシアの頭を優しく撫でた。普段のぶっきらぼうさからは想像もつかない優しい手つきだ。
「……ケイトさんは」
「あ?」
「私の耳……嫌いですか?」
「馬鹿かお前」
その様子を見守っていた慧斗へ、シアがおずおずと問うた。慧斗はけろりとした顔で返した。
「この俺様が、首斬る相手の耳の位置なんか気にするタマに見えるか?」
「そういうことじゃないですぅ~! ケイトさんの馬鹿ぁ!」
「なんだ、意外と元気あるじゃねえか」
ズレた答えを寄越した慧斗に向かって、シアが枕を投げつけた。咄嗟に遮った手にぼすん、と軽い音とともにぶつかる。
「まあ――」
「――ひゃん!?」
「触り心地はいいよな」
慧斗は身を乗り出すと、シアの耳を撫でた。ふに、と柔らかい感触が返ってくる。つややかなその手触りは、その気になればいつまでも触っていられる心地よさだ。
「……そ、そうですかぁ? えへへ~……」
その言葉にようやく立ち直ったのか、シアは嬉しそうに耳を抱え、照れながら笑みを浮かべた。
そのやり取りを、ユエがじろりと睨んだ。
「ケイトの天然タラシ」
「え、何でだよ」
◇ ◇ ◇
ようやく不機嫌から立ち直り、何となく散歩に出た慧斗は、共用バルコニーにて夜風に当たっていた。
「……穂崎君……」
そこに、おずおずと声を掛けてくるものがあった。その小柄な姿――畑山の存在に、ようやく収まった不機嫌がぶり返した。
「何の用」
「え、えっと、その……」
つっけんどんな物言いに、畑山が思わず怯む。暴力的な、気難しい少年――そんな前評判が、顕著に表れていた。
「――その、夕方は、すみませんでした」
畑山の謝罪に、慧斗は何も答えなかった。欄干に身体を預け、不機嫌な顔で夜空を仰いだ。
「あんたが謝って済む話か」
慧斗のつっけんどんな言葉に、畑山は言葉に詰まった。
「連れが侮辱された。さっきようやく落ち着いたが、あいつは未だに傷付いてる。なけなしの自尊心傷付けられて、未だ癒えちゃいない。あんたの、そのやっすい頭下げて済む話なのかって訊いてんだよ」
「う、うぅ……」
もはや教師への敬意も何もない、冷酷な物言いに、畑山は二の句が継げなかった。
「それでも、ごめんなさい。何も出来なくて、ごめんなさい」
それでもやっと絞り出した再度の謝罪を、慧斗は無視した。
しばらく、重苦しい沈黙が続いた。
「……穂崎君は、その――教師が、嫌い、ですか」
「少なくとも、天職じゃねえ奴は」
おずおずと問われた畑山の言葉に、慧斗は即座に返した。まさに該当する畑山は、何も言い返せなかった。
「あと、教師を『天職』って言い張る奴も嫌いだ」
「……そんなに、嫌いですか」
「まあね」
事実上、地球の全教員に当てはまる物言いだ。まさに取り付く島もない。
「私は、ダメな教師です」
「見れば分かる」
「うぅ……」
懺悔の暇さえ与えない。どこまでも容赦のない慧斗に、畑山はただ委縮するばかりだった。
「状況に流されてばかりで、あなたたちを守ることが出来ません。みんなを危険に晒して、自分は安全地帯でのんびりやって、勝手に祭り上げられて――
夕方のことだってそうです。 生徒たちの模範になるべきところだったのに、止められなくて、あなたの恋人を傷付けてしまいました」
「――あ?」
それでも、何とか捻り出した悔恨の言葉に、しかし慧斗は目を剥いた。
「今なんつった、あんた」
「え?」
目の色を変えて問い質す慧斗に、畑山が驚いた顔を見せる。
「その――恋人なんじゃないですか? だってあんなに――」
「あんたの目は節穴か!?」
「ひぃぃ! ごめんなさいぃ!」
思い切り罵声を浴びせる慧斗に、怯んだ畑山は頭を抱えて蹲った。つくづく、一端の教員とは思えない小動物ぶりだ。
「――……そう見えたか」
「え?」
ぽつりと呟いた慧斗の言葉に、畑山は顔を上げた。
「仲睦まじく見えたか。惚れ合っているように見えたか。情が深いように見えたか。
惚れた相手のためなら身体だって張れる、そんな風に見えたか」
「え? あの、その……」
意図が読めない、と畑山は困惑した。まさにその通りの行動を実践してみせたのに、それを自己否定するような表情を浮かべている。慧斗が何を考えているのか、畑山には測りかねた。
「あんた、やっぱり教師に向いてねえよ。最低限の観察力もねえ」
そう言い残すと、慧斗は欄干から身体を離し、畑山を置き去りに歩き出した。畑山は、半ば反射的にそれを引き留めた。
「あ、あの!」
「なに」
「その……清水君を、一緒に探してくれないでしょうか?」
「清水……清水? 誰だっけ」
「こ、こら! クラスメイトでしょう!?」
演技でも冗談でもない、本気で思い出せない様子の慧斗を、畑山が叱りつけた。自分に興味のないことはとことん関心を持たない性格ではあるが、まさかクラスメイトまでそこに含まれるなんて!
「“闇術師”の子って言ったら思い出せますか!?」
「――……あー……あの陰気なやつ」
「こら!」
ようやく出てきた悪口を、畑山が再び咎めた。そんなことを言われても、特に親交などなかったのだ。思い出せるだけ上等だと思ってほしい。
「で?」
「ある日、突然いなくなっちゃったんです。部屋が荒らされた様子もないから、自分から出ていったんだろうってみんな言うんですけど、私は心配で……」
「ふぅん」
適当に聞き流した慧斗は、小さな違和感だけを覚えた。『部屋が荒らされていない』ということは、荷物などの痕跡が残っているということだろう。つまり、『いずれ戻ってくる想定』であるように感じられる。
というか、相変わらず個室を与えているのか。こんな高級宿でさえ。
「で、対価は?」
「え?」
「俺ァ今冒険者として、仕事中の身だ。餓鬼一人のためなんぞに、
「そ、そんなぁ……」
冷たく切って捨てる慧斗の言葉に、畑山は分かりやすく落胆した。「同じクラスメイトなのだから探してあげるべき」などという理屈が通用しない少年であることは、今日のやり取りで理解している。
それでも、と諦めきれない様子の畑山に、慧斗は大きなため息を吐いた。
「連中を連れてきて。あのクソ共の頭下げさせることが出来たら、考えてやる」
◇ ◇ ◇
「……この度は、無礼を働いてすまなかった」
そう言って、親衛隊隊長デビッドはぐっと頭を下げた。不承不承といった様子だった。
「謝罪する。申し訳ない」
「反省している。この通りだ」
「すまなかった」
その後ろに続く親衛隊各員も、同じように頭を下げる。慧斗は欄干に身体を預けたまま、ふんと鼻を鳴らした。
「馬ァ鹿。俺に頭下げて何の意味があるんだよ」
『
「……で、ではあの亜人に取り次いで」
「どの面下げてあいつに会おうってんだ? 図々しいんだよ」
「…………で、では、言伝だけでも」
「やなこった。又聞きの謝罪なんか貰うだけ不快なんだよ」
デビッドの申し出を、不機嫌な顔で切って捨てる慧斗。理不尽もいいところである。流石に親衛隊の堪忍袋の緒が切れた。
「この――冒険者崩れの小僧が! 愛子の頼みさえなければ、お前など!」
「おまけに逆ギレときたか。どうせそんなこったろうと思ったよ」
ついに怒声を上げたジェイドに、慧斗はふんと鼻を鳴らした。案の定、畑山の説得がなければ謝罪する気もなかったわけだ。
「じゃ、この話はナシな。せいぜい地べた這いずり回って探してろ」
「ま、待って! 待ってください!」
そう言い捨て、さっそうと歩き出した慧斗に、畑山が追い縋った。それに目の色を変えたのが、親衛隊だ。
「お前――お前、さては愛子のことを!」
「ええ……そういう話になる、普通? こんな幼児体型お呼びじゃねえんだけど」
「うぅ、気にしてるのにぃ……」
「取り消していただきたい! 愛子は魅力的でしょう!」
「貴様らは俺にどうあって欲しいんだ」
何を勘違いしたのやら、口々に言い立てる親衛隊の面々に慧斗は閉口した。『親衛隊』という職業は、何かしらに狂していなければ務まらないものなのだろうか。
大体からして、こんな中途半端な連中の言葉など聞く耳を持たない。
「『正直欠片も悪いと思ってないけどしぶしぶ』――みたいなツラしてるうちは、どんな謝罪も意味がない。
そんなことも分からない連中が、一丁前の口を利くな。ブチ殺したい衝動を抑えるのも、大変なんだぜ」
思い切り正論を突き付けられ、親衛隊は揃って押し黙った。自分たちの遥か年下、成人もしていない少年に吐き捨てられた言葉は、しかし騎士として何より尊ぶべき道徳だ。それを自覚した彼らは、何も言い返すことができなかった。
とはいえ、謝罪の言葉を引っ張り出したのは事実だ。慧斗は深い深いため息を吐いた。
「――……こっちは、北の山脈地帯を探索する。その片手間でよけりゃ、ついでに捜しとくよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとう、穂崎君!」
◇ ◇ ◇
畑山たちとの取引を終え、いよいよ部屋に戻ろうと廊下を歩く慧斗の前に、一人の人影が現れた。
「――ほ、穂崎」
「……相川? どうした」
「そ……その……」
本人も出くわすと思っていなかったらしい相川は、思わずどもった。しかし何か言いたいことがあるようで、その場に立ち竦んだまま言葉を探していた。
「お……お前が戦死したって聞いて、王女様、すっごい落ち込んでた」
「……そうか」
ようやく話し始めた相川の言葉に、慧斗は何を返せばいいか分からなかった。
王女リリアーナ。奇妙な縁が繋いだ、親愛のようなナニカ。それは慧斗の一方的な思い込みではなく、きちんと彼女にも存在したのだ。
「みんなショックで……未だに引き籠って、戦闘訓練に出られないやつもいる」
「何してんだ」
「あの穂崎が、あんなにあっさり死ぬと思ってなかったんだ。みんなも、俺も」
「そういうもんだろ、戦争ってやつは」
続く相川の説明に、慧斗は呆れた。案の定というべきか、仕方ないというべきか。生徒たちは結局、『目の前で人が死ぬ』という現実を理解できていなかったのだ。
「――……ごめん……!」
突然、ばっと頭を下げた相川に、慧斗は目を白黒させた。
「ごめん……! 俺、震えて……何もできなくて……! お前が落ちた時のこと思い出すと、怖くて……!
王女様にも言われたのに、勇気が出なくて……! こんな場所で、びくびくやって……!」
絞り出すような言葉の数々を、慧斗はただ黙って聞いていた。
この少年は、『恐れ』を知っている。『恥』を知っている。自分が何を成すべきか、それを理解した上で、できない自分を苛んでいる。
「『怖いと思うのは恥ずかしいことじゃない』――確か俺、そう言ったろ」
「あ……うん……」
慧斗が発した言葉に、相川はおずおずと顔を上げた。
それは、オルクス大迷宮に挑む前日。ひとり不安に駆られていた相川に、慧斗が掛けることのできた唯一の言葉。
「それを呑み込んで前に進めるか、分を弁えて後ろに下がれるかだ。お前は、分を弁えた。自覚をもって、『逃げる勇気』を持てた。
今だって、センセの護衛やってんだろ。少ない勇気振り絞って、やれることやってんだろ」
「……けど……」
「『できること』と『できないこと』を切り分けるのは、難しい。俺だって、手探りでやってる。
それを、お前はちゃんと考えてんだ。それ責めるほど、悪辣だった覚えはねえよ」
それは相川を励ます言葉になるだろうか。勇気を与える言葉になるだろうか。それとも、自分に言い聞かせている言葉だろうか。どれでもいい。できることをやるしかない。
「俺だって、できることから手を付けてるんだ。お前も、頑張れることを、頑張れ」
それだけ言い残すと、慧斗は部屋に戻るべくさっそうと歩き出した。後には、呆然とする相川が残された。