ありふれた癌 作:Matto
山道を駆け下り、全速力で駆け抜けた相川は、まず町の役場に飛び込んだ。“豊穣の女神”として祭り上げられた畑山、その護衛隊として、ある程度顔が利く。
「ま、魔物の襲撃ですか!?」
滝のように流れる汗を拭きもせず言い放った相川の言葉に、町長と役場職員は愕然とした。普通なら狂人の戯言と切って捨てられるところだが、相手は“豊穣の女神”に付き従う『勇者一行』の一人だ。
「はい。接近まであまり時間がないです、急いで防衛隊を組織してください」
「は、はい!」
相川の指示に、町長が職員たちを呼びつけ、各所に連携するよう指示を飛ばす。ギルド支部、町の警備隊、教会など、協力を仰ぎたい組織は多数に渡る。
さすがの全力疾走で疲弊した相川が、役場の椅子で休んでいると、少し遅れて畑山たちが追い付いた。
「は――はぁーっ、はぁーっ……」
「は、速すぎるぜ、相川……」
肩で息をする園部や玉井。相当な強行軍だ、真っ先に走った相川ほどではないにしろ、疲弊したことだろう。運動慣れしているはずの親衛隊ですら、隠しようのない疲労を浮かべている。
「親衛隊の皆さん。皆さんにも働いてもらいます」
「もちろんだ。愛子が守ると決めたからには、命を懸けて守らせてもらおう」
そんな親衛隊騎士隊長デビッドに向かって、相川は毅然と言い放った。デビッドら親衛隊も、迷うことなく答えた。「愛ちゃん先生の何が、この騎士たちをここまで熱狂させるのだろうか」と、相川は改めて不安になった。
「妾はどうする?」
一方、そこにティオが声を掛けてきた。魔力枯渇寸前で全速力で走らされることになり、豊かな胸元が汗で光っている姿から、相川は頑張って目を逸らした。なおその様子はティオ本人にしっかり見られていた。
「あんたにできることもないだろうな。まだ魔力も回復していないんだろ?」
「ふむ……お主もなかなか厳しい物言いをする輩じゃな……気に入ったぞ!」
「え、何が?」
どこか嬉しそうな反応をするティオに、相川は困惑した。
しばらくあって、各勢力の戦士たちが鎧甲冑を軋ませながら町役場に集った。皆一様に、不安げな表情を浮かべている。未曾有の危機に、不安と恐怖を隠せないのだろう。穂崎の言う
「――勇敢なるウルの町の戦士諸君!」
戦士たちの前で、相川は力いっぱい声を張った。
「皆さんの働きに期待します! 死力を尽くして、この町を守れ! 愛する者を守れ! その先に、勝利の凱旋が待っている!」
言葉は全部アドリブ。ゲームや漫画、小説で読んだような表現を継ぎ接ぎで叫ぶ。
「恐れる必要はないです! ここには、“豊穣の女神”がいる! 向こうでは、すでに“破軍の主”が戦っている! この戦いは、俺たちの勝利だ!」
相川は後ろに立つ畑山を強引に引っ張ると、その手を掴んで掲げさせた。「なっ!?」と悲鳴じみた声を上げる畑山を置き去りに、相川は次に穂崎が戦っているであろう彼方を指差した。
それに呼応するかのように、無色の暴風が噴き上がった。魔物たちらしき黒点をまとめて巻き上げる様は、戦士たちから戸惑いの言葉を奪った。
あの彼方で、戦っている戦士がいる。魔物の大群を相手に、真正面から立ち向かう者がいる。ならば己が、それに続かず何とする。ここで奮わずして、何が戦士か。
「あ――愛子様、万歳!」
「女神様、万歳!」
一人の呟きは、やがて戦士たちを呑み込み、ひとつの大喚声となって町じゅうに響いた。自ら叫ぶ言葉に発奮させられるかのように、戦士たちは沸き上がった。
一方、巻き込まれた畑山はそれどころではない。相川の腕を掴んで、ぐらぐらと揺らした。彼の体幹を揺らすだけの衝撃はなかった。
「ど――どういうことですか、相川君!?」
「士気高揚ってやつです。穂崎なら考えそうかなーって」
「そ、そんなこと言ったって……!」
「ここでビビるような連中に、町を任せるなんてできません。――俺みたいに」
当惑する畑山に対し、相川は毅然と言い放った。まるで何かに衝き動かされるような仲間の態度に、戸惑ったのは護衛隊の面々だ。
「ど、どうしたんだよ、相川……お前、そんなキャラじゃなかっただろ?」
「――頑張れることを、頑張る。それだけだ」
仁山の言葉に、相川はただ一言を返すと、「俺たちも行くぞ」と仲間たちを急かした。数で劣る以上、戦力は一人でも多い方がいい。自らも戦斧を担ぎ、皆の先頭となるように歩き出した。
◇ ◇ ◇
一方、山脈の入り口に戻り、平野へと出た慧斗たち。
「――行けそうか」
「問題なし」
「は、はい」
慧斗の言葉に、二人は揃って答えた。
三人の視線の先には、既に山脈の土と樹々を巻き上げる煙が濛々と立っている。魔物たちの群れは、間もなく三人の前に姿を現すだろう。
「まず、俺が一発ぶちかます。ユエは後続の殲滅、シアはその護衛」
「了解」
「わかりました。でも、何か秘策が……?」
慧斗の言葉に、シアが不安げな声を上げる。それに対し、慧斗はにっと不敵な笑みを浮かべた。
「――久々に、バケモノぶりを披露しようかなって!」
煙が迫ってきた。もう魔物たちの姿が見えそうだ。今にも林を突き破って飛び出してくる。三――二――一――
『――Aaaaaaahhhhhh――!!』
慧斗の大叫喚とともに、ぶわりと無色の魔力が噴き上がった。それに吹き飛ばされた魔物たちが、巻き上げられながら宙を舞った。
◇ ◇ ◇
清水幸利は憔悴していた。
(何だよ、これは……何なんだよ、これは!!)
ウルの町を襲う数万の魔物の大群、その遥か後方で、即席の塹壕に身を隠し、結界を張り、恐怖に身を縮こまらせる。そうして目の前の光景から目を逸らさなければ、とても平静を保っていられなかった。
『ジェアァァァッッ!!』
大叫喚とともに、幾多の魔物たちを巻き上げる無色の暴風。その中心で大剣を振るい魔物たちを蹂躙する、ヒトガタの魔物のようなナニカ。
『“海嘯”!』
その手掌から大水が溢れ出し、前方の魔物をまとめて薙ぎ払う。人一人を呑み込んで余りあるはずの魔物の群れは、しかし人一人によってまとめて蹂躙された。
『“火山衝”!』
その間隙を縫って周囲から飛び掛かろうとした魔物たちを、円状に広がる大噴火が焼き払った。悲鳴を上げながら崩壊していく群れの姿に、清水は愕然とした。
こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。
「“雷龍”」
眩光が迸り、雷の龍姿となって顕現した。輝く龍は化物の攻勢をすり抜けた魔物たちを睥睨すると、一気に墜落した。
ばりばりと轟音を立てて、魔物たちが焼き払われた。蜷局を巻く光龍が、丹念に大地を抉り魔物たちを蹂躙していく。
『“爆導策”!』
化物の手掌の先で、巨大な火焔の連鎖爆発が生じた。悲鳴を上げて焼滅する魔物たちに、群れを攻撃されたリーダーが怒りの喚声を上げながら猛進する。
――清水はひとつの間違いを見落としていた。『人間たちを襲え』という簡単な命令を、群れのリーダー越しにしか受けていない魔物たちは、目の前の人間もどきに襲い掛かる知能しかない。そして獣の本能として『群れを守る』という責任感を有しているリーダーは、配下の群れを攻撃された怒りで襲い掛かるしかない。本能的で自我の薄い魔物たちは、しかしそれ故に「目の前の標的を無視し、町への攻撃を優先する」という複雑な判断ができないのだ。
「“豪嵐”」
その姿を見ながら、ユエの傍らにいるシアはぽつりと呟いた。
「……私の出番、なくないですか?」
「そろそろ、ケイトのガス欠。助けに行ってあげて」
「分かりました!」
ユエの指示に、シアは勢いよく飛び出した。その間に、ユエは次なる魔法の支度にかかる。
一方、前方で魔物を蹂躙していた慧斗。ついにスタミナが切れ、魔力の暴風を収めた彼は、がっくりと膝を折った。
「――はぁーっ、はぁーっ……」
「ケイトさん!」
疲弊した様子に、急いで駆け寄るシア。その姿を見、清水はチャンスと捉えた。
(――い、今だ!)
化物の攻勢が止んだ。援軍はたかが一人。今なら、仕留められる。清水は群れのリーダーの一角に命令し、慧斗に向けて一斉攻勢を仕掛けた。
魔物の群れが吶喊し、慧斗たちに襲い掛かった。
「りゃあああっ!」
そこに割り込んだシアが、思い切り鉄槌を振るった。横薙ぎに振るわれた黒鉄の塊が、轟音を立てて魔物たちの頭蓋を粉砕していく。返す刀で振るわれた鉄の嘴が、後続の魔物たちを突き砕いていった。
(な――なんでだよ! あれ、兎人族だろ!?)
兎人族は弱く、可愛らしく、愛玩に適した生き物――そんな清水の認識が、根底から覆されていく。
「悪いな、助かった」
「いえ! あとで抱っこを要求します!」
「……お前はどうしてそう……」
さりげなく要求してくるシアに、慧斗は呆れればいいのか笑えばいいのか分からなかった。その隙間に、ユエの次なる魔法が完成した。
「“
ユエの言霊とともに、中空に巨大な重力球が顕現した。中天の太陽を覆う暗黒が、ぎりぎりと軋みながら立方体に変形し、大地に向けて落ちていく。
――ばこん、と大地が消失した。そう表現することしかできないだろう。超重力の激突が、巨大なクレーターを作り出し、丸ごと陥没させた。巻き込まれた魔物たちは圧壊され、跡形もなく潰れた。
これで後顧の憂いは断った。あとは、前方を効率よく処理していくだけだ。
「――シア、群れのリーダーに絞って撃破しろ。情報が正しければ、その方が効率がいい」
「どれですかね!?」
「とりあえず大きいやつと、あと派手そうなやつ。ざっくり直感でぶちかませ」
「はいです!」
慧斗の指示に、シアは勢いよく飛び出した。
「せぇぇぇいっ!」
雑魚を無視して、シルバーバックの個体を素早く殴り潰す。思わず怯んだ群れが、あわあわと逃げ出した。そのまま、次々に群れに激突しては散らしていく。
気が整った慧斗は再び立ち上がり、ふたたび大叫喚を上げた。
『――Aaaaaaahhhhhh――!!』
ずおと巻き上がる魔力の暴風の中心で、眼窩を反転させた慧斗が屹立する。思わず気後れした魔物たちの前で、慧斗が手掌を突き出した。
『鮟??遐ょ。オ縺セ縺ィ縺?b縺ョ縲∵擂縺溘l――“嵐帝”!』
巨大な竜巻が巻き起こり、魔物たち諸共山を巻き込んで舞い上がった。地形をも変えかねない一撃に、清水はただ身を竦ませて蹲ることしかできなかった。
(撤退――いや、そんなことをしたら)
また見捨てられる。
どうしたらいい。どう攻めたらいい。前の奴らを――いや掻い潜った先も――とにかく数で押して――いやでも――
その瞬間、ユエと目が合った。
(あっ)
「――見つけた」
清水は戦慄に呑み込まれた。遠見の魔法を使い、決して姿を見せず直視していないはずの清水の視線を、ユエが確かに捉えた。
(ケイト、二時の方向。三百メートルくらい奥)
(あいよ)
憔悴する清水の位置を割り出し、念話で慧斗に届ける。慧斗は短く答えると、ぐっと弓引くように構えた。
『轤弱?讒阪h縲√o縺梧雰繧定イォ縺代?――“緋槍”!』
その左手に、緋色の灼熱が宿る。ユエの指示通りの方向を見据えると、緋炎の槍を一気に投擲した。
「ぎゃあっ!?」
果たして、その槍は大地を抉り、清水の塹壕と結界を吹き飛ばした。爆裂する衝撃に巻き込まれ、そのまま五体を焼滅させられなかったのは、幸運と言っていいか、どうか。
這う這うの体で逃げ出そうとした清水は、どごんと轟音を立てて目の前に着地したヒトガタの魔物――慧斗の姿に震え上がった。
「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者――グペッ!?」
腰を抜かして後ずさりする清水の妄言に構わず、慧斗はその脳天に拳骨を叩き込んだ。この一撃で頭蓋がかち割れなかったのは、僥倖と言った方がいいかも知れない。
「“雷龍”」
主を失い、困惑とともに潰走する魔物たちに向けて、光の龍姿が再び放たれた。雷撃を放散しながらごりごりと二往復すると、ついにあらゆる命を失った大地の上で咆哮を上げ、そのまま消えた。
「――……ふう……」
これで殲滅は完了した。ようやく魔力を収め、元の黒髪黒目に戻った慧斗は、大きく深呼吸した。
何とか怪物二人の魔法攻撃を掻い潜り、魔物たちを始末してきたシアと、“来翔”でふわりと飛んできたユエが、慧斗の許に集った。その足元で伸びている、首魁らしき少年の姿を見て、揃って首を傾げる。
「殺さないんですか?」
「あー……まあ、何というか、もう疲れた」
「気分屋だね」
「雑ですぅ」
「うるさい」
グレートソードを仕舞い、がりがりと頭を掻きながら言った慧斗に、二人が揃って文句を浴びせた。そうは言っても二人も疲れたろ、と言い返す資格があるのか、どうか。
「ま、アレだ。斬る前に首実検くらいしといてもいいだろ」
「……斬ったあとじゃないと意味ない」
「そうか?」
いい加減なことを言いつつ、慧斗は清水の足首を掴むと、そのまま歩き出し――
「――何だこの惨状。どうやって渡んだよ」
「“来翔”」
目の前の巨大なクレーターに閉口しつつ、ユエの魔法で運んでもらった。