ありふれた癌   作:Matto

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08:破軍の主

 山道を駆け下り、全速力で駆け抜けた相川は、まず町の役場に飛び込んだ。“豊穣の女神”として祭り上げられた畑山、その護衛隊として、ある程度顔が利く。

 

 

「ま、魔物の襲撃ですか!?」

 

 

 滝のように流れる汗を拭きもせず言い放った相川の言葉に、町長と役場職員は愕然とした。普通なら狂人の戯言と切って捨てられるところだが、相手は“豊穣の女神”に付き従う『勇者一行』の一人だ。

 

 

「はい。接近まであまり時間がないです、急いで防衛隊を組織してください」

「は、はい!」

 

 

 相川の指示に、町長が職員たちを呼びつけ、各所に連携するよう指示を飛ばす。ギルド支部、町の警備隊、教会など、協力を仰ぎたい組織は多数に渡る。

 さすがの全力疾走で疲弊した相川が、役場の椅子で休んでいると、少し遅れて畑山たちが追い付いた。

 

 

「は――はぁーっ、はぁーっ……」

「は、速すぎるぜ、相川……」

 

 

 肩で息をする園部や玉井。相当な強行軍だ、真っ先に走った相川ほどではないにしろ、疲弊したことだろう。運動慣れしているはずの親衛隊ですら、隠しようのない疲労を浮かべている。

 

 

「親衛隊の皆さん。皆さんにも働いてもらいます」

「もちろんだ。愛子が守ると決めたからには、命を懸けて守らせてもらおう」

 

 

 そんな親衛隊騎士隊長デビッドに向かって、相川は毅然と言い放った。デビッドら親衛隊も、迷うことなく答えた。「愛ちゃん先生の何が、この騎士たちをここまで熱狂させるのだろうか」と、相川は改めて不安になった。

 

 

「妾はどうする?」

 

 

 一方、そこにティオが声を掛けてきた。魔力枯渇寸前で全速力で走らされることになり、豊かな胸元が汗で光っている姿から、相川は頑張って目を逸らした。なおその様子はティオ本人にしっかり見られていた。

 

 

「あんたにできることもないだろうな。まだ魔力も回復していないんだろ?」

「ふむ……お主もなかなか厳しい物言いをする輩じゃな……気に入ったぞ!」

「え、何が?」

 

 

 どこか嬉しそうな反応をするティオに、相川は困惑した。

 しばらくあって、各勢力の戦士たちが鎧甲冑を軋ませながら町役場に集った。皆一様に、不安げな表情を浮かべている。未曾有の危機に、不安と恐怖を隠せないのだろう。穂崎の言う()()()()()も大規模なものになるはずだ。こんな及び腰では、使い物にならない。彼らを奮い立たせるには――どんな手を使えば――

 

 

「――勇敢なるウルの町の戦士諸君!」

 

 

 戦士たちの前で、相川は力いっぱい声を張った。

 

 

「皆さんの働きに期待します! 死力を尽くして、この町を守れ! 愛する者を守れ! その先に、勝利の凱旋が待っている!」

 

 

 言葉は全部アドリブ。ゲームや漫画、小説で読んだような表現を継ぎ接ぎで叫ぶ。

 

 

「恐れる必要はないです! ここには、“豊穣の女神”がいる! 向こうでは、すでに“破軍の主”が戦っている! この戦いは、俺たちの勝利だ!」

 

 

 相川は後ろに立つ畑山を強引に引っ張ると、その手を掴んで掲げさせた。「なっ!?」と悲鳴じみた声を上げる畑山を置き去りに、相川は次に穂崎が戦っているであろう彼方を指差した。

 それに呼応するかのように、無色の暴風が噴き上がった。魔物たちらしき黒点をまとめて巻き上げる様は、戦士たちから戸惑いの言葉を奪った。

 あの彼方で、戦っている戦士がいる。魔物の大群を相手に、真正面から立ち向かう者がいる。ならば己が、それに続かず何とする。ここで奮わずして、何が戦士か。

 

 

「あ――愛子様、万歳!」

「女神様、万歳!」

 

 

 一人の呟きは、やがて戦士たちを呑み込み、ひとつの大喚声となって町じゅうに響いた。自ら叫ぶ言葉に発奮させられるかのように、戦士たちは沸き上がった。

 一方、巻き込まれた畑山はそれどころではない。相川の腕を掴んで、ぐらぐらと揺らした。彼の体幹を揺らすだけの衝撃はなかった。

 

 

「ど――どういうことですか、相川君!?」

「士気高揚ってやつです。穂崎なら考えそうかなーって」

「そ、そんなこと言ったって……!」

「ここでビビるような連中に、町を任せるなんてできません。――俺みたいに」

 

 

 当惑する畑山に対し、相川は毅然と言い放った。まるで何かに衝き動かされるような仲間の態度に、戸惑ったのは護衛隊の面々だ。

 

 

「ど、どうしたんだよ、相川……お前、そんなキャラじゃなかっただろ?」

「――頑張れることを、頑張る。それだけだ」

 

 

 仁山の言葉に、相川はただ一言を返すと、「俺たちも行くぞ」と仲間たちを急かした。数で劣る以上、戦力は一人でも多い方がいい。自らも戦斧を担ぎ、皆の先頭となるように歩き出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、山脈の入り口に戻り、平野へと出た慧斗たち。

 

 

「――行けそうか」

「問題なし」

「は、はい」

 

 

 慧斗の言葉に、二人は揃って答えた。

 三人の視線の先には、既に山脈の土と樹々を巻き上げる煙が濛々と立っている。魔物たちの群れは、間もなく三人の前に姿を現すだろう。

 

 

「まず、俺が一発ぶちかます。ユエは後続の殲滅、シアはその護衛」

「了解」

「わかりました。でも、何か秘策が……?」

 

 

 慧斗の言葉に、シアが不安げな声を上げる。それに対し、慧斗はにっと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「――久々に、バケモノぶりを披露しようかなって!」

 

 

 煙が迫ってきた。もう魔物たちの姿が見えそうだ。今にも林を突き破って飛び出してくる。三――二――一――

 

 

『――Aaaaaaahhhhhh――!!』

 

 

 慧斗の大叫喚とともに、ぶわりと無色の魔力が噴き上がった。それに吹き飛ばされた魔物たちが、巻き上げられながら宙を舞った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 清水幸利は憔悴していた。

 

 

(何だよ、これは……何なんだよ、これは!!)

 

 

 ウルの町を襲う数万の魔物の大群、その遥か後方で、即席の塹壕に身を隠し、結界を張り、恐怖に身を縮こまらせる。そうして目の前の光景から目を逸らさなければ、とても平静を保っていられなかった。

 

 

『ジェアァァァッッ!!』

 

 

 大叫喚とともに、幾多の魔物たちを巻き上げる無色の暴風。その中心で大剣を振るい魔物たちを蹂躙する、ヒトガタの魔物のようなナニカ。

 

 

『“海嘯”!』

 

 

 その手掌から大水が溢れ出し、前方の魔物をまとめて薙ぎ払う。人一人を呑み込んで余りあるはずの魔物の群れは、しかし人一人によってまとめて蹂躙された。

 

 

『“火山衝”!』

 

 

 その間隙を縫って周囲から飛び掛かろうとした魔物たちを、円状に広がる大噴火が焼き払った。悲鳴を上げながら崩壊していく群れの姿に、清水は愕然とした。

 こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。

 

 

「“雷龍”」

 

 

 眩光が迸り、雷の龍姿となって顕現した。輝く龍は化物の攻勢をすり抜けた魔物たちを睥睨すると、一気に墜落した。

 ばりばりと轟音を立てて、魔物たちが焼き払われた。蜷局を巻く光龍が、丹念に大地を抉り魔物たちを蹂躙していく。

 

 

『“爆導策”!』

 

 

 化物の手掌の先で、巨大な火焔の連鎖爆発が生じた。悲鳴を上げて焼滅する魔物たちに、群れを攻撃されたリーダーが怒りの喚声を上げながら猛進する。

 ――清水はひとつの間違いを見落としていた。『人間たちを襲え』という簡単な命令を、群れのリーダー越しにしか受けていない魔物たちは、目の前の人間もどきに襲い掛かる知能しかない。そして獣の本能として『群れを守る』という責任感を有しているリーダーは、配下の群れを攻撃された怒りで襲い掛かるしかない。本能的で自我の薄い魔物たちは、しかしそれ故に「目の前の標的を無視し、町への攻撃を優先する」という複雑な判断ができないのだ。

 

 

「“豪嵐”」

 

 

 (かつみ)の砂を巻き上げながら吹き荒ぶ嵐が、魔物の群れを丸ごと巻き上げた。悲鳴を呑み込んで舞い上がる暴風が、幾十の群れをまとめて切り刻む。

 その姿を見ながら、ユエの傍らにいるシアはぽつりと呟いた。

 

 

「……私の出番、なくないですか?」

「そろそろ、ケイトのガス欠。助けに行ってあげて」

「分かりました!」

 

 

 ユエの指示に、シアは勢いよく飛び出した。その間に、ユエは次なる魔法の支度にかかる。

 一方、前方で魔物を蹂躙していた慧斗。ついにスタミナが切れ、魔力の暴風を収めた彼は、がっくりと膝を折った。

 

 

「――はぁーっ、はぁーっ……」

「ケイトさん!」

 

 

 疲弊した様子に、急いで駆け寄るシア。その姿を見、清水はチャンスと捉えた。

 

 

(――い、今だ!)

 

 

 化物の攻勢が止んだ。援軍はたかが一人。今なら、仕留められる。清水は群れのリーダーの一角に命令し、慧斗に向けて一斉攻勢を仕掛けた。

 魔物の群れが吶喊し、慧斗たちに襲い掛かった。

 

 

「りゃあああっ!」

 

 

 そこに割り込んだシアが、思い切り鉄槌を振るった。横薙ぎに振るわれた黒鉄の塊が、轟音を立てて魔物たちの頭蓋を粉砕していく。返す刀で振るわれた鉄の嘴が、後続の魔物たちを突き砕いていった。

 

 

(な――なんでだよ! あれ、兎人族だろ!?)

 

 

 兎人族は弱く、可愛らしく、愛玩に適した生き物――そんな清水の認識が、根底から覆されていく。

 

 

「悪いな、助かった」

「いえ! あとで抱っこを要求します!」

「……お前はどうしてそう……」

 

 

 さりげなく要求してくるシアに、慧斗は呆れればいいのか笑えばいいのか分からなかった。その隙間に、ユエの次なる魔法が完成した。

 

 

「“壊劫(えこう)”」

 

 

 ユエの言霊とともに、中空に巨大な重力球が顕現した。中天の太陽を覆う暗黒が、ぎりぎりと軋みながら立方体に変形し、大地に向けて落ちていく。

 ――ばこん、と大地が消失した。そう表現することしかできないだろう。超重力の激突が、巨大なクレーターを作り出し、丸ごと陥没させた。巻き込まれた魔物たちは圧壊され、跡形もなく潰れた。

 これで後顧の憂いは断った。あとは、前方を効率よく処理していくだけだ。

 

 

「――シア、群れのリーダーに絞って撃破しろ。情報が正しければ、その方が効率がいい」

「どれですかね!?」

「とりあえず大きいやつと、あと派手そうなやつ。ざっくり直感でぶちかませ」

「はいです!」

 

 

 慧斗の指示に、シアは勢いよく飛び出した。

 

 

「せぇぇぇいっ!」

 

 

 雑魚を無視して、シルバーバックの個体を素早く殴り潰す。思わず怯んだ群れが、あわあわと逃げ出した。そのまま、次々に群れに激突しては散らしていく。

 気が整った慧斗は再び立ち上がり、ふたたび大叫喚を上げた。

 

 

『――Aaaaaaahhhhhh――!!』

 

 

 ずおと巻き上がる魔力の暴風の中心で、眼窩を反転させた慧斗が屹立する。思わず気後れした魔物たちの前で、慧斗が手掌を突き出した。

 

 

『鮟??遐ょ。オ縺セ縺ィ縺?b縺ョ縲∵擂縺溘l――“嵐帝”!』

 

 

 巨大な竜巻が巻き起こり、魔物たち諸共山を巻き込んで舞い上がった。地形をも変えかねない一撃に、清水はただ身を竦ませて蹲ることしかできなかった。

 

 

(撤退――いや、そんなことをしたら)

 

 

 また見捨てられる。

 どうしたらいい。どう攻めたらいい。前の奴らを――いや掻い潜った先も――とにかく数で押して――いやでも――

 その瞬間、ユエと目が合った。

 

 

(あっ)

「――見つけた」

 

 

 清水は戦慄に呑み込まれた。遠見の魔法を使い、決して姿を見せず直視していないはずの清水の視線を、ユエが確かに捉えた。

 

 

(ケイト、二時の方向。三百メートルくらい奥)

(あいよ)

 

 

 憔悴する清水の位置を割り出し、念話で慧斗に届ける。慧斗は短く答えると、ぐっと弓引くように構えた。

 

 

『轤弱?讒阪h縲√o縺梧雰繧定イォ縺代?――“緋槍”!』

 

 

 その左手に、緋色の灼熱が宿る。ユエの指示通りの方向を見据えると、緋炎の槍を一気に投擲した。

 

 

「ぎゃあっ!?」

 

 

 果たして、その槍は大地を抉り、清水の塹壕と結界を吹き飛ばした。爆裂する衝撃に巻き込まれ、そのまま五体を焼滅させられなかったのは、幸運と言っていいか、どうか。

 這う這うの体で逃げ出そうとした清水は、どごんと轟音を立てて目の前に着地したヒトガタの魔物――慧斗の姿に震え上がった。

 

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者――グペッ!?」

 

 

 腰を抜かして後ずさりする清水の妄言に構わず、慧斗はその脳天に拳骨を叩き込んだ。この一撃で頭蓋がかち割れなかったのは、僥倖と言った方がいいかも知れない。

 

 

「“雷龍”」

 

 

 主を失い、困惑とともに潰走する魔物たちに向けて、光の龍姿が再び放たれた。雷撃を放散しながらごりごりと二往復すると、ついにあらゆる命を失った大地の上で咆哮を上げ、そのまま消えた。

 

 

「――……ふう……」

 

 

 これで殲滅は完了した。ようやく魔力を収め、元の黒髪黒目に戻った慧斗は、大きく深呼吸した。

 何とか怪物二人の魔法攻撃を掻い潜り、魔物たちを始末してきたシアと、“来翔”でふわりと飛んできたユエが、慧斗の許に集った。その足元で伸びている、首魁らしき少年の姿を見て、揃って首を傾げる。

 

 

「殺さないんですか?」

「あー……まあ、何というか、もう疲れた」

「気分屋だね」

「雑ですぅ」

「うるさい」

 

 

 グレートソードを仕舞い、がりがりと頭を掻きながら言った慧斗に、二人が揃って文句を浴びせた。そうは言っても二人も疲れたろ、と言い返す資格があるのか、どうか。

 

 

「ま、アレだ。斬る前に首実検くらいしといてもいいだろ」

「……斬ったあとじゃないと意味ない」

「そうか?」

 

 

 いい加減なことを言いつつ、慧斗は清水の足首を掴むと、そのまま歩き出し――

 

 

「――何だこの惨状。どうやって渡んだよ」

「“来翔”」

 

 

 目の前の巨大なクレーターに閉口しつつ、ユエの魔法で運んでもらった。

 

 

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