ありふれた癌   作:Matto

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09:断罪

 慧斗にとって、清水幸利とは『どこにでもいる、陰気なやつ』でしかなかった。

 彼が日々『異世界召喚』に憧れ、今回の事件で内心欣喜雀躍していたことなど、知る由もない。南雲ハジメと同様のオタクである彼は、しかしそれを徹底的に隠してきた。南雲に対する同級生らの言動を間近で見てなお、オタクであることを公言できるものなどいない――らしい。この辺りの心理もまた、慧斗にはよく分からない感覚だった――。自分を隠すために親しい友人もおらず、いつも自分の席で大人しく本を読み、話しかけられればモソモソと最低限の受け答えをする程度。その消化不良が原因か、自宅では漫画やライトノベルなどの創作物にどんどんのめり込んでいた。

 そんな彼であるから、異世界召喚の事実を理解したときは、まさに「キター!!」と舞い上がっている状態だった。慧斗がイシュタルを恫喝している時も、愛子が猛然と抗議している時も、光輝が息巻いている時も、彼の頭の中は、何度も妄想した『異世界で華々しく活躍する自分』の姿でいっぱいだった。

 もしも慧斗がそんな内心を知っていれば、一も二もなく殴り倒していたことは間違いない。が、そんな機会は訪れなかった。オルクスでの脱落が、清水の心にも深い影を落としていたのである。

 自分たちを殺しに来るトラウムソルジャーの群れ。ベヒモスの恐ろしい威圧感。ぼろぼろになるベテランの騎士たち。その最中で活躍する天之河と穂崎。そして、呆気なく転落していく穂崎――容赦なく襲い掛かってくる『死の臭い』を突き付けられ、それに対して何もできない『ただの凡人』という現実を突き付けられ、心が折れた。他の生徒たちと同様、自室に引き篭るようになった。

 ひとつの転機は、無聊の慰めに読んでいた闇術の資料と、そこから見出した閃きだった。

 ――闇系統魔法を極めれば、対象を洗脳支配できるのではないか? その仮定は、彼を大いに興奮させた。誰でも思い通りに、好きなようにできるのだ――そう、好きなように。暗く淀んだ欲望を糧に、彼は再起を図った。

 されど、現実は相変わらず厳しい。人のような強い自我をもつ相手には、無抵抗のまま長い時間を掛けて術を施し続けなければならない。およそ非現実的な方法論に再び肩を落とした彼は、代わりに魔物の使役を思いついた。本能的で自我の薄い魔物ならば、簡単に洗脳支配できるのではないか。幾度もの秘密実験を経てそれを確信した彼は、ちょうど良く『愛ちゃん護衛隊』の話を聞きつけた。それに付いて行き遠出をすれば、ちょうどいい魔物とも遭遇出来るだろう。そうしてウルの町を訪れた彼は、北の山脈地帯で配下の魔物を集めるべく、姿を眩ませた――次に再会した時には、誰もが自分の成した偉業に畏怖と尊敬の念を抱いて、特別扱いすることを夢想して。

 本来なら、僅か二週間では果たせない成果だった。いくら闇系統に特化した天才でも、そして群れのリーダーだけを洗脳するという効率的な方法を採ったとしても、多くて千匹の群れを――それも、二つ目の山脈にいるブルタール程度を統率するのが精一杯だった。しかし、とある魔人族の助力と、偶然支配に成功したティオの存在が、効率的で強大な力を与え、四つ目の山脈の魔物まで従えることに成功した。日々増強していく魔物の軍勢と、その魔人族が持ちかけた『契約』に、彼の心の箍は完全に外れてしまった。「やはり自分は特別だった」と悦に浸りながら、満を持して大群を町に差し向けた――

 そして、そんな彼の末路は、

 

 

「ぐげっ! いだっ! ごえっ!」

「うるさい」

「ガブッ!?」

 

 

 死んだはずの穂崎に足首を掴まれ、強引に引き摺られるという、何とも哀れな醜態だった。

 “魔力放出”を連発して疲弊しきった慧斗に、清水を気遣う余裕などない。慧斗以上に大魔法を連発して魔力を消耗したユエも、鉄槌を重そうに抱えているシアも同様だ。

 

 

「それにしても早かったな。逆探知か?」

「逆探知?」

「魔法の効果から経路を逆算すること。この大混戦でよくできたな」

「ケイトの探知が大雑把なだけ」

「あっそ」

 

 

 互いに疲れた声で、そんな軽口を叩き合うのが精一杯だ。

 そうしてしばらく、三人は無言で歩き通した。町まで少し距離が遠すぎたかも知れない。取りこぼしの処理を考えると、もう少しこちらの負荷を下げて、町の防衛隊に任せるべきだったか。とはいえ、今更文句を言っても始まらない。ひとまず無事に済んだ以上、反省会はあとで充分だ。

 そうして歩き通し、いよいよウルの町に辿り着こうかという時、町の物見が三人の姿を捉えた。

 

 

「“破軍の主”だ! “破軍の主”が帰ってきたぞ!」

「俺たちの勝利だ!」

「“豊穣の女神”、万歳! “破軍の主”、万歳――!」

 

 

 三人の姿を下に伝え、何やら歓声が上がっている。聞いたことのない名前が、わんわんと町じゅうに木霊していた。

 

 

「……何あれ?」

「知らない」

「ケイトさんのことっぽいですねぇ」

「俺、何かした?」

 

 

 えーと慧斗は唸った。知らないところで勝手に担ぎ上げられるなど、彼の最も嫌うところだ。ちなみに次点は、知っているところで強引に担ぎ上げられることである。

 ともかく、と三人は方向転換し、町のはずれに移動した。そこには果たして、畑山とその親衛隊、そして護衛隊とティオが揃っている。

 

 

「ほれ、センセ。連れてきたぞ」

 

 

 そう言うと、慧斗はぼろ雑巾も同然になった清水を投げて寄越した。厚手とはいえローブ一つ、目立った怪我がないのは僥倖と言っていいだろう。

 

 

「穂崎君! まさか、生け捕りに?」

「疲れたからだって」

「うるさい」

 

 

 ユエの茶々もそっちのけで、畑山らはその姿を検めた。フードを剥ぎ取ったその下は、生徒たちも見覚えのある顔――すなわち、クラスメイトの清水幸利だ。

 

 

「……やっぱり、清水だったんだ……」

「どうして……」

 

 

 生徒たちに、認めがたい苦悩と失望の色が浮かぶ。こんな、多くの人間を危機に晒した張本人が、まさか身近な人間だったなんて……

 

 

「愛子、この少年は――」

「待って下さい、デビッドさん。まずは、話をさせてください」

 

 

 一方、畑山は親衛隊の制止を振り切って、清水に呼びかけ意識を呼び戻した。「水でもぶっかけた方が手っ取り早いんじゃねえの」と無言で眺める慧斗の目の前で、清水がぼんやりと目を開ける。しばらくぼーっとしていた清水は、やがて意識が明瞭になり、自らの置かれた状況を悟った。腰の抜けた様子で、必死にずりずりと後ずさりをする。その気になればこの場の誰もが捕獲拘束できそうな醜態に、しかし最初に動いたのは畑山だった。

 

 

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

 

 膝立ちで清水に視線を合わせる畑山に、ぎょろぎょろと怯える清水が動きを止める。毒気を抜かれた清水が次に見せた表情は、不満だった。

 

 

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっ()うんだよ……」

「声が小さい。何言ってるか分からん」

「馬鹿に、しやがって……!」

 

 

 俯き、ぼそぼそと呟く清水の言葉は、しかし周囲に満足に届かず、慧斗の罵倒を買うだけだった。それにすら苛立つ様子で、清水は少しずつ声を荒げ始めた。

 

 

「勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、()()扱いしやがって……!

 ホント、馬鹿ばっかりだ……だから、俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……!」

「てめぇ、自分の立場わかってんのかよ! 危うく町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

 

 

 反省はおろか、周囲への不満と罵倒を垂れ流す清水に、生徒たちが怒りを露わに罵声を浴びせ始めた。その中に混ざらず、しかし最初に激情を灯したのは、相川だった。

 畑山を押し退けるように割り込むと、ぐっと拳を握り、力いっぱい清水の顔を殴り飛ばす。

 

 

「ぐはっ!?」

「……あ、相川君……?」

 

 

 宮崎の言葉にも構わず、そのまま喉元を掴んで捩じり上げる。その横顔は、玉井や仁山すら見たことのない表情だった。

 

 

「てめぇは――そんなことのために――くだらねぇ――殺してやる――」

「ぐげっ――ぐはっ――ごえっ――ごぼぉっ」

 

 

 力任せに殴りまくる。清水の苦悶の声などお構いなしに、無理矢理黙らせるように拳を重ねて殴り続ける。

 

 

「落ち着け、相川。どうした、何か恨みでもあったのか」

 

 

 周囲が驚愕で硬直する中、ようやく動いた慧斗が相川の腕を掴み、強引に押し止めた。相川はきっと睨むと、両頬を真っ赤に腫らした清水の顔を突き付けた。

 

 

「こいつのせいで、この町は滅びるところだった! 俺たちも、愛ちゃん先生も、町の人たちも死ぬところだった!」

「結果オーライだからいいだろ。お前がそこまでキレることじゃない」

「お前だってボロボロじゃん! シアちゃんも! ユエちゃん――は、そんなに疲れてないっぽいけど……」

「生意気」

「いった!」

 

 

 声を荒げて糾弾する――も、ユエの様子を見て語気を窄めた相川の脛に、ユエのローキックが鋭く刺さった。

 一旦激情が止んだ相川に、畑山が改めて進み出た。

 

 

「相川君、落ち着いてください」

「でも――!」

「少しだけ、清水君とお話させてくれませんか?」

 

 

 思わず毒気を抜かれた相川は、そこでようやく力を抜き、ずるりと清水から手を離した。頽れる清水へと改めて屈みこむと、畑山は口を開いた。

 

 

「沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。

 どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の『価値』を示せません」

 

 

 なるべく優しい声音で説得する畑山に対し、だらりと顔を上げた清水は、しかし昏く淀んだ笑みを浮かべた。

 

 

「……示せるさ……()()()()()()

「なっ!?」

 

 

 まさかの返答に、畑山と生徒たちが大きく動揺する。その様子に、ようやく鼻を明かしたといった表情の清水は、昏い笑みを深めながら続けた。

 

 

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話を望んだ。

 そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

「契約……ですか? それは、どのような?」

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」 

「……え?」

 

 

 畑山は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。生徒たちも、親衛隊も。その様に、清水の笑みがいっそう深くなった。

 言葉の意味を理解し、最初に動いたのは親衛隊だった。即座に全員抜刀し、今にも清水を刺殺せんと迫る。だが開き直った清水は、けらけらと嗤いだした。

 

 

「何だよ、その間抜け面。自分が魔人族から目を付けられてないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……“豊穣の女神”……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の“勇者”として招かれる――そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。勇者の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……

 ――だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! お前は、お前らは、一体何なんだよっ!」

「さあね。自分でももう分からなくってさ」

 

 

 得意げな哄笑は、しかし慧斗たちへの苛立ちと憤怒に変わった。慧斗にできることは、けろりと笑うことだけだった。

 そんな清水を制止したのは、その手をぎゅっと握った畑山だった。

 

 

「清水君。落ち着いて下さい」

「な、なんだよっ! 離せよっ!」

 

 

 突然触れられたことに動揺し、咄嗟に振り払おうとする清水だったが、畑山は決して離さないと言わんばかりに更に力を込め、ぎゅうと握り締める。その様子に毒気を抜かれた清水に、畑山が優しい声を重ねる。

 

 

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。『特別』でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと『特別』になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……

 でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません。

 ……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君たちとも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

 

 

 優しい言葉の数々に、清水は俯いた。肩を震わせるその姿に、絆されたのだと生徒たちは思った。ようやく諦めたのかと親衛隊は思った。慧斗たち三人とティオは、ただ黙して見つめていた。

 いよいよ園部の涙腺が決壊しようとしたその時、

 

 

「しみ――」

「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 

 

 清水はぐっと畑山の手を引き寄せると、ぐるりと羽交い絞めにし、どこからか鋭い針を突き付けた。

 

 

「うっ!?」

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も保たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

 

 首を締め上げられてじたばたと苦しむ畑山を捕まえたまま、ヒステリックに叫ぶ清水。狂気に満ちたその眼に、生徒たちと親衛隊は思わず硬直した。

 今にも刺さりそうな毒々しい色の針を見せられ、彼らは清水に従うしかなかった。悔しげな表情を浮かべながらも、次々に得物を捨て、言われるがまま手を上げた。特に得物のないユエとティオはともかく、シアもしぶしぶ従うしかなかった。

 後には、腕を組むだけの慧斗が残った。

 

 

「おい、お前、死に損ない野郎、――お前だ! 後ろじゃねぇよ! お前だっ()ってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、言うこと聞きやがれ!」

 

 

 叫ぶ清水の言葉に対し、わざとらしく後ろを向く慧斗。思わずシアとティオさえ青ざめる横で、地団駄を踏んで喚き散らす清水。その様子にも構わず、あくまで冷淡な態度の慧斗は、こきりと首を鳴らすだけだった。

 

 

「――殺せば?」

「いいか、マジで殺――え、」

「だから、殺せば?」

 

 

 涼しい顔で言い放つ慧斗の言葉に、ユエを除く全員が凍り付いた。清水は思わず毒針を取り落としかけた。

 

 

「どのみち、センセ殺さねえと()()()に合流できねえんだろ? 貴様の去就なんか興味ねえ。好きにしろよ」

「ほ、穂崎!」

「み、みみみ見捨てるのか!?」

 

 

 震え声で叫ぶ清水を、慧斗は鼻で嗤った。

 

 

「現在進行形で脅してる奴が何言ってんだ、馬ァ鹿。いまさらイモ引いてんのか? そんなんだから()()()()んだ。貴様の『偉大な計画』も、どうせどっかで破綻してたよ」

「ケイトを計算に入れるのはインチキ」

「うるさい」

 

 

 せせら笑いながら言葉を重ねる慧斗の横から、ユエの茶々が飛んだ。とても人一人の生死が懸かっている状況のやり取りではなかった。

 

 

「――ただ言っとくけどな、()()()()()()()()()()

「な、」

 

 

 そう言うと、慧斗はがちゃりとグレートソードを構えた。ぴり、と空気が張り詰めた。

 

 

「センセを本当に刺したら、貴様は完全な裏切者だ。生かしとく価値がねえ。一も二もなくぶった斬って、この町の畑の肥料に変えてやる。

 貴様は、そういう瀬戸際に立ってる。センセ裏切って俺に殺されるか、全部諦めて降伏するか。そのどっちかだ。その覚悟の上で動け」

 

 

 静かにグレートソードを突き付ける。空気が凍り付くような鋭い殺気は、ブラフでも何でもない。清水が動いた瞬間、その黒鉄で叩き潰すつもりでいる。

 

 

「で、どうすんだ。殺すのか? 殺さねえのか?」

 

 

 もう一度だけ雰囲気を崩して、わざとらしく挑発してみる慧斗に、

 

 

「う――うるさいうるさいうるさい! いいから、俺に従えっ()ってんだよ!」

 

 

 清水は発狂した。

 もう脅迫もへったくれもない。ただ我儘に叫ぶだけの醜態を、慧斗は冷たく睨むだけだった。

 

 

「……し、清水君……どうか、話を……大丈夫……ですから……」

「うっさいよ! いい人ぶりやがって、この偽善者が! お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ!」

「そうなれば殺すだけだぞ」

「――っ!」

 

 

 苦しげに呻く畑山と、さらに締め上げる清水、すかさず冷や水を浴びせる慧斗。緊張感だけが場を締め付ける、どうにもならない袋小路が出来上がった。

 

 

「――ダメです! 避けて!」

 

 

 その均衡を崩したのは、シアだった。清水と畑山に飛び掛かるように突進し、畑山を力ずくで突き飛ばす。

 ――その脇腹を、一筋の水流が貫いた。

 “破断”だ。びゅんと甲高い音を立てて迸るウォータジェットに、慧斗とユエが動いた。ユエはシアを遮るように立ちはだかり、慧斗は真っ先に射線を特定し――その先にいた鳥のような魔物と、その背に乗る男に向けて指を振るった。

 

 

「――“破断・雷纏”!」

 

 

 電撃を纏う水流が空を裂き、男と魔物に殺到した。辛うじて身を捻った魔物は、しかし左の翼を切り裂かれて墜落していった。それだけ見届けると、慧斗はシアの方に向き直った。追撃より先にやることがある。

 シアの脇腹には、大きな穴が開いていた。身体強化で辛うじて我慢しているようだが、とめどなく血が溢れている。一刻も早く手当てをしなければならない。

 

 

「……うくっ……私は……大丈夫……です……は、早く、先生さんを……毒針が掠っていて……」

「――ユエ、“神水”ふたつ!」

 

 

 慧斗の言葉に、ユエは素早く反応した。“宝物庫”から“神水”の瓶を二つ取り出し、一つを慧斗に渡し、もう一つをシアに飲ませる。慧斗はがくがくと体を震わせる畑山を、素早く仰向けに横たえると、その口に“神水”を強引に流し込んだ。

 口から泡を吐きかけていた畑山は、しばらくするとその呼吸を落ち着かせた。

 

 

「――は……はぁ……っ」

「愛ちゃん先生!」

「無事でよかった……!」

 

 

 ゆっくりと深呼吸する畑山に生徒たちが駆け寄る。やがて起き上がる気力を取り戻し、立ち上がった畑山は、真っ先に清水に駆け寄った。

 

 

「清水君! あぁ、こんな……ひどい……」

 

 

 清水は先の“破断”で胸を貫かれていた。辛うじて左胸を避けられた一撃は、しかしとめどなく血を溢れさせ、ごぼごぼと口から血を吐かせる。肺を貫いたのか、ひゅうひゅうと空気が抜ける音がした。

 

 

「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……ウソだ……ありえない……」

 

 

 いまや傷が塞がったシアよりも深刻な傷だ。もう数分と保たないだろう。見下ろす慧斗に、ユエが声を掛けた。

 

 

「……どうする?」

「穂崎君、さっきの薬を! 今ならまだ! お願いします!」

「ごぼぉっ、た……助け……」

 

 

 必死に懇願する畑山と、震える手で助けを乞う清水。冷めた目でその二人を見下ろしながら、

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 慧斗は吐き捨てるだけだった。

 

 

「……な……んで……」

 

 

 それが、清水の断末魔だった。

 ぱたりと、その手が落ちた。出血性ショック――すなわち失血死。虚ろな目を絶望に染めたまま、どくどくと広がっていく血の池に自ら溺れ、清水は完全に動かなくなった。

 後には沈黙が残った。慧斗がグレートソードを担ぎ直す音だけが、いやに大きく響いた。

 

 

「……どうして……?」

「あの薬、貴重だから。()のためになんか使えない」

 

 

 ぽつりと呟いた畑山の言葉に、慧斗は冷徹に答えた。何の感情も宿していなかった。

 

 

「どうして!? 清水君は……同じ仲間でしょう!?」

「もう裏切った。センセ、あんたを殺すと選択した時点でな。

 俺は引き返すチャンスを与えた。こいつは何も選択しなかった。だったら、あとは死ぬしかない」

 

 

 振り返り慧斗を揺さぶる畑山は、しかし冷たく見下ろすだけの彼の体躯ひとつ揺らすことができなかった。心ひとつ揺らすことができなかった。

 

 

「だからって、見殺しにするなんて! 王宮で預かってもらって、一緒に日本に帰れば、もしかしたら……可能性はいくらだって!」

「利害で裏切った奴は、この先何度でも裏切る。地球の歴史が証明してきた」

「そんな――」

 

 

 冷たく吐き捨てる慧斗の言葉に、畑山は二の句が継げなかった。それきり反論を奪った慧斗は、清水の血の池に足を踏み入れ、その襟首を掴んで引き摺り始めた。

 

 

「――こいつの埋葬してくるわ」

「……遺品はどうするの?」

「さあ。適当に死体漁りして、最悪ステータスプレートで代用するわ」

「待ちなさい! 話はまだ終わって――」

 

 

 それだけ言い捨て、清水を引き摺って歩き出す慧斗へ、畑山が叫ぶ。それを制したのは、相川だった。

 

 

「愛ちゃん先生、行こう」

「相川君!」

 

 

 畑山の肩を掴み、その歩みを強引に押し止める。振り返った畑山の眼には、極力感情を押さえようとする相川の顔が映った。

 

 

「あいつは、先生を()()裏切った。命乞いひとつで、許されることじゃない」

「でも――!」

「そんな余裕はないんだよ、先生」

 

 

 畑山の反論を、相川は力ずくで遮った。

 

 

「戦争をするために()ばれた。生き残るために戦わされてる。そんな世界で、裏切者まで庇ってる余裕はないんだ」

 

 

 無感情であろうとする相川の言葉に、一同は沈黙するしかなかった。勝利に沸き立つ町の喧騒が、他人事のように遠く聞こえていた。

 

 

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