ありふれた癌   作:Matto

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10:帰投

 魔物の大群による襲撃を何とか凌ぎ、未だざわざわと興奮冷めやらぬギルドに向かうと、慧斗はやや強引に墓標と墓掘りの道具を調達させた。ずりずりと赤黒い血痕を残しながら清水の遺体を引き摺って行く先は、町の公共墓地だ。

 襲撃の主犯であることは、明かさなかった。『間に合わなかった犠牲者』という体で処理することにした。スコップを手に土を掘り返していると、ギルド職員から即席の墓標が届けられた。埋葬の手伝いを申し出られたが、丁重に断った。町もまだ混乱が収まっていないだろうし、ギルド職員としてやるべきことは多いだろう。

 一通り土を掘り返したところで、慧斗は清水の懐を漁り、ステータスプレートを取り出した。他に遺品らしいものはなかった。あるいはここに来た時の荷物や、王都の私室に何か残っているかもしれない。掘り返した穴に清水の遺体を押し込み、土を被せようとしたところで、慧斗はこちらに歩み寄るひとつの人影を見つけた。

 

 

「――……手伝おうか」

「……相川? いや、いい。すぐに済む」

 

 

 沈痛な面持ちで歩いてくる相川だった。一番面倒な作業はもう済んでいる。あとは土を被せるだけなので、わざわざ手伝わせることもないだろう。慧斗は先ほど取ったプレートを、相川に投げて寄越した。

 

 

「これ、奴のステータスプレート。お前ら、清水の遺品整理しといてくれ。荷物が残ってんだろ」

 

 

 ぱっと受け取った相川は、しばらくプレートを見下ろした。清水の血で赤黒く汚れたそれを見つめ、彼はしばらく動けなかった。

 

 

「……あれで、良かったのか?」

「少なくとも俺には。お前たちの納得が得られるかどうかは、知らん」

 

 

 ぽつりと呟いた相川に、慧斗はきっぱりと言った。果たしてそれは、彼の納得を得られなかったが、しかし反論できることもなく、相川はただその場に立ち尽くした。

 

 

「……なぁ、穂崎」

「なんだ」

「――……殺すって、辛いな……」

「……そうだな」

 

 

 悄然とする相川の呟きには、様々な感情が渦巻いていた。その一つ一つをほぐして言語化するのは、多大な苦労を伴うことだろう。慧斗はそれを追求しなかった。

 

 

「――お前には、話しとくか」

「なんだ?」

「この戦争には、裏がある」

「……え?」

 

 

 慧斗の言葉に、相川ははっと顔を上げた。

 

 

「俺たちが無事に帰してもらえる可能性は低い。ほぼゼロと言ってもいい。そういう拙い事態が、裏で進行してる」

「そんな……それじゃ、俺たちは……!」

「詳しい話はできないけどな。そこからお前たちを逃がすために、俺は動いてる」

 

 

 衝撃の事実を語る慧斗に、相川は愕然とした。戦争に勝てば、帰してもらえるはずなのに――その希望が、潰えるというのか。

 

 

「……俺は……どうしたらいい……?」

「ひとまず、残りの生徒連中やセンセが暴走しないように――前線に送り込まれて犬死しないように、何とか時間を稼いでくれ。

 その間に、見つけ出す。急いで見つけ出す」

 

 

 衝撃に打ちのめされ、辛うじて理性を保つ相川に、慧斗は苦し紛れに言った。ここにいる畑山と護衛隊六人はひとまず何とかなるだろうが、残りの生徒の所在が気になる。それを、何とか押し止めてもらわなければ。

 しばらく、沈黙が流れた。黙ってスコップを振るい清水の遺体に土を被せる慧斗と、衝撃から立ち直れない相川の間に、会話は流れなかった。

 ようやく埋葬作業が終わり、ぽんぽんと土を叩いていると、町の衛兵らしき人物がにこやかに歩み寄ってきた。

 

 

「“破軍の主”! 何をやってるんだ?」

「…………それ、まさか俺のこと?」

 

 

 喜色満面の笑みで、気色悪い肩書を使ってくる衛兵に、慧斗は思い切り顔をしかめた。清水の一件で忘れかけていたが、何だか知らないうちに変な担ぎ上げ方をされていたのだったか。

 

 

「そうだ! このウルの町を救った“破軍の主”! どうか礼をさせてくれ! 町の皆も待っている!」

「その気色悪い肩書はどっから生えてきた!?」

「――あ、ごめん俺」

「は?」

 

 

 怒声を浴びせる慧斗に応答したのは、まさかの相川だった。

 

 

「あれ、士気高揚ってやつ。そのために、ちょっとお前の話盛らせてもらった」

「……てっめえ――!」

「わぁぁごめぇぇぇん! でも、他に方法がなかったんだ!」

「こんな気色悪い肩書要らんわ! ブチ殺すぞてめえ――!」

「ごめぇぇぇん!」

 

 

 スコップを振り上げ鬼の形相で追いかける慧斗と、必死に逃げ回る相川の姿が目撃されたそうな。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 翌日。町じゅうの歓待から逃げるように馬車を用意させると、慧斗たち三人はウィルを馬車に蹴り込み、フューレンへと走り出した。

 

 

「その……良かったのですか?」

 

 

 その馬車の中で、ウィルはおずおずと口を開いた。“豊穣の女神”と関係があるらしいシミズなる人物が戻って来なかったことから、その末路を察した彼は、「目の前の男が始末したのだろう」という奇妙な直感を以て問うた。

 

 

「少なくとも、あんたにどうこう言われる筋合いはねえ」

「ですが……」

 

 

 それに対して、慧斗は静かに吐き捨てた。ウィルは二の句が継げなかった。

 

 

「言葉を重ねて何になる。それが意味をなさないから、人は戦争をするんだぜ」

「うむ、至言じゃな」

 

 

 噛み締めるような慧斗の言葉に、うんうんとティオが頷いた。馬車の揺れに合わせて、双丘がぶるんと揺れた。

 

 

「――いや何で貴様がいんだよ!?」

 

 

 一瞬の間を置いて、慧斗が鋭くツッコんだ。

 

 

「む? お主らに付いていくと言っておらんかったかの?」

「言ってねえよ聞いてねえよ! どこでそんな話した!?」

 

 

 大声で騒ぐ慧斗に、ティオは「何を今更」という顔をした。ユエは「うるさい」と顔をしかめ、シアは「知らないところで話が決まったんでしょう」と思っていたので瞠目した。

 

 

「うむ、では改めて言おう。是非お主らの旅に妾も同行させ――」

「荷物をまとめて失せろ、でなきゃ死ね」

「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主……コホンッ!

 もちろん、タダでとは言わん! これよりお主を()()()()と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どう――」

「そうか分かった死にたいらしいな!」

 

 

 よく分からない流れで、興奮したように上気した頬を見せながら語るティオに、慧斗はぎりぎりと拳を握った。

 

 

「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに……責任とって欲しいのじゃ!」

 

 

 よよよと崩れ落ちるティオの言葉に、全員の視線が慧斗に集中した。慧斗自身も目を点にしていた。

 

 

「最低ですぅ」

「変態」

「いや俺は無実だ、何もしてねえ!」

 

 

 ジト目で睨む女二人の罵倒に、慧斗は大声を上げて否定した。

 慧斗はティオをきっと睨むと、グレートソード――は揺れすぎるので、剣鉈を突き付けた。

 

 

「何のつもりか聞かせてもらおうじゃねえか、このトカゲ野郎」

「あぅ、こんなぶっといものを突き付けて……ハァハァ……ごくりっ……」

 

 

 鬼の形相で凶器を突き付けられながらも、ティオは熱に浮かされたような瞳で見惚れている。もう意味が分からない。

 

 

「……その、ほら、妾強いじゃろ?」

 

 

 「じゃろ?」と言われても。いや確かに強敵ではあったが。

 

 

「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ。

 それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの雷撃の炸裂! 体の芯まで響く剣戟! 嫌らしいところばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

 

 

 一人盛り上がるティオの言葉を、誰も理解できなかった。つまり――何だ。これは、どういうことだ。全員の脳が理解を拒み始めていた。

 

 

「……つまり、ケイトが新しい扉を開いちゃった?」

「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」

「俺のせいじゃなくねえそれ!?」

 

 

 辛うじて絞り出されたユエの言葉を、ティオは力強く肯定した。どう考えても慧斗の責任ではない。一方、竜人族に尊敬の念を抱いていたユエは、それを散々に打ち砕かれ、能面のように感情の剥がれ落ちた表情をしていた。

 

 

「それにのう……妾の()()()も奪われてしもうたし」

 

 

 尻に手を当て、もじもじと恥じらうティオの言葉に、全員が目を丸くした。

 

 

「最低ですぅ」

「変態」

「おいこの流れさっきも見たぞ!?」

 

 

 ジト目で睨む女二人の罵倒に、慧斗は大声で叫んだ。ついにウィルすらも軽蔑の視線を向けている。慧斗の味方はいなかった。

 

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……じゃが、里にはそんな相手おらんしの……敗北して、組み伏せられて……初めてじゃったのに……いきなりお尻でなんて……しかもあんなに激しく……もうお嫁に行けないのじゃ……じゃからご主人様よ。責任とって欲しいのじゃ」

「皆目知らねえよ! 十割貴様の都合じゃねえか!」

 

 

 本日何度目かの叫びに、そろそろ慧斗の喉が枯れ始めた。どう考えても慧斗の責任ではない。

 

 

「調査はどうした、調査は!? その為に里を出てきたって言ってたじゃねえか!」

「うむ。問題ない。ご主人様の傍にいる方が絶対効率いいからの。まさに、一石二鳥じゃ。

 ほら、旅中では色々あるじゃろ? イラっとしたときは妾で発散していいんじゃよ? ちょっと強めでもいいんじゃよ? ご主人様にとっていい事づくしじゃろ?」

「変態が傍にいる時点でデメリットしかねえよ!」

 

 

 慧斗の叫びが悲鳴に変わり始めた。一方、ようやく事情を把握したウィルは、次第に目を輝かせた。

 

 

「……素晴らしい! さすがです、ケイトさん! り、竜人族を従えてしまうなんて!」

「貴様どこに目が付いてたらそういう風に見える!? ていうか仲間の仇じゃなかったのかよ!?」

「師匠と呼ばせてください!」

「断る!」

「ならばご主人様と!」

「死ね!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。フューレンの冒険者ギルドに到着し、応接室でしばらく待っていると、支部長イルワ・チャングが飛び込んできた。秘書長ドットを伴っている。

 

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 

 

 以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨て、ウィルの両肩を抱いて確認するイルワ。余程心配だったのだろう。

 

 

「イルワさん……すみません。僕が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……

 二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

 

 

 面会を促すイルワに、ウィルは頭をひとつ下げると、足早に応接室を出ていった。

 イルワは慧斗たちの対面に座ると、深々と頭を下げた。

 

 

「今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

「大したことはしてねえ。生き残ってたのは、あれの運が良かったからだろ」

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう、“破軍の主”?」

 

 

 慧斗はあからさまに顔をしかめた。今からでもなかったことにしたい、そんな表情に、イルワは残念そうに肩を竦めた。

 

 

「万を超える魔物の大群を打ち倒した“破軍の主”――とうにフューレンはその話題で持ちきりだよ」

「どんな速度だ。ほぼ最速で戻ってきたんだぞ、俺たち」

「ギルドの幹部専用だけど、長距離連絡用の魔導具(アーティファクト)があるんだ。あと、私の部下が君たちに付いていてね」

「もう少しまともなことに使えや!」

 

 

 涼しい顔で種明かしをするイルワに、慧斗は思い切り罵声を浴びせた。

 

 

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で君たちに依頼して本当によかった。

 数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

「その前に、ユエとシアのステータスプレートを頼む。おい変態、お前はどうする」

「うむ、二人が貰うなら妾の分も頼めるかの」

「……だとよ。悪いが、もう一人分」

「ふむ、確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか……わかったよ」

 

 

 しばらくあって、ドットが三枚のステータスプレートを持ってきた。ユエたち三人は、指を軽く切ってその表面に血を垂らした。慧斗も、ついでにと自分のプレートを検める。

 

 

穂崎 慧斗 17歳 男 レベル:41

天職:計測不能 職業:冒険者

筋力:計測不能 体力:計測不能

耐性:計測不能 敏捷:計測不能

魔力:計測不能 魔耐:計測不能

技能:

 固有魔法:魔力放出

  魔力を放出し『本来の姿に戻る』ことで、全能力を向上させると同時に、周囲の空間を支配する。

 異界言語

  トータスで使用される言語が自動翻訳される。

 気配探知

  生物/無生物が発する気配や魔力を探知することができる。

 詠唱破棄[上級]

  上級魔法までの詠唱を省略することができる。

  中級・上級魔法の場合、詠唱することで効果を強化できる。

 暗視

  自動発動。暗闇での視覚能力低下が抑制される。

 悪食

  魔力に侵された肉や植物への耐性。

  それらを食すことができるが、苦痛は抑制できない。あとすごく不味い。

 魔力継承:雷纏

  二尾狼より継承。全身に雷を纏うことができる。

 魔力継承:空歩

  蹴り兎より継承。脚力が向上し、空中で跳躍することができる。

 

 

ユエ 323歳 女 レベル:82

天職:神子

筋力:220 体力:450

耐性:100 敏捷:220

魔力:9180 魔耐:9320

技能:

 固有魔法:自動再生

  自動発動。魔力消費と引き換えに肉体の損傷が治癒される。

  さらに、発動中は痛覚が軽減される。

 固有魔法:吸血

  吸血鬼族の固有魔法。他者から血を吸い、己が魔力と生命力に変換する。

  変換効率は吸血対象によって異なる。基本的に亜人族<人間族≦魔物<魔人族。

 魔法適性[七星]

  魔法適性の窮極。炎/水/風/土/光/闇――すなわち全属性魔法への適性。

  該当する魔法の習得、魔力効率化、上位魔法の行使に有利な補正がかかる。

  さらに、複数属性の魔法を複合行使することができる。

 

 

シア=ハウリア 16歳 女 レベル:48

天職:占術師

筋力:100 体力:120

耐性:100 敏捷:130

魔力:3800 魔耐:4000

技能:

 固有魔法:未来視

  直近の未来を見通す魔法。儀式を伴うことで、対象物や時期を詳細に指定することができる。

  ただし、自らに『縁遠い』ほど不確実性が増し、見通した未来が変わる可能性が高い。

 固有魔法:天啓視

  自動発動。咄嗟に自らや仲間の危機を予知することができる。

  ただし略式発動のため、本来の未来視よりも魔力消費が重い。

 固有魔法:魔力変換

  魔法適性が低下する代わりに、己が魔力を身体能力向上に使用することができる。

 

 

ティオ=クラルス 563歳 女 レベル:93

天職:守護者

筋力:880 体力:1250

耐性:1250 敏捷:700

魔力:4990 魔耐:4620

技能:

 固有魔法:竜化

  竜族の固有魔法。巨大な竜へと化身し、攻撃および防御能力を大幅に上昇させる。

  魔力・魔耐を除くパラメータが十倍され、さらに以下の固有魔法を使用することができる。

  竜鱗硬化

   自動発動。全身が竜の鱗で覆われ、防御能力が大幅に上昇する。

  風纏

   全身に風を纏い、近距離における攻撃および防御能力が上昇する。

  咆哮

   咆哮による強力な衝撃波。風属性の上位魔法に相当する強力な攻撃。

  竜撃

   ドラゴンブレスによる焼滅。炎属性の上位魔法に相当する強力な攻撃。

 魔法適性[炎/風]

  炎/風属性の魔法に対する適性。

  該当する魔法の習得、魔力効率化、上位魔法の行使に有利な補正がかかる。

 

 

(――なんかまた強化されてる……)

 

 

 その一方で、ステータスは相変わらず計測不能。顔をしかめる慧斗の横で、イルワとドットは冷や汗を浮かべるほかなかった。

 

 

「いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは……」

「……道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。何かあるとは予想していたが……実際は、遥か斜め上をいったね……」

 

 

 類稀な、どころか無法に近いステータスだ。長年ギルド経営を行ってきた身としても、予想外のケースだったらしい。

 ともかくこれで、一連の説明に対する根拠はできた。あとは順を追って説明すればいい。慧斗たちはソファに座り直し、改めて事の顛末を話した。

 ――ちなみに、清水が黒幕の正体だったことは伏せた。関係者である畑山や生徒たちはともかく、赤の他人に吹聴するような話でもないだろう。

 普通なら、狂人の戯言と切って捨てられる話だろうが、このステータスと先の実績が何よりの証明となる。一通り聞いたイルワたちはどっと疲れた様子で、ソファに背を預けた。

 

 

「そんで? ギルド支部長サマとしては、どういう対応をとるんだい? 危険分子だと教会にでも突き出すかね?」

「冗談がキツいよ。出来るわけないだろう? 君たちを敵に回すようなこと、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ。

 ……大体、見くびらないで欲しい。君たちは私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」

「あっそ」

 

 

 頬杖を突いた慧斗の挑発はあっさり躱された。よほどウィルを可愛がっていたらしい。それこそ、こんなバケモノ集団に恩義を感じる程度には。

 

 

「約束通り、可能な限り君たちの後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君たちに下手なことはしないと思うよ。

 一応、後ろ盾になりやすいように、君たちの冒険者ランクを全員『金』にしておく。普通は、『金』を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに“破軍の主”という名声があるからね」

 

 

 慧斗は露骨に厭そうな顔をした。知らない間に担ぎ上げられた称号を理由に、欲しくもない名声を与えられるのは我慢がならない。

 一方、ティオはうーんと首を捻った。

 

 

「んー、そういう意味だと妾は大したことはしておらんのぅ。……むしろ被害を拡大させた側じゃし……

 そういえば、冒険者たちに与えた被害について、まだ処罰を受けておらんのぅ。人間族ではどんな刑罰を科すのじゃ? ハァハァ」

 

 

 ティオは鼻息荒く身を乗り出した。絶世の美女とは思えない醜態に、イルワは思わずたじろいだ。百戦錬磨のギルド支部長も、一線を越えたマゾヒストの扱い方は知らないらしい。

 

 

「り、竜人族のあなたは、操られていたんだろう? 操った術者はともかく、操られていた間のことまで責任は持てまい。それに、あなたが本当に竜人族だというのなら、人間相手の刑罰の殆どは意味をなさない。

 そういうわけで、あなたの罪は揉み消させてもらうよ。ギルド支部長としてはかなりグレーな対応だがね」

「いやむしろそこはホワイトに対応してくれ。むしろこれ引き取ってくれ」

「謹んで辞退させてもらうよ。いくら何でも支部長の手に余る」

「幻の竜人族だ。鱗でも剥ぎ取ればいい素材になると思うぜ」

「なんと! そういうプレイもあるのか!」

「わ、私の一存で、竜人族と敵対しろと言うのかね」

 

 

 ぞくぞくと期待を寄せるティオにたじろぎながら、額に汗を増やしたイルワは、「話を戻すが」と慌てて話題を逸らした。

 

 

「それで――君たちがどうしてもというのなら、『銀』にとどめておくことも可能だ。これ以下は、私のプライドとして許せない。どうかな」

「『銀』で」

「即答か……まぁいい。――重ね重ね、本当にありがとう」

 

 

 深く深く頭を下げるイルワに、慧斗はひらひらと手を振るだけだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 イルワと別れた一行は、フューレンの中央区にあるギルド直営ホテルのVIPルームでくつろいでいた。曰く、クデタ伯爵夫妻が面会を希望しているとのことらしい。

 

 

「よう、さっきぶりだな」

 

 

 両親を連れてきたウィルの姿に、慧斗は軽い調子で声を掛けた。伯爵家の三男とはいえ、冒険者になろうと実家を飛び出した奔放な青年である。今更態度を取り繕ってもしょうがない。

 

 

「この度は、息子を助けていただきありがとうございました」

「礼を言われることのほどでは。ご本人の生命力あってのものだろう」

 

 

 深く頭を下げるグレイル・クデタ伯爵とサリア夫人に、慧斗は控えめに答えた。いやはや本当に、このティオを相手によく生き延びたものである。――その裏には、身を挺して仲間を逃がした冒険者たちの犠牲もあったことだろう。

 

 

「ねっ? 若いころほどじゃないけど、僕のママは美人でしょう?」

「貴様そんなんで冒険者になる気あったのか?」

 

 

 そんな暗い心境を知ってか知らずか、ウィルは夫人の手を引きながら慧斗に声を掛けた。こいつ、こんなマザコンぶりで冒険者になれるのだろうか。いや、赤の他人である慧斗が口を挟めた義理ではないが……

 

 

「是非、お礼に我が領地でおもてなしをしたいのですが」

「お気持ちだけ。先を急ぐ身なので」

「いえ、いえ、それでは私たちの気が済みません」

 

 

 ともかく、クデタ伯爵がしきりに謝礼を申し出てきたが、慧斗はそれを固辞した。ここで引き留められると、色々と後が面倒だ。

 

 

「どこへ行かれるのです? よければ私たちが支援いたしましょうか?」

「あー…………巡礼です。自らの手足で辿り着かねばなりませんので」

 

 

 伯爵の問いに対し、慧斗は適当に誤魔化した。巡礼には違いない。それが教会指定の聖地ではなく、“反逆者”たちの拠点であるというだけで。

 その晩、ホテルの一室に案内された一同は、荷解きをしてそれぞれ思い思いにくつろいだ。案内人リシーの情報では大したサービスがないとのことだったが、ギルド直営ホテルともなれば段違いらしい。天蓋付きベッドや高級なソファなど、観光区の一流ホテルにも引けを取らない豪華さである。

 

 

「で、次はどこに行きますか?」

「あー……一旦、王国に戻る」

 

 

 シアの問いに、慧斗は少し考えてから答えた。

 

 

「イルワさんの用事ですか?」

「そ。面倒事は先に済ませとこうと思ってな。……あと、センセに生存が()れたし……」

「先生殿に()れると不都合でも?」

「芋づる式であっちこっちに()れるからよ。こうなったら、こっちから乗り込むしかねえ」

 

 

 特に、エヒト神の手先として真っ先に敵対するであろう教会には警戒が必要だ。どのみち、いずれ攻め入ることになる。

 

 

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